ボスニア・ヘルツェゴビナ

基礎データ

令和元年9月6日
ボスニア・ヘルツェゴビナ国旗

一般事情

1 面積

5.1万平方キロメートル

2 人口

353.1万人(2013年:国勢調査)

3 首都

サラエボ

4 言語

ボスニア語、セルビア語、クロアチア語

5 宗教

イスラム教、セルビア正教、カトリック

6 略史

年月 略史
6世紀 スラヴ人定住開始
14世紀 ハンガリーに抵抗しつつボスニア王国を確立
1463年 オスマン・トルコによるボスニア征服
1878年 オーストリア・ハンガリー帝国支配下の一州となる
1918年 セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国領
1945年 旧ユーゴを構成する共和国の一つとして発足
1992年2月 独立を問う住民投票の実施
1992年4月 本格的紛争に突入
1995年12月 デイトン和平合意成立

政治体制・内政

1 政体

複数政党制に基づく共和制

2 元首

  3主要民族をそれぞれ代表する3名の大統領評議会メンバーが、8か月毎の交替制で同評議会議長を務める。現在の大統領評議会(2018年10月就任)の構成は、ジェリコ・コムシッチ議長(クロアチア系)、ジェフィク・ジャフェロビッチ議員(ボシュニャク系)、ミロラド・ドディック議員(セルビア系)。

 コムシッチ議長の議長任期は2019年7月から2020年3月までの予定。

3 議会

2院制(代議院42名、民族院15名)

4 政府

  • (1)首相に当たるのは閣僚評議会議長で、デニス・ズビズディッチ氏(ボシュニャク系)(2015年3月就任)。
  • (2)外相はイゴル・ツルナダク氏(セルビア系)(2015年3月就任)。

5 内政

  • (1)ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴ連邦を構成した共和国の一つで、1991年当時、約430万人の人口の民族構成はボシュニャク(ムスリム)系44%、セルビア系33%、クロアチア系17%だった。旧ユーゴ連邦の崩壊が進む中、1992年4月、同共和国の独立を巡って民族間で紛争が勃発し、3年半以上にわたり各民族が同共和国全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万人、難民・避難民200万人と言われる戦後欧州で最悪の紛争となった。
  • (2)1995年12月、デイトン和平合意の成立により戦闘は終息。ボスニア・ヘルツェゴビナは、ボシュニャク系及びクロアチア系住民が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」及びセルビア系住民が中心の「スルプスカ共和国」という2つの主体(エンティティ)から構成される一つの国家とされた。それぞれのエンティティが独自の大統領、政府を有するなど、高度に分権化されている。
  • (3)和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR)が、軍事面をNATO中心の多国籍部隊(SFOR)が担当していたが、軍事面での成果が上がり、治安も概ね安定したため、SFORは2004年末でその任務を終了、2004年12月からはEU部隊であるEUFOR(EU Force in Bosnia and Herzegovina)がボスニア・ヘルツェゴビナの治安を維持する目的でアルテア作戦(Operation Althea)を遂行中である。国内情勢の安定化に伴い段階的に兵員数は減少しており、現在約600名が任務にあたっている。
  • (4)2014年10月の国政選挙後は、ボシュニャク系を中心とする各民族の主要政党間で連立交渉が進み、6か月後の2015年3月に政権が発足した。一方、2018年10月の国政選挙後は、主要課題を巡る主要政党間の見解の相違等により、2019年8月現在、新政府の発足には至っていない。なお、大統領評議会メンバーは、2018年11月に就任した。ボスニア・ヘルツェゴビナでは、民族間の不信感が今も根深く残っているが、各民族共通の目標であるEU加盟に向けて、国内の諸改革に取り組んでいる。

外交・国防

1 外交方針

  • (1)ボスニア・ヘルツェゴビナは欧州の一員としての道を歩もうとしており、2001年、欧州評議会に加盟した。また、2008年6月、EUとの間でEU加盟の前段階となる安定化・連合協定(SAA)に署名。その後、英独イニシアティブ(ハモンド英外相及びシュタインマイヤー独外相の提案に基づき、EUが推進するBHのEU加盟に向けた方針)を契機として、2015年6月にSAAが発効した。2016年2月にはEU加盟候補国申請を行い、同年9月、EUに同申請が受理された。目下の目標は、EU加盟候補国の地位獲得。
  • (2)重要な外交課題の一つであったNATOの「平和のためのパートナーシップ」加盟については、2006年11月に加盟を果たした。また、2010年4月には加盟のための行動計画(MAP)参加が条件付きで承認されたものの、その後、条件の履行が進まず、MAP加盟の見通しは立っていない。

2 軍事力

 デイトン包括和平合意に基づき軍備管理協定による軍事上の安定を図る努力がなされた結果、常任軍事委員会が設置され同委員会は兵力の15%削減を決定、1999年末に実施された(削減前の兵力は、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側が約2万7千、スルプスカ共和国が約2万。)。国防改革の一環として、2006年1月から軍事に関する権限・機関は全て国レベルに統一されることなり、これにより、各エンティティ国防省は廃止され、各エンティティ軍は中央レベルのボスニア・ヘルツェゴビナ軍に入隊することとなった(但し連隊以下のレベルでは民族別構成が維持される。)。

経済

1 主要産業

木材業、鉱業、繊維業

2 GDP

181億ドル(2017年:世界銀行)

3 一人当たりGDP

5,148ドル(2017年:世界銀行)

4 経済成長率

3.2%(2017年:IMF)

5 物価上昇率

1.2%(2017年:IMF)

6 失業率

20.5%(2017年:IMF)

7 貿易額(2017年:BH統計局)

  • (1)輸出:6,411百万ドル
  • (2)輸入:10,547百万ドル

8 主要貿易品目(2017年:世界銀行)

  • (1)輸出:金属製品、機械類、鉱物・同製品、化学製品、木材・同製品
  • (2)輸入:鉱物、機械類、化学製品、金属製品、食料品

9 主要貿易相手国(2017年:世界銀行)

  • (1)輸出:ドイツ、クロアチア、イタリア、セルビア、スロベニア
  • (2)輸入:ドイツ、イタリア、セルビア、クロアチア、中国

10 通貨

  • 兌換マルク(KM)
  • 1ユーロ=1.95KM(固定レート)

経済協力

1 日本の二国間経済援助実績(2017年度までの累計実績)

有償資金協力
167.43億円
無償資金協力
311.90億円
技術協力
73.26億円

二国間関係

1 政治関係

 日本は、1996年1月23日にボスニア・ヘルツェゴビナを国家承認し、同年2月9日に外交関係を開設した。同年6月から在オーストリア日本大使館がボスニア・ヘルツェゴビナを兼轄し、1998年2月にはサラエボに兼勤駐在官事務所を開設、2008年1月に大使館に格上げした。

 ボスニア・ヘルツェゴビナは、1999年1月に在京大使館を開設し、同年2月から駐日大使を派遣している。

2 経済関係

(1)対ボスニア・ヘルツェゴビナ貿易(2018年:財務省貿易統計)
輸出 7.27億円 機械類等
輸入 7.68億円 繊維製品、木材等
(2)進出日系企業
9社(うち製造業は1社)

3 在留邦人数

31人(2018年10月)

4 在日当該国人数

40人(2018年6月:法務省統計)

5 要人往来

(1)往(1994年以降)
年月 要人名
1994年1月 柳井外務省総合外交政策局長をヘッドとする旧ユーゴ調査チーム
1996年2月 服部外務省経協局審議官をヘッドとする経協調査団
1996年7月 池田外務大臣
1998年4月 小渕外務大臣
2001年4月 加藤外務審議官
2003年8月 池田衆議院外務委員会一行
(衆議院中・東欧等各国政治経済事情調査議員団)
2004年1月 松宮外務大臣政務官
2004年7月 有馬政府代表
2006年11月 松島外務大臣政務官
2012年4月 浜田外務大臣政務官
2014年7月 牧野外務大臣政務官
2014年8月 伊吹衆議院議長
2015年7月 薗浦外務大臣政務官
2016年10月 岸外務副大臣
(2)来(1996年以降)
年月 要人名
1996年9月 デルヴィシュベゴヴィッチ外務省付大使
1998年6月 シライジッチ閣僚評議会共同議長
1998年6月 ドディック・スルプスカ共和国首相
1999年9月 ドディック・スルプスカ共和国首相、ロンチャル副首相等
2000年5月 ジヴァリ副外相、イバニッチ民主進歩党党首(南東欧ハイレベル会議に出席)
2004年4月 イバニッチ外相、ドコ対外貿易経済関係相
2004年8月 シャベタ外務次官
2005年3月 テルジッチ閣僚評議会議長、マリッチ財務相他
2009年10月 アルカライ外相(外務省賓客)
2013年9月 ベチロビッチ代議院(下院)議長
2014年3月 ディズダレビッチ対外貿易経済関係副相
2017年10月 ツルナダク外相
2018年5月 ブルキッチ副外相

6 二国間条約・取極

  • 通商航海条約、文化協力協定、科学技術協力協定

7 外交使節

  • 坂本秀之(さかもと ひでゆき)駐ボスニア・ヘルツェゴビナ特命全権大使
  • シニシャ・ベリャン(Sinisa BERJAN, PhD)駐日特命全権大使
ボスニア・ヘルツェゴビナへ戻る