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「国際機関経由の援助:人間の安全保障基金」の評価

1.調査対象国:全世界

  現地調査国:タイ、トルクメニスタン、米国

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2. 評価チーム:

(1)評価主任:橋本ヒロ子
(十文字学園女子大学社会情報学部教授)
 評価主任:田中弥生
(独立行政法人大学評価・学位授与機構准教授)

(2)アドバイザー:長有紀枝
(難民を助ける会理事長)

(3)コンサルタント:株式会社オリエンタルコンサルタンツ

3. 調査実施期間:2009年6月~2010年3月

4.評価方針:

(1) 目的

 本評価は、ODA評価(政策レベル)の観点から、日本の国際機関経由による援助の1つである「人間の安全保障基金」における基金設置の意義、基金設置後の活動と成果を検証し、国民への説明責任を果たすこと、また、国際機関経由の援助の在り方につき今後の方針・計画策定に資する指針を示すことを主な目的とする。

(2) 対象・時期

 「人間の安全保障基金」にかかわる日本のODA政策(「人間の安全保障基金」を通じた援助政策、同基金を使って国際機関により実施された案件を含む)を評価対象とする。評価対象期間は基金が設立された1999年から2009年7月時点までである。なお、国際機関を通じた援助の中でも、人間の案件保障基金は特に日本の拠出率が高い(99.4%)ために、本論で得られた教訓は必ずしも他の国際基金を通じた援助には当てはまらない点がある。

(3)方法

 人間の安全保障や基金に関する文献レビュー、2009年7月時点で承認されている人間の安全保障基金案件計194件を対象とした案件別報告書レビュー、人間の安全保障及び人間の安全保障基金にかかわった政策担当者や学識経験者など関係者へのインタビュー、人間の安全保障基金の支援を受けたプロジェクトの実施機関に対する質問票調査、人間の安全保障ユニット(国連で人間の安全保障基金を運営する組織)に対する質問票調査、タイ、トルクメニスタン、国連本部における現地調査などを通じて総合的に検証を行った。

5.評価結果

(1)「政策の妥当性」に関する評価

 国連実施機関の活動に人間の安全保障の概念を普及することと現場において実践することは、日本の人間の安全保障に関わる政策目標に合致している。そのために、国際機関経由の援助として、国連事務局に設置した人間の安全保障基金に日本が拠出することは、多くの国連実施機関に実践の機会を与えることができるという点で、援助方式としても妥当性がある。

(2)「プロセスの適切性」に関する評価

 人間の安全保障基金の実施プロセスについては、設立当初の混沌とした状態から、今日に至る間に人間の安全保障ユニット(HSU)の設置やガイドラインの整備などを通じて改善してきた。しかしながら、人間の安全保障の概念をプロジェクトへ反映させるという部分では、その指導的立場であるHSUの管理体制には課題が多い。また、日本中心の拠出体制についても、基金の拠出金残高が年々減少していく中、再検討の時期を迎えている。

(3)「結果の有効性」に関する評価

 実践的効果という点では、ガイドラインの改訂などを通じて、近年は人間の安全保障の概念が現場での実践に反映されるようになってきており、複数の国連実施機関による取組の推進等、一定の成果を上げている。他方、人間の安全保障の概念普及という点では、基金による概念普及の取組は、国連本部、現場の両方において課題がある。

6. 教訓と提言

(1) 国際機関経由の援助の在り方にかかわる教訓

イ.国際機関経由の援助を行う目的の明確化

 日本外交における国益の観点から、国際機関に資金を供与することの目的を明確にする必要がある。二国間援助ではなく国際機関経由での援助の場合、結果として日本のプレゼンス向上は二義的なものにならざるを得ないことをかんがみても、国際機関を経由した援助方式を採る必要性について、政策的な意義を明確にする必要がある。同時に日本国内での国民に対する説明責任も果たす必要がある。なぜ国際機関経由で援助を行う必要性があるのか、それがどうして日本国民の利益に通じるのか、目標体系を明らかにしつつ説明する必要がある。

ロ.国際機関経由の援助と様々な援助スキームとの連携の促進

 国際機関経由の援助のみで、特定のODAの政策目標が達成できるわけではない。特に上位の目標については、様々な連携を行うことでこそ達成が可能である。国際機関経由の援助による成果について、二国間協力スキームで成果の拡大や不足部分の補完を行うことは有益であろう。また、ODAだけではなく、課題によっては、学術機関、NGO、民間企業との連携も有効であろう。ただし、そのためには、日本のこれら関係者に対して、国際機関経由の援助の理念と成果について、情報を共有する必要がある。

ハ.国際機関経由の援助における日本の関与の在り方

 国際機関経由の援助を活用して、ODAの政策目標を達成するというアプローチは有用であるが、その関与の在り方には注意を要す。特に国連においては、特定のドナーが影響を及ぼすことについては、反発があることから、達成したい政策目標には、「日本色」を付けずに、ユニバーサルなものとして打出すことが肝要である。

(2) 人間の安全保障基金の改善にかかわる提言

イ.人間の安全保障基金の中長期的な目的の明確化

 人間の安全保障基金は、人間の安全保障の概念を国連実施機関の活動の中に普及し実践していくことを目的としているが、その目的は漠然としており、将来的に基金として何を目指していくのか中長期での目的の明確化が必要である。なお、基金の拠出金残高が減っている現状をかんがみ、今後は案件を数多くこなすことよりも、モデルとなりうる優良案件を数は少なくても着実に形成・実施することが望まれる。

ロ.人間の安全保障ユニット(HSU)の国連における位置付けの明確化

 2010年春に提出予定の人間の安全保障に関わる事務総長報告を機に、人間の安全保障に関する国連総会での議論と決議の採択を通じ、人間の安全保障を正式な国連のマンデートにすることにより、HSUの活動にお墨付きを与えることが必要である。そのためにも、日本政府がイニシアティブをとり人間の安全保障に関する決議案を作成し、総会で採択されれば、より強力な位置付けとなる。

ハ.人間の安全保障基金プロジェクトの成果の普及

 人間の安全保障基金では190以上のプロジェクトを実施してきたが、その成果が十分に国連実施機関や国際社会において共有されていない。これまで実施された豊富な基金案件の経験から、複数分野、複数機関などの統合の推進、市民社会との連携、保護と能力強化の包括的アプローチ等のグッド・プラクティスをとりまとめて、何が「人間の安全保障の概念のプロジェクトへの反映であり実践であるのか」について国連実施機関やプロジェクトの関係者に分かりやすく説明することが求められる。

ニ.人間の安全保障基金のビジビリティの強化

 人間の安全保障基金という名前が現場において認識されていないという問題がある。末端の裨益者が人間の安全保障の概念を理解することは必須ではないにせよ、人間の安全保障基金によるプロジェクトであることは認識されるべきである。また、現地政府や実施団体(IP)の関係者については、そのプロジェクトが人間の安全保障基金によるものであること(意味合い)を意識してもらうことが、現場レベルの開発従事者への人間の安全保障の概念普及にも資するといえる。

ホ.人間の安全保障基金の実施体制の改善

 人間の安全保障基金については、「手続きが遅い」、「使い勝手が悪い」というマイナスのイメージが定着している。こうした点を払拭し、国連実施機関における人間の安全保障の概念に関する認知度を向上させるためには、HSUによる概念の説明だけではなく、現場における国連関係者の声にも考慮した、申請手続き、モニタリング・評価、報告手続きの改善が求められる。

へ.マルチドナー化の推進

 人間の安全保障基金の残高が減少している状況の改善と、人間の安全保障の概念の普及のために、他のドナーが基金に参加しやすい環境を整備すべきである。すなわち、その障害となっているジャパン・ファンドのイメージから脱却するため、日本による基金へのかかわりは、人間の安全保障諮問委員会を通じて政策レベルで果たすことに重心を置き、プロジェクトレベルでの基金への関与(コンセプト・ペーパーの審査等)は徐々に減らしていくべきである。

注) ここに記載されている内容は評価実施者の見解であり、政府の立場や見解を反映するものではありません。


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