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調整融資のレビュー
―構造調整借款及びセクター調整借款の概観―

1. テーマ:調整融資のレビュー
 ―構造調整借款及びセクター調整借款の概観―
2.レビュー実施者:
主任:
 田中 弥生(東京大学大学院工学系研究科 助教授)
監修者:
 藤田 康範(慶應義塾大学経済学部 助教授)
 國光 洋二(独立行政法人農業工学研究所総合評価研究室長)
コンサルタント:
 神尾 文彦(株式会社野村総合研究所)
 佐竹 繁春(株式会社野村総合研究所)
3.評価実施期間: 2004年8月~2005年3月
4.レビューの実施方針
(1)背景と目的
 近年、財政支援を巡っては、様々な議論が行われている。我が国ではすでに一部で財政支援を試行的に開始しており、その本格的な導入の是非について検討する段階にある。このような背景を踏まえ、財政支援に関する我が国の方針策定のための参考とすること、また、レビューの結果を国民に対して公表し、説明責任を果たすことを主な目的として本件を実施する。
(2)レビューの対象と方法
 本件では調整融資をレビュー対象とし、わが国のプログラム型円借款のうち調整融資に該当すると考えられる構造調整借款(SAL)及びセクター調整借款(SECAL)を概観した。また、2004年12月に実施された貧困削減支援借款(PRSC)についても参照した。 本件は、1)レビューの対象範囲の設定、2)調整融資のレビュー、3)PRSCの効果の検証(シミュレーション)、というプロセスに沿って実施した。1986年から2002年の間に実施されたSAL及びSECALを中心に情報収集を行ったが、古い案件や非公開の内容を含んでいたため、収集できた情報には限界があった。
5.レビューの結果
(1)全体的な傾向
 調整融資は、第2次石油危機、国際金利の高騰を背景として危機に陥った開発途上国を支援するため、1980年に世界銀行によって開始された。当初はSAL、SECALという融資形態で行われた。わが国では1986年に初めてSALを実施したが、それ以降2002年までのSAL、及びSECALの実績は合計78件、総額9,676億円となっている。
 年度別の傾向をみると、案件数・融資額ともに1988年度にピークを迎えている(14件、約2000億円)。これは、当時、国際収支の悪化を抱えた国が存在する中、「ベーカー構想1 」やアフリカ支援の枠組みであるSPA(Special Program of Assistance for Africa)の影響により日本もSAL、SECALを増大していったことが要因であると考えられる。1990年度前半から96年にかけ、SAL及びSECALの実績が緩やかに落ち込みを見せた背景には、当初想定された効果が現れなかったことによる構造調整に対する批判の高まり、債務削減の主流化、アジアにおけるニーズの低下などがあったと考えられる。1997年以降はアジア通貨危機の影響により、わが国のSAL及びSECALは再び実績を伸ばしている。2000年度以降はアジア経済危機も落ち着き、貧困削減に対する取組がより重視されるようになってきたことを背景としてSAL及びSECALの実績が減少したと考えられる。
(2)目的の傾向
 1980年代後半は、国際収支の悪化した途上国の、足の速い短期的な国際収支支援へのニーズが大きかったこと、また、当時は小さい政府を志向する新古典派理論が調整融資の根底にあったことから、国際収支支援を目的とした融資が多く拠出された。1990年代前半は、「ワシントン・コンセンサス」2 に基づきマクロ経済政策支援が依然目的の中心となる一方、構造調整アプローチに対して各種の批判が多く出された時期でもあることから、経済・産業セクター支援と同時に、公共セクター支援や社会開発支援を目的として掲げる案件が増えた。1997年に発生したアジア通貨危機により、再び短期的な国際収支支援のニーズが増加すると同時に、当該国における社会的弱者救済の必要性も認識されたことから、社会開発、国際収支支援、経済・産業セクター支援、社会開発支援の要素が複合的に目的を形成する案件が大きな割合を占めている。
(3)コンディショナリティの傾向
 80年代の後半は案件1件あたりでみると比較的少数のセクターに関するコンディショナリティの設定となっており、その内容も民間セクターや経済政策といったマクロ経済関連が中心であった。一方、それ以降は公共セクター関連、社会開発関連のコンディショナリティの設定も増加し、4つや5つのセクターに関するコンディショナリティが設定されるようになった。
(4)国別・地域別の傾向
 融資額(L/Aベース)で東南アジアが全体の44.8%、アフリカが22.6%を占めている。各地域とも比較的少数の国に融資が集中しており、要請主義を基本としているものの、複数の要請があった場合にどのような選定基準で、あるいは何をもってこれらの国を優先していたのかについては読み取ることができなかった。一方、世界銀行は通貨危機や国際収支の著しく悪化した国々を主な支援対象としていることが見受けられ、中南米を筆頭に旧東欧、東南アジア向けが多くなっている。
6.PRSC定量分析の結果
 PRSCの効果波及・ロジックモデルの中で大きく四つの段階を設定し、各段階間の相関性をもとに、効果の波及を追跡できる定量分析を行った。
 その結果、GDPに多大な効果をもたらす投資分野(セクター)と、社会開発指標改善に効果をもたらす投資分野(セクター)とは必ずしも一致しないことが判明した。これは、社会的な資本がGDP(総生産)の拡大へと結びつき、それが貧困削減につながる、といった単純な効果にはつながらないことを示している。経済的な活性化だけでなく、社会インフラ関連・財政セクターもあわせて支援していくことが求められる。
7.SAL及びSECALの課題
(1) 3つの課題と対応
 調整融資に関しては、以下の3点から数々の課題が挙げられてきた。3
1)理論的視点からの批判:新古典派経済学の基本前提が途上国の現実から乖離している。
2)調整の社会的側面への批判:構造調整の結果、社会的側面、特に弱者に負の影響を負わせる。
3)運営面の批判:融資側(国際機関など)の姿勢やアプローチが高圧的である。
SAL、SECALは、社会開発関連分野でのコンディショナリティを徐々に増やしており、課題1)に対しては対応しようとしていたことが認められる。世界銀行は、2004年8月にSAL、SECALなど調整融資(Adjustment Lending)の名称を「開発政策融資(Development Policy Lending)」と改めた。その中の代表的なスキームであるPRSC(Poverty Reduction Support Credit)は社会的側面への配慮や借り入れ国のオーナーシップ等を重視しており、上記課題2)、3)に対応しようとしている。
(2) 今後の課題
(イ) 運営面の課題
1)援助のツールとしての方針を明確にすること
 本調査では収集困難であった情報(日本の政策判断を説明する情報や協調融資の各国の拠出割合に関する情報等)を収集可能なものとし、PRSC実施における方針決定の一助とするための調査・分析を実現する必要がある。
2)マクロ経済の安定と貧困削減
 PRSCの基調にはマクロ経済の安定化があるといえ、今後(1)カスタマイズ(当該借り入れ国の事情に適した開発支援策を作成すること)の方向性、(2)マクロ経済成長と貧困削減の関係を明らかにする必要がある。
(ロ) 今後の調査課題
1)調整融資の中長期的な効果に関する評価
 借り入れ国における達成状況とその効果の発現状況、さらには、貧困削減への寄与状況、負の影響の有無等につき、定性・定量両側面からの調査・分析が必要である。
2)政策支援のための調査
 評価結果をフィードバックするため、データ分析の背景にあるわが国の政策的・政治的判断に関する情報を収集し、分析することが望ましい。
3)PRSCなど新たなモダリティの運営と課題に関する調査
  • 借り入れ国およびドナーとの合意形成プロセスにおいて必要となる大きな調整コストと専門家人材確保の必要性への対応方法の検討
  • 途上国側の統計データが不足している状況を踏まえた、PRSCの評価手法の確立とその有効性や改善点に関する検討
  • カスタマイズに関する検討(どこまで借り入れ国の経済社会や文化状況を融資条件に反映できるか)
  • SAL、SECALの運営上の問題として指摘された、モラルハザードの問題4 への対策の現状と効果に関する検討等
(3) PRSC定量分析から導き出された支援の方向性
 本感度分析の結果、経済成長に影響するセクターへの投資は必ずしも貧困削減のような社会開発指標の改善につながるわけではなく、むしろ社会開発指標に直接影響を与えるセクターへの投資が重要であることが判明した。また、すべてのセクターについて同じ条件で支援することは、必ずしも貧困削減に有効に結びつかないことも確認された。今後のPRSCスキームは、セクター間を均等に支援するという考え方よりも、貧困削減や経済成長といった支援の目標を明確に定め、それらの目標に影響力の強いセクターに支援の重点を絞ることが重要である。
注) ここに記載されている内容は評価実施者の見解であり、政府の立場や見解を反映するものではありません。

 

1 アメリカのベーカー財務長官が1985年に韓国で開催された世銀年次総会で提案した債務国救済策。

2 J. ウイリアムソンが1990年に骨子をまとめた構造調整政策を指す。同骨子は、当時のワシントン(アメリカ財務省、連邦準備制度理事会〈FRB〉、世界銀行、国際通貨基金〈IMF〉)の多数派見解を要約する意図で書かれた。その内容は、貿易自由化や民営化等10項目。

3 下村恭民他 [1999]pp.22-25の整理方法に拠った。

4 融資後のコンディショナリティ達成状況が悪く財政状況や貧困状況が芳しくない場合にドナーが助けてくれることを予想し、受入国は、改革の努力を行うインセンティブがないことを受入国のモラルハザードと呼ぶ。構造調整融資の問題点としてSevensson[2000]が指摘したものである。




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