平和構築
平成23年度平和構築人材育成事業 本コース修了生
環境省地球環境局総務課気候変動適応室気候変動適応協力専門官 熊丸耕志さんへのインタビュー
インタビュアー:
国際平和協力室インターン アルッガマゲ未美利(びより)
立命館大学法学部法学科国際法務特修3回生
(注)インタビュー実施日は平成28年度7月26日
1 平和構築分野に関心を持ったきっかけを教えてください。
私は,博士課程(Ph.D.)で英国にある水工学開発センター(WEDC)に所属していました。当時は,ザンビアとエチオピアでのUNICEFの給水事業に研究者として携わっていたため,地方僻地の村々に入って調査を行うことが多くありました。その経験を通して,現場やその土地で暮らす人々に可能な限り近い場所で,水衛生に起因する諸問題に取り組みたいと考え,現場に出ることができる仕事などを探していたところ本事業に出会い,応募を決意しました。したがって,はじめから平和構築や開発という切り口が自分自身の中にあったというわけではなく,自分の専門に携わっていく中で,結果的に平和構築分野に入っていくことになりました。
2 海外実務研修をされた国際移住機関(IOM)ソマリア事務所で,熊丸さんはどのような活動をされていましたか。
ソマリア国内は紛争によって20年以上治安が悪い状況がつづき国内避難民(IDP)などが大量に発生していたので,IDPキャンプでは基本的な社会サービスが常に不足していました。そのような状況で,IOMは医療,生計支援等,様々な平和構築プラグラムに取り組んでいましたが,私はそのひとつであるMHD(Migration Health Division)で水衛生分野を担当し,給水,トイレ施設の整備や公衆衛生の普及啓発活動を行っていました。当時は,安全性の観点からソマリアの首都モガディシュに事務所を構えられなかったため,IOMは隣国ケニアのナイロビ事務所から遠隔サポートを中心に行っていました。したがって,事業の現地での実施はパートナーである現地NGOsが中心に行い,私たちはその質や持続性を向上させるための仕組み作りを行うことが主な仕事で,政府関係者,NGOsとともに現地の人材育成や水衛生プログラムの計画,モニタリングなどに携わっていました。
3 海外実務研修中で特に印象的だった経験を教えてください。
IDPキャンプでは女性や子供を見かけることが多く,成人男性が持ったとしても相当重い水入りタンクを子供が運んでいく姿や,IDPキャンプで女性が中心になって居住用テントを組み立てている姿を頻繁に目にしました。そのことは話に聞いたりレポートで読んだりする中で知ってはいましたが,実際に目の当たりにするとやはり印象的で,厳しい状況の中で生きなくてはならないのは女性や子供が本当に多いな,と感じました。しかし,それは必ずしも悲観的なものではなく,大変な状況でもたくましく生きる人々や,のびのびと無邪気に育つ子供たちの暮らしぶりがあって,彼女ら彼らの強さには本当に頭が下がると言いますか,自分自身が鼓舞される思いがしました。
4 海外実務研修中の経験で,ソマリアならではのエピソードなどはありましたか。
ソマリアでは氏族争いの問題が複雑に絡み合った紛争による治安の悪さに加えて,特定の地域やグループをターゲットにしたテロも頻繁に発生します。ときには国連施設や職員が襲撃のターゲットになることもあり,実際,私が関わっていた水衛生の事業で,当時建設中だった給水施設がテロによって破壊されました。事件発生時はナイロビ事務所で連絡を受け,急遽現地入りしました。進行中だった給水事業の存続をめぐって政府関係者や現地NGOs,コミュニティの方々との話し合いを行ったのですが,その際は普段お付き合いのないセキュリティ関係者とも安全対策について調整を重ねました。結果的に,命を繋ぐ飲み水は欠かせないという観点から,安全確保ができることを前提に事業を続けることになりました。こういった一連のプロセスは,紛争地ならではのものだったと感じます。
5 事業参加前と参加後ではキャリア選択の幅にどのような変化がありましたか。
正直なところ,海外実務研修でソマリアに派遣されるまでは,自分が紛争地帯にいるというイメージを持てませんでした。しかし,ソマリアでの2年間の経験を経て,清潔な飲み水を含めて基本的な社会サービスを最も必要としている人々は,最もアクセスが困難な紛争や災害発生地域に住んでいる人々だと強く実感しました。そのとき,近隣の南スーダンで紛争が激化し生々しい緊急事態が発生しているという状況と,そこで行われている平和構築活動に対して関心が持てたのは,海外実務研修中に紛争地帯での経験を積んでいたからだと思います。結果的に,その後はUNICEF南スーダン事務所に勤めることになりました。
また,南スーダンのポストをいただいた際には,その採用プロセスでも事業参加前との違いを感じることができました。というのも,事業参加前はJPO制度に応募しながらもご縁はなかったのですが,本事業で経験を積んだ後は,一般の空席公募で国連機関のポストをいただけたので,JPO制度等に限らず個人として勝負できる可能性が出てきたことを実感できました。
6 環境省で働くことになった経緯と,現在のお仕事について教えてください。
現場で仕事をする中で,緊急援助ミッションを繰り返すことを通して今まさに生死の境を生きる人々に対して支援することの重要性を強く感じる一方,南スーダン国内だけでも日々あちらこちらで発生する紛争により家族を,住処を失う方々がいる現状への後手対策となることに対して葛藤を感じるようになり,やがて,水分野を生かして紛争の根本要因にアプローチできないかと自問自答するようになりました。資源としての水,という大きなくくりで考えたところ,気候変動の影響が地域的には資源の枯渇や異常気象を促進し,ひいては紛争や自然災害を誘引するきっかけになりうるという側面を現場で見てきていたので,気候変動の水分野に改めて関心を持ちました。そこでご縁を頂いたのが,環境省での気候変動適応協力専門官としてのお仕事でした。
環境省で担当しているのは,気候変動の中でも国際協力・開発・平和構築にも密接なつながりがある適応という分野です。適応とは,温室効果ガス排出を抑制する緩和対策を実施しても温暖化の影響が避けられない場合,気候変動の影響に対して自然や人間社会の有り方を調整していくことです。気候変動が自然や人間社会にどのように影響するのか,たとえば,ある地域で数十年後も井戸から地下水をくみ取れるか,降水のパターンが変化して農作物の育ち方はどう変化するか,頻発する洪水や干ばつの予測,といった分野横断的な影響評価等を通して開発に役立てていきます。現在は,インドネシアやフィジー,モンゴルといったアジア太平洋地域を中心に,気候変動に関する国家適応計画や気候変動影響評価の分野において,専門家チームの現地派遣や現地政府との話し合い,水,農業,保健,牧畜等の多様なセクターにおける気候変動の影響評価などを行っています。また,国連気候変動枠組条約(UNFCCC)という,気候変動に対する国際的な取り決めを構築する交渉の舞台,COP21などにも携わる機会にも恵まれています。
7 事業での経験は,現在どのように生かされていますか。
海外実務研修以降は国際・国連機関に勤務していたので,政府関係者をはじめ他国連機関やNGOs,民間セクター,研究者など様々な方と話をする機会がありました。そのなかで,各プロジェクトを出来る限り現地の実情に見合うよう,または現地の方々が兼ね備えている生きる力を活かせるように配慮するだけでなく,全体像,例えばその地方や国という少し大きな視点や流れを把握しようとする意識をもてたと思います。プロジェクトにどのようなアクターが関わっていて,それぞれとどのように付き合いながら自分たちのスタンスを押し出していくのか,という見方はこの先どのような地域で仕事をする上でも役立っていくと思います。
8 今後のキャリアプランについて教えて下さい。
私自身,まだまだ途上の道ですが,気候変動に対する適応という分野における水の役割はより広く,深いと感じています。ですので,水衛生(WASH)クラスターリードであるUNICEFを例に挙げれば,今日の水衛生プログラムにおいて,より気候変動の影響に適応した施策が重要になってくると思いますし,他国際・国連機関も各機関のマンデートにおいても同じことが言えると思います。そのような展開が国際的に広がってくる時代の中で,自身の専門性と経験をもって現場で再び貢献できるようになっていきたいです。
9 熊丸さんがキャリア選択をする際に意識していることや,大切にしていることはありますか。
仕事の軸としては,専門分野である水を中心として,たとえ研究者であろうと政策決定者であろうと実務家であろうと,この先も揺らぐことはないと思います。しかし単に仕事を選択するということではなく,自分がキャリア選択をする上で優先的に考えているのは,やはり家族やパートナーのことです。キャリアは生きる上での大切な表現の一つだと思いますが,それだけというのも自分には向かないかなと思っています。理想的なのはポータブルハズバンド・パートナーという考え方で,働く国や地域,組織が変わってもつねに自分の家族が軸にあって,そこでできる仕事を見つけていけるような生き方ができればいいなと思っています。
10 平和構築の実務家に求められる素質とは何だと思いますか。
素質というとちょっと難しいのですが,自分は持っていなくて,実際に紛争地帯に入って平和構築に取り組む上で気づいた,感じたこととしては,自分の心身,特に心の動きについてもマネージすることはとても大切だなということです。現場によっては想像を遥かに上回る,死と隣り合わせの環境で,現地の人々が犠牲になるだけでなく,身の回りの大切な仲間や無論自分自身もつねに死の危険にさらされています。
実際,自分が3日前まで出張滞在していたソマリアの国連施設でテロが起き,十数名の大切な仲間を失う出来事がありましたし,南スーダンの現場においても生々しい厳しい事態に直面したことは数えきれません。そうでなくても日々ストレスを抱えることは多いです。場所によっては安全のために国連施設は高い塀で囲まれ,外出時はヘルメットと防弾チョッキを着用して装甲車に乗り込まなければなりません。死が隣り合わせの状況では,ときに孤独感のようなものを感じることもあります。しかし,そのような環境にも耐えられるタフな精神力をもつことと,仲間との支え合いの中で自分自身のことを自覚することは大切だと思いますし,だからこそそういった厳しい環境の中でも生き抜く人々のことが大切な仲間や家族のようにより一層感じるのだと思います。
11 将来平和構築の分野で働くことを目指している方々に,メッセージやアドバイスをお願いします。
私は,それぞれ皆さんの興味があることから始めることで後になって平和構築につながっていく,そういった形もいいのではないかと思っています。まずは人に会って話をすることからでしょうか。いろいろな人から刺激を受けながら自分自身の興味や考え方を育てていくなかで,やがて自分なりの平和構築の形ができていくと思います。