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「新日中友好21世紀委員会第三回会合をふりかえって
――新しい時代の日中関係をどう築くか」

小林 陽太郎
富士ゼロックス株式会社 取締役会長
新日中友好21世紀委員会 日本側座長

I.新日中友好21世紀委員会について

 新日中友好21世紀委員会は、「日中友好協力関係を21世紀において安定的に発展・強化させていくため、日中双方の有識者が政治、経済、文化、科学技術等広範な角度から検討し、両国政府に提言・報告を行う」ことを目的としている。2003年12月に大連で行われた第一回会合では、この委員会が、大局的・戦略的観点から日中関係を捉えていくこと、また、日中両国の影響力を正しく認識し、日中関係のみならず、東アジア、世界において協力を進めていくべきであるとの共通認識を得た。

 先頃行われた雲南省昆明での第三回会合までの一年半、本会合と小グループによる相互訪問を通して、私たち委員は率直な意見交換と交流を行い、鄭必堅座長をはじめとする中国側委員との間で強固な信頼関係を構築してきた。このことを私は、大変誇りに思っている。

II.世界の中の日中関係という視野

 シンガポールのリー・クアン・ユー氏は、米中関係が21世紀初頭において「決定的な役割(Defining Role)」を担うと指摘しているように、日本にとって中国は、長い交流の歴史を持つ隣国として重要であることは勿論だが、新たな世紀を迎え、その重要性は単なる隣国という以上の意味を持つようになった。それは、中国という人口大国がインド等と共に台頭し、そこから提起される諸問題、特に二巨大人口国の成長がエネルギー、食糧、そして環境に及ぼすインパクトが、国境を超えた複雑なものになったことに起因する。新世紀における新たな地政学的状況の適切な管理には、この二大国についての戦略的思考が必須になる。

 こうした状況下で、日本はどのような役割を担うべきなのか。私はかつて、「日本の再アジア化」という問題提起を行った。19世紀後半から日本は「脱亜入欧」を掲げて近代化の道を邁進してきた。戦後はさらに、米国一辺倒の路線のなか、ややもすればアジアを軽視しがちな状況が続いた。しかし、改めて「日本のホームはどこか」と問われたとき、我々はやはりアジアを想起せずにはいられない。また、上記のような地政学的状況変化の中、日米関係は重視しつつも、アジアとの関係を日米関係に比較して劣ることのない高さと深さで再構築する必要があることは当然の帰結であり、その観点に立った主張であった。

 「日本の再アジア化」論は、「何より大切な日米関係を蔑ろにするのか」、「大東亜共栄圏の過ちを再び繰り返すのか」という批判も受けた。勿論、私の意図は、そのどちらでもない。東アジアの安定した秩序を構築するために、米国との関係は堅持しつつも、日中が共同議長のような役回りを演じて、指導力を発揮すべしというのがその趣旨だ。

 日中関係は、このようにアジアや米国、そして世界を視野に入れた大局観の中で考えられるべきで、新日中友好21世紀委員会も同様の認識を共有している。

III. 現在の日中関係をどう見るか

 新たな大局観のもとに再構築されなければならない日中関係だが、現状は芳しくない。その背景として、多層的な認識ギャップが日中間に存在することを、昆明での会議で改めて感じた。その認識ギャップを、3つに分けて整理してみたい。

1.歴史認識

 第一は、靖国神社参拝問題などを含む歴史認識問題だ。

 一国の総理が自国の戦没者を追悼し、不戦、平和を祈ることに、他国が干渉すべきではない、中国や韓国の反応は内政干渉である、という意見が国内にある。一方で要職にある政治家の過激とも言うべき発言が、不必要な感情的対立を煽っていることも否めない。

 根本的な問題は、日本国民が過去の戦争の総括を自らの手で行っていないことが、所謂「不規則発言」の根底にあることだ。例えば、極東国際軍事裁判には様々な不備や問題があったとしても、それを受け入れたサンフランシスコ講和条約が戦後日本の出発点であることが、国際的にも国内的にも一般に受け入れられて来た。しかし、戦勝国による一方的な裁き、ましてや「平和に対する罪」などの事後法による裁きは受け入れられないとの不満を持つ人々がいる。この考えに従って仮にA級戦犯に責任なしとすれば、では誰の責任だったのか。この答えは簡単ではない。

 外交や戦争をめぐる「歴史認識」は多くの場合、過去の政治的判断に対する純粋に学術的評価がそれ自身難しいことに加えて、今日の政治的状況との関係で決して容易ではないという問題を内包している。したがって、このことが国民レベルで真剣に議論されることなく現在に至ったのは、一つの政治的決着として必要かつ賢明であったとえいよう。その意味では靖国問題は、日中で言えば両国の指導者がお互いの立場、お互いの国民感情に十二分に配慮すれば、過去の政治的判断路線に沿って無難に対処し得たであろう。

 しかし前述のようにこれは国内問題としても、そして外交上の問題としても、いつかは我々が正面切って取り組まねばならなかった問題だ。戦後60年を迎え、中国との摩擦も契機として、歴史を振り返ろうという気運が高まっている。過去の戦争をテーマにした特集記事や書籍も多く出されている。一部には極端な議論もあるが、全体として、我々日本人が改めて歴史と真剣に向き合おうとしていることは当然とはいえ評価されてよい。

 戦後日本の平和国家への歩み、即ち、ODA、自衛隊の平和維持活動、企業の直接投資や技術移転等の「もう一つの歴史認識」を含めて、少しでも公正かつ正確な歴史認識を両国間につくり上げていく勇気、誠意、そして労力が、両国の政府首脳間だけでなく、各界、各層、草の根にまたがって必要不可欠である。

2.相互認識(国民感情)

 二つ目は、現在の日本、中国をお互いにどう見るかという相互認識の問題だ。

 交流が増え、メディアを通した情報も格段に増加しているなか、かえって相手国を猜疑心をもって見る人々が増えているのは大変残念だ。

 日本においては、この問題の背景として、江沢民前主席にはじまる反日教育の影響や、中国メディアの報道の偏り、中国政府による国内問題に起因する国民の不満の対日問題への転嫁等が取り沙汰されている。

 我々日本側委員は、こうした日本の見方を率直に中国側に伝え、特に中国メディアとは直接対話する機会を設け、日本関連報道の誤りを指摘し、改善を申し入れてきた。

 それにしても、メディアは相手国の本当の姿をどれだけ正確に伝えているだろうか。例えば、今年4月に中国各地で起きた「反日デモ」について、中国側委員から以下のような指摘があった。

 「日本のメディアが使う『反日デモ』という表現は誤解を生む。デモは、日本の全てに反対しようという意図はなく、むしろ、日本政府や一部の右翼勢力が行う、中国が到底受け入れられないような言動に対して行われているのだ。」

 逆に日本側は、中国における日本についての報道に不満をもっている。

 「多くの中国人は、今の日本と日本人を全く知らないのではないか。今の日本人の生活、考え方や悩みなど、等身大の日本人をもっと取り上げて欲しい。」

 こうしたなかで、意味のある相互認識を育てるためには、メディアに正確な情報、偏りのない幅広い情報をもっと流通させると同時に、両国民一人一人が相手国に関する直接情報に接する機会を増やし、自分自身の日本像、中国像を持てるようにするという地道な努力を積み重ねていく他に道はない。

3.将来展望

 第三に、両国の将来戦略や意図に関する相互不信がある。

 日本の中国脅威論者は、「中国は、日米同盟を分断し、地域覇権を確立することで、最終的には中華思想による秩序、即ち、中心国・中国に周辺国が朝貢するような秩序をつくろうとしている」と警鐘を鳴らす。一方、中国の一部には、「日本は米国と組んで台湾の独立や中華民族の分断、さらには中国の封じ込めを画策している」という警戒感がある。このような見方は極論であるにしても、日中両国がそれぞれに将来戦略の転換期を迎えているなか、お互いに疑心暗鬼になっている面が少なからずある。

 昆明での第三回会合では、中国の長期戦略について、鄭必堅座長より以下のような説明があった。

 「中国は、2030年に15億人という人口のピークをむかえる。その中での最優先課題は、自らの諸問題に対処することであり、90%の力をそこに注ぐ必要がある。それらの問題解決には、日本や米国の協力が是非とも必要である。・・・21世紀中頃までに、中国は穏健な『中華民族文明のルネッサンス』を目指す。しかし、それは両岸の和解と周辺国に親しまれる中国をベースにしたものだ。」

 日本では、歴代内閣で検討された国家ビジョンのなかで、東アジアにおける日本の位置付けや役割について、ほぼ同じ路線が提言されている。例えば、小渕内閣時代の「21世紀日本の構想」では、「日本の対外関係は、今後とも米国との同盟関係と統合欧州を含む日米欧三極協力をもっとも硬質な土台とすることに変りはない。・・・しかし、21世紀には、地理的な近接性を持ち、歴史的・文化的な関係も深く、今後の潜在力を秘めた東アジアにおける協力関係を一段と強化すべきである。特に日本と韓国・中国との関係は、単に外交という名で呼ぶには足りない。・・・外交的な努力だけでは掴みきれないものをすくいとり、深みのある関係を築く営みが必要である。そういう営みを『隣交』と呼ぶことにしたい。」と提言している。今年出された「日本21世紀ビジョン」でも、「中国とは、アジア全体の共同利益の観点から、協調関係の構築を目指す。」という記述がある。

 将来展望に関する認識ギャップを解消するには、このようなそれぞれの長期の国家戦略やビジョンに関して、相互に率直に説明し合い、安心感を醸成することが必要だ。

IV.これからの日中関係をどう築くか―21世紀委員会の役割

 昆明での第三回会合では、日中関係の改善発展について、国民感情とメディアの問題、経済交流や文化交流の促進などのテーマで、意見交換を行った。

 冒頭では、歴史認識問題について改めて意見交換が行われた。しかし、この問題は日中関係のほんの一部に過ぎない。この問題に躓いて、日中関係全体の改善の歩を止めることは、両国関係を大局的、戦略的に考えようという委員会の趣旨にも反する。関係改善のための前向きの議論をしよう。そのような合意が生れ、その結果、委員会に二つのサブグループを作り、それぞれに具体的活動を展開しようということが決まった。一つは、日中間の将来ビジョンについて検討する委員会、もう一つは、メディア文化交流を促進する委員会である。

 ビジョン委員会は、先程述べた日中相互の将来に対する不信感を取り除くこと、また、東アジアや世界を視野に入れた日中関係を大局的見地から考えることに資すると期待している。交流委員会は、国民間の相互認識ギャップを埋めることが大きな役割となる。2007年を日中交流年と位置付けよう、各種交流を加速するための仕掛けを作ろうなどの様々なアイデアが既に出されているが、これらについて具体的検討がなされるだろう。

V.教養教育でリーダーシップ育成を

 新日中友好21世紀委員会は、今後とも、大局的、戦略的な見地から提言を行うと共に、両国関係改善のための具体的な施策に関与していくつもりである。しかし、日中間の最大の課題は、国交正常化以降、歴代の両国指導者が構築してきたような信頼関係を、如何にして現在及び将来の指導者間で再構築していくかということである。

 戦前戦中を通して日本の大陸政策や対米政策を批判し、戦争回避を訴え続けたジャーナリスト清沢洌は著書「暗黒日記」において、日本が国策を間違えた最大の原因は教育の問題だと繰り返し述べている。

 「教育の失敗だ。理想と、教養なく、ただ『技術』だけを習得した結果だ。」(昭和20年2月15日付け日記)

 私は、歴史を鑑とするうえで、彼の言葉を噛みしめたいと思う。なぜなら、戦後の日本は戦前にも増して、技術偏重、教養軽視の教育が続いているからだ。

 では教養と何か。ある哲学者は「相手の立場に同意しなくても、相手の立場を理解できる学力と知的包容力を養うこと、また、よく対話ができること」と定義した。相手の立場を理解できれば、討論ではなく対話をすることができ、立場や考え方を超えて止揚を目指すことが可能になるというのだ。

 私は、日中友好関係を長期的、戦略的に考えていくには、迂遠ではあっても、相互の文化、歴史、言語、思想などのリベラルアーツを包括的に学び、相手とよく対話ができる、教養に富んだリーダーを育成することこそが、究極の課題だと思う。このことこそが前掲の「隣交」にふさわしい深い関係を中国と築いていくための基本であり、またそれは中国以外の国々との関係においても同様であることは論をまたない。

(2005年外交フォーラム11月号掲載)

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