
「がんばれ日本! 世界は日本と共にある」(世界各地でのエピソード集)
欧州(中央アジア・コーカサス)
アゼルバイジャン
- 3月17日,イスマイリ地区の日本庭園において追悼式が行われ,同地区知事を始めとする住民約70名が参加しました。
- 3月18日,イスマイリ地区から義援金が日本大使館に送付されました。
- 4月2日,ケルベジェル地区(ナゴルノ・カラバフ紛争により,アルメニアに占領されている地域)の第22番学校の生徒10名及びバクー市第62番学校の生徒1名(10歳から13歳までの,国内避難民の子供)が,哀悼のメッセージと,小遣いを出し合って集めた義援金を渡すため,日本大使館を訪問しました。4名の生徒が口頭で自分たちの想いを述べた他,生徒全員が自らのメッセージを記した手紙を日本大使に手渡しました。メッセージでは,多くの生徒達が,震災によって親しい人々や家を失った被災者の悲しみに,ナゴルノ・カラバフ紛争によって故郷を失った自分達の悲しみを重ねていました。また,世界中が平和になり,子供達が泣かない世界になってほしいとの願いが述べられたメッセージもありました。(4月2日は,1993年にアルメニアが同地区を占領した日)
- 4月5日,「戦争遺児の母達の協会」(ナゴルノ・カラバフ紛争で子を亡くした母親達を中心に構成)関係者が,被災者に対する哀悼の意を表するため,日本大使館を訪問しました。
ウズベキスタン
- 3月26日, U-22日本代表チームとウズベキスタン代表チームのサッカー親善試合が,震災により日本での開催が不可能となったためタシケント市内に試合会場を移して,行われました。試合開始前に両国選手が「GAMBARO JAPAN ! 」の横断幕を掲げて記念撮影を行った他,試合開始前に黙祷が捧げられると,客席から「WITH YOU JAPAN ! 」のメッセージと共に日の丸が掲げられました。
- 3月27日,第19回ウズベキスタン日本語弁論大会の会場で被災者のために寄せ書きが行われ,大会出場者,教師,学生,その他関係者から多数のメッセージが寄せられました。
- 4月1日,タシケント市ミラバッド地区第175番学校の生徒,両親及び教師から,被災者への折り鶴とメッセージが日本大使館に託されました。
- 4月5日,タシケント市第216番学校の生徒が震災を悼む絵を描き,日本大使館に届けました。絵には「私たちのこころは日本と一緒に!」「被災者に深く哀悼の意を表します」などのメッセージが書かれています。
- 4月7日,クズィーエフ芸術アカデミーの呼びかけにより,チャリティ・コンサート「レクイエムを共に」が実施されました。国立ナヴォイ劇場の歌手や芸術学校で音楽を学ぶ学生等が,震災の起きた11日に合わせ11曲を演奏しました。
カザフスタン
- 要人や多数の市民が,弔意の記帳や義援金の寄付のために日本大使館を訪れている他,メール,電話でお悔やみ・見舞いのメッセージが届きました。大使館が入居しているビルの国旗の下には多数の献花がされました。また,「被災地に物資を送りたい」,「日本に行って原発の事故処理を自分に手伝わせてほしい」といった申し出が日本大使館に届きました。
- 普通の市民と見られる3人の姉妹が,一般公務員の年収に相当する額の義援金を寄付しました。
- アルマティの日本大使館出張駐在官事務所に,多数の弔意,見舞いのメール,書簡,電話,花束等が毎日届きました。「募金活動をしたい」,「日本に行きボランティアとして救援活動を手伝いたい」,「孤児となった日本の子供を養子として引取る用意がある」,「アルマティに使っていない家屋があるので日本の被災者の一時居住地として提供したい」等の申し出も多数。
- 3月18日,アルマティのMiras学校(インターナショナル・スクール)児童から,共同制作した見舞いの寄せ書きが日本大使館出張駐在官事務所に届けられました。
- 3月18日,アルマティの小学校6年生の児童が,演劇「白鶴」を上演し,その入場料収入の一部を義援金として日本大使館出張駐在官事務所に寄付しました。
- 募金活動「HELP JAPAN」が,大規模に活動中。活動の一環として文化省の協力で,全国9つの国立劇場で慈善コンサートの実施を企画。アスタナでは,5月にチャリティ・コンサート実施が企画されています。
- 国営TV局(ハバルTV)が,震災復興を応援するビデオメッセージを募集する「ガンバレJAPAN」と題した企画を自社ウェブサイトで行い,全国から多数の投稿が寄せられています。
- カザフ人文法科大学(アスタナのJICA日本人材開発・企業振興センターが所在)で,「私たちは皆さんとともにある~日本国民に向けたカザフ人文法科大学学生の応援活動~」と題した追悼・応援活動を企画。
- カザフ経済大学(アルマティのJICA日本人材開発・企業振興センターが所在)が,教職員の1日分の給与を義援金とすることを理事会で決定,また,学内で学生等に向けて募金への協力を呼びかける活動を実施。
- カザフスタン最大の日本語教育機関であるアルファラビ名称カザフ国立大学の日本語学生が,被災者への見舞いとして千羽鶴を作成。
- カザフ国立医科大学の職員及び学生が募金活動を実施し,長崎大学の義援金窓口に送金予定(同大学は,長崎大学,長崎医科大学,東京医科歯科大学等と協力関係にある。)。
- カザフ国立フィルハーモニーが,チャリティ・コンサートを企画。
キルギス共和国
- 3月12日から,日本大使館前に花束を持った400名以上の市民が参集(若者や学生に加えて,議会議員,NGO代表,映画監督等の著名人等)。また,記帳,書簡,電話,ファックス等あらゆる方法で追悼の意とエールが大使館に送られました。
- 3月20日,公務上日本大使館を訪れる時間がなかった大統領が,日本大使を大統領公邸に招き記帳を行い,「日本国民は世界のどこであろうとも一番に支援の要請に応じてくれます。我々のあらゆる問題及び困難に迅速な反応を見せてきました。日本国民は我々が支持と支援を必要としている時には常に共にいてくれました。キルギスのすべての国民及びすべての家族は日本国民のことを心配し,出来ることをしたいと望んでいます。我々全国民の魂と心は日本国民と共にあります。亡くなられた方々及びご家族,そして行方不明となっている方々に心からのお悔やみを申し上げます。我々は,あなた方のような国民であれば,たとえ問題が極めて大規模かつ破壊的なものであっても,これらを迅速に克服すると信じています。平和,平穏,そして沈着が保たれることを祈念します。我々は常にあなた方と共にあります。」とのメッセージを託しました。
- 3月31日,ビシュケク人文大学の学生を中心とするボランティア団体SIDOK(メンバーの多くを日本語学習者が占める。社会セクターにおける様々な問題の解決に取り組んでいる。)が,ビシュケク人文大学講堂で,チャリティ・イベントを開催。キルギス共和国名誉アーティストの称号を持つジャネッタ・ボプコヴァ氏,人気ポップスターの「カニケイ」,Syndicate,女優のアセマ氏(JICA親善大使)等が参加しパフォーマンスを行いました。
- シルダリア水系を中心に豊富な水資源を有する「水の国」キルギスから,ミネラル・ウォーター(2.5トン)が宮城県の被災地に届けられました。キルギス外務省及びキルギス非常事態省は,深夜までミネラル・ウォーターのペットボトルの数・重量を正確に計算し,特別機への積み込みを行いました。駐日キルギス大使館は,救援物資受入のために同大使館の敷地を倉庫代わりに一時保管場所として提供し,物資が到着した翌日には,輸送用トラックを確保し,被災地まで人道物資を届ける等,厳しい状況の下で被災者救援に努めました。
グルジア
- 各種NGOや児童団体から,励ましの寄せ書き等が日本大使館に送られています。
- 3月18日,トビリシにて,月刊誌FOCUS編集長をはじめとする文化人が発起人となり,日本大使館前で,日本支援集会「geopen - people for Japan」を開催し,約250人が参加。参加者は,被災者へ哀悼の意を表明し,用意されたボードに自宅の住所やメッセージを書き込み,日本人を受け入れる用意があることを示しました(この情報はインターネット上でも共有されています)。
- 3月26日,グルジアのジナモスタジアムで,サッカー欧州選手権大会予選(グルジア対クロアチア)の冒頭,両国選手及びグルジアの子供達が日の丸をあしらったTシャツを着用して被災者への哀悼の意を表明し,黙祷を捧げました。
- 4月11日,クタイシ国立大学が,連帯の意を示す行事Week of Solidarity to Japanを開催。震災の写真が展示された他,日本文化や映画,和食が紹介されました。
- 4月11日,音楽グループTrio Bravoと国立国会図書館が,追悼コンサートを実施。コンサートでは,「春の海」や「アヴェ・マリア」など11曲が演奏されました。
- NGOカリタス・グルジアが,被災者に対する協力を呼びかけるポスターを作成し,募金活動を実施。貧困状況にある人々からも,これまでの日本のグルジア支援への恩返しとして募金が寄せられました。
- 現地の雑誌が,1頁を使い,日の丸と日本支援の言葉を掲載しました。
- 7月1日,駐グルジア・フランス大使(Mr. Eric Fournier)のイニシアティブにより,被災者を支援する歌のレコーディング及び発表が行われました。各国の日本への連帯を示すため,歌詞のさびが英語,日本語,フランス語,ウクライナ語,グルジア語で書かれ,日本大使や館員,フランス大使館,ウクライナ学校の関係者,またグルジア第一音楽学校の児童ら合計30名以上がコーラスに参加してさびを歌いました。演奏には,フランス大使によるサクソフォン演奏と仏語部分のボーカルに加えて,ヴァレリー・コンチャロフ氏(グルジアではビートルズのコピーバンドとして有名)を含むグルジア音楽家5名がギター,キーボード,ベース,ドラムで参加しました。