1 評価方針
本評価調査の目的は、我が国がモロッコに対し実施した農業用水、飲料用水確保のための水資源開発分野に係る一連の協力を、総合的かつ包括的に評価し、今後のより効果的・効率的な協力の実施の参考とするための教訓・提言を得るとともに、評価結果を公表することで説明責任を果たすことである。
本評価調査ではモロッコに対する農業用水、飲料用水確保のための水資源開発分野の支援に係る我が国の一連の協力をひとつのプログラムとみなして評価対象とした。評価対象期間は1999年度から2001年度迄とし、同期間に実施された有償資金協力、無償資金協力、技術協力の援助案件を対象とした。
一連の協力は、当初から設定されたプログラムとして実施されたわけではなく、基本的にはそれぞれの案件についてモロッコからの要請を検討の上、採択・審査・実施されたものであった。しかしながら「農業用水、飲料水確保のための水資源開発」は1998年の経済協力政策協議以降、我が国が対モロッコ支援にあたり優先的に実施する重点分野とされてきている。そこで本評価調査ではこの期間に実施された協力案件が全体としていかなる共通目的をもって実施されたかを、対モロッコ経済協力政策協議に係る文書を手懸りに本調査の時点で想定し、一連の案件が以下の目的のもとに実施されたものと見做した。
最終目標: | 農業生産性の向上、飲料水の供給を通じての住民(零細農民や地方部住民)の生活向上 |
中間目標: | (1)灌漑施設の整備、(2)水源の確保(中規模ダムの建設)、(3)給水施設の整備((3)-1 中規模都市の給水施設の整備、(3)-2 地方村落部の給水施設の整備)、(4)施設の運営管理 |
妥当性については、わが国のこの分野における対モロッコ支援の目的がわが国のODA上位政策やモロッコの水分野のニーズ、当該分野の世界的な援助動向と整合していたか否かを検証した。有効性については、1999年度から2001年度までに当該支援によりどのような実績があったのかインプット及びアウトプットベースで検証し、更にモロッコにおける当該分野の主要指標の推移及び他ドナーの対モロッコ水資源開発分野支援の方針と実績を参考情報として調査した。更に適切性については、わが国が対モロッコの水資源開発分野の支援を実施するにあたり、モロッコ側のニーズを適切に把握し、立案・実施が適切に行われたか否かを検証した。
2 評価対象を取り巻く状況
(1) モロッコ国の水資源の概要
モロッコの年降雨総量は年により500億m3から4000億m3の間を変動するが、平均で1500億m3に達し、この内、蒸発散で年平均1210億m3が失われる。残りの水資源賦存量290億m3の内、技術的・経済的に開発可能な水資源量は年平均で200億m3であり、その内訳は表流水160億m3、地下水40億m3である。
同国全土でこれまでに103の大規模ダムが建設され、総貯水容量は157億m3に達している。この他に13の導水システムや、地下水開発の為の施設が建設され、これらにより年平均130億m3が既に開発済みとなっている。
モロッコで潜在的に灌漑可能な面積は166.4万haで、これは通年灌漑地区136.4万haと季節灌漑ないし洪水灌漑地区30万haに大別される。通年灌漑地区は更に数千ないし数万ヘクタールを対象とする大規模灌漑 88万haと数十ないし数千ヘクタールを対象とする中小規模灌漑48.4万haの2種に区分される。2002年現在、実現された通年灌漑地区は101.62万haに達し、その内訳は大規模灌漑が68.26万ha、中小規模灌漑が33.36万haとなっている。
2001年における都市部での各戸給水率は全体で87%であった。同じく都市部における飲料水総供給量は8.45億 m3で、2000年に比して1.8%の増加となっている。同供給量の80%を水道公社(ONEP)が担っており、残り20%は民間会社のElyo等から調達されている。一方都市部の配水は、自治体の運営公社、民間会社もしくはONEPが担当している。自治体の運営公社は全国で15組織あり、2001年時点の契約顧客数は103.8万世帯で全国の40%を占めている。次いでカサブランカ・ラバトでサービスを行っているLYDEC・REDALの2社の契約顧客数が合わせて81.1万世帯(都市部の31%)、ONEPが運営する配水センターは全国で281箇所に及び、契約顧客数は74.2万世帯(同29%)となっている。
他方、地方部に関しては、1990年に行われた調査では、わずか14%の住民が安全な飲料水源にアクセスを有するにすぎなかった。散在する約4万に及ぶ農村の内、46%は200人程度の集落であり、1,000人程度の農村は6%にすぎず、こうした人口分布が地方給水事業の制約要因になっている。現在、地方給水計画(PAGER)が実施されており、地方村落部における安全な水へのアクセスを14%(1990年)から50%(2002年)へと改善している。
(2) モロッコ国の水資源開発政策
モロッコ国政府は国家開発計画に基づいて政策を推し進めており、現在は(2000-2004)5ヵ年計画の段階にある。従来はマクロ経済の安定化や経済成長が重視されてきたが、同5ヵ年計画ではこれらに加え貧困問題、教育、地域格差等の社会的課題への対応により積極的な姿勢がみられる。
同計画では計画期間内の人口増加率を年1.6%と想定し、1999年に28.2百万人だった人口が2004年に30.5百万人、2010年には33.2百万人に達するとしている。15歳未満の若年層が全体に占める比率(2001年時点で31.6%)が依然として高いこと、また1992年には50%にとどまっていた都市部人口が2010年には62%に達すると見込まれることから、こうした人口動態の帰結として、(1)教育、(2)雇用、(3)保健衛生、(4)水資源、(5)道路、(6)住宅、(7)食糧への更なる需要が増加することを想定し、これらの重点セクターに対して中長期の具体的な数値目標を設定している。
同計画に記載されている水資源の中長期数値目標は以下の通り。2020年に予想される水需要を満たすために必要なダム及び地下水井戸の建設を実施する。とりわけ、今後年4%の増加が予想される飲料水需要に対しては、2010年までに飲料水の供給を倍増することで対応する。具体的には、都市部の上水道普及率を1999年の85%から2010年には94%に引き上げ、農村部でも普及率(1999年時点で38%)の向上をはかる。また水資源分野の民営化を推進する。
水管理に係る現存の制度環境を強化するために、水資源法では流域のレベルで水資源を評価・計画、管理する「流域管理局」の設立が示されている。他に基本原則として、公共財としての水、飲料水の開発・分配・販売の規制、農業用水開発・利用の改善、違法な水資源開発や水質汚染をもたらす行為をとりしまるための水の監視、等が謳われている。
流域毎の水資源開発長期政策は、国を大きく6つの流域に区分して計画が立案され、流域別水資源開発計画に記述されている。これら計画の目的は飲料水、工業用水、灌漑及び水力発電等の異なるセクター毎の水需要を予測し、統合された水資源開発を最適化することにある。
国家5ヵ年計画(2000-2004)では、水利部門の目標として、(1)都市部及び地方村落部での飲料水供給への貢献、(2)食糧供給への貢献、(3)水利施設の修復・維持、(4)水質の改善・維持、(5)河川氾濫や洪水からの国民・財産の保護、(6)発電のための包蔵水力開発、(7)全土への公平な水の分配とそれに伴う地域振興が掲げられている。
同計画における灌漑部門の活動計画は、(1)新規灌漑開発、及び(2)灌漑効率の改善(リハビリ及び近代化)の2つの主要項目よりなる。
同計画の飲料水供給部門の目標としては、(1)都市部で2004年に各戸給水率89%の達成、(2)地方村落部で2004年に飲料水アクセス率62%の達成、(3)飲料水生産・配水施設の適切な維持保守、(4)ONEPの自己資本率の向上、(5)水質の改善、及びより経済的なサービスの提供が謳われている。
(3) 水資源開発に係る国際的な動向
国際的な水資源開発の主な動向としては、ミレニアム開発目標及びヨハネスブルグ実施計画における安全な飲料水及び基本的衛生へのアクセスに関する目標設定、ハーグ宣言とダム委員会報告書、その後の第3回世界水フォーラム、G8エビアンサミット等の一連の国際会議の中で議論が進展してきたと捉えることができる。UNDPをはじめとする国連機関、世界銀行、アフリカ開発銀行、EUも、これらのコンセンサスに則った戦略の策定となっている。
まず、飲料水の確保の重要性は世界的コンセンサスである。そして、淡水資源の有限性・生態系の保護等を考えた上での、地方分権、適切な料金設定を含めた需要管理、あらゆるステークホルダーの参加による意思決定、ジェンダー主流化、環境保全など、さらにこれらを内包した、統合的水資源管理の推進が重視されている。水資源の確保・給配水という旧来の発想から脱し、総合的な水管理を考えた政策・戦略が必要となっている。
3 評価結果
(1) 目的の妥当性
我が国がモロッコに対し1999年度から2001年度にかけて実施した農業用水、飲料用水確保のための水資源開発分野に係る一連の協力は、我が国のODA上位政策(ODA大綱及びODA中期政策)、モロッコ国の水資源開発政策に照らし、概ね妥当であった。特にBHN(基礎的生活分野)に係る「地方村落部の給水施設の整備」はその妥当性が高いものであった。
また国際的に重視されている統合的水政策、制度構築、マクロレベルでの料金設定等については我が国の協力には含まれていなかったものの、衛生的な水へのアクセスの拡大という国際的な援助目標とも整合性が高かったと言える。
他方、モロッコ政府は現在水資源開発計画の全面的な見直しを含む「国家水計画」を策定中であり、今後の支援にあたってはその結果を反映させるべきである。
(2) 結果の有効性
インプット(投入)実績は、金額では「中規模都市の給水施設の整備」及び「灌漑施設の整備」に、件数では「地方村落部の給水施設の整備」に投入が集中する傾向にあった。特に草の根無償の件数が給水に集中した。99年度から01年度の間にL/A(借款契約)もしくはE/N(交換公文)が締結されたもののみに限ると、金額は「地方村落部の給水施設の整備」、「中規模都市の給水施設の整備」、「水源の確保」、「灌漑施設の整備」の順となる。給水施設の整備については、特に近年「地方村落部の給水整備」に金額・件数がシフトしてきており、引き続きモロッコ側のニーズも大きい。
アウトプット(産出物)実績はいずれの中間目標についても見られた。但し開発調査を実施した中規模ダムについては建設の予算確保ができておらず、実施の目処が立っていない。アウトカム(成果)実績については、国・州レベルでの農業生産性、飲料水供給、住民生活向上に係る主要指標(農作物生産高、給水量、水汲みに要する時間等)への影響度合いを統計データから直接的に確認することはできないものの、飲料水供給は全国で約140万人に直接・間接に裨益するものであり、同セクターでは全国レベルでの指標改善が認められていることから効果があったものと推測される。
(2) プロセスの適切性
当該分野支援の政策立案・実施にあたり、JICA・JBICとの連携・協議は適切に行われた。相手国政府との要請に基づく個別案件ベースでの協議も適切に行われ、特に地方村落部給水では専門家派遣による協力計画策定支援が行われた。一方政策協議以外には、当該分野支援の政策全般に係る公式な協議はとくに実施されず、NGOや他ドナーとの間でも、個別案件ベースでの部分的な連携・協議にとどまった。
以上よりプロセスは概ね適切であるが、ODA大綱やODA中期政策に定められているように、被援助国政府・他ドナー・NGOとの協議をより強化する必要がある。
4 教訓と提言
(1) 目的/妥当性評価からの教訓・提言
モロッコ政府による水資源開発計画の見直しを受けて、今後の表流水・地下水開発支援の方向性を探る。
国家水計画がモロッコで作成されている途中であることから、今後は同計画との整合性を取りつつ日本の援助政策を策定していく必要がある。なお同計画で、既存の流域別水資源開発計画に記載されている水資源開発可能量が下方修正される可能性が高い。従って、今後の大規模灌漑案件に対する協力、大・中規模ダムに関する協力については特に、国家水計画を踏まえ、その必要性と代替案を吟味していくことが重要となろう。
需要管理、制度・組織改革に対する支援を今後の重点分野に加えるか否か検討する。
開発可能な水資源賦存量の漸減、地下水の過剰な開発による枯渇、ダムの堆砂、全国レベルでの水質悪化の進行を背景に、モロッコが水の供給力強化のみならず今後一段と水の需要管理に注力していくものと予想される。制度・組織改革への支援に関しては短期的に成果を上げにくい支援ではあるものの、日本のODAの持つ様々なスキームの中で、専門家派遣、研修事業等を通じ、水資源開発・管理のための組織制度の整備を視野に入れつつ、今後の水関連案件を立案していくことが望ましい。
中規模都市の下水道施設整備に対する支援を今後の重点分野に加えるか否か検討する。
我が国及び他ドナーの支援を受け中規模都市で上水道整備が進む一方、下水道整備の進捗が遅れている。人口増加、特に都市への人口の集中による生活排水増加が水質汚染や生活環境の悪化を加速させており、早急な対応が望まれる。また下水道事業に参入可能となった水道公社(ONEP)が管轄区域をカバーする投資計画を立案していることもあり、これらに対する支援の可能性を検討すべきである。
(2) プロセス/適切性からの教訓・提言
大使館・実施機関と、現地政府・NGO・他ドナーとの協議を強化する。
現地政府とは要請に基づく個別案件ベースでの協議は適切に行われている。しかしながら、当該分野支援の政策に係る協議は、政策協議以外にはなされていない。今後は個別課題に対する支援から、モロッコの水分野を広く見据えて政策レベルの課題も抽出し、解決にあたるアプローチが有効になると考えられる。2003年に発足した現地ODAタスクフォースが、現地政府のみならずNGOや他ドナーを含め幅広く連携・協議を強化していくことが期待される。