コートジボワール共和国

コートジボワール共和国(Republic of Cote d'Ivoire)

基礎データ

平成29年11月20日

  • コートジボワール共和国国旗

一般事情

1 面積

322,436平方キロメートル(日本の約0.9倍)

2 人口

2,270万人(2015年 世銀)

3 首都

ヤムスクロ(Yamoussoukro
(実質的首都機能はアビジャン)

4 民族

セヌフォ,バウレ,グロ,グン,アチェ,ベテ,ゲレ

5 言語

フランス語(公用語),各民族語

6 宗教

イスラム教30%,キリスト教10%,伝統宗教60%

7 国祭日

8月7日(独立記念日)

8 略史

年月 略史
14世紀以前 グリシャボ,ベチェ,アンデニュ等の王国が混在
1958年9月 仏共同体加盟
1960年8月 コートジボワール共和国として独立
1960年11月 初代大統領にウフェ・ボワニ選出
1990年10月 ウフェ・ボワニ再選
1993年12月 ウフェ・ボワニ大統領逝去
1994年2月 コナン・ベディエ(暫定)大統領就任
1995年10月 コナン・ベディエ大統領に正式就任
1999年12月 ゲイ元参謀総長が全権を掌握。ベディエ大統領は国外へ。
2000年1月 ゲイ元参謀総長を首班とする暫定政府が設置。
2000年10月 ゲイ元参謀総長失脚。大統領選挙の結果,バグボ大統領就任
2001年1月 クーデター未遂
2001年10~12月 国民和解フォーラム開催
2002年9月 一部兵士による騒擾事件が発生し,北部及び西部掌握
2003年1月 マルクシ合意(和平合意)成立
2003年3月 国民和解政府樹立
2004年4月 国連PKO(UNOCI)派遣
2005年12月 バニー内閣成立
2007年3月 ワガドゥグ合意成立
2007年4月 ソロ内閣成立
2010年10月 大統領選挙を実施。第2回投票(11月)後,独立選挙委員会はウワタラ氏(野党RDR党党首)の当選を発表したが,憲法院はバグボ氏(前大統領)の当選を発表。国際社会は一致してウワタラ氏への支持を表明。
2010年12月 ウワタラ大統領及びバグボ氏ともに大統領就任宣誓式を実施。
2011年5月 憲法院はウワタラ大統領の当選を宣言。ウワタラ大統領は改めて宣誓式及び就任式を実施。
2011年6月 第4次ソロ内閣成立
2011年12月 国民議会選挙実施
2012年3月 アウス内閣成立
2012年11月 ダンカン内閣成立
2015年10月 大統領選挙(ウワタラ大統領再選,同年11月より2期目)
2016年1月 第2次ダンカン内閣成立

政治体制・内政

1 政体

共和制

2 元首

アラサン・ウワタラ(Alassane OUATTARA)大統領(2015年11月より2期目,任期5年)

3 議会

国民議会(225議席,任期5年)

4 政党

与党:
共和主義者連合(RDR),コートジボワール民主党(PDCI)等
野党:
イボワール人民戦線(FPI)等

5 政府

  • (2016年1月 第2次ダンカン内閣成立)
  • (1)首相 ダニエル・カブラン・ダンカン(Daniel Kablan DUNCAN
  • (2)外相 アルベール・トワケス・マブリ(Albert Toikeusse MABRI

6 内政状況

 1993年のウフエ・ボワニ大統領逝去後,クーデター等内政の混乱が始まった。2000年選挙によりバグボ大統領が就任し,国民議会及び地方議会選挙が実施され,2001年「国民和解フォーラム」を開催。これにより和平が訪れるかに見えたものの,2002年政府軍と反政府勢力との対立が発生,反政府勢力が同国の北部・西部を支配下に置き,事実上国が二分される状態となった。和平合意と大統領選挙の延期が繰り返された後,2007年3月紛争当事者であるバグボ大統領とソロ「新勢力」事務局長との間でワガドゥグ合意が成立。同月政府と対立していたソロ氏が首相に就任し,国を二分する状況は解消された。その後,国内諸勢力の対立及び選挙プロセスの遅延により大統領選挙は延期を重ね,2010年10月,10年ぶりとなる大統領選挙を実施。第2回投票の結果,国際社会が一致してウワタラ氏を支持したにも関わらず,バグボ前大統領は権力の移譲を拒否。約5か月に亘る混乱を経て,共和国軍がバグボ氏を拘束。2011年12月,11年ぶりとなる国民議会選挙が実施された。2015年10月には,大統領選挙が平和裡に実施され,国民和解と経済復興の実績を訴えたウワタラ氏が約84%の得票率で再選を果たした。同大統領は2期目の目標として国民和解プロセスの更なる推進,憲法改正,女性の役割の向上等を掲げている。

外交・国防

1 外交方針

 1960年の独立以来,非同盟を掲げつつも,旧宗主国フランスを中心とする西側寄りの穏健かつ現実的な外交政策をとってきたが,バグボ前政権では,より多角的外交へと転換した。2011年5月に就任したウワタラ大統領は,国際社会への回帰を標榜しており,2012年にはECOWAS議長を務めた。また,近年は国連マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)への派遣等を通じ地域における平和構築に貢献している。

2 軍事力

  • (1)予算 8.46億米ドル(2014年)
  • (2)兵力 約2万5,000人
  • (3)外国人駐留:国連コートジボワールミッション総数5,347人,仏軍600人

経済

1 主要産業

農業(コーヒー,ココア等),石油・天然ガス

2 GDP

313.2億米ドル(2015年 世銀)

3 一人当たりGNI

1,410米ドル(2015年 世銀)

4 経済成長率

8.4%(2015年 世銀)

5 インフレ率

1.2%(2015年 世銀)

6 総貿易額・主要貿易品目(2015年,EIU)

  • (1)輸出 119億米ドル カカオ豆,原油・石油製品,船舶,天然ゴム
  • (2)輸入 88億米ドル 原油・石油製品,船舶,米,魚類,医薬品

7 主要貿易相手国(2015年,EIU)

  • (1)輸出 ガーナ,オランダ,ナイジェリア,米国
  • (2)輸入 ナイジェリア,フランス,中国, バハマ

8 通貨主要貿易相手国(2015年,EIU)

CFAフラン

9 為替レート

655.957CFAフラン=1ユーロ(固定レート)

10 対外債務残高

108.6億米ドル(2014年 世銀)

11 経済状況

 同国の基幹産業は農業で,農業に従事する人口は全体の約80%を占め,GDPの約30%,輸出の大部分を占める。また,1993年より産油が開始され,近年,石油・石油製品は,コーヒー,ココアの輸出と並び主要貿易品目となっている。
 ウワタラ政権は,国民の生活水準向上および2020年までの新興国入りを目指し,2012年に「2012-2015年国家開発計画(PND)」を策定。同年HIPCsイニシアティブを通じて包括的な債務救済が承認され,持続的な対外債務水準を回復。近年は,国際社会からの新たな資金協力を得て,橋,道路,学校,上水道,発電所など大規模な社会基盤インフラの整備が具現化しつつあり,2011年にマイナス5%台だった経済成長率は2012年以降毎年10%近い成長を達成している。ウワタラ大統領は,2期目の目標として,経済発展の加速,産業化の促進,都市・地方の双方で若者の雇用創出等に取り組むことを掲げている。

経済協力

1 援助実績(2014年度までの累積)

(ア)有償資金協力(E/N(交換公文)ベース)
122億円
(イ)無償資金協力(E/N(交換公文)ベース)
502.66億円
(ウ)技術協力(JICAベース)
135.60億円

2 我が国の協力概要

 我が国は,1980年代以来,農業,教育,医療,インフラ等の幅広い分野にわたり経済協力を実施してきた。1999年の政変により二国間政府援助を見合わせたが,その後も国際機関を通じた援助等を実施したほか,草の根・人間の安全保障無償資金協力も継続した。2011年1月には情勢不安のため,新規の二国間協力を一時差し控えたが,同年11月に再開した。また,2004年11月の政情悪化以降,JICA事務所は一時閉鎖したが,2011年11月より再開。最近の主要案件として,小型武器及び軽兵器拡散規制並びにコミュニティ治安能力強化支援計画(UNDP連携)をはじめとする安定化への貢献や,日本・コートジボワール友好交差点改善計画(無償資金協力)や大アビジャン圏都市整備計画策定プロジェクト(技術協力)等を通じたインフラ整備協力が挙げられる。

3 主要援助国(2013年:単位百万ドル)

  • (1)ドイツ(1,508.89)
  • (2)米国(305.14)
  • (3)日本(243.06)
  • (4)スペイン(234.94)
  • (5)フランス(234.92)

二国間関係

1 政治関係

 我が国は,同国の独立と同時に同国を承認。以来友好的な関係にあり,同国の発言力等に鑑み,西アフリカにおける重要国の1つに位置づけている。また,同国要人は機会あるごとに同国の国家建設の模範として我が国をあげる等同国は極めて親日的。2014年1月,安倍総理が日本国総理大臣として初めて同国を訪問し,ウワタラ大統領との首脳会談やECOWAS首脳との懇談会を行った。

  • 我が方公館:
    在コートジボワール大使館(開設:1964年2月22日)川村裕特命全権大使
  • 先方公館:
    在日大使館(開設:1969年9月19日)
    ジェローム・クロー・ウェア特命全権大使(2011年12月より)

2 経済関係(対日貿易)

(1)貿易額(2015年 財務省貿易統計)
対日輸出 24億円
対日輸入 66億円
(2)主要品目(2015年)
輸出 カカオ豆,カカオ脂等
輸入 セメント,繊維製品等

3 文化関係

 政情悪化以前に実施した文化無償による視聴覚機材等の供与,青年招聘計画等人物交流,現地における柔道大会の開催等を通じ,国家開発の模範として「日本」は位置付けられ,日本文化に対する関心は極めて高い。最近では,2014年の安倍総理訪問時に柔道「安倍杯」,2015年には国際交流基金による日本研究セミナーが開催されるなど,スポーツや知的交流などの活動が活性化している。

4 コートジボワール在留邦人数

104名(2016年10月現在)

5 在日コートジボワール人数

138名(2016年12月現在)

6 要人往来

(1)往訪(1979年以降)
年月 要人名
1979年7月 園田外務大臣
1981年7月 愛知外務政務次官
1987年10月 浜野外務政務次官
1993年4月 高円宮同妃両殿下
1999年7月 藤田JICA総裁
2004年1月 田中外務大臣政務官
2012年7月 加藤外務大臣政務官
2014年1月 安倍総理大臣,加藤官房副長官,三原衆議院議員(日AU議連幹事長),西村内閣府副大臣
2014年7月 東郷衆議院議員
2016年3月 木原外務副大臣(平成27年度アフリカ貿易・投資促進官民合同ミッション)
2017年11月 佐藤外務副大臣
(2)来訪(1989年以降)
年月 要人名
1989年2月 アリアリ国務相(大喪の礼)
1990年3月 アケ外相(外務省賓客)
1991年8月 ゴーズ一次産品担当相(高級実務者レベル招聘)
1992年1月 ダンカン首相付大臣
1992年11月 ウワタラ首相他(非公式訪日)
1993年11月 ダンカン首相兼,財政・計画相(TICAD(アフリカ開発会議))
1995年1月 ドンワヒ国民議会議長
1995年3月 エシー外相(第49回国連総会議長)
1996年12月 ダンカン首相(コートジボワール経済・投資セミナー)
1997年12月 ティアパニ住宅・生活環境・環境相(COP3)
1998年10月 ダンカン首相(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
アウア工業開発・中小企業相(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
バンバ国際協力担当外相付大臣(TICAD II(第2回アフリカ開発会議))
1998年11月 クアシ環境・森林相(ITTO)
1999年6月 ベディエ大統領(公式実務)
エシー外相(随行)
ムロー経済インフラ相(随行)
ティアム計画相(随行)
1999年10月 コネ技術教育・職業訓練相
1999年11月 クアシ環境・森林相(ITTO)
2001年12月 アシ経済インフラ相
ココトレ工業・民間センター振興相(TICAD閣僚レベル会合)
2003年9月 バンバ外相(TICAD III(第3回アフリカ開発会議))
2004年11月 ボウン・ブアブレ経済・財務相(TICADアジア・アフリカ貿易投資会議)
2005年8月 ニョンソア環境相(愛・地球博)
2007年5月 バカヨコ外相
2008年5月 ボウン・ブアブレ国務相,計画開発担当相(TICAD IV(第4回アフリカ開発会議))
2012年9月 マブリ・トワケス計画・開発相(閣僚級招へい)
2012年10月 シャルル・コフィ・ディビ経済・財政相(IMF・世銀総会)
マブリ・トワケス計画・開発相(IMF・世銀総会)
2013年3月 ギヨーム・ソロ国民議会議長(衆議院議長招聘)
2013年6月 ウワタラ大統領,ディビ外相他(TICAD V)
2013年10月 クアディオ環境・都市衛生・持続的発展大臣(水銀に関する水俣病条約外交会議)
2015年3月 クアディオ環境・都市衛生・持続的発展大臣(国連防災世界会議)
2015年8月 ビオン商業大臣,ウロト連帯・家族・女性・児童大臣(WAW!2015)
2016年1月 アシ経済インフラ大臣(閣僚級招へい)
2016年6月 アジョマニ動物・水産資源大臣(JICA招へい)

7 二国間条約・取極(発効年)

  • 貿易取極締結(1970年5月26日)
  • 青年海外協力隊派遣取極締結(1989年12月22日)
このページのトップへ戻る
コートジボワール共和国へ戻る