サウジアラビア王国
サウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)
基礎データ
令和6年9月3日
一般事情
1 面積
215万平方キロメートル(日本の約5.7倍)
2 人口
3,217.5万人(2022年、サウジアラビア国勢調査)
3 首都
リヤド
4 民族
アラブ人
5 言語
アラビア語(公用語)
6 宗教
イスラム教
7 国祭日
9月23日(建国記念日)
8 略史
- 1744年、リヤド近郊のディルイーヤを拠点にムハンマド・イブン・サウードが宗教指導者ムハンマド・イブン・アブドルワッハーブと盟約を結び、サウード王国の基礎を樹立。
- 19世紀中頃にサウード王家は一時アラビア半島の支配権を失ったが、1902年、同王家の血を引くアブドルアジーズが、リヤドの支配権をラシード家から奪還。アブドルアジーズは、その後も版図を広げ、1932年に現在のサウジアラビア王国の初代国王となった。
政治体制・内政
1 政体
君主制
2 元首
- サルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード国王
- (2015年1月即位。第7代国王。敬称:二聖モスクの守護者)(Custodian of the Two Holy Mosques, His Majesty King Salman bin Abdulaziz AL-Saud)
3 議会
諮問評議会
4 政府
- (1)首相名 ムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード皇太子殿下
- (2)外相名 ファイサル・ビン・ファルハーン・アール・サウード殿下
5 内政の現状
- 王制の維持、イスラム法の堅持及び国内開発の推進を基本方針とする。国王が閣僚会議を主宰し、重要ポストは王族が占める。他方、石油、財政、経済開発等の実務はテクノクラートが運営。伝統的に国内有力者の間のコンセンサスを重んじる慎重な政策運営が基本となっている。
- 2015年1月、アブドッラー第6代国王の崩御に伴い、サルマン皇太子が第7代国王に即位。同年4月、第三世代(初代国王の孫の世代)のムハンマド・ビン・ナーイフ(サルマン国王の甥)副皇太子が皇太子に、ムハンマド・ビン・サルマン(サルマン国王の子息)国防相が副皇太子に叙任され、指導者の世代交代が進展。その後2017年6月、ムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が解任され、ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子が皇太子に昇格。2022年9月には、国王が首相を務めると規定する統治基本法の例外として、国王令によりムハンマド・ビン・サルマン皇太子が首相に就任した。
- 2016年4月、サルマン国王及びムハンマド副皇太子(当時)が主導して「サウジ・ビジョン2030」を策定し、2030年までのサウジ社会の石油依存からの脱却と産業多角化等を中心とした改革の実現に向けて各種政策を進めている。エンターテイメントや観光振興等が成長の柱に据えられている。
- 湾岸危機後、内政改革を求める国内の動きに応えて、1992年3月、統治基本法、諮問評議会法及び地方制度法が制定された。1993年12月には諮問評議会(勅選議員150名で構成)が開設され、2005年2月~4月に初の地方議会選挙が実施される等、政治参加の範囲が徐々に拡大されてきた。2013年1月には、諮問評議会(定員150名)に30名の女性議員が初めて任命され、2016年12月の第三回地方評議会選挙では、初めて女性の選挙権・被選挙権が認められた(女性20名が当選)。2018年6月には、それまで禁止されていた女性の自動車の運転が認められた。
外交・国防
1 外交基本方針
- 二大聖地を擁するイスラム世界の中心的存在として、湾岸協力理事会(GCC)、アラブ連盟、イスラム協力機構(OIC)等において主導的役割を果たしている。アラブ諸国で唯一のG20メンバー国。西側諸国との関係では、伝統的に協調的な外交を展開。
- 2016年1月、イランが周辺諸国への介入を続けていると非難し、イランと断交。2023年、同国と国交正常化で合意。
- 2015年3月から不安定化したイエメンにおいて、同国の反政府勢力ホーシー派に対する軍事作戦を主導。2022年3月以降は、ホーシー派と事実上の停戦を維持しており、恒久的和平に向けて交渉を断続的に行っている。
- 2017年6月、カタールによるテロ組織支援等を非難し、カタールと断交したが、2020年1月、関係回復に合意。
2 軍事力
(2023年 ミリタリーバランス)
- (1)予算
- 456億ドル(2022年)
- (2)兵役
- 志願制
- (3)兵力
-
- 陸軍:75,000人
- 海軍:13,500人
- 空軍:20,000人
- 防空軍:16,000人
- 戦略ミサイル軍:2,500人
- 国家警備隊:130,000人
- 准軍事組織:24,500人以上(国境警備隊15,000人、治安部隊(内務省)9,000人以上、特殊治安部隊500人等)
経済
1 主要産業
石油(原油生産量1,050.9万B/D(2022年、Energy Institute統計))、LPG、石油化学
2 GDP
1兆1,081億ドル(2022年、世銀)
3 一人当たりGDP
30,447.9ドル(2022年、世銀)
4 GDP成長率(実質)
8.7%(2022年、世銀)
5 物価上昇率
2.5%(2022年、世銀)
6 失業率(外国人労働者を除く)
5.6%(2022年、世銀)
7 総貿易額
- (1)サウジアラビアからの輸出 4,106億ドル(2022年、サウジアラビア統計局から算出)
- (2)サウジアラビアへの輸入 1,896億ドル(2022年、サウジアラビア統計局から算出)
8 主要貿易品目
- (1)サウジアラビアからの輸出 鉱物性燃料(原油等)、化学製品、原料別製品(非鉄金属等)
- (2)サウジアラビアへの輸入 一般機械(原動機等)、輸送用機器(自動車等)、化学製品、原料別製品(鉄鋼等)
9 主要貿易相手国
- (1)サウジアラビアからの輸出 中国、インド、日本、韓国、米国
- (2)サウジアラビアへの輸入 中国、米国、UAE、インド、ドイツ
10 通貨
サウジアラビア・リヤル(SR)
11 為替レート
1$=3.75SR(固定レート)
12 経済の概要
- (1)サウジアラビアは世界最大級の石油埋蔵量、生産量及び輸出量を誇るエネルギー大国。輸出総額の約9割、財政収入の約8割を石油に依存。OPEC(石油輸出国機構)の指導国として国際原油市場に強い影響力を有する。
- (2)若年層への雇用機会の増大、石油依存からの脱却が最重要課題。サウジ人労働力の積極的利用(サウダイゼーション)や石油部門以外の部門の発展に力を注いでいる。また、人材育成、民営化、外資導入、市場開放等諸改革に努めている。2016年4月、石油依存からの脱却と産業多角化を目指す「サウジ・ビジョン2030」が発表され、観光振興や女性の労働参画推進等を含む包括的な社会経済改革の方針が示された。
経済協力
1 日本の援助実績(2009年度まで)
- (1)有償資金協力 なし
- (2)無償資金協力 3.83億円
- (3)技術協力 207.15億円
二国間関係
1 政治関係
- 1955年6月、外交関係樹立。1958年にサウジアラビアは在京大使館を開設。1960年、日本はジッダに大使館を開設(1984年、大使館はリヤドに移転し、ジッダには総領事館を開設)。
- 両国は一貫して良好な関係。皇室とサウジ王室との関係は特に良好であり、1994年11月に皇太子同妃両殿下(当時)がサウジアラビアを御訪問されたほか、ファハド国王崩御(2005年8月)、スルタン皇太子薨去(2011年10月)、ナーイフ皇太子薨去(2012年6月)、アブドッラー国王崩御(2015年1月)に際し、皇太子殿下(当時)が弔問のため御訪問。
- 2006年4月、スルタン皇太子が公式訪日し、戦略的・重層的なパートナーシップ構築に向けた対話促進に合意。2007年4月、安倍総理がサウジアラビアを訪問し、一層の関係発展を志向する共同声明を発表。2013年4~5月、安倍総理がサウジアラビアを訪問。2014年2月、サルマン皇太子が公賓として訪日し、「包括的パートナーシップ」の更なる強化で一致。
- 2016年9月、ムハンマド副皇太子が公式実務訪問賓客として訪日し、「サウジ・ビジョン2030」の下でサウジアラビアが進める改革努力を支援する包括的パートナーシップ実現への協力で一致。2017年3月、サルマン国王が公式実務訪問賓客として訪日し(1971年の第3代ファイサル国王以来となる歴史的な国王訪日)、協力の枠組みを定めた「日・サウジ・ビジョン2030」の実施に合意。2019年6~7月、ムハンマド皇太子がG20大阪サミット出席等のため訪日。2020年1月、安倍総理がサウジアラビアを訪問。2022年7月、岸田総理がサウジアラビアを訪問し、ムハンマド皇太子兼首相と「日・サウジ・ビジョン2030」の下で、脱炭素分野を含め一層幅広い協力を進めることで一致。
- 2011年3月の東日本大震災に際し、アブドッラー国王及びスルタン皇太子から天皇陛下にお見舞電が接到。また、サウジアラビア政府から、サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコ社を通じて2千万ドル相当のLPGが提供された。
2 経済関係
日本の対相手国貿易(2023年、財務省貿易統計)
- (1)対日輸出:約4兆3,428億円
(主要対日輸出品目は、原油及び同製品、化学製品等。サウジアラビアは、日本にとって最大の原油供給国。日本は輸入原油の約4割をサウジアラビアから調達。) - (2)対日輸入:約8,051億円
(主要対日輸入品目は、輸送用機器、一般機械、鉄鋼等。)
3 文化関係
- (1)1993年にキング・サウード大学言語翻訳研究所内に日本語学科が創設。国際交流基金が日本語教育の専門家を派遣。
- (2)1999年から2012年まで毎年、「日・サウジアラビア青年交流計画」により両国の青年団が相互訪問。
- (3)2007年4月から、アブドッラー国王奨学制度にもとづくサウジアラビア人留学生の対日派遣が開始。
- (4)2011年4月、第26回「サウジアラビア伝統と文化の国民祭典」(ジャナドリヤ祭)に官民共同で日本館を出展。
- (5)日・サウジアラビア外交関係樹立60周年にあたる2015年には、両国で各種記念事業が実施された。この一環として、同年11月、高村正彦自民党副総裁が率いる日本武道館武道団がサウジアラビアを訪問し、演武を披露した。
- (6)2017年4月、「日・サウジ・ビジョン2030」の枠組みの下、文化・娯楽の振興を目的として、さわかみオペラ芸術振興財団の取組を在サウジ大使館が全面的に支援し、日本人オーケストラによるリヤド公演を実施。3000人以上が参加し、サウジの若い世代が国内でオーケストラに触れる最初の機会となった。
- (7)2018年1月~5月、東京の東京国立博物館にて「アラビアの道」展が開催され、99日の会期中で25万人以上が来場。日本人がサウジアラビアをはじめアラビア半島の歴史に親しむ好機となり、大成功をおさめた。
4 在留邦人数
628人(2024年1月)
5 要人往来
年月 | 要人名 |
---|---|
1990年 | 中山外務大臣 |
1990年 | 海部総理大臣 |
1992年 | 渡部通商産業大臣 |
1994年 | 皇太子同妃両殿下 |
1995年 | 村山総理大臣 |
1997年 | 小杉文部大臣 |
1997年 | 橋本総理大臣 |
1997年 | 堀内通商産業大臣 |
1999年 | 町村外務政務次官 |
1999年 | 与謝野通商産業大臣 |
2000年 | 深谷通商産業大臣 |
2001年 | 河野外務大臣 |
2001年 | 平沼経済産業大臣 |
2001年 | 高村総理大臣特使 |
2002年 | 高村総理大臣特使 |
2003年 | 小泉総理大臣 |
2003年 | 高村総理大臣特使(2回) |
2004年 | 高村総理大臣特使 |
2005年 | 橋本元総理大臣 |
2005年 | 河井外務大臣政務官 |
2005年 | 皇太子殿下、橋本特派大使(ファハド国王逝去弔問) |
2005年 | 細田総理大臣特使 |
2006年 | 中川農林水産大臣 |
2007年 | 安倍総理大臣 |
2007年 | 甘利経済産業大臣 |
2008年 | 渡海文部科学大臣 |
2008年 | 奥田総理大臣特使 |
2008年 | 甘利経済産業大臣 |
2008年 | 橋本外務副大臣 |
2009年 | 安倍総理大臣特使 |
2009年 | 西村外務大臣政務官 |
2009年 | 福田前総理大臣 |
2009年 | 岩國総理大臣特使 |
2010年 | 松下経済産業副大臣 |
2010年 | 増子経済産業副大臣(2回) |
2010年 | 川口元外務大臣 |
2010年 | 日本・サウジアラビア友好議員連盟 |
2011年 | 大畠経済産業大臣 |
2011年 | 櫻井財務副大臣 |
2011年 | 伴野外務副大臣、中山経済産業大臣政務官(IEF閣僚級会合) |
2011年 | 徳永総理大臣特使(外務大臣政務官) |
2011年 | 中山経済産業大臣政務官 |
2011年 | 松下経済産業副大臣、津島国土交通大臣政務官 |
2011年 | 枝野経済産業大臣 |
2011年 | 皇太子殿下、鳩山特派大使(スルタン皇太子薨去弔問) |
2012年 | 玄葉外務大臣 |
2012年 | 柳澤経済産業大臣政務官 |
2012年 | 尾辻参議院副議長 |
2012年 | 皇太子殿下、江田特派大使(ナーイフ皇太子薨去弔問) |
2013年 | 茂木経済産業大臣 |
2013年 | 安倍総理大臣 |
2014年 | 茂木経済産業大臣 |
2015年 | 皇太子殿下、福田特派大使(アブドッラー国王崩御弔問) |
2015年 | 西村内閣府副大臣 |
2015年 | 高村自民党副総裁 |
2016年 | 高木経済産業副大臣 |
2016年 | 山田外務大臣政務官 |
2016年 | 世耕経済産業大臣、薗浦外務副大臣 |
2017年 | 河野外務大臣 |
2018年 | 世耕経済産業大臣 |
2019年 | 河野外務大臣 |
2019年 | 原田環境大臣 |
2020年 | 安倍総理大臣 |
2020年 | 茂木外務大臣 |
2022年 | 西村経済産業大臣 |
2023年 | 岸田総理大臣 |
2023年 | 林外務大臣 |
2023年 | 齋藤経済産業大臣、深澤外務大臣政務官 |
年月 | 要人名 |
---|---|
1971年 | ファイサル国王(国賓) |
1974、1982、1986年 | ヤマニ石油相 |
1977、1978、1979、1980、1983、1990、1994年 | ナーゼル石油相兼企画相 |
1985、1994年 | ザーミル工業電力相 |
1985、1990年 | ファイサル青年福祉庁長官 |
1987年 | ナーイフ内相(外賓) |
1971、1989、1990年 | ナッワーフ殿下 |
1981、1992年 | スレイム商業相 |
1992、1997、1998年 | アッタール企画相 |
1993年 | トルキー殿下 |
1996、1998年 | サウード外相(外賓) |
1997年 | ラシード教育相 |
1998年 | アンガリ高等教育相 |
1998年 | サルマン殿下(外賓) |
1998年 | ビン・ジュベイル諮問評議会議長 |
1998年 | ヤマニ工業電力相 |
1998年 | ナイミ石油相 |
1998年 | アブドッラー皇太子(公賓) |
1999年 | ファキーフ商業相 |
2000年 | アル・シェイク宗教相 |
2001年 | アブドッラー総合投資院総裁 |
2001年 | ラシード教育相 |
2002年 | アッサーフ財政経済相 |
2002年 | ゴサイビ企画相 |
2002年 | ナイミ石油鉱物資源相 |
2003年 | ゴサイビ経済企画相(2回) |
2004年 | トルキー環境保護・気象庁長官 |
2004年 | ナイミ石油鉱物資源相 |
2005年 | ヤマニ商工相(2回) |
2005年 | ゴサイビ経済企画相 |
2006年 | スルタン皇太子兼副首相 |
2006年 | ゴサイビ経済企画相 |
2006年 | ダッバーグ総合投資院総裁 |
2007年 | ナイミ石油鉱物資源相 |
2007年 | バンダル国家安全保障会議事務局長 |
2007年 | アブドルアジーズ石油鉱物資源副相 |
2007年 | ファイサル・ビン・サルマン殿下 |
2007年 | ナイミ石油鉱物資源相 |
2009年 | ダッバーグ総合投資院総裁 |
2009年 | ナイミ石油鉱物資源相 |
2009年 | シャラビ産業クラスター庁長官 |
2009年 | ハカミ経済企画副相 |
2010年 | ゴサイビ経済企画相 |
2010年 | アンガリ高等教育相 |
2010年 | サウジアラビア・日本友好議員連盟 |
2010年 | ホサイン水電力相 |
2010年 | アッサーフ財務相 |
2011年 | マダニ外務担当相 |
2012年 | ジャーセル経済企画相、タウフィーク商工相、ヤマニ・アブドッラー国王原子力・再生可能エネルギー都市(KACARE)総裁 |
2012年 | ハーリド外務副相 |
2012年 | ナイミ石油鉱物相、アッサーフ財務相 |
2012年 | マダニ外務担当相 |
2013年 | ハーリド国防副相 |
2014年 | サルマン皇太子(アイバーン国務相他) |
2015年 | ファキーフ経済企画相、オスマン総合投資院(SAGIA) |
2016年 | シェイク諮問評議会議長 |
2016年 | ムハンマド副皇太子(ジュベイル外相他) |
2017年 | サルマン国王(アッサーフ国務相他) |
2018年 | ファーレフ・エネルギー産業鉱物資源相 |
2018年 | スルタン・ビン・サルマン国家遺産観光庁長官 |
2019年 | ハーディー・サウジアラビア日本友好議員連盟会長一行 |
2019年 | アイバーン国務相 |
2019年 | ムハンマド皇太子(アッサーフ外相他)(G20大阪サミット) |
2019年 | トルキー・ムハンマド国務相(即位の礼) |
2019年 | トワイジリ経済企画相、カサビー商業投資相(日・サウジ・ビジョン2030閣僚級会合) |
2019年 | シェイク諮問評議会議長 |
2019年 | ファイサル外相(G20外相会合) |
2019年 | ジュベイル外務担当国務相 |
2021年 | アブドルアジーズ・スポーツ相(東京五輪) |
2022年 | ファイサル外相(7月及び9月(安倍晋三総理大臣国葬儀)) |
2022年 | ファーレフ投資相 |
2022年 | ホゲイル住宅相 |
2023年 | ハーリド国防相 |
2023年 | スワーハ通信相 |
2023年 | ホレイフ産業・鉱物資源相 |
6 二国間条約・取極
- 1975年5月18日 経済技術協力協定発効
- 2009年7月27日 航空協定発効
- 2011年9月1日 租税条約発効
- 2017年4月7日 投資協定発効
7 外交使節
- (1)サウジアラビア王国駐箚日本国大使 岩井 文男 特命全権大使
- (2)本邦駐箚サウジアラビア王国大使 ガーズィー・ファイサル・サイード・ビンザグル次期大使