外交青書・白書
第4章 国民と共にある外交

各論

1 海外における危険と日本人の安全

(1)2017年の事件・事故等と対策

2017年はテロ事件による邦人被害はなかったものの、世界中で多くのテロ事件が発生した。その傾向としては、テロが発生する地域が中東・アフリカのみならず、日本人が数多く渡航・滞在する欧米やアジアにも拡大していること、欧米で生まれ育った者がインターネットなどを通じて国外のイスラム過激思想に感化され実行するテロ(ホームグロウン型)や、組織的背景が薄く単独で行動する「一匹狼」によるテロ(ローンウルフ型)が多数見られること、不特定多数の人が集まる日常的な場所(ソフトターゲット)を標的とするテロ事件が増加する傾向があること等が挙げられる。こうした傾向は、特に域外でのテロを呼びかけていた「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)がイラク・シリアでの拠点を喪失する中でも引き続き見られ、ISILの外国人戦闘員が出身国あるいは第三国に移動することも相まって、テロ発生を予防することはますます困難になっている。

これらのような傾向を示す事件として、2017年には、サンクトペテルブルク(ロシア)の地下鉄における爆弾テロ事件(4月)、マンチェスター(英国)のコンサート会場における自爆テロ事件(5月)、ジャカルタ(インドネシア)のバスターミナルにおける自爆テロ事件(5月)、ロンドン(英国)のロンドン橋付近における車両突入テロ事件(6月)、バルセロナ及びカンブリス(スペイン)での車両突入テロ事件(8月)、ニューヨーク(米国)のマンハッタンでの車両突入テロ事件(10月)などが発生した。

その他の犯罪被害としては、日本人が犠牲となる殺害事件が、フィリピン、インドネシア、米国、ブラジルなどで発生した。また、日本人留学生が被害に遭った事例として、オーストラリアでの車両暴走による日本人男子学生の殺害事件(1月)などが挙げられる。

日本人の人的被害があった事故としては、プンタアレナス県(コスタリカ)の観光名所の滝に飛び込み溺死した事故(2月)、バリ島(インドネシア)でのサーフィン中の溺死事故(6月)、カリフォルニア州(米国)セコイア国立公園でのハイキング中の転落事故(7月)、メンヒ(スイス)登山中の滑落事故(7月)、ツェルマット(スイス)登山中の滑落事故(8月)、ヤンゴン(ミャンマー)のホテル火災による焼死事故(10月)、アユタヤ(タイ)で発生した交通事故(11月)などが挙げられる。

9月のメキシコ南部地震や、米国南部や中米カリブ諸国を襲った大型ハリケーン、インドネシア・バリ島のアグン山の火山活動の活発化等、様々な自然災害で大きな被害がもたらされ、日本人も巻き込まれた。また、ケニアの総選挙・大統領再選挙、スペイン・カタルーニャ州の「州民投票」に端を発した分離独立運動、サウジアラビアに対するイエメン反政府武装勢力からのミサイル攻撃等、日本人が巻き込まれるおそれのある政情不安事案等も多く発生した。

そのほか、旅行中に発病し滞在先のホテルで急病のために亡くなる事例も前年に引き続き報告された。

これらの事故や疾病への対応では、日本国内に比べて高額の医療費や搬送費用が発生したり、不十分な医療サービスなどのために家族などがその対応に窮する事例も散見された。

感染症については、エボラ出血熱の感染例がコンゴ民主共和国で報告されたほか、中東では中東呼吸器症候群(MERS)の感染例、中国では鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染例が引き続き報告されている。ジカウイルス感染症、デング熱やマラリアといった蚊が媒介する感染症も引き続き世界各地で流行した。

外務省は、感染症や大気汚染など、健康・医療面で注意を要する国・地域についても随時関連の海外安全情報を発出し、在外邦人に対して、流行状況や感染防止策などの情報提供及び渡航や滞在に関する注意喚起を行っている。

〈海外に渡航・滞在する場合の心得〉

このように、日本人の安全を脅かすような事態は世界中の様々な地域で絶え間なく発生している。海外に渡航・滞在する場合には、外務省海外旅行登録「たびレジ」への登録や在留届の提出を必ず行うとともに、①海外安全ホームページや報道等を通じて現地の治安などに関する情報を事前に十分に確認すること、②滞在中は十分な安全対策を取り、危険を回避すること、③緊急事態が発生した場合には最寄りの大使館・総領事館などの在外公館や留守家族などに連絡を取ることなどが重要である。また、海外での病気や事故被害などにより高額な医療費が求められた場合、海外旅行保険に加入していなければ、医療費などの支払のみならず、適切な医療機関での受診にも困難を来しかねないことから、それぞれの渡航者が十分な補償内容の海外旅行保険に加入することが非常に重要である。

(2)海外における日本人の安全対策

日本人が国際社会で広く活躍している一方、海外で日本人が被害に遭うケースも多い。日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が2016年に対応した海外における日本人の援護人数は、2万437人、援護件数は1万8,566件と引き続き高い水準で推移している2

邦人援護件数の事件別・地域別内訳(2016年)
邦人援護件数の事件別・地域別内訳(2016年)
援護件数の多い在外公館上位20公館
順位 在外公館名 件数
1 在タイ日本国大使館 1,048件
2 在フィリピン日本国大使館 890件
3 在ロサンゼルス日本国総領事館(米国) 851件
4 在上海日本国総領事館(中国) 729件
5 在ニューヨーク日本国総領事館(米国) 653件
6 在英国日本国大使館 617件
7 在ホノルル日本国総領事館(米国) 551件
8 在中華人民共和国日本国大使館 480件
9 在大韓民国日本国大使館 405件
10 在フランス日本国大使館 371件
11 在バルセロナ日本国大使館(スペイン) 348件
12 在香港日本国総領事館 339件
13 在サンフランシスコ日本国総領事館(米国) 322件
13 在ハガッニャ日本国総領事館(米国) 322件
15 交流協会台北事務所(台湾) 309件
16 在シアトル日本国総領事館(米国) 293件
17 在ヒューストン日本国総領事館(米国) 291件
18 在ボストン日本国総領事館(米国) 284件
19 在イタリア日本国大使館 281件
20 在アメリカ合衆国日本国大使館 277件

(2016年の援護統計に関し、大使館、総領事館、領事事務所等のうち、援護件数の多い20公館を掲載)

海外で被害に遭わないためには、事前の情報収集が重要である。外務省は、広く国民に対して安全対策に関する情報発信・共有を行って、安全意識の喚起と対策の推進に努めている。

外務省は「海外安全ホームページ」上で各国・地域の最新の安全情報を発出しているほか、新たに発出された情報は、在留届を提出した在外邦人や「たびレジ」に登録した短期旅行者等に対してメールで配信している。また、在外公館は、個別に独自の安全情報を発出しており、在留届の提出者や「たびレジ」登録者にはこれらの情報もメールで配信されている。「たびレジ」は、旅行の予定がなくても登録することができ(簡易登録)、配信された安全情報は、海外で事業を行う日本企業関係者の安全対策などに幅広く活用されている。2014年7月の「たびレジ」運用開始以降、利便性向上のための取組や登録促進活動により、累計登録者数は300万人を突破し、年間登録者数は200万人に迫る勢いである。

海外安全ホームページに掲載している主な海外安全情報(体系及び概要)
海外安全ホームページに掲載している主な海外安全情報(体系及び概要)
外務省海外安全ホームページ
外務省海外安全ホームページ(https://www.anzen.mofa.go.jp/
外務省海外安全アプリ海外安全ホームページ「海外安全アプリの配信について」からダウンロード可能
外務省海外安全アプリ
海外安全ホームページ
「海外安全アプリの配信について」
https://www.anzen.mofa.go.jp/c_info/oshirase_kaian_app.html)からダウンロード可能
外務省海外旅行登録「たびレジ」
外務省海外旅行登録「たびレジ」
https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/index.html

外務省は、セミナー・訓練を通じて安全対策・危機管理に関する国民の知識や能力の向上を図る取組も行っている。外務省主催の国内・在外安全対策セミナーを各地で実施したほか、国内の各組織・団体等が全国各地で実施するセミナーに外務省領事局から講師を派遣し安全対策に関する講演を行った(2017年度は全国で計100回以上)。また、企業関係者の参加を得て、「官民合同テロ・誘拐対策実地訓練」を実施した。これらの取組は、テロ等の被害の予防に役立つことはもちろん、万が一事件に巻き込まれた場合の対応能力向上にも資するものである。

また、海外でも官民が協力して安全対策を進めている。各国の在外公館では、「安全対策連絡協議会」を定期的に開催し、在留邦人との間で情報共有や意見交換、有事に備えた連携強化を行っている。

さらに、2016年7月のダッカ襲撃テロ事件の後は、特に国際協力事業関係者や安全に関する情報に接する機会が限られる中堅・中小企業、留学生、短期旅行者などを重点的に、安全対策意識の向上と対応能力強化の促進に努めている。

外務省は、日本企業の大部分を構成する中堅・中小企業の海外での活動を安全対策面からサポートするため、2016年9月に企業の海外展開に関係する29の組織・機関が参加する「中堅・中小企業海外安全対策ネットワーク」を立ち上げた。ネットワーク参加組織間の連携により、海外安全対策に関する国内外でのセミナーや、機関誌などを通じた啓発などを進めているほか、企業間での横のつながりが構築されたり、より充実した企業向けサポートサービスが図られるなど企業の安全対策が強化されてきている。さらには、2017年3月、企業が最低限行うべき基本的な安全対策を漫画で分かりやすく解説した「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」を発表した。以降、単行本約9万冊を配布し、外務省ホームページ上の特設ページには約170万件のアクセスがあるなど日本企業等に活用され、海外安全対策に関する意識の向上につながった。

©さいとう・たかを『ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル』
『ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル』https://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/golgo13xgaimusho.html

また、留学生に関しては、多くの教育機関で安全対策及び緊急事態対応に係るノウハウや経験が十分に蓄積されていない実情を踏まえ、大学等で、外務省員が講演を実施し、学生の安全対策の意識向上及び学内の危機管理体制の構築の支援に努めている。一部の留学関係機関とは「たびレジ」自動登録の仕組みを開始するなど、政府機関と教育機関、留学エージェント及び留学生をつなぐ取組を進めている。

短期旅行者の安全対策としては、「たびレジ」への登録を促進するため、広報活動に取り組んでいる。外務省は、2018年夏をめどに累計登録者数を240万人とすることを目指しており、登録者数は2016年1月の約61万人から同年12月には約149万人に増加した。

また、6月に旅行者と行動を共にする添乗員、また、7月には旅行会社の危機管理担当者を対象とした安全対策セミナーを外務省で開催し、旅行会社及び添乗員による安全に対する取組の重要性を伝えるとともに、旅行者の安全対策への協力を呼びかけた。

2 海外日本人援護統計は、日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が、海外で事件・事故、犯罪加害、犯罪被害、災害など何らかのトラブルに遭遇した日本人に対し行った援護の件数及び人数を年ごとに取りまとめたものであり、1986年に集計を開始した。

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