外交青書・白書
第1章 2020年の国際情勢と日本外交の展望

1-2 米国と中国を中心とする動き

(1)トランプ政権からバイデン政権への移行

ア トランプ政権下での米国

トランプ大統領の任期最後の年となった2020年の米国は、新型コロナの感染拡大及び人種問題をめぐる分断を始め、大きな困難に直面した。

1月下旬に米国初の新型コロナ感染者が確認され、同月31日、トランプ大統領は公衆衛生緊急事態を宣言した。しかし、3月に入って米国内の感染は急速に拡大し、同月下旬には累積感染者数が中国を抜き、米国が世界最大の新型コロナ感染国となった。これに伴い、米国全土で外出禁止令や経済活動制限措置が採られ、それまで好調であった米国経済は大きく後退した。感染拡大前の2月には約60年ぶりの低水準(3.5%)を記録していた失業率は、4月には戦後最悪の水準(14.8%)へと急速に悪化し、2020年の実質GDP成長率も前年比でマイナス3.5%と、1946年(マイナス11.6%)に次ぐ、戦後2番目のマイナス成長となった。

同時に、これまで米国社会に暗い影を落としていた人種差別に対する抗議運動が、全米で激しさを増した。5月、ミネソタ州において黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官により首を膝で圧迫され死亡する事件が発生した。フロイド氏が地面に押さえつけられながら「息ができない」と懇願する動画が拡散し、人種差別への抗議行動が「ブラック・ライブズ・マター」運動として全米各地に拡大した。警官との衝突などにより多くの逮捕者、一部の都市では死傷者が発生し、南北戦争の南軍将軍の銅像を始め歴史的人物の像の撤去や破壊なども相次いだ。さらに8月、ウィスコンシン州で白人警官による黒人男性ジェイコブ・ブレイク氏銃撃事件が発生し、抗議行動は再燃した。トランプ大統領は、「ブラック・ライブズ・マター」運動に関し、極左や無政府主義者による暴動から国民を守るとして、「法と秩序」の維持を最優先に厳しく対処する立場を採ったことから、人種間格差や「法と秩序」の維持が大統領選の大きな争点となった。

このように国内で大きな課題を抱える中、トランプ政権は外交面において、米国第一主義を掲げ、独自の外交政策を推進した。トランプ政権はこれまでに国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連人権理事会、パリ協定などから脱退・離脱していたが、加えて7月には世界保健機関(WHO)から1年後に脱退する旨を国連に通告するに至った。また、7月にドイツ駐留米軍を削減する計画を発表するなど、北大西洋条約機構(NATO)との距離も開いた。

イ バイデン政権の誕生

11月3日の大統領選挙の一般投票の結果、バイデン前副大統領が史上最多となる8,100万を超える票を獲得し、2021年1月20日にバイデン政権が誕生した。バイデン大統領は、就任前から国際協調路線を打ち出すとともに、新政権の最重要課題として新型コロナ対策、経済再建、人種間平等、気候変動対策などを掲げた。就任初日には大統領令を始めとする17もの行政措置に署名し、WHO脱退の撤回やパリ協定への復帰を始め、トランプ前政権の措置を撤回するなど、新たな米国の姿を内外に対して示した。また、2021年2月8日には、トランプ政権下で脱退した国連人権理事会への復帰が表明された。

バイデン政権に対する米国内外からの期待は高いが、新政権は困難な舵(かじ)取りを迫られている。米国における新型コロナ感染者数は世界最多であり(2021年3月時点で2,800万人超)、長引く新型コロナとの闘いが米国経済に影を落としている。また、大統領選挙と同日に行われた連邦議会選挙において民主党が上下両院で多数派を確保し、新政権にとって追い風となったが、両院共に議席数の差は僅かであり、新政権がその公約を前進させるために議会共和党とも協力を進められるかが注目される。さらに、2021年1月6日の連邦議事堂への暴徒の乱入事案などに象徴されるように、米国社会の分断は深刻さを増しており、米国民をいかに結束させられるかが問われている。

(2)中国の更なる台頭

近年、中国は、経済、軍事・安全保障、外交を始め、様々な分野で顕著な台頭を見せている。

新型コロナの影響により、中国経済は1992年以来で初のマイナス成長を一時記録したものの、生産や投資、輸出が牽引(けんいん)する形で経済の回復が進んだ。主要各国の経済が軒並みマイナス成長となる中、中国の2020年の実質GDP成長率は2.3%とプラス成長となった。

また、中国の国防費は過去30年間で約44倍に増加している。米国国防省が9月に発表した年次報告書によれば、造船、陸上発射型の通常弾道・巡航ミサイル、統合防空システムを含め、いくつかの分野では、中国は既に米国と同等かそれを上回る能力を得ているとされている。

さらに中国は、トランプ前政権が米国第一主義を掲げる中、外交面においても国際社会における影響力の拡大を図った。例えば、4月、トランプ大統領がWHOへの拠出停止を表明した後、中国政府はWHOへの3,000万米ドルの追加拠出を発表した。また、習近平(しゅうきんぺい)国家主席がワクチンを「世界の公共財」とすると表明するなど、中国は、新型コロナの世界的感染拡大を受け、医療物資やワクチンの供与を積極的に外交に活用している。さらに、2021年1月には中国海警局の海上権益擁護法執行の任務などを規定する「中国海警法」が全人代常務委員会において可決、翌2月に施行されるなど、中国の海上権益擁護のための法整備も進めている。

(3)米中関係

2020年、トランプ前政権下における米中関係は、緊張の度合を深めた。2019年に続き、両国は通商問題や先端技術をめぐる競争など様々な分野で厳しく対峙(たいじ)し、それは政治、外交、軍事・安全保障、メディア、教育などにも及び、相手国への非難や制裁が頻発した。例えば、米国連邦議会では、6月に「ウイグル人権政策法」、7月に「香港自治法」が成立するなど中国に対する厳しい制裁を含む対応を求める声が高まったほか、安全保障上の懸念などを理由に、多くの中国企業に対して規制が強化された。また、米国が7月末にスパイ活動と知財窃取の拠点であるとして、ヒューストンにある中国総領事館を閉鎖させると、これに対抗して中国も成都にある米国総領事館を閉鎖させた。さらに、新型コロナをめぐっても、トランプ大統領は「中国ウイルス」と表現するなど、ウイルスの蔓延(まんえん)拡大に対する中国の責任を強調した。また、2021年1月には、米国は、新疆ウイグル自治区における人権状況を「ジェノサイド(集団殺害)」と判断した。

バイデン政権は、厳しい対中姿勢を基調としながらも、国際保健をめぐる課題や気候変動問題など協力できる分野では協力を模索することが予想される。2021年2月、バイデン大統領就任後初めての米中首脳電話会談が行われ、米国務省は、バイデン大統領が中国の強圧的で不公正な経済慣行、香港での弾圧、新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害、台湾を含む地域での強圧的行動に対する懸念を強調したと発表した。一方、中国側発表によれば、習近平国家主席は、協力は米中双方の唯一かつ正しい選択肢と述べ、各種の対話メカニズムの再構築を提案するなど、新政権との協力関係の構築に期待をにじませた。世界第1位、第2位の経済大国である米中両国間で安定的な関係が構築されることは、日本のみならず、国際社会全体に関わる問題であることから、引き続き今後の動向が注目される。

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