広報・資料 報告書・資料

外務省有識者評価調査報告書
-教育セクターへの協力(フィリピン)

(現地調査期間:2002年3月3日-3月9日)
(*報告書末尾に、「外務省からの一言」があります。)

■広島大学教育開発国際協力研究センター
 黒田一雄

<評価対象プロジェクトの概要>

案件名 援助形態 協力年度、金額 協力の内容
第5次教育施設拡充計画(1/2期) 一般無償資金協力 1998年度、12.36億円 初等・中等学校における校舎建設、及び教育関係資機材、理科実験機材、トイレ等の整備
第5次教育施設拡充計画(2/2期) 一般無償資金協力 1999年度、12.04億円 同上
マニラ首都圏サンファン町ストリートチルドレン施設支援計画(エルダ財団) 草の根無償資金協力 1999年度、22,998ドル ストリートチルドレンの保護施設に対する車輌、資機材の供与
初中等理数科教育向上パッケージ協力チーフアドバイザーの教育省派遣 専門家派遣(技術協力) 1993年12月-2002年6月 「パッケージ協力」及び学校群別現職教員再研修パイロットスキームに関する助言調整、及び教育分野の協力案件発掘


1.はじめに

 フィリピンは1990年代における日本の教育協力の急速な発展をふり返る時、非常に重要な位置をしめる国である。1990年にタイのジョムティエンにおいて、世界銀行、ユニセフ、ユネスコ、国連開発計画によって共同開催された「万人のための教育世界会議」は、基礎教育の重要性を国際的に再認識させ、発展途上国の教育政策のみならず、その後の教育分野における国際協力のあり方にも大きな影響を与えた。日本の政府開発援助もこの会議以降、それまで高等教育・職業訓練中心であった教育協力の対象を、初等・中等教育に広げ、この分野の教育協力を急速に拡大させた。こうして急拡大した1990年代の教育協力の代表的な形態が、学校校舎建設のための無償資金協力と理数科教育分野の技術協力であった。フィリピンは、日本のこの2形態で本格的な教育協力が初めて実施された国である。実際には一般無償資金協力による学校校舎建設計画と理数科教師訓練センター建設計画は、「万人のための教育世界会議」の前の1988年に開始しているので、この2分野でのフィリピンに対する協力は、必ずしもこの会議以降の教育協力における国際的潮流の中で形成されたわけではない。しかし、ジョムティエン以降の教育協力をめぐる国際的潮流を背景に、日本はフィリピンに対し、この2分野における相当に大規模な国際協力を、その後10年以上継続的に供与してきた。このような規模と歴史から、日本のフィリピン教育セクターへの協力は、その後の日本が他の途上国を対象とした教育協力事業の案件形成・実施において、スタンダードとしての役割を果たしてきた、といえる。現在、無償資金協力による校舎建設は20ヶ国以上において、理数科教育分野の技術協力は大規模なものだけでもアジア・アフリカの6ヶ国において、進展している。フィリピンにおける教育協力はこの両分野における日本の教育協力の先駆的存在なのである。また1991年から、当時の海外経済協力基金の有償資金協力によって「初等教育事業」に対する約200億円の融資が開始されており、1993年には科学技術教育事業が、1997年には貧困地域初等教育事業が、1999年には貧困地域中等教育拡充事業が、世界銀行やアジア開発銀行との協調融資として開始されている。まさにフィリピンは、日本が全スキームにわたって、教育協力を行っている稀有の国である。
 本稿では、初めに3つの個別案件に関して評価を行い、次に様々なスキームによって教育協力が行われているフィリピンにおいて、スキーム間の連携がどのような状況にあるかに関して考察を行う。最後に、本評価から得られた日本の教育協力全体に対する教訓を概説する。

2.調査日程

月日 時間 行程及び訪問先・面談者
3月3日(日) 21:40 マニラ着(JL075)
3月4日(月) 10:00 在フィリピン日本大使館・経済協力担当官
13:30 教育省派遣専門家
14:30 教育省理数科パッケージ協力担当官・教育施設拡充計画担当官
16:30 教育省派遣専門家(継続)
17:30 国際協力事業団フィリピン事務所担当者
3月5日(火) 7:30 マニラ発(PR277)レガスピ着
10:30 教育省地域事務所(リージョン V)
14:00 ビコール大学・青年海外協力隊・理数科教員再研修プロジェクト
3月6日(水) 9:05 レガスピ発(PR278)マニラ着
14:00 国際協力銀行マニラ駐在員事務所担当者
16:00 アジア開発銀行教育専門官
3月7日(木) 6:00 マニラ発 ダグパン着
第5次教育施設拡充計画・学校訪問(4校)ダグパン発
22:00 マニラ着
3月8日(金) 10:00 マニラ首都圏サンファン町ストリートチルドレン施設(エルダ財団)訪問
12:30 国際協力事業団フィリピン事務所担当者
16:00 教育省計画担当官
3月9日(土) 9:30 マニラ発(JL746)


3.第5次教育施設拡充計画

(1) 案件概要

 フィリピンでは、台風のために被害を受けた全国の初中等学校に対する学校校舎建設計画に、1988年から無償資金協力によって総額130億円以上の援助が行われた。その後引き続き、教育施設拡充計画として、全16行政地区の内10行政地区で初・中等学校の校舎建設が総額100億円以上を投入して実施されている。この内1997年度までの学校校舎建設計画の全てのフェーズと教育施設拡充計画の4次までは、1998年の英国国際開発省との合同評価(以下、日英合同評価)において評価対象とされている。よって今回の評価では、第5次教育施設拡充計画を中心に評価した。

(2) 妥当性

1)教室の不足

 フィリピン全土における不足教室数は、1998年において初等56,409教室、中等8,966教室の計65,375教室に達しており、教室不足を改善するための校舎建設は一般に極めて妥当性が高い。国家政策の上でも教室不足の状況改善は優先課題とされており、政策的な妥当性も高い。しかし、地区別に見ると第5次の対象となったCAR(コーディリラ自治区)、第1行政地区、第9行政地区の不足教室数はそれぞれ、86教室、365教室、4,345教室であり、第9行政地区以外の2地区は、フィリピンの16行政地区の中で最も不足教室数の少ない2地区である。フィリピン側に地区ごとの公平という観点からの行政的配慮があって、このような要請になったものと推察されるが、この地区の選定は教室不足の状況の効果的改善という点からは妥当性を有していない。ただし、第9行政地区(西部ミンダナオ地域)に対する協力は、不足教室数、貧困状況の双方で高い妥当性を有している。

2)校舎仕様の選択

 上記に日英合同評価では、第1次、第2次計画においてとられていた大小10タイプの異なる規模の校舎を地域の事情に合わせて建設する方式が、一部の都市部大規模校への校舎建設の集中を避けることを理由に、第3次と第4次においては1階建て3教室の校舎に統一されたことを、妥当性の乏しい変更であったとしている。この評価を受けてかどうかは確認できなかったが、第5次においては、校舎の仕様を8タイプの中から選ぶ方式に戻されていた。今回の評価でも学校ごとの事情にあった校舎建設、特に校地が狭い場合の2階建て校舎の妥当性が確認されており、第4次から第5次の仕様・方式の変更は適切な処置であったと考えられる。

3)教育機材の供与

 教室だけではなく、机や椅子の供与は、その不足状況から妥当性を有していた。また、理科実験室の建設や理科実験機材の供与も、その政策的優先度の高さから適切な協力であったと考えられる。日英合同評価では、実験機材の供与数を決定するための1クラス4グループという想定を現行の学生数で考えると15-18人/グループということになり、実験機材の有効な活用ができない想定であるとの指摘がなされているが、第5次では1クラス7グループを想定して供与機材の選定がなされており、妥当性が改善している。
 後述する理数科パッケージ協力においては、身近にある材料で実験道具を整備することが奨励されており、実際今回視察した学校においても、供与されたものでは十分ではないため、同じ方式で理科実験道具を作成しているとのことであった。理科実験機材供与の妥当性をさらに高めるためには、現場レベルでどのような機材が求められ、作成されているかに関する綿密な調査が必要とされよう。また、日英合同評価で提言されているような、学校に必要機材を選んでもらうやり方も、検討されるべきである。

(3) 目標達成度

 訪問視察からは、校舎は計画通り建設され、機材供与も順調に進んだことが確認された。しかし、第5次の対象校全体にわたる最新の基本的なデータが得られなかったことから、客観的・科学的な判断は難しい。なお、教育省の担当者の多くから、無償資金協力による校舎建設は施工期間の正確さに関する限り、国際協力銀行・世界銀行・アジア開発銀行による教育施設拡充に比して、圧倒的に優れているとの意見を聞いた。
 日英合同評価では、パッケージの教材内容が一部引き渡されていない旨の報告があったが、今回の訪問・視察した第5次の対象学校においては、このようなケースは確認されなかった。

(4) 効果

 第5次教育施設拡充計画基本設計調査報告書によれば、以下のことがプロジェクトの効果として、期待されている。
  • 教室不足の改善
  • 学習環境の改善
  • 適切な理科授業の実施
  • 衛生状況の改善
  • 就学機会、就学意欲の増大
  • 地域住民への貢献

1)教室不足の改善

 第5次において普通教室は、CARに49教室、第1行政地区に127教室、第9行政地区に173教室建設され、これは各行政地区の不足教室数のそれぞれ57.0%、35.6%、4.0%にあたる。したがって、CARと第1行政地区においては、教室不足状況の改善に相当の貢献を行ったことになる。しかし、妥当性の項目で既述のように、これはこの2地区の教室不足の状況が他の地区に比べて深刻ではなく、不足教室数がもともと少なかったからである。第9行政地区においては、治安の悪い地域であり、事業可能地域が限られていたため、第5次計画によって建設された教室は不足数の4%に留まっている。

2)学習環境の改善

 第5次の基本設計調査報告書によると、本計画対象の91校の1教室あたり平均児童数は69.4名であり、過密な状態にあり、2部制による授業で対処している学校も3校あると報告されている。この過密な状況を改善するために、349教室の建設は一定の効果があったものと考えられる。また、無償資金による校舎建設・教育機材の供与は質が高く、現場の満足度が高いということが、1998年の教育文化スポーツ省の第1次から第3次の対象校に対するアンケート調査でも明らかになっている。未だ第5次の対象校に対する同種の調査はなされていないが、訪問視察の聞き取り調査でも、現場レベルでの高い満足が確認された。
 しかし、定員以上の学生を収容するために、供与された教育機材だけでは足らず、仕様の違う机や椅子を持ち込んだり、棚を机代わりにしている例などもあった。また、訪問した学校の中には、日本が建設した教室が他の教室に比して格段に立派なため、生徒がその教室を平等に使用できる方法を依然模索中というところもあった。
 良好な学習環境が就学の拡大と学習成果の向上につながるという論理が、このプロジェクトの前提になっているが、施設の改善や教育機材供与等のハードの充実が、教員訓練やカリキュラムの改定などのソフト改善に比して、いかに効果的に教育の量と質を向上させるかに関して、基本的なデータ収集(例えばベースラインの学業成績の把握)は行われておらず、科学的な評価は行いがたい状況であった。

3)適切な理科授業の実施

 本計画対象の63中等学校のうち、理科実験の施設の整備されていなかった43校に理科実験室が、44校に理科実験機材が提供されることにより、理科の実験の授業が可能になることが意図された。この効果に関しても、網羅的な調査がなされていないため、客観的には判断をしかねるが、少なくとも訪問視察した学校においては、この効果は大きかったものと考えられる。視察校の数は限られているので、一般化するのは危険であるが、それらの学校では全て理科実験室の使用に関して厳格なルールを作らなくてはならないほど、その需要が高く、実験機材も適正に使用されていた。立派な実験室と実験機材が理科教育を目的に提供されたことが、理科担当教員の一種のエンパワーメントになり、日本政府の援助で建設された教室を学生が平等に使用できるよう、その全てを理科の授業によって使用することを学内で検討中という中等学校もあった。
 日英合同評価では第1次では各地域ごとに受領校の教員を集めて配布した教材の使用方法や授業への活用方策について研修を行ったが、第2次では教育省地方事務所に対する研修しか行われず、結局教員への直接の研修は行われなかったことが指摘された。第5次でも基本設計調査報告書には、このような研修計画に関する記述はないが、視察校での聞き取りで、理科実験機材活用のための研修がフィリピン大学の理数科教師訓練センター(UP-ISMED※1)において実施され、受領校から2名づつの代表者が研修費をプロジェクト負担で派遣され、研修されたことが明らかとなった。視察校には20名以上の理科教師を擁する学校もあり、2名の代表者では少なすぎると、自費で参加した3人目の教師もあった。この研修は視察校の代表受講者から高く評価されており、研修後はこの代表者が中心となって、他の教師への機材の使用方法・メインテナンス方法の説明がなされたとのことであった。
 この理科実験施設の供与は日本がフィリピンにおいて進めている「初中等理数科教育開発パッケージ協力」にも資する期待があり、教育施設拡充計画に含められているものであるが、後述するように、このパッケージ協力との有機的な連携はあまりなされていない。以前プロジェクト方式技術協力が実施されたUP-ISMEDにおいて、理科実験機材の使用方法に関する講習は良い連携の事例とも思われたが、これもシステム的に意図されたものではなかったようであった。
 「適切な理科授業の実施」をプロジェクトの想定される効果としてうたうのであれば、当然そのためのベースライン調査が必要と考える。一般的に無償資金協力制度においては想定される効果を測定するためのベースライン調査を実施するという理念が不足している感があり、本プロジェクトにおいても調査が実施されていないことから、実施効果の科学的客観的測定は困難である。


※1 パッケージ協力期間中は「UP-ISMED」であったが、現在は改称され「UP-NISMED」となっている。本稿では混乱を避けるため、旧称を用いる。


4)衛生状況の改善

 基本設計調査報告書によると、本計画対象の91校のうち、便所のない学校は10校あり、また便所のある学校も給水施設の不備により使用が制限されている学校が多かった。よって女子の就学促進のためにもトイレ建設が本計画に盛り込まれた。これに関しても改善の程度を指摘するデータが不足している。

5)就学機会・就学意欲の増大

 教室不足は深刻な問題であるが、これを理由に就学を制限するといった方策はフィリピンにおいてとられておらず、教室建設が直接に就学機会の拡大に貢献することにはならない。しかし、期待されているような新施設の建設が児童の就学意欲や地域社会の教育に対する関心の増大に寄与するという効果は、視察校においては十分に認められた。ただ、日本政府の建設した立派な教室は供与された学校の魅力を増す効果があるが、その周りの学校から学生を奪う結果になっているところもあった。全体として、就学機会の純増に貢献しているかどうかに関しては、データがなく不明である。

6)地域住民への貢献

 基本設計調査報告書においては、夜間の社会人教育の教室・集会・避難場所としての利用が意図されている。第1次、第2次に対する調査では8割近くが地域の社会教育活動に利用されているという報告もあるが、少なくとも視察校ではこのような利用は活発ではなかった。「PTA等で使用すると汚れる」との意見さえ聞かれた。確かに、日本政府の建設した教室は近隣の建物の中でも最も立派なものの一つであるので、地域社会による利用を意図することは妥当である。今後は、この事業による建設校舎が高い耐久性を有し、昼夜にわたる社会人教育や集会のための使用や自然災害時の避難場所として適しているということを、先方政府と協力して学校に伝達するなどの努力が必要であろう。

(5) 効率性

1)建設単価

 日本政府の無償資金協力による教室建設単価の高さの問題に関しては、フィリピンだけでなく、日本が無償による校舎建設を行っているアジア・アフリカの20以上の国々の多くにおいて問題化し、現地政府と日本政府の間だけではなく、日本の教育協力をとりまく学界やマスコミにおいても、また途上国の教室建設に関わる他の二国間・多国間の援助機関と日本の間でも、5-6年前から活発な議論がなされてきた。1988年から開始され、日本の援助による校舎建設の草分け的存在であるフィリピンにおける校舎建設のあり方は、スタンダードとしてその後のこの分野の動向に大きな影響を与えてきた。第4次基本設計調査報告書では、1988年から1993年までの学校校舎建設計画と1993年以降の教育施設拡充計画の建設コストを比較し、在来工法の採用などで、平米あたり87,600円から47,900円(第4次)まで節減されていること、アジア開発銀行案件の約14,000円から17,500円には遠く及ばないものの、両者の設計思想には大きな違いが存在していることを指摘し、日本なりの論理立てで批判に応えようとする日本側の努力が察せられる。また、日英合同評価でも、建設単価の問題は厳しく取り上げられ、絶望的な教室不足の状況下で、仕様の質を落としてでも、安価で大量の教室を作ることを検討すべきという提言がなされている。しかし、その後の第5次基本設計調査報告書では、第4次の基本設計調査や日英合同評価で扱われたこの建設単価の問題に関してほとんど言及がない。この時期、外務省やJICAにおいて建設単価の問題が活発に議論されており、また関係者はここ数年校舎建設単価の縮減について相当の努力を行っている。また、第4次報告書に示されたように、比較的高額な建設単価の理由と耐久性などの建設校舎の利点を事前に提示・説明することの必要性は増大している。よって、校舎の建設単価に関する議論はオープンにするべきであり、その点で第5次報告書に過去に実施した計画や他ドナーとのコスト比較が記載されなかったことは、非常に残念であった。
 今回の評価におけるフィリピン教育省の担当官に対する聞き取り調査では、1教室あたりの建設コストは第5次で約1,000,000ペソとのことであった。評価のためには、正確な1教室あたりコストを知る必要があったが、結局それは前述の第5次報告書に記載がなかったため、不可能であった。しかしいずれにしろ、これらおおよその試算されたコストは国際協力銀行が世界銀行・アジア開発銀行とともに協調融資している校舎建設の教室単価450,000-600,000ペソの約1.5-2倍、教育省の建設基準325,000ペソの約3倍となっている。もちろん、このような比較はその前提条件(設計条件や仕様・為替レート等)を明確にして行われるべきであるし、また耐久性という点では日本の無償資金協力によって建設された校舎は他の2-3倍以上の強度をもっているという教育省担当官のコメントもあった。今後は、精緻なコストの比較が全ての無償資金協力による学校建設事業の基本設計調査において徹底されることを望みたい。ただし、単に建設コストが安ければよいというものではなく、第4次報告書に提示されているように、「アジア開発銀行型が限定された対象校(敷地に余裕があり、水、電気、地盤状況、現場への進入路などの条件に恵まれた学校)に、比較的大規模な校舎を建設するように感がられているのに、日本政府型は遠隔地を含めたなるべく多くの地域、対象校に比較的小規模な校舎を短期間に多数建設するように考えられている」とするならば、そうしたコスト高を招く要因とその社会・経済的な意義を明確にしてプロジェクトが形成されることが必要である。
 また、大使館・JICA事務所での聞き取り調査では、高仕様・高コストの学校建設に関して、災害対策の効果や校舎建設のモデル性も指摘されたが、この1.5-3倍という建設単価は果たしてこのような理由から正当化される範囲であろうか。この点は以下のような視点から考察されねばならない。

  • 前述のように、無償資金協力による校舎建設の建設単価は以前に比べると大幅に縮小している。
  • 教育省の複数の計画担当官に対する聞き取り調査によると、教室建設に関する協議において、フィリピン側は一貫して仕様のダウングレードと教室数の拡大を求めているとのことであった。現在の建設単価も、仕様の変更によって相当程度は落とせるとのフィリピン側建設担当者の意見もあった。
  • 日本側として日本政府の名前を冠した校舎が安全性の低い建築となることは避けるべきとの意見がある。確かに、フィリピンは自然災害の多い国であり、日本によって建設された教室が倒壊等によって、生徒を犠牲にする可能性があれば、外交的にも好ましいことではない。
  • 無償資金協力の小学校建設が他のスキームによる建設のモデルになるという、プロジェクトの基本設計には必ずしも含まれていない目的を、関係者が主張することが多くなっている。これに対して、教育省の企画担当官から、無償資金協力による校舎建設はまさに高単価体質ゆえにモデルとならないこと、の指摘があった。
  • フィリピンにおける教育協力の状況はセクタープログラムによるドナー協調が急速な進展を見せるアフリカ諸国と異なり、日本は最大のドナーとして、他の主要なドナーである世界銀行やアジア開発銀行、オーストラリアなどとの協調を強く求められていない。アフリカでは、高い建設単価が当自国政府と日本の間よりも、ドナー協調の場で問題になることが多いが、フィリピンにおいては、そのような状況はない。
  • フィリピンにおける日本政府の校舎建設は中等学校を多く含み、その点でも小学校中心のアフリカ諸国における状況と異なる。

 建設単価の問題に対しては、フィリピンだけではなく、他の国でも問題となっていることであるので、日本の基本的なスタンスを整理・議論して、今後の校舎建設にあたる必要がある。この点に関しては、最後の提言で再考する。

2)土地の有効利用

 日英合同評価においては、生徒数の増加が著しい都市部において平屋の校舎を建設することは不適当であることが指摘され、2階建ての校舎建設か、都市部の学校を建設候補地からはずすことが提言されている。第5次では、2階建ても4タイプ提供され、この提言に応えている。

3)校舎の規模

 日英合同評価では3教室の小規模校舎を作ることにスケールメリットがなく、援助資金の効率的利用から考えると、1校舎あたりの規模が大きい方がよいのではないかとの提言がなされている。この点に関して、第5次では5教室や6教室の比較的大きな校舎タイプが加えられ、改善されている。しかし、圧倒的な教室不足を抱える学校には、より大規模な校舎建設も検討されるべきであったと考える。

4)教材の供与

 日英合同評価では、教材が高価・高度すぎて、破損時や消耗時の補充ができないことが指摘され、提供する教材をできるだけ安価な国内製品とし、補充可能性を高める配慮が必要である、としている。各学校のニーズを満たす教材を提供するため、配布可能な教材のリストから一定額の予算範囲の中で各学校に自由に教材を選択してもらう方法も検討すべきとの提言もあった。第5次基本設計調査報告書によると、補充可能性を高めるための一定の配慮はされているが、学校による教材選択制の検討はなされていない。

(6) 自立発展性

1)メインテナンス

 一般化することはできないが、少なくとも視察した第5次対象の学校においては、建設から時間を経ていないこともあり、メインテナンスには細心の注意が払われていた。また、日本の建設した校舎は基礎的な構造がしっかりしているため、大規模な修復をせずに、長年にわたる使用に耐えるという認識を各校の校長が共有していた。メインテナンスの費用をPTAや地域社会から調達することが校長に求められることが多いため、この点は非常に歓迎されていた。また、机や椅子などの教室備品も布カバーがかけられるなどして、大切にし用意しているところも多くあった。
 理数科の教材に関しては、視察校のどこでも箱や説明書も合わせて保管され、機材は使用の度に箱に戻されていた。現在のところは、新しいこともあり、丁寧に使用されているという印象であった。あるいは大切にするあまりきちんと使用されていないという可能性もあるが、理科実験室の稼働率や、集まってくれた理科教師の話からは、その可能性は少ないと感じられた。しかし、化学薬品等の消耗品については、補給は難しいとの意見が、教師から聞かれた。

2)今後の校舎建設

 教育省の計画担当官への聞き取りの際に、第6次をもって終了する予定の教育施設拡充計画後の校舎建設について質問したが、明確な回答は得られなかった。現在貧困諸州で展開されている世界銀行・アジア開発銀行・国際協力銀行の支援を受けた施設拡充が存在するが、教室不足はむしろ都市部等の人口拡大が続く地域で益々深刻化しており、そのための緊急の対応が教育省に求められている。校舎建設の自立発展性を高めるためには、無論フィリピン政府自体の努力が必要であるが、「無償資金協力において点的に実施した校舎建設を、有償資金協力によって面的に発展・展開していく」(日本側担当者の言)ための、日本側の機関・スキームを超えた連携のための努力が必要となろう。


4.初中等理数科教育向上パッケージ協力チーフアドバイザーの教育省派遣

(1) 案件概要

 我が国は1993年4月から1999年3月まで、フィリピンにおける初中等理数科教員のための現職教員再研修システムの確立を目指して、プロジェクト方式技術協力によるフィリピン大学理数科教師訓練センター(UP-ISMED)スタッフの「教師教育者」としての指導力及び研修運営能力の向上を目的に、専門家・青年海外協力隊の理数科教育隊員の地域理数科教育センターに対する派遣や理数科教育研修員の受け入れなどのコンポーネントを組み合わせた「初中等理数科教育向上パッケージ協力」を実施した。パッケージ協力終了後は、個別専門家3名及び青年海外協力隊のチーム派遣により、現場レベルでの理数科教員の質の向上を図るための「学校群運営教員再研修プログラム(SBTP)」をパイロット3地域で開始し、成果を収めた。2002年度からは若干の地域の入れ替えをして、協力を実施・継続する方向である。教育省に対する「パッケージ協力」チーフアドバイザーの派遣は、このパッケージ協力の教育省との総合的な調整・助言を目的として、この1993年12月から始まり4名の派遣を経て、2002年の6月をもって終了する予定である。なお、この「パッケージ協力」に関しては、1999年に終了時評価が行われている。

(2) 妥当性・目標達成度・効果・効率性

 初中等教育の質の向上はフィリピン政府の国家政策の重点課題であり、この分野での協力は極めて高い妥当性を有していたといえる。1995年の第3回国際理数科達成度テストでフィリピンは参加国中最低に近い成績であり、その意味でも高い妥当性を有していた。しかし、終了時評価報告書でも指摘され、また関係者の多くでも共通認識が示されているように、当初このプロジェクトデザインに関しては詰めが甘く、教員再研修システムの環境整備に関してしっかりとした合意がフィリピン側との間に形成されていない間に時間が過ぎ、UP-ISMEDのキャパシティビルディングには一定の成果を上げたが、その後に期待されていた学校レベルの教員再研修システムの開発による現場の理数科教育の向上と連携による成果が見られるには至っていない。「パッケージ協力」の最後の2年間とその後のSBTPでは、このような問題を乗り越えるべく、具体的な改善と案件形成がなされており、関係者から高い評価を得ている。その意味でこの案件形成とその後の調整に主要な役割を果たした「パッケージ協力」チーフアドバイザーの教育省派遣は妥当性・目標達成度・効果に関して一定の評価ができると考えられる。

(3) 自立可能性

 本専門家派遣は技術移転を主目的としたものではないが、教育省にチーフアドバイザーとして、日本の援助スキームに精通した専門家が派遣されたことは、教育省における日本の政府開発援助の理解を高める結果となった。

(4) 総論

 繰り返しになるが、「パッケージ協力」に関しては、当初のUP-ISMEDを対象とした技術協力が、学校レベルの教育改善に十分な寄与をしていないとの見方が関係者の中で共有されており、その後のSBTPの形成には大きな期待が当初から寄せられていた。またこの案件形成の評価が高いことから、この専門家派遣の意義もここに集約される。
 ただ、せっかく相当な投入をしてキャパシティビルディングがなされたUP-ISMEDと現行のSBTPの連携について相互の役割が必ずしも明確でない。パッケージ内での各種スキームの連携のデザインや、パッケージ協力と校舎建設に対する無償資金協力・有償資金協力との有機的連携は一定の努力はされているが有効であったとはいえない。こうした連携は、この派遣専門家に委ねられることではなく、一義的には教育省が、JICA事務所の協力を得て、計画策定の段階から注意深く行っていくべきことであった。


5.マニラ首都圏サンファン町ストリートチルドレン施設支援計画

(1) 案件概要

 被供与団体であるエルダ財団は、1991年からストリートチルドレンを対象とした支援を行ってきた。1998年には支援事業を拡大するため、首都圏のサンファン町にも新たなセンターを建設し、ストリートチルドレンに対する支援を開始した。このセンターの完成にともない、日本大使館に対して、車輌、テーブルや椅子、コンピューターなどの事務機器、視聴覚機器、子供用ベッド、厨房用冷蔵庫、ベーカリーセットの購入に必要な資金の要請があり、草根の無償資金協力によって、この要請に応えたものである。

(2) 妥当性

 ストリートチルドレンの問題はフィリピンの特に都市部において、非常に深刻な問題であり、この分野の協力を行ったことは妥当性が高い。実施主体のエルダ財団も組織的に信頼性の高いNGOであり、その点でも資金協力は妥当であったといえる。また、通常の政府開発援助ではストリートチルドレンのような課題に取り組むことが困難であるところ、政府を対象とせず、小回りのきく草の根無償資金協力の特徴を生かした例であるといえる。

(3) 目標達成度

 調達は正確・誠実になされていた。しかし、新設されたセンターで使用されるはずの車輌は、エルダ財団の本部の方で管理され、必要に応じて申請してこのセンターで使用するとのことであった。申請内容に対するアカウンタビリティという点からは疑念が残るが、リソースの有効利用という観点からは正しい選択であろう。

(4) 効果

 ストリートチルドレンの問題は複雑な要素が絡み合った状況で、この問題解決に対して、資機材の供与が直接的な効果を及ぼすことは難しいと考えられる。車輌やコンピューター・コピー機などは事務の効率を高めることに役立っており、間接的には財団の活動促進を通して、ストリートチルドレンの問題解決に貢献していると言える。

(5) 効率性

 車輌とコピー機が最も高額であるが、どちらも財団活動に一定の貢献をしていることから効率的な供与であったと考えられる。しかし、最新型のテレビや1週間に1度しか使用されていない高額のベーカリーセットに関しては、効率性に疑念が残った。

(6) 自立発展性

 メインテナンスに関しては、全体に良好ではない印象をもった。冷蔵庫は壊れたままになっており、椅子やテーブル・ベッドはかなり傷んでいた。

(7) 総論

 フィリピンにおける草の根無償資金協力は1989年から2000年までの間に247件、総額8.3億円の規模で行われてきており、内外からの高い評価を受け、現在も拡大している。特にローカルなNGOが多く存在するフィリピンにおいて、治安の厳しい地域での協力や上記のストリートチルドレンのような政府の枠組みでは支援の困難な分野に対して協力を行う際に、有効なスキームである。草の根無償の対象としては、教育分野の案件も多く、今後も最貧層や社会的弱者の教育改善に対する貢献が求められる。しかし、今回の評価でも示されたとおり、建築や資機材の供与がその中心であるとするなら、構造的な問題解決は期待できず、審査の際の配慮と、専門家派遣や青年海外協力隊などとの有機的連携が期待される。


6.日本の対フィリピン教育協力における連携の課題

 初めにも述べたとおり、フィリピンは日本の国際協力のスキームである技術協力、無償資金協力、有償資金協力の全てにわたり、教育分野での協力が実施されている珍しい国である。また理数科教育において「パッケージ協力」が実施され、当初からスキーム間の連携が意図されてきた。ここでは、本評価調査の過程で明らかとなった日本の対フィリピン教育協力における連携の課題について考察する。

(1) 「パッケージ協力」内の連携

 フィリピン理数科教育協力における「パッケージ協力」はインドネシアの農業分野における「アンブレラ協力」とともに、JICAが進展させている国別アプローチを先取りした、意欲的な取り組みであった。したがって、1999年における「パッケージ協力」の終了時評価においても、2001年の青年海外協力隊事務局による「地方理数科教育向上プロジェクト」終了時評価においても、この連携のあり方が重要な評価の対象となった。しかし、その両方の評価調査で、「パッケージ協力」内のスキーム間の連携が有効でなかったことが指摘されている。特に当初「パッケージ協力」の全体計画と地方展開への協力計画が明確にされていなかったことが、有効な連携に時間を要した理由として、厳しく指摘されている。「全体を見渡した協力計画が空白の状態で、約3年が過ぎていった」との記述もあるほどである。協力隊事務局による評価調査でも「中央で専門家チームが行う研修であるNPTを地方で展開する役割は、チーム派遣の開始当初は協力隊チームに担わせられてはおらず、途中から生じたもの」であるとし、連携に関するデザインの不足から「多大な連携効果を求めるのは理に合わない」とされている。しかし、「パッケージ協力」後のSBTPにおいては専門家と青年海外協力隊の連携は、きちんとデザインされており、有効であったとの評価がなされている。今回の評価調査における第5行政地区における聞き取り調査でも、その有効性が確認された。全体計画がプロジェクトの初めに明確であることが、スキームの連携にいかに重要であるかが示された事例といえる。
 「パッケージ協力」内の連携が効率的に進展しなかった理由には、日本側の縦割りだけではなく、フィリピン側でも理数科教育に関して、教育文化スポーツ省、高等教育省、科学技術省という3つの省が関係し、調整・交渉に特別な困難が存在したことも挙げられる。SBTPにおいては、地方レベルでの事業展開がこうしたフィリピン側の縦割りを克服し、教育省の出先機関と科学技術省が大学に設置した理数科教育センターが連携していく契機となっているとの指摘もあった。
 今後は、プロジェクト方式技術協力を実施したUP-ISMEDと地方理数科教師訓練パイロットプログラムとを連携させていけるのかが焦点になろう。UP-ISMEDへの協力は「ひとまず区切りをつけることが適切」との評価がなされているが、地方におけるパイロットプロジェクトの全国展開にUP-ISMEDを活用することも考えられる。ただし、連携は手段であり、目標ではないので、最も有効な手段を用いることが優先されるのは言うまでもない。

(2) 「パッケージ協力」と無償資金協力による校舎建設との連携

 日本側関係者への聞き取り調査では、無償資金協力による校舎建設に理科実験室の建設や理科実験機材の供与が含まれたのは、「パッケージ協力」との相乗効果を意識してのことだとされている。第5次の理科実験機材の使用方法に関するセミナーがUP-ISMEDにおいて開催されたり、理科教室の内容及び理科実験機材の種類等について技術協力の関係者との協議が行われるなどして、連携に向けて一定の努力はなされている。また、全国3地域に配属されたJOCV隊員が現場の当該学校に赴き、理科実験機材の使用方法について指導を行った例もある。しかし、このような連携は、無償資金協力の校舎建設の対象とする地区と「パッケージ協力」の対象とする地区の相違やフィリピン側担当省庁の縦割りという課題もあり、散発的・偶発的で、全体的な計画性のある有機的な連携とはなっていない。理科実験施設のハードの整備と「パッケージ協力」によるソフトの教員訓練がプロジェクトデザインの段階から統合的に実施されれば、相乗効果は大きかったであろうことは、日英合同評価でも指摘されており、スキームの壁を越えた協力のあり方については、今後もより一層の努力を促したい。

(3) 無償資金協力と有償資金協力による教育施設拡充の連携・補完

 最近、オールジャパンの取り組みによる国際協力が重要視され、教育分野においても開発調査と有償資金協力の連携の強化などが、外務省・JICA・JBIC等で議論されている。しかし、今回の調査では、フィリピンにおいて教育施設拡充というほぼ同じセクターを対象とした日本の無償資金協力と有償資金協力が、連携どころか、プロジェクト実施における役割分担に関する有効な議論を行っていたのかについても疑念が残った。例えば、現在の日本のこの分野における取り組みは、有償資金協力によって、貧困州において地元の負担を求める校舎建設がなされ、無償資金協力によって、比較的豊かな地区にも地元の負担を求めずに校舎建設を行うという「ねじれ」の現象が生じているが、この点に関して、両者における協議はなかったようである※2。このような地元負担は、現地の自助努力を促すためには有効と考えられるが、一方でJBICを含む国際開発金融機関による校舎建設の遅れの原因ともなっており、もしもオールジャパンの整合性を問題にするなら、この地元負担の問題に関して、共同した解決策をJBIC・JICA・大使館が協力してとることができたのではないか。
 また、無償資金協力による校舎建設の課題として建設単価の問題が指摘されているが、JICA関係者はその建設のモデル性を主張し、点の協力である無償が面の協力の有償につながっていくことを期待しているのに対し、JBIC関係者の聞き取りでは、JBIC側はほとんど無償の校舎建設に関して感知していないことが明らかになった。複数の教育省企画担当官やJBIC担当者は、また高コストの無償資金協力による学校建設はモデルにならないとの認識を示しており、教育協力におけるオールジャパンの理想とは程遠い状況である。


※2 無償資金協力による第5次教育施設拡充計画の対象地区であるCAR、第9行政地区、第1行政地区の貧困世帯率は、いずれも全国平均を上回るが、これは突出して首都圏が豊かなためであり、特別地区を含めた15地区中で貧困世帯率を比較すると、それぞれ5、8、10番目に位置している(1997年)。特に第1行政地区は首都圏に次ぐ全国有数の就学状況の良好な地区である。一方、有償資金協力による貧困地域初等教育事業と貧困地域中等教育拡充事業は、フィリピン政府の社会改革アジェンダ(現在の国家貧困対策行動アジェンダ)及び貧困撲滅委員会がフィリピン全土から選定した最貧州を対象としている。




(4) 技術協力と草の根無償との連携

 草の根無償の項でも述べたが、一般に高い評価を得ている草の根無償も、単なる資金や資機材の供与に終わっては、構造的な問題解決へのインパクトを持つことができない。専門家派遣や青年海外協力隊といったスキームと連携することで、より継続的で計画的な支援とすべきではないか。


7.終わりに-本評価調査から得られた教訓・提言

(1) 校舎建設の建設単価の問題

 校舎建設の単価の問題は、日本が一般無償資金協力で校舎建設をする限り、避けては通れない問題である。セクタープログラムの進展する諸国においては、一般無償による小学校建設を続けていくことは適当でない。(個人的にはこのような状況では、中等学校建設に一般無償を使い、小学校建設に関してはノン・プロジェクト無償(セクター・プログラム無償)等を有効に使用していくか、新たに小学校建設向けの無償スキームを創設することが肝要と考えている。)しかし、フィリピンのように建設単価がある程度下がり、校舎建設対象校における中等学校の割合が高く、また教育分野における他のドナーの影響力が必ずしも強くない国では、建設単価の問題に関して、より自由な議論をしていくことができると考える。二国間協力による案件で、校舎には麗々しく「日本とフィリピンの友好のために」と書かれている校舎建設を、全く世銀等と同じように現地に負担を求めながら、施工していくことは適当でないのかもしれない。耐久性や安全性の問題も当然考慮させるべきである。そうであれば、引き続きコストの削減に努めるとともに、高コストの校舎建設の目標・特徴・役割に関する議論をオープンにしていかなければならない。
 この点から、第5次の基本設計報告書において、過去に実施した計画や他ドナーとのコスト比較が記載されなかったことは非常に残念であった。スキームの制約を正当化するための議論ではなく、無償資金協力によって建設される教室の耐久性・機動性・安全性・モデル性等を検証し、その国の現状・ニーズと照らして、妥当で効果的・効率的な校舎建設のプロジェクト目標を明確に示すことが求められている。そして、こうした無償資金協力の校舎建設の特性が十分に発揮されるためには、どのようなフォローアップが必要であるかについても、関係者は議論を尽くす必要がある。

(2) 連携の問題

 今回の評価調査では、スキーム間・援助機関間の連携がいかに難しい課題であるかが明らかになった。JICAの中でも国別アプローチのための機構改革が進展し、JICAとJBICとの連携に関しても最近活発な議論がなされている。ドナー協調が今後の国際協力のキーワードの一つとされる時代であるにもかかわらず、同じ国からの教育協力がスキームや機関を超えた有効な連携・整合性をもっていないことは、大きな問題であり、今後の早急な対応が望まれる。その意味で最近JICAが部署横断的な教育課題チームを立ち上げたことは、高く評価でき、今後の具体的なプロジェクトでの連携の取り組みが大いに期待される。
 また、機関を超えた連携のために必要なのは、各国において教育セクターへの協力を日本がどのように行っていくのかということに関する外務省、JICA、JBIC等の関係機関の基本的合意とその合意を基としたプロジェクトデザインである。このような努力はこれまでも存在したが、教育のサブセクターごとの優先順位決定に重点がおかれ、異なったスキームの連携や役割分担には、十分な議論がなされていなかった。今後はそうした実務的なレベルからの議論が進展するべきである。このためには、当該国における大使館、JICA事務所、JBIC事務所他の関係機関の間で進められている情報共有とプロジェクト連携に関する協議の一層の徹底が必要であろう。その国の教育セクター全てを見晴るかす専門家の配置も重要である。
 また、日本においては、機関の枠を超えた国別教育協力政策・方針の策定とそのための関係機関間の協議の活性化が求められる。その意味で、外務省・JICA・JBIC・文部科学省・NGO等の教育協力関係者の交流・情報の共有が最近急速に活発化していることは高く評価できる。今後必要なのは、このような交流をベースに、それぞれのスキーム・機関別の特性を生かしたオールジャパンの国別教育セクター協力の指針策定を行うことと、途上国の現場でプロジェクトレベルでの連携へと発展していくことであろう。

(3) フィリピンへの教育協力の今後

 理数科教育分野では今後3年間のSBTPへの協力が予定されているが、教育施設拡充計画も第6次をもって終了することとなっており、フィリピンの教育に対する今後の日本の国際協力の方向性を新たに模索すべき時が来ている。今回の評価調査は、既存案件の評価を目的としたものであったので、この方向性についての考察は今後の関係機関の調査と議論に委ねることが適当と考える。しかし、今回の評価調査で明らかとなったことは、「貧困の削減」のための「万人のための教育」と「知識経済(Knowledge Economy)の到来」に処する「エリートの教育」の議論が、フィリピンにおいても切実な現実感を有したテーマであるということであった。貧富の格差と初等教育の相当の普及、理数科教育の水準の低さと高い国民の英語力、高等教育の高い就学率と低い教育水準、頭脳流出と海外就労者による送金経済という、ベクトルの異なる課題のそれぞれを整理し、日本の協力の特性とフィリピンにおける規模・役割を勘案しながら、日本がフィリピンの教育にどのように関わっているべきかを、機関を超えて議論すべきであろう。日本は90年代において、フィリピンの教育へ相当の投入と貢献を行ってきた。この経験・教訓を十分に生かすことができれば、フィリピンの教育開発に対して、今後日本はより大きな独自の貢献を行えるはずである。


参考文献(年代の表記は各書の記載に従った)

(1)国際協力事業団関係報告書

  • 国際協力事業団社会開発協力部 フィリピン理数科教師訓練センター基礎調査団報告書 平成4年4月
  • 国際協力事業団企画部 フィリピン・プロジェクト形成調査(理数科教育)報告書 平成4年11月
  • 国際協力事業団社会開発協力部 フィリピン理数科教師訓練センタープロジェクト事前調査団報告書 平成5年7月
  • 国際協力事業団・株式会社毛利建築設計事務所 フィリピン共和国第4次教育施設拡充計画基本設計調査報告書 平成8年7月
  • 国際協力事業団・株式会社毛利建築設計事務所 フィリピン共和国第5次教育施設拡充計画基本設計調査報告書 平成10年12月
  • 国際協力事業団企画部・派遣事業部・社会開発協力部 フィリピン共和国初中等理数科教育向上パッケージ協力・理数科教師訓練センタープロジェクト終了時評価報告書 平成11年1月
  • 国際協力事業団 在外プロ形「理数科報告書」1999年
  • 国際協力事業団 フィリピン国別援助研究会報告書(第3次) 1999年3月
  • 国際協力事業団 フィリピン国別援助研究会報告書 現状分析編 1999年3月
  • 国際協力事業団青年海外協力隊事務局 フィリピン理数科教育向上プロジェクト終了時評価調査報告書 平成13年3月

(2)その他

  • 外務省 経済協力評価報告書(各論) 1999年7月
  • Asian Development Bank, Philippine Education for the 21st Century-The 1998 Philippines Education Sector Study 1999
  • 日本学術会議科学教育研究連絡委員会編 科学技術教育の国際協力ネットワークの構築 2000年12月 財団法人日本学術協力財団
  • 広島大学教育開発国際協力研究センター 国際教育協力論集第2巻1号 1999年3月


外務省からの一言


建設コスト、教室数や仕様について

 外務省は、仕様の見直し等、契約タイド方式の範囲内で無償資金協力案件のコスト削減に取り組んでおり、「第5次教育施設拡充計画」についても、現地の設計基準や材料を使用し、最大限コスト削減に努めています。
 なお、聞き取り調査において、フィリピン側から仕様のダウングレードと教室数の拡大を求める声が聞かれたとのことですが、事業の内容については被援助国政府の要請を踏まえ、同政府と綿密な協議を行い、双方で合意したものを実施しています。本案件についても同様の手続きがとられましたが、フィリピン政府側から仕様のダウングレードによる教室数の拡大は要望されませんでした。

初中等理数科教育向上パッケージ協力の計画策定について

 外務省は、被援助国政府に対して、技術協力を行う際には協力の形態に関わらず、被援助国政府の要請を踏まえ、綿密な協議を行い、双方で合意した事項を実施しています。
 パッケージ協力の計画策定時の詰めが甘く、フィリピン側と十分な合意がなされていなかったとのことですが、事前の調査段階でフィリピン側の中央省庁及び地方展開の現場となる地方管区事務所等の関係者と本パッケージ協力の計画について双方で十分に協議し、本件計画の策定を行いました。

スキーム間の連携について

 外務省は、ODA大綱やODA中期政策を踏まえつつ、主要な被援助国に対して、援助の目的、重点分野等を具体的に記した「国別援助計画」を順次策定しています。フィリピンについても、2000年8月に国別援助計画を策定し、各種援助形態の有機的連携による援助資源の効果的投入に努めています。また、フィリピン政府との経済協力政策協議等を通じて、フィリピンにおける援助需要を踏まえた連携の強化や効果的・効率的な援助の実施に努めています。


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