タジキスタン共和国

タジキスタン共和国(Republic of Tajikistan)

基礎データ

平成30年9月19日

  • タジキスタン共和国国旗

一般事情

1 面積

約14万3,100平方キロメートル(日本の約40%)(出典:CIS統計委員会)

2 人口

890万人(2017年:国連人口基金)

3 首都

ドゥシャンベ(Dushanbe

4 民族

タジク系(84.3%),ウズベク系(12.2%),キルギス系(0.8%),ロシア系(0.5%),その他(2.2%)

(タジキスタン共和国統計庁)

5 言語

 公用語はタジク語(イランのペルシア語やアフガニスタンのダリー語などとともにイラン語派の西方方言群に属する。)。ロシア語も広く使われている。

6 宗教

 イスラム教スンニ派が最も優勢。パミール地方にはシーア派の一派であるイスマーイール派の信者も多い。

7 略史

年月 略史
紀元前4世紀 アレクサンドロス大王により制圧
紀元前250頃 グレコ・バクトリア王国成立
1~3世紀 クシャーン朝による支配
6世紀中頃~ テュルク系遊牧民(突厥)の侵入,次第に住民のテュルク化が始まる
7世紀 ソグド人の活動が最盛期
8世紀以降 アラブ勢力の侵入,土着のイラン系住民がイスラーム教を受容。テュルク系諸民族がこれらイラン系住民をタジクと呼ぶようになる
9世紀後半~10世紀 イラン系のサーマーン朝成立(文芸・学問の発展)
13世紀 モンゴル帝国の支配
14世紀後半~15世紀 ティムール帝国の支配
16世紀 シャイバーン朝の支配
18~19世紀 ブハラ・ハン国,コーカンド・ハン国の支配
1860年代 現在のタジキスタン北部がロシア帝国に併合
1890年代 パミール地方の大部分がロシア帝国に併合
1924年 中央アジアの民族・共和国境界画定により,ウズベク・ソヴィエト社会主義共和国内にタジク自治ソヴィエト社会主義共和国が成立
1929年 ウズベク共和国から分離し,タジク・ソヴィエト社会主義共和国に昇格
1990年2月 ドゥシャンベ事件(アルメニア難民移住への抗議行動を契機とする騒乱事件)
1990年8月23日 共和国主権宣言
1991年8月31日 国名を「タジキスタン共和国」に変更
1991年9月9日 共和国独立宣言
1992年5月 内戦状態に
1992年11月19日 ラフモノフ最高会議議長就任
1994年11月6日 ラフモノフ大統領選出
1997年6月27日 タジキスタン内戦の最終和平合意成立
1999年11月6日 大統領選挙が実施され,ラフモノフ大統領が再選
2005年3月 議会選挙
2006年11月6日 大統領選挙が実施され,ラフモノフ大統領が再選
2010年2月 議会選挙
2013年11月6日 大統領選挙が実施され,ラフモン大統領が再選
2015年3月 議会選挙
2016年5月 憲法改正により,ラフモン大統領については大統領職任期制限撤廃,大統領選の立候補年齢引き下げ

政治体制・内政

1 政体

共和制

2 元首

エマムアリ・ラフモン大統領(任期7年(注:ただし,2016年,同大統領の任期制限撤廃),1991年11月,2006年11月,2013年11月再選)
(2007年4月に「ラフモノフ」から「ラフモン」に改姓)

3 議会

二院制
  • 上院:「国民議会」(任期5年,定数33+元大統領,前回上院選挙は2015年3月27日)
  • 下院:「代表者会議」(任期5年,定数63,前回下院選挙は2015年3月1日)

4 政府

5 内政

  • (1)独立直後の1992年,政権側の旧共産党勢力とイスラーム勢力を含む反政府勢力との対立から内戦が発生。この混乱の中でラフモノフ最高会議議長(改名により現在はラフモン大統領)はCIS合同平和維持軍の派遣要請等,国内和平達成を目指して積極的な外交を展開。1994年の暫定停戦合意の後も内戦はしばらく継続し,多くの犠牲者が発生した。同年11月には大統領制が復活,それに伴う大統領選でラフモノフ最高会議議長が当選(得票率60%)。その後も断続的な戦闘状態が続いたが,1997年6月に最終和平合意が達成され,国内情勢は安定化に向かった。
  • (2)1999年9月に憲法改正の国民投票,同年11月に大統領選挙,2000年に議会選挙が行われ,和平プロセスは完了した。国連タジキスタン監視団(UNMOT)はその任務を終了し,同国復興支援のため新たに国連タジキスタン和平構築事務所(UNTOP)が設立された(UNTOPは2007年任務終了)。
  • (3)隣接するアフガニスタンの情勢がタジキスタンに与える影響は大きく,タリバン政権崩壊後,治安上の脅威は低減したが,テロ,武器・麻薬流入問題が深刻である。また,シリア等で活動する武装勢力への国民の流入阻止が課題。
  • (4)2013年11月,大統領選挙が実施され,ラフモン大統領が80%超の得票率を得て圧勝し,再選された。
  • (5)2015年3月1日,下院議会選挙が実施され,ラフモン大統領が党首を務める与党人民民主党が圧勝。

外交・国防

1 外交基本方針

  • (1)全方位的外交を模索。但し,ロシアへの労働移民からの送金,ロシア軍の国内駐留等,経済・軍事面でロシアへの依存度は大きい。
  • (2)中国からは,多額の借款供与,インフラ整備支援を受けており,関係を深めている。
  • (3)アフガニスタンと国境を接し,同国の安定化に強い関心を有しており,同国復興への国際社会の協力を呼びかけている。
  • (4)ウズベキスタンとは双方とも自国内に相手国民族を抱え,また双方が相手国の反政府勢力を匿っているとの主張を行う複雑な関係であった。他方,2017年3月,ウズベキスタンとタジキスタンの間で航空路再開が実現する等,関係改善の兆しが見られる。

2 軍事力

  • 総兵力8,800人(陸軍7,300人,空軍1,500人),準兵力7,500人
  • ロシア陸軍が駐留

(ミリタリー・バランス2017)

経済

((注)かっこ内は出典)

1 主要産業

農業(綿花),アルミニウム生産,水力発電

2 GDP

73億ドル(2017年:IMF推計)

3 一人当たりGDP

824ドル(2017年:IMF推計)

4 経済(実質GDP)成長率

7.1%(2017年:IMF推計)

5 物価上昇率

7.3%(2017年:IMF推計)

6 失業率

2.3%(2016年:タジキスタン共和国統計庁)

7 貿易額

(1)輸出
10.96億米ドル
(2)輸入
24.79億米ドル

(2017年:CIS統計委員会)

8 主要貿易品目

(1)輸出
繊維・繊維製品(主に綿花・綿花製品),電力,青果
(2)輸入
石油製品,鉱物(主にアルミナ,ボーキサイト),小麦・小麦粉,動植物油,砂糖・菓子類

(2016年:タジキスタン共和国統計庁)

9 主要貿易相手国

(1)輸出
トルコ,カザフスタン,スイス,ロシア,イラン
(2)輸入
ロシア,中国,カザフスタン,EU,トルクメニスタン

(2016年:タジキスタン共和国統計庁)

10 通貨

ソモニ(Somoni:2000年10月30日導入)(CIS統計委員会)

11 為替レート

1ドル=約9.43ソモニ(2018年9月19日現在:タジキスタン国立銀行)

12 経済概況

  • (1)独立後の内戦で生活水準全般が低下。その後,内戦の克服により経済の成長に転じたが,依然として失業率も高く経済状態は厳しい。IMF,世銀と協力しつつ経済発展及び開発を進めている。2008年10月の世界金融危機以降は,経済的に関係の深いロシアやカザフスタンの景気後退の影響を受け,海外出稼ぎ労働者からの送金も減少し,GDPの成長は鈍化した。
  • (2)綿花栽培を中心とする農業,牧畜が主要産業。工業部門では繊維産業が比較的発達している。小規模ではあるが,金,銀,銅,モリブデン,アンチモンなどの鉱物資源を有する。また,水資源が豊富。
  • (3)1995年5月10日,独自通貨「タジク・ルーブル」を導入し,2000年10月に「ソモニ」に変更。

経済協力

1 日本の援助実績

  • (1)有償資金協力 なし
  • (2)無償資金協力 307.77億円(2015年度までの累計/文化・草の根無償等を含む)
  • (3)技術協力 68.89億円(2015年度までの累計)
  • (4)タジキスタン和平支援パッケージ:1998年8月武見外務政務次官(当時)の同国訪問時に,故秋野UNMOT政務官の遺志を引き継ぎ,同国の和平と民主化に資する研修員受け入れを表明。1998年から5年間で500名招待(1999年からの3次にわたる民主化セミナーを含む)。

2 主要援助国

米国,スイス,ドイツ,日本,英国

DAC諸国のODA実績(過去5年)(支出純額ベース,単位:百万ドル)
暦年 1位 2位 3位 4位 5位 合計
2010年 米国 43.64 日本 43.42 ドイツ 34.67 スイス 13.80 英国 12.52 162.37
2011年 ドイツ 39.69 日本 35.59 米国 35.26 英国 16.50 スイス 14.53 154.03
2012年 ドイツ 43.21 米国 35.69 日本 32.98 スイス 23.10 英国 13.67 162.91
2013年 米国 37.95 スイス 29.70 ドイツ 26.76 日本 26.66 英国 12.14 148.79
2014年 米国 42.19 スイス 36.32 ドイツ 25.52 日本 23.55 英国 22.71 180.10

(出典:OECD/DAC

二国間関係

1 政治関係

  • (1)国家承認日 1991年12月28日
  • (2)外交関係開始日 1992年2月2日
  • (3)日本大使館(駐在官事務所)開館 2002年1月16日(大使館への格上げ:2016年1月1日)
  • (4)在日タジキスタン大使館開設 2007年11月28日

2 経済関係

(1)日本の対タジキスタン貿易通関(2017年:財務省貿易統計)
  • 輸出 6.62億円(肉類,輸送用機器,一般機械)
  • 輸入 1.63億円(果実,植物性原材料,非金属鉱物製品)
(2)2006年12月,官民合同のタジキスタン経済ミッションを派遣。
(3)2017年4月 日・タジキスタン 経済,技術,科学協力政府間委員会第1回会合を開催

3 文化関係

一般及び草の根文化無償資金協力 計17件 計3.30億円(2016年度まで)

最近の事例

一般文化無償資金協力(実施額)
  • 2008年度 国営サフィーナテレビ局番組ソフト整備計画(39.1百万円)
草の根文化無償資金協力(供与限度額)
  • 2012年度 空手道場整備計画(7,244,073円)
  • 2014年度 タジキスタン国立言語大学日本語学科教室改修・教育機材整備計画(7,733,422円)
  • 2015年度 柔道場整備計画(9,999,660円)
  • 2016年度 障がい者スポーツ選手用トレーニング機材整備計画(9951,480円)

4 在留邦人数

36人(2017年10月現在)

5 在日当該国人数

182人(2017年12月:法務省)

6 要人往来

(1)往(1998年以降)
年月 要人名
1998年8月 武見敬三外務政務次官(秋野UNMOT政務官殺害事件の調査及びタジキスタン和平構築に関する意見交換)
1999年8月 武見敬三外務政務次官
2000年2月 武見敬三参議院議員(議会選挙監視団団長)
2000年7月 鈴木宗男衆議院議員,武見敬三参議院議員
2001年10月 鈴木宗男衆議院議員
2002年1月 鈴木宗男衆議院議員
2003年8月 武見敬三参議院議員(国際淡水フォーラム)
2004年8月 川口順子外務大臣(中央アジア歴訪)
2008年7月 古川禎久法務大臣政務官
2010年9月 衆議院外務委員会公式派遣議員団(団長:鈴木宗男外務委員長)
2012年3月 中野譲外務大臣政務官(第5回アフガニスタン地域経済協力会議(RECCA V))
2012年9月 浜田和幸外務大臣政務官
2013年3月 城内実外務大臣政務官(第11回アジア協力対話(ACD)外相会合)
2014年11月 薗浦健太郎外務大臣政務官
2015年10月 安倍晋三内閣総理大臣
2017年9月 武見敬三参議院議員
2018年9月 古屋圭司衆議院議員
(2)来(1992年以降)
年月 要人名
1992年10月 ホリクナザロフ外相等(旧ソ連支援東京会議)
1996年10月 アジモフ首相等(タジキスタン支援国会合)
2000年3月 ナザロフ外相等
2001年1月 ヌリ・イスラム復興党党首
2001年2月 ジヤエフ非常事態相
2001年2月 ハイルロエフ下院議長
2001年5月 ラフモノフ大統領(タジキスタン支援国会合,実務訪問賓客)
2002年1月 ナザロフ外相(アフガニスタン復興支援国際会議)
2003年3月 ラフモノフ大統領(第3回世界水フォーラム,実務訪問賓客)
2005年9月 ソリエフ経済相(万博賓客)
2006年6月 ナザロフ外相(「中央アジア+日本」対話・第2回外相会合)
2007年12月 ラフモン大統領(第1回アジア・太平洋水サミット,実務訪問賓客)
2012年7月 アブドウラヒモフ非常事態委員会議長(世界防災閣僚会議 in 東北)
2012年10月 ナジムッディノフ財務相
2012年11月 ザリフィ外相(「中央アジア+日本」対話・第4回外相会合)
2013年12月 サリムゾダ議会下院国際問題・公共団体・情報委員会議長
2014年6月 アスロフ外相(外務省賓客)(注:現ムフリッディン外相)
2017年4月 ヒクマトゥロゾーダ経済発展貿易相(第1回「日・タジキスタン経済・技術・科学協力政府間委員会」会合)

7 二国間条約・取極

  • 1994年4月7日 日本と旧ソ連邦間で結んだ条約の承継を確認

8 その他

 1998年7月,秋野国連タジキスタン監視団(UNMOT)政務官を含む4人のUNMOT要員が,首都ドゥシャンベ東方の町ラビジャール近くで殉職。秋野氏は,日本政府が国連の要請に基づき,1998年4月よりタジキスタンに派遣していた。1999年3月16日タジキスタン最高裁判所は容疑者3名に対して死刑判決を下した。

 2000年10月~2001年11月,高橋博史前在ウズベキスタン大使館参事官を国連タジキスタン和平構築事務所(UNTOP)に上級政務官として派遣した。

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