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『しょっつる』『いしる』『いかなご醤油』『ほっけ醤油』『鮭醤』などを耳にしたり実際に食したりしたことはありますか。これらは全て日本の魚醤(ぎょしょう)です。魚醤とは、魚、エビやイカを塩漬けし発酵させたものから出た液体で、独特な風味と濃厚な旨味を持つ調味料です。
メコンの国々の食文化では、魚醤が非常に多くの料理に用いられており、食卓に欠かせない調味料です。メコン各国の魚醤事情をみてみましょう。
日本人に最もなじみがあるのは、タイの魚醤ナムプラーではないでしょうか。「ナムプラー」を直訳すれば「魚の水」。魚を塩漬けにしたときにできる汁を集め、熟成させて調味料にしたもので、タイ料理には一日も欠かすことのできないものです。バンコクの近郊にあるマハーチャイは有名なナムプラーの産地です。ナムプラーは、スーパーや市場など、どこでも買うことができ、エビやイカを使って作ったものもあり、値段も非常に安いのから高価なものまでかなりの幅があります。
タイでは、屋台でも大衆食堂でも、ホテルのレストランでさえ、テーブルの上にはナムプラーを含む調味料のセットが必ず置かれています。ナムプラーの他に、砂糖、唐辛子とお酢が、ごくありふれた壺や、ステンレスの回転式の調味料セット容器に入っていて、人それぞれの好みによって出された料理の味を調節しています。
ベトナムの魚醤はヌックマム。主にイワシ類とムロアジ類の魚に、塩を加え、タンクに入れ撹拌し、一年程発酵させると魚のどろどろにしたものができます。その一部は沈殿し、一部は上に浮いて、その間に分離した液体部分ができます。それをタンクの下の方につけてある蛇口、あるいは栓を抜いて取り出し、フィルターにかける。これが「一番搾り」のヌックマムです。その一部と、塩をもとのタンクに加えて撹拌し...という具合に、二番搾り、三番搾りまで作られます。当然高価なのは一番搾りです。ヌックマムの特産地として、南部フーコック島が有名です。ヌックマムに水、ライム、砂糖、にんにく、唐辛子を加えたヌックチャムは、どんな料理にも合う、ベトナムにおけるポピュラーなソースです。
カンボジアの魚醤はトゥック・トレイと言います。トゥック・トレイは、プラホックというカンボジア国民の間で広く食べられている塩辛に似た食品の製造過程でとれる浸出液です。プラホックは、大量のコイ科の魚を洗って頭と骨を取り、半干ししたのちに塩をまぶし瓶につめ、日中は蓋をしないで日光にあて、夜間は虫が入らないように蓋をして、一か月以上置いて発酵させます。できあがりはバラ色がかった灰色をしたペーストで、この発酵の過程でとれる汁がトゥック・トレイです。
ラオスの魚醤はナムパーで、タイやベトナムの工場で作った輸入品が主流です。この他に、ラオス独自の調味料としてパーデークがあります。これは川魚に塩と米ぬかを混ぜて、3か月~1年間発酵させたもので、ナムパーが日本の醤油なら、パーデークは味噌と言えるかもしれません。液体部分を濾してお料理に加えたり、漬け込んだ魚をハーブと一緒に蒸したり揚げたりします。パーデークは一般家庭で作られる「おふくろの味」で、ラオス料理には欠かせない調味料なので、外国にも持って行けるように、最近は乾燥パーデークも売り出されたそうです。
ミャンマーの魚醤はンガピャーイェー。ナマズ類の魚の内臓やウロコを取り除き、塩をまぶして、水切りし、さらに塩を混ぜて木箱につめ、発酵熟成させたンガピガウンや、ンガピ(ミャンマー語で、ンガは魚、ピは圧する)と呼ばれる塩辛のペーストの製造過程で得られるのが、魚醤ンガピャーイェーです。
魚醤は、飛行機内に持ち込んで没収されることもあるくらい匂いは強烈ですが、アミノ酸、グルタミン酸、イノシン酸、ペプチド、タウリン等の含有量が高く旨味があり、米食が中心のメコンの国々には、なくてはならない調味料なのです。
(以下を参考にしました)
石井米雄監修『ベトナムの事典』 同朋舎 (1999)
今井昭夫・岩井美佐紀編著『現代ベトナムを知るための60章』 明石書店 (2004)
上田広美・岡田知子編著『カンボジアを知るための60章』 明石書店 (2006)
森枝卓士『世界の食文化4』「ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマー」 農文協 (2005)
J・デルヴェール著、石澤良昭監修、及川浩吉訳『カンボジアの農民 自然・社会・文化』風響社(2002)