第2節 海外における日本人への支援
1 海外における危険と日本人の安全
(1)2025年の事件・事故などとその対策
2025年は、年間延べ約1,473万人(1)の日本人が海外に渡航し、2025年10月時点で約130万人の日本人が海外に居住している。このような海外に渡航・滞在する日本人の生命・身体を保護することは、外務省の最も重要な任務の一つである。
邦人出国者数の回復、世界情勢の流動化などを背景に、海外において邦人が様々なリスクに遭遇する可能性が高まっていることを踏まえ、あらゆる形態の邦人保護に臨機応変に対応するため、2025年8月に領事局内の体制を再編し、海外邦人緊急事態課と海外邦人安全支援室を新設した。テロを含めた緊急事態対応や各国・地域の危険情報の発出を海外邦人緊急事態課が、個別の邦人に対する一般邦人援護と海外安全対策の広報・啓発を海外邦人安全支援室が担当する。
2020年以降、日本人が犠牲となるテロ事件は発生していなかったが、2024年4月にカラチ(パキスタン)において日本人1人が負傷する襲撃事案が発生したほか、2025年も各地で多くのテロ事件が発生した。欧米等での主なテロ事件としては、ニューオーリンズ(米国)での車両による襲撃事件(1月)、ベルリン(ドイツ)、ミュルーズ(フランス)、フィラハ(オーストリア)での刃物による襲撃事件(2月)、パハルガム(インド)での銃撃事件(4月)、ビーレフェルト(ドイツ)での刃物による襲撃事件(5月)、マンチェスター(英国)における教会襲撃事件(10月)などが挙げられる。また、中東では、イラン、シリア、アフガニスタンを中心に、南西アジアではパキスタン、インド、アフリカでは、ブルキナファソ、マリ、ニジェール、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、ソマリア、モザンビークなどにおいても多くのテロ事件が発生した。
近年、イスラム過激派の活動は世界各地に拡大しており、多くの日本人が渡航・滞在する欧米やアジアでもテロが発生している。現地で生まれ育った者がインターネットなどを通じて過激思想に感化され実行するテロ(ホーム・グロウン型)や、組織とのつながりが薄い単独犯によるテロ(ローン・オフェンダー型)、不特定多数の人が集まる日常的な場所(ソフトターゲット)におけるテロが引き続き多く発生している。また、欧米では特定の人種や民族に対する憎悪を動機とした犯罪(ヘイトクライム)を始めとして極右・極左主義者による暴力的な活動も活発になっている。
2025年も世界各地で日本人が犯罪被害を受ける事件、交通事故、登山中の事故などが発生し、支援を行ってきた。
自然災害は世界各地で発生しており、地震、台風、ハリケーン、大雨、山火事などでは大きな被害が出た。多数の死傷者が発生したミャンマー中部での大地震(3月)では、日本人1人も犠牲となり、ご家族の支援などを行った。
中東では、イスラエルとイラン間での攻撃の応酬の激化を受け、両国の危険レベルを引き上げるとともに、政府が手配したバスによりイスラエル及びイランからの日本人の出国を支援した(6月)。これは、初の2か国同時での陸路退避オペレーションであり、邦人など計128人が退避を完了した。
これら緊急事態発生時に、外務省では、現地公館の初動体制を整え、邦人援護活動に速やかに従事するため「海外緊急展開チーム」(Emergency Response Team:ERT)を派遣している。ERTは、2013年1月にアルジェリアで発生した邦人に対するテロ事件を受けて設置され、テロ事件や大規模事故・自然災害等に邦人が巻き込まれた、又は巻き込まれることが懸念される緊急事態発生時に派遣している。2025年には、ミャンマー中部での大地震(3月)や、イスラエルとイラン間の交戦激化(6月)などの際に、ERTメンバーを派遣した。
また、地域情勢に応じ、渡航・滞在に当たって特に注意が必要と考えられる国・地域に関する海外安全情報を随時発出した。
外務省は、感染症など、健康・医療面で注意を要する国・地域についても随時関連の海外安全情報を発出し、流行状況や感染防止策などの情報提供及び渡航や滞在に関する注意喚起を行っている。
2025年には、コンゴ民主共和国においてエボラ出血熱の新たな症例が報告されたほか、世界各地で麻しんが流行し、中東では中東呼吸器症候群(MERS)の感染例が報告された。また、デング熱、チクングニア熱及びジカウイルス感染症といった蚊が媒介する感染症が中南米、アジア及びアフリカを中心に流行した。
―邦人保護に関する外務省の取組と他国との協力―
海外に滞在する日本人の生命、身体を守ることは、日本政府の最も重要な任務の一つです。なかでも、危険にさらされている日本人の安全な場所への退避支援は、外務省にとって大きな責任を伴う業務であり、常日頃から準備を行っています。加えて、昨今では自国民の退避における他国との連携強化にも取り組んでいます。
最近の退避支援の例として、6月にイスラエル・イラン間の攻撃の応酬が激化した際の対応があります。日本政府は、イスラエルから25人、イランから103人の邦人及びその家族等について、陸路による隣国への退避支援オペレーションを二つ同時に実施しました。退避した方々からは、「迅速で丁寧な対応に心から感謝しています」など、多くの感謝の言葉を頂きました。

海外での重大な緊急事態の場合、外務省は「海外緊急展開チーム(Emergency Response Team:ERT)」要員を現地へ派遣し、大使館・総領事館の体制を強化します。普段は本省や世界各国にある在外公館で勤務しつつ、緊急時には領事、語学、医務、プレスの専門家として現場に駆け付けるため、ボランティアで登録しているERT要員が外務省内に100人以上います。彼らは「困っている人を助けたい」という強い思いで、高い緊張を強いられる最前線の過酷な現場において邦人保護に取り組んでいます。
外務省は、ERT要員等の訓練等を、防衛省・自衛隊、大使館などとも一緒に行っているほか、海外で他国と協力して合同訓練を行うことで、緊急事態への対応力を高めています。
また、2024年以降、韓国及びオーストラリアと海外における自国民保護に関する協力覚書を取り交わすことを通じて、邦人保護のための協力関係を強化しています。これは、スーダンやイスラエル等からの自国民の退避における日韓協力や2024年5月のフランス領ニューカレドニアからの退避において、オーストラリアの航空機で日本人が退避した経験を契機として、こうした緊急事態における協力を更に円滑に推進することを目指しています。

国際関係が複雑に絡み合う今日、自国民保護における国際協力は一層重要性を増しています。「困ったときはお互い様」の精神で他国と協力できれば、自国から離れた場所で生じた緊急事態にも、より迅速で効果的な対応が可能となります。今後も外務省は、国際情勢の変化に対応しつつ、各国との協力関係を更に強化しながら、海外に滞在する日本人の保護に万全を期していきます。
(2)海外における日本人の安全対策
日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が2024年に対応した日本人の援護人数は、延べ10,287人、援護件数は1万1,864件であった。このような中で、世界各地の日本国大使館・総領事館などにおいて、日本人への各種支援や出入国・治安関連などの情報発信をきめ細かな形で実施した。

具体的には、「海外安全ホームページ」で各国・地域について最新の安全情報を発出しているほか、在留届を提出した在留邦人及び外務省海外旅行登録「たびレジ」に登録した短期渡航者などに対して、渡航先・滞在先の最新の安全情報をメールやLINEで配信している。
「たびレジ」の登録及び在留届の提出を促進するため、広報活動にも積極的に取り組んでおり、旅券事務所や市町村窓口で広報資料を配布したほか、外務省公式YouTubeを含めたSNSや空港での広報ツールを活用した広報を実施している。海外旅行業者を含む事業者に向けては、海外渡航者のデータを一括で登録することができる「たびレジ」連携インターフェイスを提供し、活用を呼びかけている。9月には「ツーリズムEXPOジャパン」(名古屋)にブースを出展し、海外に渡航・滞在する日本人の安全のために情報提供や注意喚起を行った。なお、「たびレジ」は2014年7月の運用開始以降、利便性向上のための取組や登録促進活動などにより、その登録者数は2025年10月時点で累計1,210万人を突破した。

また、外務省は、セミナーや訓練を通じて海外安全対策・危機管理に関する国民の知識や能力の向上を図る取組も行っている。2025年は、外務省主催の海外安全対策セミナーをオンライン・対面で実施した(在外公館で11回、国内で7回)ほか、国内の各組織・団体などが日本全国各地で実施するセミナーにおいて外務省領事局職員が講師として講演を行った。また、音声プラットフォーム「Voicy」を通じて定期的に海外安全情報の配信も行った。
さらに、日本企業・団体関係者の参加を得て、「官民合同テロ・誘拐対策実地訓練」を国内外で実施した(国外ではインドネシアで開催)。これらの取組は、一般犯罪やテロなどの被害の予防に役立つことはもちろん、万が一事件に巻き込まれた場合の対応能力向上にも資するものである。また、海外でも官民が協力して安全対策を進めており、各国の在外公館では、「安全対策連絡協議会」を開催し、在留邦人との間で情報共有や意見交換、有事に備えた連携強化を継続している。
加えて、2016年7月のダッカ襲撃テロ事件を契機に、安全に関する情報に接する機会が限られる中堅・中小企業などへの啓発の強化を目的として作成した「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」を海外進出企業や全国のパスポートセンターに送付したほか、LINEサービス上で、「デューク東郷からの伝言」との形でゴルゴ13を交えた安全対策に関する啓発メッセージを引き続き推進した。
また、海外渡航する日本人を対象として、事件などに遭遇するリスクを下げるための留意点や、外務省が提供する安全情報、万が一巻き込まれた場合の対応、緊急連絡先を取りまとめた「海外渡航の安全対策」リーフレットを新たに作成し、海外安全ホームページで公開したほか、企業関係者などに配布した。


海外に渡航する日本人留学生に関して、2025年は、外務省主催の海外安全対策セミナー(教育機関向け)を対面・オンラインで実施した(国内で2回)ほか、外務省員が大学などにおいて対面・オンラインでの安全対策講座を実施している。また、留学生向けの雑誌やイベントを通じて、在留届や「たびレジ」の広報を実施した。今後も引き続き、学生の海外における安全対策の意識向上や学校関係者の危機管理体制構築支援に努めていく。一部の留学関係機関との間で「たびレジ」自動登録の仕組みを開始するなど、政府機関、教育機関、留学あっせん組織及び留学生をつなぐ取組を進めている。
海外で活躍する民間企業・団体に関しては、官民間で相互の情報交換、意見交換を深め、海外における邦人の活動に際してのより安全な環境整備を図ることを目的として「海外安全官民協力会議」本会合、幹事会及び「中堅・中小企業海外安全対策ネットワーク」本会合を開催した。政府としては、今後も団体・関連省庁との連携をより一層強化し、中堅・中小企業の目線に立った海外安全情報の発信や支援策の実施に努めていく。
また、海外渡航者が増加する時期に先立ち、年3回、旅行業関係者と領事局関係者が集い、トラベルエージェンシー連絡会を開催している。直近の各国情勢を踏まえ、渡航時に留意すべき事項や実際に発生した事案等を共有するなど、関係者間で情報交換と認識の統一を図っている。邦人海外渡航者の一層の安全確保に向け、引き続き安全・安心な海外旅行のための環境の整備に官民一体となって取り組んでいく。
(1) 出典:出入国在留管理庁



