在マニラ総領事
江川 明夫
フィリピンは東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも、古くから日本との関係が深い国の一つです。16世紀には既にルソン島北部に日本人町があったと言われています。江戸時代の鎖国政策により、両国間の交易は一時衰退しますが、20世紀初頭にマニラとバギオとを結ぶ道路工事などの建設ブームに乗って日本人労働者が移り住んで以降、数多くの日本人がフィリピンに移住し、戦前には在留邦人は数万に上りました。2003年には移民100周年を祝いました。
現在、貿易や投資をはじめとした日本とフィリピンとの緊密な関係を反映して、在留邦人の数はマニラを中心に1万2000の多きを数えるに至っています。フィリピンに住む日本人の中には、フィリピン人と結婚して永住している方や(日比間の国際結婚は年間5000件以上)、気候の良いフィリピンで老後を過ごそうと移住してきた方も少なくありません。また、フィリピンを訪れる日本人も年間約38万人に上っています。
在マニラ総領事館の最も大きな課題は、このようにフィリピンに滞在し、訪問する日本人の方々の安全の確保です。残念ながらフィリピンの治安情勢は必ずしも良いとは言えません。反政府勢力によるテロ行為が時折発生しており、今年も2月14日にマニラとミンダナオ島の2都市で同時爆発事件が発生したことは記憶に新しいところです。また、邦人が種々の事件や事故に巻き込まれることも多々あります。そうした被害に遭われた方に対して当総領事館が支援を行った件数は、昨年(2004年)で849件と、全在外公館の中で第3位の件数となっています。このうち、いわゆる凶悪犯罪の被害として報告されている件数は、強盗被害16件、脅迫・恐喝12件、殺人7件および誘拐1件(いずれも未遂を含む)となっています。
ひとたび邦人が被害に遭う事件が発生すれば、領事はできる限りの支援をしますが、まずは被害に遭わないための備えが必要です。このため、総領事館としては、常日頃から、フィリピン国軍や国家警察、入国管理局などと連絡を密にして、治安情報の収集に努め、邦人の安全確保について協力を求めています。そうして得た治安情報をできる限り邦人の皆様に提供し、また、防犯マニュアルや犯罪被害に遭わないための心得をまとめたリーフレットの配布なども行っています。当地に所在する日本人会や商工会議所をはじめとする邦人団体および日系人団体などの協力を得ながら、緊急連絡網の整備・拡充なども図っているところです。その他、邦人からの緊急事態に関する通報を24時間受けられる体制を構築し、当館独自の電子メールおよびFAX配信システムにより、在留邦人の皆様に対して、治安情報のみならず、役に立つ生活情報等の提供も行ってきています。
治安に関する最近の例では、前述の2月14日の同時爆弾テロ事件がありますが、マニラでは路線バスが爆破されました。当館は、事件の発生を受けて、館員を現場に急行させるとともに、死傷者が搬入された病院や邦人が宿泊しそうな近隣ホテルに派遣して、安否確認を行いました。幸い邦人の被害者はいませんでしたが、緊急連絡網や電子メールなどを通じた情報提供を行い、安全確保についての注意事項もお知らせしました。
また、3月14日には、マニラ近郊の拘置所にて勾留中のイスラム系反政府勢力アブ・サヤフ・グループ(ASG)メンバーによる同拘置所占拠・籠城事件が発生しました。これは、フィリピン当局により翌15日鎮圧されましたが、鎮圧に際して二十数人のASGメンバーが射殺されたことから、ASGは報復テロを計画しているという報道が流れ、当館は在留邦人向けのお知らせを出して、注意を呼び掛けました。
その後、幸いにして、テロ事件は発生していませんが、6月以降、アロヨ大統領親族のフエテン(違法賭博)関与疑惑や、大統領選挙における不正への大統領の関与疑惑などが報じられ、これに関連して、野党などがアロヨ大統領の退陣を求める集会・デモを断続的に実施してきており、なかなか気の抜けない日々が続いています。
さて、2006年は、日本とフィリピンの国交が正常化されて50周年に当たります。先の大戦でフィリピンは激しい戦闘の場となり、日本人のみならず、多くのフィリピン人も尊い命を失いました。毎年8月15日にマニラの南方カリラヤの地で戦没者慰霊祭を大使館主催で執り行ってきており、多くの在留邦人の方々の参加を得ています。昨年はアロヨ大統領からの追悼メッセージを添えることもできました。今や両国は友好の絆で強く結ばれています。国交正常化50周年を記念して2006年を日比友好年と命名し、文化行事をはじめ多くのイベントを開催するべく準備していますが、両国間の友好と相互理解をさらに深め、新たなパートナーシップを築き上げる機会としていきたいと願っています。