レソト王国

レソト王国(Kingdom of Lesotho)

基礎データ

平成30年8月22日

  • レソト王国国旗

一般事情

1 面積

3.0万平方キロメートル(四国の1.6倍)

2 人口

223万人(2017年:世銀) 人口増加率1.33%(2017年:世銀)

3 首都

マセル(Maseru

4 民族

ソト族

5 言語

英語(公用語),ソト語(公用語)

6 宗教

大部分がキリスト教

7 国祭日

10月4日(独立記念日)

8 略史

年月 略史
1868年 バストランドとして英国保護領に
1966年10月 英領独立
1970年1月 ジョナサン首相による憲法停止
1970年4月~12月 国王モシェシェ二世オランダ亡命(帰国後,政治不関与を宣言)
1986年1月 クーデターによりレカーニャ国軍司令官が政権掌握
1990年3月 国王モシェシェ二世英国亡命
1990年11月 モシェシェ二世廃位,レツィエ三世即位
1991年4月 クーデターによりラマエマ大佐が政権掌握
1993年3月 下院総選挙実施(23年ぶり)
1994年8月 レソト危機(レツィエ三世,憲法停止及び議会・内閣の解散を一方的に宣言)
1995年1月 レツィエ三世退位,モシェシェ二世即位
1996年1月 モシェシェ二世死去
1996年2月 レツィエ三世復位
1998年5月 下院総選挙実施
2002年5月 やり直し下院総選挙実施
2005年4月 第1回地方自治体選挙実施
2007年2月 下院総選挙実施
2012年5月 下院総選挙実施
2014年8月 国防軍による軍事行動が発生(SADCの仲介により安定化)
2015年2月 下院総選挙実施
2017年6月 下院総選挙実施

政治体制・内政

1 政体

立憲君主制

2 元首

レツィエ三世(King Letsie III

3 議会

二院制(上院は勅撰,下院は選挙により選出)

4 政府

  • (1)首相名 トーマス・タバネ(Thomas THABANE
  • (2)外相名 レセホ・マホツィ(Lesego MAKGOTHI

5 内政

 1998年5月の下院総選挙では,レソト民主会議(LCD)が80議席中79議席を獲得し,圧勝。しかしながら,選挙に不正があったとして野党支持者が選挙のやり直しを要求。事態は首都マセルでの警察と群衆の衝突に発展し,南部アフリカ開発共同体(SADC)軍の介入も招いた。その後,SADC代表団仲介の下,与野党間の政治対話が行われ,2000年に再選挙を行うこと,現行の小選挙区制を見直すこと等の合意に達した。

 結局,再総選挙は2002年5月25日に実施され,LCDが小選挙区で圧勝,軍政時代に独裁政党だったバソト国民党(BNP)は比例区で票を伸ばし野党第一党となった。同選挙は国際的な選挙監視の下,平和的かつ自由に実施され,アフリカで最も民主的な選挙と言われた(日本も監視員を1名派遣)。2005年には,同国初となる地方自治体選挙も平和裡かつ民主的に実施され,LCDが総議席の76%を獲得する勝利を収め,また,2007年2月に実施された総選挙でもLCDが過半数を制した。

 2012年5月に行われた総選挙では,同年3月にLCDから分裂して結成された与党,民主会議(DC)が最大議席を獲得したものの,過半数には届かず,また各政党との連立政権樹立の調整も不調に終わり,同年5月末,モシシリ首相が辞任を表明。その後,全バソト会議(ABC),バソト国民党(BNP),LCDによる連立政権が成立し,タバネABC党首が首相に就任したが,与党内の対立や不祥事による閣僚の辞任などにより政権内での対立が深まり,2014年6月に議会閉鎖が決定された。

2014年8月,レソト国防軍(LDF)による軍事行動が発生し(政権内の政治的対立などが背景とされる),不安定な国内情勢が続いたが,同年8月末から10月にかけてSADCによる仲介が行われたことで事態は安定化し,同年10月,約4か月ぶりに議会が再開された。2015年2月に行われた総選挙は平和裏に実施され,DCが最大議席を獲得し,LDC等との連立合意を経てモシシリ氏が首相に返り咲いた。

 その後も与野党の対立は続き,2015年6月,前国防司令官(野党側)が同軍兵士により殺害される事件が発生した。2017年6月,モシシリ首相不信任決議可決及び議会解散を受け選挙が行われ,ABCが第一党となり,タバネ同党党首が再び首相に就任した。

外交・国防

1 外交

 レソトは地理的・経済的に南アフリカ(以下,南ア)に大きく依存しているため,対南ア関係の維持・調整を最重要視(レソトの輸入品は南アからの産品が約7割を占めるほか,南ア鉱山への出稼ぎ労働者からの送金が大きな収入源となっている)。

 非同盟・中立を外交の基本方針とし,英連邦のほか,AU,SACU,SADC等に加盟し,地域協力の推進に熱心に取り組んでいる(COMESAからは1997年に脱退)。

2014年8月の軍事行動発生以降は,SADC諸国との関係が特に重要となっている。

 南ア,米国,EU,中国,リビア,アイルランド等が在外公館を設置しているが,2005年7月,英国政府は在レソト高等弁務官事務所の閉鎖を決定した。

2 軍事力

  • (1)予算 5,300万米ドル(2017年:Military Balance)
  • (2)兵力 陸軍約2,000人(2017年:Military Balance)

経済(単位 米ドル)

1 主要産業

農業(メイズ,ソルガム,小麦),繊維産業

2 GNI

28.5億米ドル(2017年:世銀)

3 一人当たりGNI

1,280米ドル(2017年:世銀)

4 経済成長率

5.6%(2017年:世銀)

5 物価上昇率

6.6%(2016年:世銀)

6 失業率

27.42%(2017年:世銀)

7 貿易総額(2017年:EIU)

  • (1)輸出 10億2750万米ドル
  • (2)輸入 18億2590万米ドル

8 主要貿易品目

  • (1)輸出 衣料品,ダイヤモンド,畜産品
  • (2)輸入 工業製品,食料・家畜,機械製品

9 主要貿易相手国(2017年:EIU)

  • (1)輸出 南ア(29.0%),米国(27.2%),ベルギー(26.2%),中国(5.8%)
  • (2)輸入 南ア(86.5%),中国(3.9%),インド(1.8%),ベトナム(1.0%)

10 通貨

ロチ(Loti)(複数マロチMaloti)(南アのランドと等価)

11 為替レート

1米ドル=約11マロチ(2018年8月現在)

12 経済概況

 レソトは後開発途上国(LDC)の一つであり,旱魃等により慢性的な食糧不足に悩んでいる。同国の主産業は製造業(繊維産業),農業(メイズ,小麦,サトウモロコシ),建設業。わずかながらダイヤモンド等の鉱物資源も産出する。南ア鉱山への出稼ぎ労働者の収入がレソト経済の重要な収入源となっているが,近年は減少傾向。また,通貨ロチが南ア・ランドとペッグされていることによるインフレ対策が喫緊の課題。HIV/AIDS問題(成人感染率23.8%:2017年:国連)も深刻。

 製造業では南アや米国向けの衣類や靴(輸出の約70%を占める)が主力製品。米国のアフリカ成長機会法(AGOA)の恩恵を受け,繊維産業は急成長を遂げたが,2005年1月1日,WTO多国間繊維協定が終結し,アジア系企業の米国への直接輸出が可能となると,レソトに進出していた台湾や中国系企業は相次いで撤退,レソト経済は大打撃を受けた。

 水資源や水力発電による電力を南アに供給する河川開発計画「レソト・ハイランド・ウォーター・プロジェクト」は,建設業を始めとする経済を牽引。同プロジェクトは,1986年にレソト・南ア政府が共同建設及び南アへの水資源の輸出等に係る協定を締結したことにより開始され,2017年7月時点では2フェーズ中のフェーズ2として,レソトにおける第3番目の巨大ダムが建設されている。

 レソトは南ア,ボツワナ,ナミビア,スワジランドと共に「南部アフリカ関税同盟」(SACU)を形成している。これらの国々は,レソトの貿易主要相手国であり(総輸入先の95%以上がSACU(2013年:EIU)),また,SACUからの交付金収入はレソト財政収入の約50%を占めている(2013年:レソト年次財政報告書)。

経済協力(単位 億円)

1 日本の援助実績(2016年度までの累計)

  • (1)有償資金協力 なし
  • (2)無償資金協力 120.09億円(2016年度0.17億円)
  • (3)技術協力実績 12.89億円(2016年度0.29億円)

2 主要援助国(2015年)(百万ドル)

  • (1)米国(26.52)
  • (2)ドイツ(4.74)
  • (3)日本(1.90)
  • (4)オーストラリア(1.04)
  • (5)ノルウェー(0.73)

二国間関係

1 政治関係

年月 政治関係
1966年10月4日 独立と同時に国家承認
1967年以来 在プレトリア総領事館(南ア)を通して領事関係を維持
1971年7月 在ザンビア大使館兼轄による外交関係樹立
1990年4月 日本を兼轄していた在中国レソト大使館閉鎖
1993年1月 在南ア大使館に兼轄変更
1995年3月 在中国レソト王国大使館兼轄再開
2006年10月 駐日レソト大使着任(在中国レソト大使館の兼轄解除)
(2007年1月大使館開館)

2 経済関係

(1)日本の対レソト貿易
(ア)貿易額(2017年:財務省貿易統計)
輸出 9.94億円
輸入 0.57億円
(イ)主要品目
輸出 自動車,ガラス製品,電気機械
輸入 衣類,マス
(2)日本からの直接投資 なし

3 文化関係

なし

4 在留邦人数

5人(2017年10月:外務省)

5 在日当該国人数

13人(2017年12月:法務省)

6 要人往来

(1)往
年月 要人名
2005年5月 福島啓史郎外務大臣政務官
2005年11月 日・AU友好議連(矢野哲朗参議院議員,小渕優子衆議院議員,山内俊夫参議院議員)
(2)来
年月 要人名
1966年11月 ジョナサン首相
1972年10月 マコアエ建設通信相
1987年6月 ポロロ農業相
1988年12月 モラポ国務相(三木元総理大臣葬儀への参列)
1989年2月 モシェシェ二世国王(大喪の礼参列)
1989年3月 レツィエ相
1990年11月 ラマエマ軍事評議会委員(即位の礼参列)
1993年10月 バホロ大蔵・計画・人材開発相(アフリカ開発会議(TICAD)出席)
1998年10月 ケツォ財務・開発計画相(TICAD II出席)
1999年10月 モレツァネ・レソト国立大学長(オピニオンリーダー)
2001年12月 ツェコア財務・開発計画相(TICAD閣僚レベル会合出席)
2002年11月 ツェコア外相
2003年3月 モレレキ天然資源相(第3回世界水フォーラム出席)
2003年9月 タハネ財務開発相(TICAD III出席)
2003年12月 モエラネ公共事業運輸相
2005年10月 モレレキ外相(外務省賓客)
2006年11月 モレレキ外相
2007年8月 モシシリ首相
2008年5月 モシシリ首相(TICAD IV出席)
2013年5月 カス鉱業相(日本・アフリカ資源大臣会合出席)
2013年6月 タバネ首相(TICAD V出席)
2013年8月 メツィング副首相
2013年10月 モホシ通信・科学技術相(STSフォーラム出席)
2016年10月 モホトゥ・ジェンダー・青年・スポーツ相(スポーツ・文化・ワールドフォーラム出席)
2016年11月 レツィエ3世国王
2017年1月 メツィング副首相
2017年9月 モラポ通信・科学技術相(STSフォーラム出席)
2017年12月 ポシュレリ保健副大臣(UHCフォーラム2017出席)

7 二国間条約・取極

  • 1977年5月 査証免除取極

8 外交使節

(1)当該国駐箚日本国大使(兼轄,南アフリカ常駐)
廣木 重之 特命全権大使
(2)本邦駐箚大使
スィカケコ・ヤンガネ臨時代理大使
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