日本の安全保障と国際社会の平和と安定
平成23年度平和構築人材育成事業 本コース修了生
国立精神・神経センタ-レジデント樫野亘さんへのインタビュー
国際平和協力室インターン相浦由莉絵 (あいうらゆりえ)
東京大学教養学部文科一類2年
(注)インタビュー実施日は平成26年8月21日
1.平和構築人材育成事業に応募した理由を教えてください。
当時、世界保健機関(WHO)ジュネーブの結核対策部でインターンをしており、元々国際協力、国際保健医療の分野に強い興味があったため、次にしっかり現場経験を積みたいと考え応募しました。
2.同事業の国内研修の感想を教えてください。
とてもエキサイティングで、初めての経験や知らないことばかりでした。現場でのニーズアセスメントの実施方法やプロジェクトの作り方、どのようにプロジェクトを行い、モニタリングし、その成果を報告していくか、また、その成果をいかに政策に活かしていくかということを座学と演習を通して一通り学ぶことができました。医療は専門のため既知のことも多かったですが、それをどのように社会システム作りに生かしていくかという視点が欠けていましたので、とても勉強になりました。
その一方で、いろんな国の方々とも交流する機会が多くあり、考えさせられることも多かったです。例えばアフガニスタンから来た研修生からは、悲惨な国内の現状や自分が国際機関に勤務していて巻き込まれ、命からがら逃げだした暴動の話などについて聞く機会があり、自分が今、見ている世界がほんの世界の一断片にすぎないということがよく分かりました。また自分の専門分野を超えて、国内外を問わず様々なバックグラウンドを持った方との交流を通して、社会における医療の位置づけや社会をよくするためにどのように医療を還元できるか、などということを話し合ったり意見を聞いたりすることができたので自分の視野が大きく広がったと感じています。やはり国外の状況を聞くと自分の国の状況と随分違うと感じましたし、日本の常識の方が世界的にみると非常に珍しいことなのだと感じたりもしました。特に日本人・アジア人研修員や講師の方々との交流を通じて学ぶことが多かったですね。
3.海外実務研修での活動内容と感想を教えてください。
私は国際移住機関(IOM)ケニア、アフリカの角地域事務所で、移民の健康衛生支援担当医師として研修を行いました。IOMの保健事業は、大きくH1からH3の3部門に分かれており、具体的にはH1:難民・移民・難民の第三国移住前の健康診断、H2:難民・移民のための健康増進・支援、H3:緊急医療支援があります。私はH3を担当しましたので、例えば民族間の紛争によりケニアとエチオピアの間のモヤレというところで8000~3万人もの避難民が発生した際には、緊急支援の部署のスタッフと現地へ赴き、国際連合世界食糧計画(WFP)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とも協力して現地の総合的なニーズアセスメントを行い、その結果に基づき緊急支援プロジェクトを作成し、UNOCHAのEmergency Response Fundから資金をもらい、プロジェクトを実施しました。
海外実務研修で最も大事なのがコミュニケーションでした。他の国から来ている人としっかりコミュニケーションを取り、言語的な面でもプライベートな面でも付き合いを増やし、なるべく仕事が円滑に進むように心がけました。
自分の専門領域に関しては、足りない部分は自分で勉強し、その他の知らないことに関しては必要な人脈を見つけて対処する必要がありました。全てを教えてもらうことは不可能なので、自律的に一人の人間、職業人として働くことが大事だということを改めて感じました。現場で、実際に自分が責任を持って実務研修ができたということはとても大きな経験でした。スーパーバイザーはいましたが、IOMの保健部門を代表して他の国連機関や政府との会議に参加し、話を聞いて必要な発言をしてくるということを一人でやらせてもらえたことは、重い責任を感じる一方で、非常にやりがいもあり、勉強にもなりました。自分の成長にはつながりやすい環境だったと思います。その他に関わることができた大きな仕事としては、ケニアの保健政策に対して、IOMの保健部門の意見を取りまとめて代表して提言を行ったことやケニアの総選挙後の暴力に対する対策の立案がありました。2007年の選挙の際に何十万人もの国内避難民が発生し、1000人を超える人々が殺害されました。2013年のケニアの総選挙後にも暴動が起こる可能性がありましたので、そのための緊急対応策をケニアの保健省、他の国際機関やNGOとともに作成しました。大量の避難民が発生した際の感染症の予防や外傷を負った人、銃創を負った人等に対してどの医療機関で治療を行うか、また、そのための資源・危機の配備などに関する緊急計画を練ることができたのは貴重な経験だったと感じています。
4.研修中に大変だったことはありましたか?
やりがいのあったことと裏表ではありますが、仕事に関して懇切丁寧に教えてもらえたり、指導してくれるということはなかったので、自発的に必要な物事を自分で勉強し、情報を収集して、いろんな人たちに相談しながら形にしなければならないということは大変だったといえます。必要な過程ではありますが、受け身だと仕事にならず何もできない環境でした。またケニアで総選挙が近かったために戒厳令が敷かれ、職場との往復のみでほとんど外に出られない期間もありました。総選挙の前後には不足の事態に備えて家に水や2、3週間分の食料を蓄えていて自宅に籠る生活で、多少のストレスは溜まりました。ナイロビを本拠地にしていたのである程度の治安の悪さは仕方がない部分があり、頻繁に外国人が強盗被害に遭っていたので細心の注意を払っていました。
5.研修後からこれまでの活動について教えてください。
ケニアでUNVとして仕事をしていく中で、メンタルヘルスの重要性を再認識し、それまでの専門であったプライマリーヘルスケアや感染症コントロールに加えて、メンタルヘルスの領域へと専門性を広げてきました。緊急医療支援においてメンタルヘルスは未開拓な新しい領域で、どのように患者の心理的負担を減らすか、うつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を予防するかということについてはまだまだ科学的に不明瞭な部分があり、確立された方法がありません。実際に自分たちが支援を行った際もメンタルヘルスについて何をすれば良いか、どうすれば付加が軽減されるか分からないことも多く、また世界的に徐々にメンタルヘルスに注目が集まっている部分もあり、今後もう少しメンタルヘルスの研究や公衆衛生的な活動をやっていきたいと考えるようになりました。海外研修後は、東京大学の精神保健学講座で福島の被災地におけるメンタルヘルスの研究について勉強させて頂き、現在、国立精神・神経医療研究センター病院の精神科で精神科医として勤務しています。その間にも結核予防会の国際医療専門家養成コースで3ヶ月間の結核対策コースで勉強をしたり、外務省委託事業のFASIDの国際機関向け人材育成研修コースに参加して国際機関での面接の受け方やCVの書き方などの就職対策を受けたり、現在の世界的なトピックスについて学んだりしていました。
6.平和構築人材育成事業はご自身と帰国後の活動にどのような影響を及ぼしましたか?
メンタルヘルスを本格的に専門にしようと考えたのはケニアでの海外実務研修がきっかけでした。海外で仕事をしていく中で、メンタルヘルスの領域はニーズが大きく、これから国際的な重要課題のひとつとして取り組まれようとしている一方で、紛争地でのPTSDやうつ病の予防、紛争で心的外傷を受けた子供たちが将来の社会に及ぼす負の影響のなど、平和構築・公衆衛生的な研究を含めてまだまだ取り組むべき課題が数多く残されていることを実感しました。臨床医として診療を行っていた頃からの実感でもありますが、身体は健康なのにも関わらず、心理・精神的な要因から幸せに生きられない患者さんたちに出会うことがしばしばあり心の健康の大切さは痛感していましたが、平和構築人材育成事業の海外研修を通じて、やはり身体だけではなく、予防も含めて心のケアがしっかりできるようになりたいと強く感じるようになりました。
国際協力の分野への興味は変わりませんが、その中で自分が今後、何を専門として取り組んでいくべきかということが、平和構築人材育成事業での人との交流や国内・海外研修の中でより鮮明になりました。
7.今後のキャリア・プランについて教えてください。
現在は精神科医として臨床を行いつつ、うつ病や発達障害の社会復帰に関する臨床研究に取り組んでいます。今後は精神科医として数年間の経験を積んで精神医学・保健の基盤を築いた後、精神保健の公衆衛生的な分野で研究能力を強化するために海外でPhDをとったり、海外の平和構築の現場で仕事をしていきたいと考えています。
途上国を中心に保健衛生の向上に引き続き携わっていこうと考えていますが、精神医療に関していえば国内、特に地方の状況も決して良いわけではないと感じていますので、精神障がい者が地域の中で暮らしていくことや精神医療サービスへのアクセスをどのように向上させていくかということなどに関して、科学的な根拠を構築し、それを実践していくような仕組みを作ることを今後のライフワークにできればと考えています。海外で学んだことや経験を日本での活動に活かすことや、その逆も可能だと思いますし、国際保健医療と地域医療は本質的に同じものだと考えていますので、双方を往き来しつつ、どちらの改善にも貢献していけるようなキャリアを歩んでいければいいなと考えています。
8.医師という立場から、平和構築人材育成事業への参加を考えている方へメッセージをお願いします。
病院の中で忙しく患者さんの診療に当たっていると、その中の世界が全てになり、視野が狭くなり、患者さんが置かれている環境的な要因や政治や保健医療システムなどの社会的なことを考える余裕がなくなってしまうことが起こりがちだと思います。自分の視野を広くするために、様々なバックグラウンドを持つ方々と交流したり、政策や制度作り、平和構築に関する知識と経験を得ることは非常に大きな意味があり、同時に楽しいことでもあると思います。また、長い目で見て社会にとってよりよい医療を提供していく、医療システムを改善していくために必要なことだと感じています。社会システムや制度、成り立ちを理解し、その中で医療のできることを考え、実践していく上で、平和構築人材育成事業は大変役に立ったと感じています。ご興味のある医療従事者の方には、ご参加を強くお勧めします。