2008年2月14日、ウィーンにて
(英語版はこちら)
議長、
ご列席の皆様、
今般、日本政府の代表としてこのフォーラムにおいて発言する機会を頂きましたことを光栄に思います。
議長、
人身取引は深刻な犯罪であり、人権と尊厳の重大な侵害です。また、それは、グローバル化の一層の進展、経済格差の拡大に伴って、国境を越える脅威となっています。人身取引は、実は自分たちの周りで起こる身近な問題でもありますが、人身取引とは何かを知らない人々が多いことから、被害者を助け出すことができないことも起こります。また、被害者が、自分が被害者と認定されうる状況に置かれているにもかかわらず助けを求めることが出来ないケースが見受けられます。また、快楽を求める行為が、人身取引の需要を生み出していることに気づいていない人もいます。したがって、この問題の深刻さについて一般の意識を高めることが、その解決には重要であります。
この点で、議会、政府関係者、国際機関、NGO、市民社会、ビジネス界等各分野の方々の参加を得て、人身取引についての啓発及びこれら関係者間の協力やパートナーシップの促進を目的とする、かつてない規模のイベントが開催されることは、大きな意義があると考えます。今次会合には、我が国からも市民社会の代表が参加しているところ、本フォーラムにおいて、関係者が、これまでのさまざまな施策やプロジェクトを踏まえた知見や経験を共有し、人身取引問題のグローバルな啓発に大きく貢献することを希望し、我が国も貢献していきたいと考えます。
議長、
我が国は、国連組織犯罪防止条約人身取引議定書の趣旨を踏まえ、人身取引の防止、撲滅及び被害者保護を中心として国内及び国外における対策の実施及び協力の促進をしています。具体的には、2004年に、政府は「人身取引対策に関する関係省庁連絡会議」を内閣に設置し、同年に、右会議は、人身取引議定書に基づいた対策を実施するため、人身取引の「防止」、「撲滅」、「被害者の保護」の3つの分野に焦点を当てた人身取引対策行動計画を策定しました。
第一の「防止」は、人身取引をそもそも起こしてはならず、それを引き起こす要因となっている諸制度まで踏み込んで方策を講じていくことです。人身取引の被害者は、日本でのよりよい生活を求める経済的・社会的弱者であり、その弱みにつけ込む犯罪組織に利用された結果人身取引被害者となって発見・保護されるケースがあります。このため、我が国は、具体的には入管法の改正、厳格な上陸審査、査証審査の厳格化、IC旅券の導入、偽変造文書鑑識能力を有するリエゾン・オフィサー(連絡渉外官)の外国空港への派遣等水際対策によって出入国管理を強化しており、例えば、人身取引に悪用されていた在留資格「興行」による入国者数は、ここ数年間、激減しています。この他、不法就労防止の施策等も実施しています。また、人身取引防止のためにはこの問題について正しい理解をすることが重要であるため、人身取引に関するDVDやパンフレットや、毎年異なったキャッチコピーを用いて人身取引問題について啓発するポスターを作成し、地方公共団体や関連機関と連携・協力して広く広報啓発を行っています。
第二の「撲滅」は、具体的には現に人身取引が行われているものに対する取締りの徹底や、そのための国内的・国際的な協力の促進です。我が国は刑法の一部改正により人身売買罪を新設して積極的に厳格な適用・処罰をしております。人身取引事犯を精力的に検挙すると共に、2005年の刑法の一部改正以降、人身売買罪を適用して起訴された加害者に対する一審判決の実刑率は約67%となっています。このほか、人身取引の実態や対策について全国の警察官や入国管理局の職員に対する研修を毎年実施し、取締りや対策の徹底に努めています。さらに、旅券に関する情報交換の推進、外国の捜査機関等との連携強化や情報交換の促進を行っています。
第三の「被害者の保護」は、被害者を保護し適切な支援を施すことです。潜在性の強い人身取引犯罪を積極的に認知し、被害者の発見・保護に努めるため、2007年10月に「匿名通報制度」を開始しました。人身取引の被害者は、場合によっては不法滞在者である場合がありますが、被害者は保護の対象であることを明確に位置づけて、在留特別許可を行い被害者の法的地位の安定を図っています。その上で、被害者が心身ともに過酷な状況に置かれているということを十分に配慮して、状況に応じてきめ細かな対応を行わなければならないということを行動計画で定め、関係機関に周知するとともに、必要な予算措置を講じています。
発見された被害者は、全国すべて(47)の都道府県に設置されている婦人相談所または委託を受けた民間シェルター等で一時保護を受け、衣食住、母国語による通訳、医療、心理的ケア等の提供を受けることが出来ます。被害者の保護・支援については、専門的知識や経験の豊富なNGOや国際移住機関(IOM)の協力を得て、被害者の状況に応じた適切な保護及び被害の回復を図っています。
また、保護された被害者のほとんどが帰国を希望することから、被害者の安全な帰国及び帰国後の社会復帰のため、政府はIOMに資金拠出を行い、IOMと連携して帰国及び社会復帰支援を実施しています。2007年末までに、126名の被害者の帰国を支援してきました。
人身取引の防止や被害者の保護は、我が国が外交の柱として掲げている「人間の安全保障」の観点からも重要です。「人間の安全保障」とは、人々が直面する多様な脅威から保護するとともに、脅威に自ら対処できるようにする能力強化を重視する考え方です。我が国は、人身取引対策を行うに当たっても、「人間の安全保障」に基づく2つのアプローチが重要であると考えます。個人は、まず、人身取引被害者となる脅威から保護され、また、被害者とならないよう自ら対処できるように能力強化をする必要があります。
議長、
このような国内的対策に加え、人身取引に対処するため我が国はさまざまな国際協力を推進しています。
人身取引を防止し、撲滅し、被害者に対して社会復帰を含むシームレスな保護の機会を与えるためには、目的地国と送り出し国が密接に連携することが必要です。
我が国は、2004年以降、人身取引被害者の送り出し国となっている国々のべ12ヶ国に政府協議調査団を派遣し、政府関係者、国際機関、NGO等と協議を行っています。かかるミッションから、タイとの間では、共同タスクフォースが設置されています。また、今次フォーラムのマージンを活用して、他の出席国と二国間協議を行う予定です。
また、我が国は人身取引分野で、2002年以降、合計95,017,331ドルの支援を実施してきました。先に述べた人間の安全保障の考え方を具体化するため我が国が国連に設置した人間の安全保障基金を通じて、例えば、ILOが実施する「カンボジア及びベトナムにおける児童及び女性のトラフィッキングのコミュニティ・レベルでの防止」、ILOが実施するフィリピン及びタイにおける「帰還したトラフィッキング犠牲者の経済社会的エンパワーメント事業」等人身取引対策へ向けた多くのプロジェクトを支援しています。また、知見・経験を有するNGOと協力して、草の根・人間の安全保障無償資金協力により、コロンビア、タイなどで人身取引の防止等に資する支援を実施しています。さらには、UNODCが実施する、帰国した被害者のリハビリに従事するケア・ワーカーの育成及び被害者の心理的ケアを目的とした「タイにおける人身取引被害者の芸術療法に係るプロジェクト」を支援しています。
なお、人身取引が富める国と貧しい国との間の経済格差に根本的原因があることに鑑みれば、我が国は、従来より一貫して厳しい財政的事情の中でも、途上国の経済社会開発に尽力し、主要なODA供与国として、人身取引の被害者の送り出し諸国の経済社会の底上げという根本的解決にも取り組んでまいりました。今後とも、人身取引対策の分野及びその根本的解決に貢献する経済社会開発においても可能な限りの協力を行っていく考えです。
また、今年は11月にブラジルで第3回児童の性的搾取に反対する世界会議が開催されます。第2回開催国として、我が国は児童の人身取引撲滅のためにも、第3回会議の成功にむけて協力していきたいと思います。
議長、
人身取引を撲滅するためには、政府関係者はもちろん、市民一人ひとりが、人身取引が日常の生活と無関係ではなく、この重大な犯罪及び人権侵害を決して許してはならないという強い意識を持つことが不可欠です。今フォーラムが、そのための一つの重要なステップとなることを祈念し、また、我が国としても国際社会におけるこの問題の解決のための努力に引き続き貢献する所存であることを改めて述べつつ、挨拶を終わりたいと思います。
ありがとうございました。