アルゼンチン共和国

アルゼンチン共和国(Argentine Republic)

基礎データ

平成30年4月2日

  • アルゼンチン共和国国旗

一般事情

1 面積

278万平方キロメートル(我が国の約7.5倍)

2 人口

4,385万人(2016年,世銀)

3 首都

ブエノスアイレス(Buenos Aires

4 民族

欧州系(スペイン,イタリア)97%,先住民系3%

5 言語

スペイン語

6 宗教

カトリック等

7 略史

年月 略史
1816年 独立
1946年 ペロン政権の成立
1973年 軍部介入など変遷の後再度ペロン大統領が就任
1976年 クーデターにより軍事政権成立
1982年4月~6月 フォークランド(マルビーナス)諸島紛争
1983年12月 アルフォンシン大統領就任(民政移管)
1989年7月 メネム大統領就任
1995年7月 メネム大統領再度就任
1999年12月 デ・ラ・ルア大統領就任
2002年1月 ドゥアルデ大統領就任
2003年5月 キルチネル大統領就任
2007年12月 フェルナンデス大統領就任
2011年12月 フェルナンデス大統領再任
2015年12月 マクリ大統領就任

政治体制・内政

1 政体

立憲共和制

2 元首

大統領(マウリシオ・マクリ)(任期4年,1回限りの連続再選可)

3 議会

二院制(上院72議席(任期6年),下院257議席(任期4年)。上院議長は副大統領が兼任。)

4 政府

(1)首相名
首相職なし
(2)外相名
ホルヘ・マルセロ・フォリー

5 内政

 第二次大戦後,軍政が断続的に続いていたが,1982年の英国とのフォークランド(マルビーナス)諸島紛争での敗北により,軍部が退陣し,1983年のアルフォンシン政権(急進党)成立により民政へ移管。しかし,同政権は経済運営に失敗,社会的混乱を招く。1989年より2期,1999年まで亘るメネム政権(ペロン党)では,自由開放経済政策を推進し,高い成長率を達成。しかし政権末期には経済成長が減速し,汚職疑惑が顕在化して政権支持率は低迷,デモ,ストも頻発。1999年12月に発足したデ・ラ・ルア政権(急進党)は,2001年11月の経済・金融危機に端を発した社会騒擾により任期半ばで辞任(同年12月)。この後,ロドリゲス・サア,ドゥアルデ暫定政権を経て,2003年4月に繰り上げ実施された大統領選挙の結果,同年5月,キルチネル政権(ペロン党)が発足。未曾有の経済社会危機後の国民の結束もあり,キルチネル大統領は就任直後から力強いリーダーシップを発揮し,経済及び社会的安定の回復を達成。2007年10月の大統領選挙では,夫人のフェルナンデス・デ・キルチネル上院議員(ペロン党)がキルチネル政権の政策の継承を主張して当選。12月10日,選挙で選ばれた初めての女性大統領として就任。輸出課徴金の改正をめぐる農牧団体との対立の深刻化,インフレの亢進及び国際金融危機等による支持率の低下を受け,2009年10月の議会選挙を6月に前倒し実施。キルチネル派は信任を得られず,上院及び下院で過半数を失うこととなった。その後,内需を中心とした経済回復,また2010年10月に急逝した夫のキルチネル元大統領の意思を引き継ぐ大統領としてのイメージ等もあり,フェルナンデス大統領は支持率を回復し,2011年10月の大統領選挙では約54%の得票率で再選された。2013年10月慢性硬膜下血腫の摘出手術を受け,約1カ月の静養を経て,同年11月18日公務に復帰した。2015年11月の大統領選挙では「変革」を訴えて出馬したマクリ候補(中道右派)が51.34%の得票率を得て選出された。2017年10月,議会中間選挙が実施され,与党が上下両院において大幅に議席を伸ばし,第一党に躍進。マクリ政権の基盤強化につながる結果になった。

外交・国防

1 外交基本方針

  • 南米南部共同市場(メルコスール)の戦略的同盟の強化。通商面から,アジア地域との連携を重視。
  • 国連平和維持活動に積極的に貢献。
  • フォークランド(マルビーナス)諸島の主権の主張を継続。
  • 欧米諸国やブラジル・チリなど近隣国等との関係を重視。太平洋諸国等との連携強化。

2 軍事力

(1)国防支出
61億ドル(ミリタリーバランス2018)
(2)兵役
志願制(1994年12月に徴兵制度廃止)
(3)兵力
陸軍42,800人,海軍18,500人,空軍12,900人(ミリタリーバランス2018)

経済(単位 米ドル)

1 主要産業

農牧業
(油糧種子,穀物,牛肉)
工業
(食品加工,自動車)

2 GDP(名目)

5,454億ドル(2016年,世銀)

3 一人当たりGDP(名目)

16,072ドル(2016年,世銀)

4 経済成長率(名目GDP)

-2.2%(2016年,世銀)

5 物価上昇率

40.7%(2016年,世銀)

6 失業率

8.5%(2016年,IMF)

7 総貿易額

(1)輸出
584億ドル
(2)輸入
668億ドル

(2017年,アルゼンチン国家統計局)

8 主要貿易品

(1)輸出
農畜産物加工品,穀物(大豆等),陸上輸送機器,化学製品,油糧種子,燃料・エネルギー(原油等)
(2)輸入
産業用資材,資本財(輸送機器等),資本財部品,消費財,乗用車,燃料・潤滑油関連品

9 主要貿易相手国・地域

(1)輸出
ブラジル,EU,中国,米国,チリ
(2)輸入
ブラジル,中国,EU,米国,メキシコ,タイ

(2017年,アルゼンチン国家統計局)

10 通貨

ペソ

11 為替レート

1米ドル=約19.8ペソ(変動相場制,2018年3月現在)

12 対外債務

1,904億ドル(2016年)(世銀)

13 経済概要

 1990年代には,兌換制(1ドル=1ペソの固定相場)の下で,自由開放経済政策を促進。この結果,ハイパーインフレの収束,投資の増加により,高い成長率を達成。しかし,1999年1月のブラジル金融危機の影響もあり,次第に景気が低迷し,2001年後半には金融不安が金融危機や全般的な経済危機に転化。政府は対外債務の支払い停止(デフォルト),兌換制の放棄(自由変動相場制への移行)を行った。

 デフォルト後,亜政府は,2005年と2010年に75%の元本削減を内容とする民間債務再編を強行し,約92%の債権者が債券交換に応じた(新債券保有者)。債券交換に応じなかった債権者(ホールドアウト債権者。全体の約8%に相当)の一部が米で起こした訴訟に対して,米裁判所は,原告(NMLキャピタル等)への満額(13.3億ドル)の支払を亜政府に命じた。他方,公的債務については,長年パリクラブとの間での交渉が難航していたものの,2014年5月に返済計画について合意がなされた。

 マクリ政権発足後,2001年のデフォルト以降初めて国際金融市場に復帰し,外貨取引規制の撤廃等の開放自由経済政策が推進されている。

経済協力

1 日本の援助実績

  • (1)有償資金協力(2015年度まで,E/Nベース) 81.50億円
  • (2)無償資金協力(2015年度まで,E/Nベース) 62.04億円
  • (3)技術協力実績(2015年度まで,JICAベース) 521.66億円

(政府開発援助(ODA)国別データブック 2016)

2 主要援助国

  • (1)ドイツ(21.11)
  • (2)フランス(13.33)
  • (3)日本(8,77)
  • (4)イタリア(2.30)
  • (5)スペイン(1.78)

(2014年,OECD/DAC,百万ドル)

二国間関係

1 概況

 1898年2月に外交関係樹立。日本とアルゼンチンは,日系人の存在もあり伝統的に友好協力関係を維持してきている。1980年代にはフォークランド(マルビーナス)諸島紛争や累積債務問題等の政治的経済的混乱により,日本との関係は若干停滞気味となったが,メネム政権発足後は,アルゼンチンの政治経済情勢が急速に好転したこともあり,二国間関係の緊密化が進んだ。日亜修好100周年の1998年には,人物交流も活発化し両国で各種記念事業が実施された。また,2014年1月30日から2月2日にかけて,秋篠宮同妃両殿下が「日本国政府とアルゼンチン共和国政府との間の移住協定」発効50周年の機会にアルゼンチンを御訪問。フェルナンデス大統領表敬,ブドゥー副大統領主催晩餐会,日系団体歓迎行事に御出席されたほか,ニッカイ共済会診療所,国立ラプラタ大学自然科学学部付属博物館等を御視察された。2016年には安倍総理大臣が57年ぶりにアルゼンチンを公式訪問,2017年にはアルゼンチンの大統領としては19年ぶりにマクリ大統領が日本を公式訪問(公式実務訪問賓客)した。

2 経済関係

(1)対アルゼンチン貿易

(ア)貿易額(2017年 財務省「貿易統計」)
輸出
826億円
輸入
813億円
(イ)主要品目
輸出
機械,自動車,電気機器等
輸入
飼料用こうりゃん,魚介類(えび,いか等),銅鉱,貴金属鉱,果実,ワイン等

3 在留邦人数

11,726名(2016年)(外務省「海外在留邦人数調査統計」)

4 在日当該国人数

2,676名(2016年,法務省「在留外国人統計」)

5 要人往来

(1)往(1959年以降)
要人名
1959年 岸総理大臣
1966年 椎名外務大臣
1967年 皇太子同妃両殿下
1970年 愛知外務大臣
1979年,1981年 園田外務大臣
1983年 徳永前参院議長(特派大使)
1989年 小渕前官房長官(特派大使)
1990年 土屋参議院議長(上院議長招待)
1991年 高円宮同妃両殿下
1992年 竹下元総理大臣
1994年 河野外務大臣
1995年 水野清元建設大臣(特派大使)
1997年 天皇皇后両陛下
1998年 秋篠宮同妃両殿下
1999年 谷川元法務大臣(特派大使)
2003年 衛藤元防衛庁長官(特派大使)
2004年 有馬政務代表
小池環境大臣(COP10)
小野寺外務大臣政務官(COP10)
2006年 扇参議院議長
2007年 松岡農林水産大臣,菅総務大臣,尾身元財務大臣(特派大使)
2008年 高円宮妃殿下
2009年 西村外務大臣政務官,増田元総務大臣(総理大臣特使)
2011年 山花外務大臣政務官(FEALAC)
菅元総理大臣(特派大使)
2013年 若林外務大臣政務官
高円宮妃殿下
下村文部科学大臣(IOC総会)
森元総理大臣(IOC総会)
若林外務大臣政務官(IOC総会)
岸田外務大臣(IOC総会)
安倍総理大臣(IOC総会)
彬子女王殿下
2014年 秋篠宮同妃両殿下,櫻田文部科学副大臣,土屋厚生労働副大臣
2015年 西村国土交通副大臣
小泉農林水産副大臣
鳩山邦夫衆議院議員(特派大使)
2016年 黄川田外務大臣政務官
水落文部科学副大臣
安倍総理大臣
2017年 薗浦外務副大臣
山本内閣府特命担当大臣(規制改革)
世耕経済産業大臣,岡本外務大臣政務官,野中農林水産政務官
2018年 鈴木東京オリンピック・パラリンピック担当大臣
(2)来(1961年以降)
要人名
1961年 フロンディシ大統領
1979年 ビデラ大統領
1984年 カプート外相(外務省賓客)
1986年 アルフォンシン大統領(国賓)
1987年 カプート外相
1988年 プグリエッセ下院議長
1989年 マルティネス副大統領(大喪の礼出席)
カバーロ外相(以後,経済相時代を含め,1996年7月まで13回訪日)
1990年 メネム大統領(即位の礼出席)
1991年 ディ・テラ外相(外務省賓客)
1993年 ディ・テラ外相
メネム大統領(公式実務訪問賓客)
1996年 ディ・テラ外相(外務省賓客)
1997年 ルカウフ副大統領(参議院招待)
1998年 メネム大統領(国賓)
2001年 ジャバリーニ外相(外務省賓客)
2003年 ビエルサ外相(外務省賓客)
2005年 ゴンサレス厚生環境相
ラバーニャ経済相(IDB沖縄総会)
メイヤー観光長官(万博賓客)
2008年 ノファル投資庁長官,サラス通信庁長官,バラニャオ科技相
2009年 バラニャオ科技相
2010年 タイアナ外相
2011年 ティメルマン外相
2012年 バラニャオ科技相
マジョラル鉱業長官
コセンティーノ金融長官
2013年 ジョルジ産業相
2014年 バラニャオ科技相,マジョラル鉱業長官
2016年 ミケティ副大統領,プロカチーニ投資庁総裁,マルコーラ外相,ディエトリッチ運輸相,ブルリッチ教育スポーツ相
2017年 マクリ大統領,モンソー下院議長,マルコーラ外相,カプート金融相,カブレラ工業相等

7 二国間条約・取極

  • 1962年 査証免除取極
  • 1963年 移住協定
  • 1967年 友好通商航海条約
  • 1976年 海運及び航空所得相互免除取極
  • 1981年 技術協力協定,文化協定
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