平成14年4月15日 1.調査の概要
我が国は、新興援助国との間で第三国研修コース、費用負担等に関する中期的な目標・計画を設定し、専門家の共同派遣などを含めた総合的な協力の枠組みを定めた「パートナーシップ・プログラム」を締結し、これら諸国がより主体的な援助国に移行できるように支援してきているが、本評価においては、日本・チリ両国間で署名された「パートナーシップ・プログラム」に基づいて行われている対キューバ南南協力支援協力プロジェクトである「対キューバ南南協力プロジェクト(キューバ水産養殖振興に係わる協力手法の研究支援)、2000年度」の評価を行い、中南米・カリブ地域などの途上国に対する南南協力の支援について提言を行うことを目的とする。 (2)調査方針 チリ側の実施機関であるチリの北部に位置するカトリカ・デル・ノルテ大学に「対キューバ水産養殖振興に係わる協力手法の研究」を委託する形で、(1)同大学から水産養殖の第三国専門家のキューバへの派遣、(2)チリにおけるキューバ人研修員の受け入れ、(3)機材供与を組み合わせた形で協力を実施している。この協力はキューバに対する南南協力支援において各種技術協力資金を活用した包括的な協力であるとともに、今回初めて試行的にパートナー国(チリ)の制度に準拠して協力を実施した例である。このプロジェクトについて日本・チリ・パートナーシップ・プログラム(JCPP)における新たな取り組み、今後のJCPPの進め方や、他国とのパートナーシップ・プログラムの検討などを含め、より効果的、効率的な援助実施に係わる提言を行なうべくプログラム的観点からの評価を行う。 (3)評価対象 「日本・チリ・パートナーシップ・プログラム(JCPP)に基づく対キューバ南南協力プロジェクト「キューバ水産養殖振興に係わる協力手法の研究支援」(研究支援、2000年度) (4)評価調査団員
(5)調査方法
2.チリの南南協力
(1)チリの南南協力に係わる政策 チリでは、1990年に17年間続いた軍事政権が終了して平和的に民政に移行した。そして、90年代においては、軍政時代に実施された一連の自由主義経済改革を引き継ぎ、市場経済のもとで安定したマクロ経済の運営を堅持するとともに、軍政時代には必ずしも重視されていなかった貧困の克服や社会開発への取り組みを行う方針を掲げ経済社会政策を実施してきた。 その結果、既に軍政時代の80年代半ばから実現した高い成長率は民政移行後の90年代にも維持され、長期にわたる高度成長が達成されるとともに、民政下では社会的格差の是正や教育や医療の分野で顕著な成果が見られた。 こうした背景のもとで民政移行後、国際協力庁(AGCI)が設立され、先進諸国のドナーからの二国間協力や国際機関からの協力プロジェクトの企画調整を行ってきた。さらに、AGCIは中米諸国等に対する協力を1993年に開始した。これはまさにチリと中南米地域の途上国との間の協力、すなわち南南協力であり、チリは南南協力のパイオニアの国の一つとして知られている。 例えば、2001年12月に開催された「南南協力のモデルをめざして」(Designing Models of South-South Cooperation: The Experiences of JICA and UNDP )と題するワークショップで取りまとめられた文書では、チリは南南協力における最も活動的な国(the most active pivotal countries)の一つに含まれている。そして、同文書においてはAGCIについても次のような指摘がなされている。「チュニジアはその協力機関であるテュニジア技術協力事業団(ACTC:Agency of Technical Cooperation of Tunisia)とともに、またチリはそのAGCIとともに南南協力のコンテクストにおけるpivotal countriesとなっている。」 AGCIには水平協力部が設けられ、チリ人専門家の派遣、チリにおける研修員の受け入れのための費用負担及び調整を行ってきている。日本政府はチリのこれら南南協力の努力を支援するとともに、AGCIの組織・機能強化及びチリ国のドナー化を促すため、AGCIに個別専門家を派遣し、援助調整実施機関としてのノウハウを移転してきた経緯がある。 こうした実績を踏まえ、日本政府とチリ政府が1999年にJCPPを締結したことは、後に詳細に述べる通りである。そして、さらにAGCIは日本とのこのパートナーシップ・プログラムの重要性に鑑み、政府に対し2001年度予算で日本とのパートナーシップ・プログラムを実施するための予算を要求し、予算を獲得するに至った。チリは南南協力への支援に関して、既にヨーロッパ諸国との間で実績はあるものの、今回のように日本のような特定国とのパートナーシップ・プログラムのために、このような予算を確保したことは初めてである。これはチリの南南協力を重視する姿勢の表れであり、また日本とのパートナーシップ・プログラムの重要性を強く認識していることを反映するものであると考えられる。 (2)他のドナーの支援状況 チリにおいては、日本以外のドナーによっても南南協力への支援が行われている。AGCI(チリ国際協力庁)のアルトゥーロ・ベルガラ氏より聴取したところによれば、次のような事例が他のドナーによるチリの南南協力への支援の代表的な事例であると考えられる。
(3)日本のチリに対する南南協力支援(JCPP)の他のドナーによる南南協力支援と比較しての特徴 AGCIは、これらの他のドナーによる南南協力の支援と比較して、日本のパートナーシップ・プログラムによるチリの南南協力への支援は次の点で異なっていることを強調している。その第一は、日本の場合には南南協力支援のプロジェクトが、それまでのチリと日本の二国間協力の経験に基づいて行われていることが多いという点である。第二は日本の協力の場合、通常日本の専門家が加わる形で行われることが多いのに対して、他のドナーによる南南協力支援においては、その国の専門家が加わるケースは少なく、フィンランドのケースだけが例外となっている。 第三に他のドナーと比べて日本の協力においては、南南協力プロジェクトの企画の段階から日本とチリの間の緊密な連絡が行われており、相互の協力が円滑に行われる形がとられている点である。 これらの3つの点は、JCPPが他のドナーの協力のプロジェクトの場合と比べて優れている点であると考えられる。 (4) JCPPの位置づけと概要(目的、協力の内容、実施方法等) JCPPは、1999年に日本政府とチリ政府の間で締結されたが、この締結に至る背景として次のような点が挙げられる。まず、日本政府はチリとの二国間協力において、チリに移転して適正化された技術を域内周辺国に普及させるために、第三国研修や第三国専門家のスキームを使い、南南協力に対する支援を行ってきていたが、既述の通り、チリ側はそれと並行してAGCIのもとで中米諸国などに対する独自の南南協力を1993年より開始し、既に述べたようにAGCIの水平協力部がチリ人の専門家の派遣、チリにおける研修員の受け入れのための費用負担及び調整を行ってきていた。 そうした中で1996年8月に、サンチャゴにおいて橋本龍太郎総理(当時)及びエドワルド・フレイ大統領(当時)が会談し、両国の協力を推進すること及び既に行われている二国間のプログラムの継続に加え、新たな協力の方法を試みていくことが話し合われた。 これらのことを背景に締結されたのが、1999年6月30日に締結されたJCPP(日本・チリ・パートナーシップ・プログラム)である。(英語ではJapan-Chile Partnership Program(JCPP) スペイン語ではPrograma de Acociaci_n Jap_n-Chile)である。このプログラムの締結はサンチャゴにおいて行われ、当時のバルデス外相と成田大使が署名した。締結されたJCPPの文書は、その目的として次のような点を掲げている。「JCPPの目的は、日本とチリの人的、技術的及び資金的リソースを効果的に組み合わせることにより、途上国の経済社会発展に対して、共同での技術協力を行うことを目的としている。そのような協力は第三国に対し、両国の知識、経験、技術の移転を推進するために、費用を共同で負担するという原則に基づいて協力して行われるものである。JCPPを計画する際には、チリ共和国政府の水平協力プログラムのもとで行われているチリの南南協力のための努力を支援するという点に日本政府は配慮するものとする。」 一方、このJCPPのもとでは研修プログラムとその他の形での技術協力が取り挙げられており、まず研修プログラムについては、次のような点が掲げられている。まず他の途上国のための研修プログラムは、次の二つの方式によって実施されるとされている。それらの方式とは、一つは第三国研修プログラムでありThird Country Training Program (TCTP)と呼ばれている。もう一つは共同研修プログラムでJoint Training Program (JTP)と呼ばれている。 まずTCTPとは、日本政府がチリに対して移転した技術を用いて行われるものである。チリはTCTPの必要コストの30%を負担するが、将来には両国の負担が同じ割合となるまでチリの割合を高める努力が行われることとなっている。TCTP以外の協力、すなわちJTPにあっては両国の政府が合同で準備し、実施するものであり、チリ政府は日本と同じ費用の負担を行うために必要な努力を行うものとされている。 TCTP及びJTPを含む研修プログラムの内容については、後に述べる計画委員会(Planning Committee)によって策定されることとなっている。それらプログラムの実施については、両国の実施機関である日本の国際協力事業団(JICA)とチリのAGCIが合同で調整、監督及び運営することとなっている。 次に、その他の技術協力については、次のような形のものが考えられている。 (1)合同でのセミナーの開催 (2)両国の第三国における技術協力プロジェクトへの専門家の派遣 (3)JCPPに述べられている目的に貢献するようなその他の方式での協力 次ぎに、計画委員会については、次のように定められている。日本国政府及びチリ共和国政府は、両国の実施機関の役員及び職員からなる計画委員会を設立する。計画委員会は、両国の予算の範囲内で各年度におけるJCPPの年次計画を策定する。この年次計画においては、とりわけ研修プログラムの内容、期間及び費用の分担を定め、またその他の形での技術協力について定めるものとする。 (5)日本・チリ・パートナーシップ・プログラム(JCPP)の実施状況 JCPPは、1999年6月30日に署名されたので、JCPPに関わる事業の実施は、同年から開始されている。以下、今日までの実施状況を振り返るとともに、試行的に、JCPPの下で行われた、代表的な事例についてその概要をまとめることとしたい。 1999年度においては、プロジェクト形成調査が実施されるとともに、この調査をフォローする形で、周辺国のニーズ調査が行われた。また、第三国集団研修「鉱山における安全、職場での健康、環境、競争力の観点からの品質」が、ボリビアおよびペルーからの研修員を招聘し実施された。 2000年度においては、在外専門調整員が配置され、同調整員、AGCI,JICAチリ事務所の三者でパナマ及びコスタリカを対象としたニーズ調査が実施された。また、JICAチリ事務所とAGCIにより、在外プロジェクト形成調査が実施された。また、本報告書の事例案件となっている対キューバ協力の他、対ボリビア協力、動植物防疫ワークショップ、第三国研修(3分野)、第三国専門家派遣(5ヶ国、計26名)が実施された。 2001年度においては、「援助企画調整」の個別専門家の派遣、「パートナーシップ・プログラム促進」企画調査員の派遣などによる案件形成がおこなわれ、4つ分野でのJCPPの下での複合型協力、5つの分野での第三国研修、第三国専門家派遣(7ヶ国、計35名)が行われた。 次に、試行的にJCPPの下で行われた代表的事例の概要は以下の通りである。
3.評価
(1) 事例案件の成果に関する評価 本プロジェクトは、JCPPの枠組みに基づき、中米諸国、キューバ、ボリビア、ドミニカ共和国等の国々について要望調査を共同で実施した結果、キューバからの要請のあった水産養殖分野の協力が最も適当であることが判明したことにより実施されたものである。その際、チリのカトリカ・デル・ノルテ大学が行うキューバとの研究協力に対し、チリ側の予算措置が困難であったことから、日本側が研究支援のスキームにより支援を行ったプロジェクトである。従って、厳密にはJCPPによる「対キューバ水産養殖振興に係わる研究支援」プロジェクトとして行われた。 まず2000年3月JICAチリ事務所は、キューバに対して当プロジェクト形成調査のフォローアップ調査を実施し、キューバにおける水産養殖の協力ニーズを確認している。本研究支援プロジェクトの期間は2001年1月29日から3月25日である。本プロジェクトの目的はキューバ漁業研究センター(CIP)の研究者に対し、「海洋養殖技術に関する集中指導を行い、さらにキューバにおける海洋養殖開発の可能性につき評価を行う」ことにあった。 より具体的には、このプロジェクトはこれまで我が国の個別専門家による技術協力「水産養殖(1979年から1989年)」により移転された技術をもとに、第三国研修「貝類養殖(1998年から5回実施予定)」により技術移転実施機関としての経験を有するカトリカ・デル・ノルテ大学がキューバ漁業研究センター(CIP)の研究者に対し、海洋養殖技術に関する集中指導を行い、さらにキューバにおける海洋養殖開発の可能性につき評価を行うことを目的として行われた。 この事業の事業費は、約360万円で日本側が約300万円、チリ側が約60万円の費用負担となっている。その内訳は日本側がチリ研究者2名のキューバ派遣費、キューバ研究者の3名の受け入れ費用及び調査用機材の購入費からなる300万円である。一方、チリ側はチリ研究者の出張にかかわる日当、キューバ研究者の受け入れ経費、機材輸送料、ワークショップ開催費、通信費、報告書作成費からなる60万円である。 以上のような計画に基づき、次のような研修員の受け入れ、専門家の派遣、機材の供与が行われた。まず1月29日から2月11日の期間に「幼魚生産技術」の研修プログラムへのキューバ人研究者3名の受け入れが、カトリカ・デル・ノルテ大学への研修員の受け入れとして実施された。次に3月11日から3月25日にわたってカトリカ・デル・ノルテ大学専門家3名によるキューバ海洋養殖プログラム実施の可能性についての評価と分析が行われた。具体的にはキューバ漁業省の有する漁業施設(主にCIP)の訪問などを通じ、サンタクルス・デル・スルにおけるCIP施設における養殖プロジェクト実施の可能性を確認した。さらに3月12日在キューバ日本国大使及びチリ大使等の出席のもと、酸素濃度測定器、水分析器、塩分測定器等の機材の供与の式典が行われ、機材供与が実施に移された。 このように、本案件は、研修員のチリへの受け入れ、チリ専門家のキューバへの派遣、機材供与のいずれについても、予定通りに順調におこなわれている。かつ、現地での観察、チリ側の説明、キューバ側の説明、チリの実施機関、カトリカ・デ・ノルテ大学水産学部の用意した報告書(Informe Ejecutivo:Proyecto de Cultivo de Peces Marinos Japon-Chile-Cuba)に基づいて判断する限り、所期の目的は、平成13年度に関しては、十分に達成されたと評価される。 なお、いくつかの協力スキームを組み合わせた、ミニ・プロ型協力としてのメリットが発揮されたこと、チリ側スキームを用いることによりタイムリーかつ、速やかに実施されたこと、支出額からみても、費用対効果は極めて効率的であったと考えられること、三国の関係者の本プロジェクトに関わる合意が得られており、高い継続性が期待されること、本プロジェクトが、その企画や実施を通じ、広く、三国の関係者の信頼関係の構築に貢献したことなどが確認され、これらの点に関しても高く評価される。第一年目であることから、普及、活用、広報などは、今後の課題であるが、これに関連して「顔の見える援助」という観点からも、後述のような視点に立てば、十分な成果があったと考えられる。さらに、第一年目の成果を踏まえ、引き続き必要な予算措置が講じられ、予定されている期間を通じて、今後も順調に実施が継続され、所期の目的の達成が行われる様、更なる関係者の努力が行われることが期待される。 (2)事例案件の妥当性に関する評価
(3)事業の実施に係わる効率性に関する評価 南南協力支援における事業の実施に係わる効率性を評価するに際しては、評価の観点が通常の二国間協力の場合と異なっている。二国間協力の場合には、日本の技術が相手国の日本とは異なる環境に適用可能であるかどうか、またそれを受け入れるための技術吸収の能力があるかどうかなどを検討の上、効率的に技術協力や技術移転が行われ得るかどうかを評価する必要があるが、南南協力支援の場合には、関係国が三者となるほか、今回の場合のように途上国チリが途上国キューバに協力するという際には、チリの条件とキューバの条件とがどのように異なり、その相違にも関わらずチリが有する技術が日本の支援も得てどの程度適用可能なのか、またそれを効率的に行うことができるかどうかを検討する必要がある。 このような観点から、本報告書では自然環境などの相違にかかわる適用可能性と効率性、社会経済環境などの相違に係わる適用可能性と効率性などについて検討するとともに、協力を行う際の日本とチリの役割分担と効率性を検討し、さらに、いわゆる「顔の見える援助」となったかどうかと言う観点からの評価や、実施のためのスキームが適切であったかどうか、効率的にスキームが適用されたかどうかなどについての評価を行う必要があると考えられる。そこで、本報告書では、以上の5点から検討し、評価した結果をまとめることとする。
(4)透明性、「顔の見える援助」という観点からの評価 「顔が見える援助」という場合の「顔が見える」ということが何を意味するかについては、後に改めて検討することとしたいが、ここでは「顔の見える援助」とは、様々な関係者に日本の協力としてどれだけ高く評価されたかによって「顔の見える援助」が実現したがどうかを判断することができるという観点から評価を行うこととしたい。 そして関係者として、少なくとも、3つのタイプの人々が考えられる。まず、相手国政府の中枢にいる人々、すなわち、チリ及びキューバの国際協力を担当する、両国の政府を代表する人々に、日本の協力としてどれだけ高く評価されたかが重要である。次に、実施機関やその実施機関の技術者、研究者等に日本の協力としてどれだけ高く評価されたかを確認する必要がある。第三に相手国の一般の国民やプロジェクトの行われた地元の市民等にどれだけ評価されたかを検討する必要があると思われる。 まず第一の点であるが、この点については非常に成功であったと考えられる。例えば、キューバにおいてはチリ側のアレンジにより本件協力に関するセレモニーが行われたが、在キューバ日本国大使が出席するとともに、チリ側も日本との共同の協力であることに盛んに言及し、日本の南南協力支援として高く評価された。また今回の調査においてもチリ側キューバ側双方の国際協力担当機関の中枢の人々が、このような南南支援を通じての日本の協力を高く評価し、感謝の意を表明した。 第二の点については、実施機関であるカトリカ・デル・ノルテ大学やキューバ側の海洋研究所の中枢の人々、研究者等も同様に日本の協力を高く評価する発言を行っている。またキューバからチリのカトリカ・デル・ノルテ大学に研修員が派遣され、一定のコースが用意されて講義や実習などによる研修が行われたが、その講師は日本で学んだ経験を有しているチリの専門家(カトリカ・デル・ノルテ大学教授等)であり、日本での経験がチリの専門家を通じて伝達されることにより、キューバの研修生が日本の技術を吸収することとなったと考えられる。さらにチリに学んだキューバの研修生が、現在Santa Cruz del Surの施設で働いており、研修コースで学んだ技術を生かしつつあると考えられる。 最後に、第三の点については、本件事例は未だ南南協力支援の第1年度であり、一般市民や国民にとっての日本の「顔の見える援助」とはなっていないと思われるが、今後このプロジェクトの成果を普及し、適切な広報を行うことによってそのレベルでも「顔の見える援助」とすることは十分に可能であると考えられる。 (5)実施のためのスキームについて 本事例案件の実施のスキームは、チリの専門家派遣などについてはチリ側のスキームの適用が行われた。一方、機材提供においては日本の研究支援のスキームが用いられている。チリ側のスキームの適用は、次のようないくつかの点できわめて効率的に本事例案件の実施を可能にしたと考えられる。第一にチリ側の基準で行ったために、非常に低い人的コストで行うことができ、コストの節約となったことである。第二に非常に短期間に行うことが出来、即効性の高いものとなったことである。チリ側のスキームを用いることによって、本事例案件に関する限り特に支障はなかったと考えられ、従って、チリ側スキームを用いて本事例案件を行ったことは、適切かつきわめて効率的であったと考えられる。 4.提言
(1)中南米における南南協力支援についての提言 中南米に対する日本の政府開発援助(Official Development Assistance: ODA)をめぐる状況は、近年大きく変化してきている。このことはODAの一般的観点からは、「ODA懇談会報告書」などで指摘されているほか、中南米地域に関しては、最近行われたJICAの国際協力総合研修所(国総研)でのブラジル国別援助研究会の報告書などでも強調されている点である。 その背景には第一に、中南米の主要国すなわちチリの他ブラジル、アルゼンチン、メキシコ等の所得水準が上昇し、開発援助委員会(Development Assistance Committee: DAC)のリストの中でも高位中所得国に位置づけられ、しだいにいわゆる「卒業に近い国」としてODAの対象としては、最貧国などと比較して優先順位が相対的に低下しつつある点である。第二に、これは中南米だけに限られている訳ではないが、近年我が国においてもODA予算の大幅削減や説明責任(アカウンタビリティー)をより一層求める世論の拡大など、我が国ODAをめぐる状況も大きく変化してきている。 従って、中南米諸国の主要国とりわけチリの他ブラジル、メキシコ、アルゼンチン等に対するODAの役割も転換点にあると考えられ、我が国のこれら諸国に対する経済協力や技術協力の役割と意義も新たに見直していく時期にあると考えられる。 そうした基本認識のもとで、本報告書で取り上げたような南南協力支援によるこれら諸国への協力は、次第にその重要性を増していくことが考えられる。 それは、一方でチリをはじめとする中南米の主要国が、開発に大きな成果を挙げてきており、その経験や技術の蓄積が、これら諸国が他の途上国に協力を行う能力を次第に高めてきているという点が挙げられる。また、一方で先に述べた日本のODA予算の大幅削減のなかで、相対的に優先順位の低い「卒業に近い諸国」への予算の配分が次第に制約されていく可能性も考慮すべきである。 そのような背景のもとで、我が国とチリやその他の中南米主要国との協力関係はパートナーシップという概念で捉えていくことが重要になってきていると考えられる。ここで言うパートナーシップとは、とりわけ、より対等な立場で二国間の協力関係、多様なアクター間の重層的な交流関係、第三国支援への共同の努力への3つのカテゴリーを含むものである。 そうしたパートナーシップという概念で捉えて上記の諸国との協力関係を発展させて行く際には、言うまでもなく、その中の一つの重要なカテゴリーである第三国支援への共同での努力は、きわめて重要な意義を有すると考えられる。より具体的には南南協力支援は、第三国への協力を共同で行うということにより、二国間の協力を越えた国際貢献や当該第三国の経済・社会発展への貢献を行うことを意味している。 しかも、南南協力支援を中南米で行う場合、次のようないくつかの重要なメリットがあると考えられる。 その第一は、中南米諸国の場合、アジア諸国、アフリカ諸国等と異なり、言語がスペイン語及びそれに近いポルトガル語の諸国が多く、中南米地域の諸国の専門家が域内の第三国に派遣される場合、または域内で第三国研修が行われるような場合、言語上の障害が少なく、コミュニケーションが非常に円滑に行い得るというメリットが大きい。また言語にとどまらず、歴史や文化、制度の共通性も高く、技術の当該国への応用やさらにそれを実用化する際の現場での活用も、政治的・社会経済的条件、特に制度の共通性等から行い易いメリットがあると考えられる。 第二に重要だと思われるのは、チリ、ブラジル、メキシコなどは先にも述べたように、比較的高い所得水準に達しており、経済社会開発における多くの経験を蓄積しており、さらに学術水準や科学技術水準もかなり高いことが知られている。従って、中南米諸国の場合、これら主要国が他の諸国に技術協力等を行う条件が整っているというメリットがあると考えられる。 第三に、技術協力等は、これをタイムリーに迅速に行うことが望ましいが、中南米諸国はメキシコ等を除き日本からの距離が非常に遠いため、日本から調査団を派遣する場合には、費用が掛かるだけでなく、決定にも時間がかかることが少なくない。南南協力支援の場合には、より速やかに行うことが可能である。しかも、現場での裁量を行い易くするような権限委譲(後述)が行われれば、こうした日本からの距離の問題を南南協力支援においては克服することは可能であり、大きなメリットがあると考えられる。 中南米においては、このように特に南南協力支援のメリットがあることから、今後も一層その推進にむけて取り組むよう提言したい。 (2)日本・チリ・パートナーシップ・プログラム(JCPP)にもとづく南南協力支援についての提言 JCPPは上に述べたような中南米の主要国の南南協力支援の一つのモデルとして、きわめて注目される。特にチリは第三国専門家派遣では、中南米で1位となっており、近く世界でも1位となることが予想されており、チリは南南協力支援においてきわめて実績の高い国であると言うことができる。またJCPPのようなプログラムを通じて、チリのような卒業に近い途上国が援助のドナーへと発展していく過程で、日本からの技術協力や移転された技術を活用することを通じてその経験を積むことができ、優れた条件を備えたドナーへと発展することがチリの場合特に期待される。従って、こうした条件を備えたチリにたいし、将来、日本の援助の対等のパートナーとして発展していくことを支援することは、非常に有意義であると考えられる。 JCPPにもとづくこれまでの協力は、次の様な点で大きな効果があり、今後も一層発展させていくことは重要であり、そのための関係各機関の協力や制度面での整備を着実に行っていくことを提言したい。 第一に、これまでJCPPは、チリと日本が援助における対等なパートナー国として両国の信頼関係を強固にしていくことに大きく貢献したと考えられる。第二にパートナー国チリの人材やその他のリソースを活用することにより、我が国からの協力の裾野を広げることが可能となったと考えられる。第三に、経済的にも効率的な協力を行うことが可能となったことも特筆すべきである。 これらに加え、第四に、治安上あるいは外交上我が国が直接関与することが困難か、必ずしも容易でない国に対してもパートナー国を通じて援助が可能であり、それに向けての経験を積むことができたと考えられる。第五に我が国とパートナー国を軸として、多国間の関係からなるネットワークが構築され、そのなかで我が国のステータスの向上をはかることが可能であり、またそれがかなりの程度実現されたと考えられる。 以上の点からJCPPは、中南米諸国に対する日本の南南協力支援のモデルとして注目すべき事例が多く、特に本事例案件の対象となっているプロジェクトのようなケースは、チリ側スキームをはじめて用いたものであること、及び南南協力支援において各種技術協力スキームを組み合わせて活用した包括的な協力であるという2点から特に注目されるものであり、これらを含めJCPPの経験を参考に、他の中南米諸国においても南南協力支援を拡充していくことを提言したい。 (3)南南協力支援及びパートナーシップ・プログラムについての提言 上記の二つ提言で述べたように、南南協力支援は少額の予算で非常に高い効果を挙げており、今後の拡充が望まれるが、南南協力支援をより一層充実させ発展させていくためには、今後、それをより円滑に行うことを可能にするような制度面での整備が必要であると考えられる。すなわち、これまでの南南協力支援やパートナーシップ・プログラムは、既存のスキームをやり繰りして実施してきており、パートナーシップ・プログラムのためのあるいは南南協力支援を実施するための目的での予算が費目として確保されているわけではない。 従って、第一に、今後さらなる検討を行った上で、例えば「草の根無償」と同様な「パートナーシップ・プログラム、または南南協力支援」という費目での予算の確保が可能となるような制度面での整備を検討することを提言したい。 第二にこのこととならんで、今回のキューバへの南南協力支援で見られたようなチリ側のスキームを用いることが容易になるような制度面での整備が望まれる。その場合には、例えば専門家派遣の際の待遇やその専門家の事故などに際しての責任体制、その他様々な協力に関わる基準を南南協力のパートナーのスキームで行い易くするような制度の整備が必要であると考えられ、このことについて検討を行うことを提言したい。 第三にパートナーシップ・プログラムのような事業を、多年度にわたってコミットできるような制度の整備も必要であると考えられる。 第四に南南協力支援のような協力実施にあたっては、現地の事情を良く理解している必要があり、かつ現地でパートナーとなる国や、協力の相手国との緊密な協議を行う必要がある。 従って例えば、「草の根無償」のように現場にある程度の裁量権を与え、権限委譲を行うように予算の執行の方法や計画や評価などを行い得るよう制度の整備を行う必要があると考えられる。このことについても検討を行っていくよう提言したい。 以上の点に関し、より具体的にチリにおけるJCPPの場合に則して説明すれば、これまでJCPPは、試行的に「キューバ方式」及び「ボリビア方式」の二種類の方式で実施されてきた。前者はJICA予算の研究支援費を用い、JICA、AGCI、キューバの三者のミニッツにもとづく形で実施されている。また「ボリビア方式」においては、既存の第三国専門家派遣のスキームを利用し、三者間のミニッツにより複数年の努力目標を約束しながらも、年度毎の実施計画については口上書の交換を行う方法によって実施されてきた。 「キューバ方式」においては個別事業の実施根拠となるものが実施機関の覚え書きに基づくものであり、口上書の形をとらないため、問題が生じた場合に責任の所在が曖昧になる可能性を否定し得ないことが指摘されている。他方、「ボリビア方式」についても既存のスキームを利用しているが、複数年の要望に対し、予算の担保がないという課題が指摘されている。このような観点から、南南協力支援の高い有効性については、関係者は高く評価しているものの、制度面での整備が不十分なままにパートナーシップの枠組みのもとで、これまで試行的に実際のプロジェクトが進められてきた経緯があることは否めない。従って、我が国が、今後推進すべき方向として打ち出している南南協力支援を効果的に拡充していくためには、新たな予算措置や制度面での整備、現地への権限委譲、複数年にまたがるプロジェクトの実施を可能にする方法等についての検討が不可欠であると考えられる。そうした検討に速やかに着手することを提言したい。 最後にパートナーシップ、さらにはより広い意味での南南協力支援による協力を「顔の見える援助」とするためには、協力成果の普及と活用の促進が重要であると考えられる。また、それを本報告書の「2.」で述べたとおり、政府及びプロジェクトの担当を行う官庁のレベルやその実施機関の研究者や技術者のレベル、さらにその移転された技術を活用する人々のレベル、さらにより広く国民一般や技術協力の行われた現場のコミュニティーの市民のレベル等各層において、日本の協力として高く評価されるよう成果の普及と活用の促進を進める必要があると考えられる。 より具体的には、関係国において協力成果の活用を進めるとともに、我が国の協力及びそこに込められたパートナーシップを組む両国のメッセージに対する理解を高めるよう、成果の普及や活用の促進を含む広報活動を最優先の業務の一つとして取り組み、かつ、その効果についてもフォローする必要があると考えられる。 また日本国内外において協力案件についてホームページ等での日本語、英語、スペイン語、ポルトガル語等による迅速な公表などにより情報公開に務める必要もある。特に日本の納税者に十分な説明責任(アカウンタビリティー)と透明性に留意した広報を行うことも必要であると考えられる。 このような形で南南協力支援をより「顔の見える援助」としていくための方法についても検討することを提言したい。 5.調査日程
略語表
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