駐仏日本国大使の妻の立場から,二人のシェフをご紹介したいと思います。
越川和久氏(36歳)とは,2008年9月に夫が前任地であるスイスの首都ベルンに大使として赴任するに当たって(社)国際交流サービス協会の紹介で出会いました。その後,夫が駐仏大使に任命されて転勤することになったパリにも同行してくれることになり,2011年11月から当地の公邸料理長として活躍しています。スイスの前にも在オーストラリア日本国大使公邸で公邸料理人を務めた経験があり,その時の功績で,第一回「優秀公邸料理長」として外務大臣に表彰されたとても優秀な日本料理のシェフです。越川シェフに公邸料理人になるきっかけを尋ねたことがあります。栃木県宇都宮市のお店で働いていた彼が本屋で偶然に手に取った本にこの仕事のことが書いてあるのが目にとまったのだそうです。
パリの日本国大使公邸は,お客様をお招きする回数が非常に多いため,公邸料理人が二人体制になっている数少ない公館の一つです。そのため,有川海渡氏(26歳)がNo.2シェフとしてパリから加わりました。彼もまた和食のシェフです。世界的な現象ですが,フランスでも近年たいへんな「和食ブーム」です。大使公邸にお招きするお客様はすべて和食でおもてなしをしたいという夫の考えで,パリの公邸では初めての日本料理専門の二人体制になりました。
結果は大正解,大成功だと感じています。越川シェフの主導のもと有川シェフがサポートしてお客様にお出しする完成度の高い会席料理のコースは,目にも舌にも感動を与えるすばらしい料理だと,グルメで鳴るフランスのお客様の方々から有り難いほど多くの讃辞をいただいています。
これは,何よりも越川シェフのたゆまぬ研究と努力のたまものです。正統な会席料理を作る腕前を持ちながらそこに留まらず,地元の食材を生かして現地の方のテースト(嗜好)に合わせたお料理,そして当地では食卓に欠かせないワインにも合うお料理を,毎回心をこめて造り出してくれているからです。ベルン時代には,言葉の壁をものともせず,週末の休みを返上して地元で一番評価が高いフランス料理店に研修(=無給)に通っていた勉強家です。日本に戻ったら自分の店を開くことを目指している彼は,異文化のエッセンスを加味した,視覚的にもたいへん美しい,彼独自の味の世界を着実に造り上げていっていると感じています。
着席の会食のほかに,しばしば開催される立食のレセプションは,歳は若くても16歳から寿司と天ぷらの修業を積んできた有川シェフの格好の活躍の場となります。お客様の目の前で彼が握るお寿司は大人気です。その上,スイーツ好きの若者である彼が次々と挑戦して造り出すデザート・ビュッフェも大好評です。彼らに一番申し訳ないのは,あまりにも仕事が立て込んでいて,外出といっても食材の買い出しが精一杯で,なかなか「舌の修行」のために食べ歩く時間がないことです。
今日の料理の世界では「国境のフェンス」がかつてなく低くなっているのではないでしょうか。心のこもったおいしい料理は,言葉抜きで人々に感動を与えます。そして,それには,同じ食卓を囲む人々の心と心を通わせる素晴らしい力があると思います。
美しく盛られたお料理とそれを造り出す当館の二人のシェフたちは,まさにかけがえのない「日本外交の立役者」だと,夫とともにつくづくと感じる毎日です。
駐フランス大使小松一郎妻 小松まり