アフガニスタン・イスラム共和国

アフガニスタン・イスラム共和国(Islamic Republic of Afghanistan)

基礎データ

平成30年4月27日

  • アフガニスタン・イスラム共和国国旗

一般事情

1 面積

652,225平方キロメートル(日本の約1.7倍)

2 人口

2,916万人(2016年~17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

3 首都

カブール

4 人種

パシュトゥーン人,タジク人,ハザラ人,ウズベク人等

5 言語

公用語であるダリー語,パシュトゥー語の他,ハザラ語,タジク語等

6 宗教

イスラム教(主にスンニー派のハナフイ学派であるが,ハザラ人はシーア派)

7 略史

 長年の他民族による支配の後,1747年ドゥラーニー王朝成立。バラクザイ王朝(1826~1973年)下の1880年,英国の保護領となるが,1919年独立を達成。1973年7月共和制に移行後,1978年4月軍部クーデターにより人民民主党政権成立。1979年12月ソ連の軍事介入のもとカルマル政権成立。1986年5月ナジブラが書記長就任。1989年2月ジュネーブ合意に基づき,駐留ソ連軍の撤退完了。1992年4月ムジャーヒディーン・ゲリラ勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊し,ムジャーヒディーン政権が成立するが,各派間の主導権争いにより内戦状態が継続。1994年頃から,イスラムへの回帰を訴えるタリバーンが勢力を伸ばし,1996年9月に首都カブールを制圧,1999年までには国土の9割を支配するに到った。2001年10月より,米国同時多発テロ事件を機とする米・英等によるアル・カーイダ及びタリバーンに対する軍事行動が行われ,12月には北部同盟等がタリバーン支配地域を奪還した。アフガニスタン各派の代表は今後の和平プロセスに関する合意を達成し(ボン合意),2002年6月にはこの合意に基づき緊急ロヤ・ジェルガが開催され,カルザイ暫定政権議長を大統領とする移行政権が成立した。ボン合意の要請を受け,安保理決議により国際治安支援部隊(ISAF)の設立が承認され,アフガニスタン国内の治安維持について同国政府を支援することになった。その後,憲法制定ロヤ・ジェルガの開催により,2004年1月に新しい憲法が制定された。同年10月9日に第1回大統領選挙が行われ,カルザイ大統領が当選(12月7日,大統領就任式典)。2009年8月,第2回大統領選挙が実施され,カルザイ大統領は当選の要件である過半数の得票に届かなかったものの,対立候補が決選投票を辞退したために再選(同年11月19日大統領就任式典)。2014年の第3回大統領選挙は,4月5日の第一回投票と6月14日の決選投票を経ても当選者が決まらず,決選投票で劣勢となったアブドッラー・アブドッラー候補(元外相)支持者が,アシュラフ・ガーニ候補(元財務相)側による不正投票を厳しく追及して投票結果を受け入れなかったことから,事態が緊迫化した。ケリー米国務長官(当時)が二度カブールを訪問し仲介に乗り出した結果,9月29日,ガーニ候補が大統領,アブドッラー候補が新設の行政長官のポストに就任して政治権力を分け合う国家統一政府(National Unity Government)が発足した(大統領任期は5年)。アフガニスタン史上初めての民主的な政権交代が実現した。2014年末,ISAFからアフガニスタン治安部隊に治安権限が委譲され,翌2015年からアフガニスタン政府が自らの治安に責任を負うことになった。現在,NATOが主導するRSM(「確固たる支援」任務)によりアフガニスタン治安部隊に対し訓練,助言,支援が行われている。

政治体制・内政

1 内政等

(1)ボン合意(2001年12月5日)
 国連の呼びかけで開催されたアフガニスタン各派代表者会議において達成。
ア 暫定行政機構,緊急ロヤ・ジェルガ招集のための特別独立委員会,最高裁判所からなる暫定政権を設立。
イ 暫定政権はアフガニスタンの主権を有し,対外的にアフガニスタンを代表する。
ウ 暫定政権設立後6ヶ月以内に緊急ロヤ・ジェルガを招集。移行政権を決定。
エ 移行政権設立後18ヶ月以内の憲法制定ロヤ・ジェルガ招集,緊急ロヤ・ジェルガ開催から2年以内の選挙を経て,国民を完全に代表する政権樹立。
(2)暫定政権発足
 2001年12月22日に暫定政権が発足。
 暫定行政機構は,カルザイ議長以下,5名の副議長を含む30名の閣僚で構成。
(3)緊急ロヤ・ジェルガ(2002年6月11~19日)
 6月11日~19日まで,カブールにおいて緊急ロヤ・ジェルガ(代議員1,650名が参加)が開催され,1)カルザイ暫定政権議長がアフガニスタン移行政権の大統領に選出され,2)移行政権主要閣僚及び最高裁判所長官の人事が承認された。
(4)憲法制定ロヤ・ジェルガ(2003年12月14日~2004年1月4日)
 アフガニスタン全土から502名の代議員が出席し,憲法制定ロヤ・ジェルガが行われ,民主的な手続きを通じて新しいアフガニスタンの憲法が採択(同月26日発布)された。
(5)大統領選挙(2004年10月9日)
 アフガニスタン全土およびイラン,パキスタンで投票が実施され,11月3日,カルザイ大統領が55.4%を得票して当選した。
(6)国会下院・県議会選挙(2005年9月18日)
 アフガニスタン全土で実施され,下院議員249人と県議会議員420人が当選した。得票率は約50%。同年12月19日の国会開会をもってボンプロセスは完了した。
(7)大統領選挙(2009年8月20日)
 アフガニスタン全土で実施。カルザイ大統領をはじめとするいずれの候補者も当選の要件である過半数の得票に届かなかったものの,対立候補(アブドッラー元外相)が決選投票を辞退したためにカルザイ大統領が再選した。
(8)国会下院選挙(2010年9月18日)
 アフガニスタン全土で実施され,下院議員249人が当選した。2011年1月26日に国会が開会。
(9)大統領選挙・県議会選挙(2014年4月5日 第1回投票,6月14日 大統領選挙 決選投票)
 アフガニスタン全土で実施。カルザイ大統領は,憲法上3選が禁止されているため立候補せず。投票不正疑惑による混乱を経て,ガーニ大統領とアブドッラー行政長官が政治権力を分け合う国家統一政府が成立(大統領任期は5年)。アフガニスタン史上初の民主的な政権交代が実現した。
(10)国家統一政府は,タリバーンとの和解によるアフガニスタン国内の治安改善を希求。2016年1月から5月にかけて,アフガニスタン,パキスタン,米国,中国による「4か国調整グループ(QCG)」がアフガニスタン政府とタリバーンとの和解の進め方等を協議した。その後,一時中断されていたが,2017年10月に再開。
(11)2016年6月,山本忠通国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)副代表がアフガニスタン担当国連事務総長特別代表兼UNAMA代表に昇格した。
(12)2017年6月以降,アフガニスタン政府主導による和解会合「カブール・プロセス」が開催されている。

2 政体

共和制

3 元首

アシュラフ・ガーニ大統領

4 議会

  • 上院(定数 102議席,県議会(任期4年)及び郡議会(任期3年)から選出される各34名と大統領が指名する34名(任期5年)により構成)
  • 下院(任期5年,定数249議席)

経済

1 主要産業

サービス産業(GDP寄与率 51.3%),農業(同 24.3%),鉱工業・製造業(同 20.9%)(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

2 GDP

203億ドル(同上,一人当たりGDPは696ドル)

3 経済成長率

3.6%(同上)

4 物価上昇率

7.2%(同上)

5 失業率

不明

6 総貿易額

  • (輸出) 5.96億ドル(同上)
  • (輸入) 65.34億ドル(同上)

7 主要貿易品

  • (輸出) じゅうたん,レーズン,ピスタチオ,甘草,羊毛,干しイチジク,アーモンド,羊皮等
  • (輸入) 石油,セメント,鉄棒,電化製品,小麦,機械類等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

8 主要貿易相手国

  • (輸出) パキスタン,インド,イラン,トルコ,イラク,アラブ首長国連邦,中国等
  • (輸入) イラン,パキスタン,中国,カザフスタン,ウズベキスタン,トルクメニスタン,マレーシア,日本等(2016-17年アフガニスタン中央統計局 Afghanistan Statistical Yearbook)

9 通貨

アフガニー

10 為替レート

1$=約70アフガニー(2018年4月時点)

11 経済概況

 アフガニスタン国内の不安定な治安状況がアフガニスタンの経済成長や投資等にも非常に大きな影響を及ぼしており,国内経済は厳しい状況にある。2015年は,悪天候の影響により国内の主要産業の一つである農業における生産効率も打撃を受けた。2015年,2016年を通し,国内の貧困状況も悪化しているとの見方もある。(参考:IMF Afghanistan Economic Update 2016)

経済協力

日本の援助実績及び方針

  • (1)2016年10月の「アフガニスタンに関するブリュッセル会合」において,日本は,アフガニスタンに対して,年間最大約400億円の支援を,2017年から2020年の4年間継続するよう努めることとし,このうち,治安支援については,直近の支援規模である年1億3,000万ドルを同じ4年間確保することを表明した。
  • (2)日本は,アフガニスタンがタリバーンから解放された2001年から総額約66億ドル(6,548億円)の支援を実施してきており,2012年7月の「アフガニスタンに関する東京会合」の際に表明した「2012年から概ね5年間で開発分野及び治安維持能力の向上に対し最大約30億ドル規模の支援を行う」というコミットメントも達成した(総額約30.67億ドル(約2,802億円))。
  • (3)日本は,ア アフガニスタン政府の治安維持能力向上のための支援,イ 反政府武装勢力の社会への再統合支援,ウ 開発支援(持続的・自立的発展のための支援)を重点分野に定め,アフガニスタンの安定と発展に貢献している。

二国間関係

1 政治関係

  • (1)1930年11月19日,修好条約署名(1931年7月26日発効)。1979年12月以降アフガニスタンの累次政権を政府として承認していなかったが,2001年12月22日,アフガニスタン暫定政権への政府承認を行った。
  • (2)1934年11月,在カブール日本国公使館開設。(1955年12月,大使館に昇格)。1979年12月以降臨時代理大使レベルであったが,1989年2月より一時閉鎖。2002年2月19日再開(駒野臨時代理大使,4月26日大使に昇格)。
  • (3)1933年10月,在京アフガニスタン公使館開設。(1956年5月,大使館に昇格)。1997年より事実上閉館状態にあったが,2002年12月16日再開。

2 経済関係

対日貿易(出典:財務省貿易統計)
(ア)日本への輸出  4,527.2万円(2016年)
(イ)日本からの輸入 87.17億円(2016年)

3 文化関係

 日本は,2003年7月のユネスコ世界遺産委員会で世界遺産リストに登録されたバーミヤンの仏教遺跡等,アフガニスタンの文化財の保護に高い関心を有しており,現在,ユネスコを通じて,バーミヤン遺跡保存事業に対する支援を実施中。また,2016年には外務省後援の下,福岡及び東京において,アフガニスタンの秘宝を展示する「黄金のアフガニスタン」展が開催され,来場者数が22万を超える等好評を博した。

 その他,アフガニスタン人留学生の日本への受け入れが活発に行われている(2017年5月1日時点で278名。)。

4 要人往来

(1)往訪
年月 要人名
1971年 皇太子同妃両殿下(当時)
2001年12月 植竹外務副大臣
2002年1月,6月 緒方貞子アフガニスタン支援総理特別代表
2002年4月,8月 松浪外務大臣政務官
2002年5月 川口外務大臣
2002年5月 岸田文部科学副大臣
2002年8月 渡部衆議院副議長
2002年9月 杉浦外務副大臣
2002年12月 新藤外務大臣政務官
2003年7月 緒方貞子アフガニスタン支援総理特別代表
2003年11月 田中外務大臣政務官
2004年7月,12月 逢沢外務副大臣
2004年12月 緒方貞子アフガニスタン支援総理特別代表
2005年4月 町村外務大臣
2006年11月 関口外務大臣政務官(総理特使)
2007年7月 松浪政府特派大使(ザーヒル・シャー国父葬儀参列)
2007年12月 緒方JICA理事長
2008年5月 高村外務大臣
2008年11月 緒方JICA理事長(総理特使)
2009年3月 山崎拓衆議院議員(総理特使)
2009年10月 岡田外務大臣
2009年11月 福山外務副大臣(大統領就任式)
2010年3月 緒方JICA理事長
2010年7月 岡田外務大臣(カブール会議出席)
2012年1月 玄葉外務大臣
2012年5月 山根外務副大臣
2012年6月 山根外務副大臣(イスタンブール・プロセス閣僚級会合出席)
2014年1月 牧野外務大臣政務官
2017年1月 薗浦外務副大臣
2018年4月 佐藤外務副大臣
(2)来訪
年月 要人名
2002年1月 カルザイ議長,アルサラ副議長,アブドラ外相
2002年4月 アミン教育相
2002年7月 ラヒーン情報文化相
2002年12月 アブドラ外相
2003年2月 カルザイ大統領
2003年3月 アブドラ外相
2004年2月 ワルダック殉教者,障害者相
2004年3月 カヌニ教育相
2004年3月 ガーニ財務相
2004年8月 ファエズ高等教育相
2005年5月 アブドラ外相
2005年10月 ラヒーン情報文化相
2006年1月 アハディ財務相
2006年6月 スバンタ外相
2006年7月 カルザイ大統領,ジア農村開発復興相
2006年11月 ムジャディディ上院議長
2007年2月 スタネクザイ大統領顧問
2007年5月 アトマル教育相
2007年6月 ハリリ副大統領,ジア農村開発復興相
2007年11月 アハディ財務相
2008年2月 スパンタ外相他閣僚計13名
2008年11月 アルサラ筆頭大臣
2009年3月 スタネクザイ大統領顧問
2009年3月 ポパル・アフガニスタン独立地方ガバナンス局長官
2010年3月 ラヒーミー農業灌漑牧畜相
2010年3月 ワルダック教育相
2010年6月 カルザイ大統領,ラスール外相,ザヒールワル財務相
スパンタ大統領顧問,スタネクザイ大統領顧問
2011年2月 ダウドザイ大統領府官房長官
2011年12月 ガーニ大統領顧問
2012年2月 ルーディン外務副大臣
2012年7月 カルザイ大統領,ラスール外相,ザヒルワル財務相,スタネクザイ大統領顧問
2012年10月 ザヒルワル財務相
2012年11月 ナジャフィ運輸民間航空相
2013年10月 サンギーン通信相
2014年2月 ザヒルワル財務相
2015年3月 ドゥラニ農村復興開発相
2015年7月 ムラド・アフガニスタン国軍副参謀長
2015年8月 ガーニ大統領夫人
2015年12月 ジア・マスード行革担当大統領特別代表
2018年2月 アンディシャ外務副大臣

5 外交使節

  • (1)アフガニスタン・イスラム共和国駐箚日本国大使 鈴鹿光次特命全権大使
  • (2)日本国駐箚 アフガニスタン・イスラム共和国大使 バシール・モハバット閣下
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