3.2.3 PRSP及びTASに対する我が国の対応
1999年9月世銀とIMF理事会により、貧困諸国を対象に貧困削減戦略ペーパー(PRSP)の導入を支援するとの合意がなされた。タンザニアにおいては同年11月、DACドナー会合および政府・ドナー会合においてPRSPの導入についての説明がなされた。我が国は、2000年に飯村経済協力局長がタンザニアを訪問し、援助協調を考慮したPRSPに対する積極的な支援が表明され、同国をサブ・サハラ・アフリカにおけるSP実施の重点国として位置付けている。
そのため、我が国の国別援助計画(外務省)及び国別事業実施計画(JICA)の実施に際して、その重点分野がタンザニアの開発計画と整合性を保っている必要がある。これらの計画におけるそれぞれの重点分野とタンザニアPRSP、TAS等における重点分野を比較したのが下表である。
Vison2025 | TAS | PRSP | 外務省 国別援助計画 |
JICA 国別事業実施計画 |
* 全国的な初等教育の普及 * 非識字人口の根絶 * 開発に貢献できる人材の育成する高等教育の拡充 |
教育 * 教育環境の整備(教室、教科書、教材等) * 平等な教育機会 * 中等教育の拡充 |
基礎教育 * 教育の質的向上(教員、教材等) * 就学率、定着率の向上 * 教育行政能力の向上 |
基礎教育 * 教育内容の改善 * 教員の質的向上 |
基礎教育 * 教育環境の整備 * 教育の質的向上 * 教育行政能力の向上 |
* 全国民が利用可能な基礎保健サービス * 全国民が利用可能なリプロダクティブヘルスサービス * 母子の死亡率の低下 |
保健 * 民間セクターの強化 * インフラの整備 * 代替財源の開発 * セクターの連携(教育、農業、水・衛生、地域開発等) |
基礎保健 * 保健医療の向上 * 母子への適正な保健サービス |
基礎保健 * 地方医療サービスの向上 * 家族計画に関わる教育・啓蒙活動 |
基礎保健 * 保健行政とコミュニティの関係強化 * リプロダクティブ・ヘルスと子供の健康 |
HIV/AIDS * 感染予防対策 * 慣習の変化促進 * 地方行政改革プログラムへのHIV/AIDSプログラムの組込み |
HIV/AIDS * HIV感染予防の啓蒙 |
* HIV感染予防 | * 感染症対策(HIV、マラリア) | |
* 全てのセクターにおいてVisionの目的を達成するのに必要な物理的インフラの供給 | インフラ(道路) * 地方行政能力向上 * 道路の維持・補修 * 民間セクターの参加 |
地方道路 * 農道の維持・補修 |
基礎インフラ * 都市部の基礎インフラ整備 * 地方主要都市(間)のインフラ整備 |
基礎インフラ * 経済・社会インフラ整備 * 輸送力の増強 * 首都圏電話網整備 * 電力供給力増強 |
農業と食糧保障 * マクロ政策 * 民間セクターの強化 * 農業の研究・普及への助成 |
農業(研究・普及) | 農業・零細企業振興 * 農業インフラ整備 * 農業技術の移転 * 組合の整備・育成 * 小規模融資の促進 * 農林産物の加工技術の普及、企業振興 * 零細企業の育成 |
農業・零細企業振興 * 農村インフラの向上 * 社会サービスの向上 * 生産性向上のための技術移転 * インフォーマルセクターを含む零細企業の振興 |
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環境と天然資源管理 * 地域社会の参加促進 * 所得向上活動 * 資源の再利用促進 * 汚染、砂漠化、旱魃のモニタリング * 地方行政能力の向上 |
森林保全 * 森林の持続的開発 * 森林資源管理 |
森林保全 * 半乾燥地の社会林業 * 住民参加型森林保全 |
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人材・制度能力向上 * キャパシティ・ビルディングに対する包括的な取り組み * 指導力、行政能力、管理能力(特に財政管理)向上 * 国内の人材・制度の能力向上に対する技術協力の利用 * NGO等の人材育成 |
キャパシティ・ビルディング * 公務員の訓練 * 村落レベルの行政アクセス改善 * 地方行政改革 |
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* 全国で利用できる安全な水 | 地方給水 * 地域社会の環境保全活動への参加 * 汚染のモニタリング * 廃水の再利用促進 * 地方行政能力の強化 |
水 * 安全な水の供給 |
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* 法律遵守意識の啓発 * 不正、汚職の追放 |
法整備 * グッドガバナンス * 土地に関する法律の見直し * 税法の見直し |
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その他 * 中所得国レベルの平均余命 * 絶対貧困の撲滅 * 学習する社会の創造 * 中所得国レベルの経済 * マクロ経済の安定 * 年率8%以上の成長 * 世界市場で活動する人材、組織の育成 |
その他 * 民間セクター開発 * 土地 * 雇用 * ジェンダーと地域開発 * 災害及び救済管理 * データ、情報、通信 |
その他 * 観光開発 * 水産業 * 地方拠点開発 * 湖水環境の保全 |
我が国の国別援助計画、JICA国別事業実施計画では、1997年4月に対タンザニア経済協力総合調査団とタンザニア政府との合意に基づき、対タンザニア援助の重点分野の開発フレームワークが形成されており、そのフレームワークに沿って現在の計画が策定されている。一方で、PRSP、TASはそれ以後に策定されたものである。そのため上表においてPRSP、TASとの重点分野を見比べてみると優先分野において若干の違いが散見される。
TAS、PRSPにおいて、基礎保健分野のHIV/AIDSは緊急で重大な健康問題として優先度が高く、独立した項目で扱われている。逆に森林保全は優先度が低く、環境分野の中で位置付けられる項目である。JICA国別事業実施計画において重点イシューとされているキャパシティ・ビルディング関しては、PRSPにおいては特に独立した分野として扱われていないが、TASで優先分野として扱われている。観光、水産業等その他のセクターは、いずれも優先度の高い分野として記述されていない。こうした分野を我が国の援助計画、事業実施計画において取り扱う場合は、PRSP、TASの開発課題の解決とどのように結びついているか明らかにすることが必要である。これらの点を除いては、我が国の援助計画とタンザニアの開発政策とは概ね整合していると言って良い。
JICA国別事業実施計画においては、別添2に見られるように、各協力重点分野について複数のプロジェクトからなるプログラムが編成されている。これは従来の個別プロジェクトによる協力から、それぞれのプロジェクトの連携から得られる効果によってプログラム目標を達成しようとするものである。これまでもプログラム的な取り組みはあったが、国別事業実施計画における取り組みは、個々のプロジェクトの実施形態、実施のタイミングを予めプログラム計画に組み入れて、プロジェクト相互間の補完性・相乗性による効果を最大限に発揮して、最大効果を実現しようとするものである。65
我が国援助のプログラム化への取り組みは上記国別事業実施計画において始まったばかりであるが、タンザニアをめぐる国際社会の援助環境は急速にSPへの対応が進んでいる。以下に、農業をはじめとした我が国のSPに対する取り組み状況について概観する。
農業セクターについては、我が国が中心となり、各ドナーの協力を得てタンザニア政府による開発計画の策定を支援するよう、その準備が開始されている。
我が国は農業セクター開発計画の策定に積極的に協力し、2001年10月に5年間を対象とする農業開発戦略(ASDS)が策定されたところである。ASDS策定のための政府・ドナーによるタスクフォースグループ(FASWOG: Food and Agricultural Sector Working Group)は、ASDSを実施に結びつけるための農業セクター開発プログラム(ASDP)の策定を行っている。FASWOGの主要参加者は、農業食糧保障省(MAFS)、水・牧畜開発省(MWLD)、農村組合省(MCM)、大統領府地方自治庁(POLARG)、デンマーク、DfID、EU、アイルランド、日本、世銀である。我が国はこうしたプロセスに開発調査スキームを利用し、「タンザニア国地方開発セクター・プログラム策定支援調査」として成果をあげつつある。すでに、タンザニア政府・ドナー間の協調のもと「地方開発戦略(RDS)」、「農業開発戦略(ASDS)」の策定支援を完了し、今後、農業セクター開発プログラム(ASDP)の策定・進捗・監理支援、ASDPに沿った日本の協力が検討される予定である。こうした開発調査は、ヴェトナム、ミャンマー等アジアでは実施されているが、セクター別開発計画の策定プロセス経験の少ない我が国が、実務面から多くを学びうる重要な機会であり、アフリカにおいても積極的に実施すべきである。プログラムの策定プロセスに参加することによって、コモン・バスケット、財政支援に参加するための法的、制度的な制約条件やプログラム実施上の様々な問題を把握し、他ドナーが制約条件をどのように克服しているかを学ぶことができる。また、SPに対する我が国の援助実施体制の問題点を明らかにし、体制の整備に資すると期待される。
SPに対する実施体制の例として、デンマークのDANIDAの場合は1994年にこれまでの援助のあり方を見直し、プログラム型援助へ移行した。DANIDAは、被援助国が責任を持って作成すべき「ナショナル・セクター・フレームワーク」(タンザニアの農業セクターであればASDSにあたる)の策定に協力し、そのフレームワーク内でDANIDAが支援できる部分(コンポーネント、もしくは個別のプロジェクト)を見極め、DANIDAの持つ援助様態を活用して援助するとしている。すでにプログラム型援助で先行しているDANIDAの例は、実施段階で各ドナーが有するスキームで援助を行うとする日本のベスト・ミックスと似たところがある。フレームワークの中で支援できる部分を選択していくやり方は、日本にとって参考となる。また、DANIDAと協調し、他のドナーへもベスト・ミックス的考え方を浸透させていく方向も検討すべきと思われる。
保健セクターにおいては、保健省に派遣された日本人専門家(保健協力計画担当)によって、タンザニアのセクター別開発計画の進展に関する調査が継続的に行われてきた。その結果を受けて、今後もセクター開発計画との整合性に一層留意し、ドナー重複を避けるといったSPの目的に沿った支援を実施していくと見られるが、バスケット・ファンドに関しては保健省の組織的能力の低さが導入を留まらせている。具体的には財政管理能力や郡レベルでの会計処理能力が不十分であること、援助国の納税者へのアカウンタビリティを確保するための方策が必要であることが主な理由として挙げられている。
教育セクターにおけるセクター開発計画(EdSDP)は、教育文化省の組織能力が低いために全体的に進展が遅い。我が国は、セクター別開発計画が具体的に進展し始めた状況を見定めて、1998年に企画調査員を派遣し、進展状況の詳細な調査を行うとともにEdSDPに沿った案件を形成している。(スクール・マッピング案件)今後もこれまでと同様に、SP関連の会合に積極的に参加し、セクター開発計画との整合性に配慮した案件の形成を行うものと見られる。
スクール・マッピング案件(地方教育行政強化計画調査;スクール・マッピング・マイクロプランニング)は、EdSDP において高い優先順位を与えられており、拡大HIPC下の債務救済条件にもなっている。66 スクール・マッピング案件の目的は第一に教育計画策定に必要な地域の教育状況に関する情報収集、第二に県・村・学校等関係機関の能力強化が挙げられている67。同案件のモダリティに関しては、長期にわたる調査が可能な点、カウンターパートに対する技術移転が可能な点、無償案件との相乗効果が見込まれる点等が考慮されて、開発調査が選択された。
道路を含む基礎インフラについて、日本、デンマーク、EU、ノルウェー、世銀が重点分野としている。このセクターでは、DAC道路協調グループにおいてドナー協調が実施され、ドナー間の役割分担が他の分野より進んでいると言える。
我が国は、国別援助計画において地方主要都市及び地方都市間のインフラ整備(地方の主要幹線道路の整備)に重点を置いている。道路セクターは地域間の農作物流通等にも大きく影響し、所得貧困の低減に貢献することから、2001年10月に策定された地方開発戦略(RDS)を考慮に入れて、新規案件形成に関与していく必要があると考えられる。
TASの必要性は、すでに1999年5月頃に政府とドナーの会合において言及されていたが、我が国がTASに対して関わりを持つのは、2000年5月に最初のドラフトが各ドナーに提示されてからである。我が国は、PRSPの策定に関して、新規の援助形態をメインストリームにすべきとする主要ドナーに対して、新規援助形態を認めながらも目的に応じて適切な形態を採用するベスト・ミックスを展開した。TASの策定においても、各ドナーとタンザニア政府による議論が長期にわたったため、最終的なTASが完成したのは2002年になってからであった。68
TASによって提示された援助協調の「ベスト・プラクティス」では、TASおよびPRSPによる政策への協調、開発事業における政府職員との共同作業の拡充、アンタイド援助と技術協力の拡充、MTEFへの理解と協力等が挙げられているが、いずれも我が国の対タンザニア援助において現状で進められているものである。また、ベスト・プラクティスの一つとして、援助効果増大のためのアプローチの導入と援助機関の意思決定の分権化も提示されている。効果的なアプローチの導入については、我が国は新しい援助様態を認めつつ、プロジェクト型援助の有効性を主張するベスト・ミックスで対応しているものの、案件またはセクターごとに、タンザニア側の事業実施、調整にかかるキャパシティや、関係者の調整にかかるコスト等を考慮に入れ、よりよいアプローチの導入を図る必要が求められている。
我が国がタンザニアにおいて展開しているベスト・ミックスは、PRSPの各分野においてセクター別開発計画が進展する中で、コモン・バスケット、財政支援といった新しい援助様態をメインストリームにすべきとする主要ドナーに対して、そうした新援助様態も認めつつ、我が国がこれまで二国間援助で行ってきたプロジェクト型援助の有効性と、画一的でない目的に応じた援助様態の必要性を主張するものである。ベスト・ミックスは状況に応じて最適な援助様態の組み合わせを選択しようとするもので、プログラムの策定段階では各ドナーが協調し、実施段階においては各ドナーそれぞれのスキームで援助を行い、モニタリングでは再び協調して実施するというシステムの構築が望むべき姿であるとするものである。
ただ、SPの下での援助協調や、コモン・バスケット、財政支援といった新援助様態による援助を強めている世銀やイギリス、北欧のドナーも、こうした援助方式を絶対と考えているわけではなく、試行段階であるとする認識を持っている。
多くのドナーが画一的な援助様態を採ることは二国間援助の多国間援助化である。各ドナーはそれぞれの開発援助政策や援助供与手続きを有することから、新しい援助様態に限った画一的な援助政策を採ることは容易ではない。したがって、タンザニア等への経済協力を実施する上では、多様な援助様態の利点も活かせる方法がより望ましい。また、画一的な開発アプローチに寄りかかる問題点は、構造調整政策の画一的実施ですでに教訓を学んでいるはずである。開発計画の策定段階では、タンザニア政府と各ドナーが基本的方向を明確にし、実施の重複・混乱がないようにすることは重要である。しかし、実施段階においては、各ドナーがそれぞれの知恵や経験を動員し、開発の経路は多様であるべきである。経済協力においては、各ドナーの特色が発揮されてこそ開発に大きな効果が生まれる。こうした点からも、プログラムの実施の段階においては、各国が効果を発揮できる援助様態によって経済協力を実施すべきというベスト・ミックスは意義を持つものである。
今後、上記「(2) SPに対する我が国の対応」及び「(3) TASに対する我が国の対応」に見られるように、TAS、PRSPに則った援助の実施に際して、タンザニア政府、他ドナーとの協調を行う会合の機会が増大することは容易に予想できる。会合数の増大に対応するためには、コモン・バスケット、財政支援等の援助様態の選択というような、我が国政府の方針に関わる重要な意思決定を行い、国際社会に対して責任を持って発言できるように、JICA現地事務所と大使館が、問題への認識を深め、権限を拡大する必要がある。現地への権限委譲に関しては、我が国の援助機関の課題として、現地の状況に適した援助を行うため現地の状況を知る大使館やJICAへの権限拡大が検討されているが、ドナーの会合に出席する人材は、セクター全体の知見を有しており、他国の出席者のように機関の意見を明確に主張し、かつ他機関と交渉する能力を持った人材と議論を通じて協調を図ることができる能力を持つべきである。
65 国際協力事業団(2001)、4-16、17頁
66 債務救済の条件として、全対象地域数の50%でスクール・マッピングを実施することとされている。
67 国際協力事業団(1999)、7頁
68 古川光明(2001)、44頁およびThe United Republic of Tanzania(2002)を参照。