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有識者評価(報告書)
モンゴル・母と子の健康プロジェクト

河原 雄三
経済ジャーナリスト

第1章 評価調査の概要

1.調査方針

(1) 目的

 モンゴルに対する我が国の経済協力が、同国の経済・社会にどのような変化をもたらし、果たすべき役割をきちんと果たしているかどうか等の点について、有識者として第三者の立場で客観的に調査し、評価・提言を行う。

(2) 対象案件

 対象案件は、日本がモンゴルで実施している様々なプロジェクトの中から、プロジェクト方式技術協力の「母と子の健康プロジェクト(実施機関:1997年10月~2002年9月)」を選択。同プロジェクトは、予防接種拡大計画(EPI)とヨード欠乏症(IDD)撲滅対策から成る。

(3) 評価手法

 国内での既存資料のレビューや現地における関係者聴き取り調査の結果等を基に、DAC評価5項目(効率性、目標達成度、インパクト、妥当性、自律立発展性)等を踏まえて分析を行った。

(4) 評価者

河原雄三(経済ジャーナリスト)


2.調査スケジュール(2000年11月05日?12日)

11月5日(日) 11:00 成田出発(JL951=ソウル経由)
   20:50 ウランバートル到着(OM302)
6日(月) 09:30 日本大使館表敬 花田大使ほか
   11:30 食品市場視察
   14:30 JICA事務所表敬 松本所長
7日(火) 09:05 JICAプロジェクト事務所打ち合わせ 三浦専門家ほか
   09:50 IDD対策研究室視察 Ts.Enkhjargal,Ph.D
   10:30 中央ワクチン保管庫視察
   11:00 スフバートル保健センター視察
   12:30 花田大使との意見交換
   14:30 第1バス公社視察 Sh.DASHTSEREN(Directer)(参考視察)
   17:00 保健省 Pagvajavyn NYAMDAVAA大臣
8日(水) 09:20 ウランバートル出発
   17:00 アルバイヘール到着
9日(木) 09:20 保健センター視察 ツェレンサンボー所長ほか
   11:10 タラクト・ソム病院視察 ワリャ院長ほか
   12:00 薬局視察
   13:00 IDD対策活動状況視察 バンザル医師ほか
   16:30 病院院長との意見交換 ワリャ院長
10日(金) 08:30 アルバイヘール出発
   15:30 ウランバートル到着
   16:00 大使館報告 深澤一等書記官ほか
11日(土) 13:00 ウランバートル出発(OM233=北京経由)
12日(日) 18:40 成田到着(NH906)


第2章 現地調査の概要と評価

1.モンゴルの政治経済情勢

 モンゴル国は、中国、ロシアという大国に挟まれた人口約240万人の内陸国である。歴史上2番目の社会主義国となり、旧ソ連の支援のもと1921年に中国軍閥による支配から独立を果たした。
 以後、約70年間にわたって社会主義体制を維持してきたが、1987年6月より経済改革に着手、翌88年12月からモンゴル版のペレストロイカ(「変革・刷新」)をあらゆる分野で推進した。
 そうした中、89年末に民主化運動が勃発し、翌90年には複数政党制の導入や大統領選挙が実施され、P・オチルバト氏が初代大統領に就任した。
 そして、92年2月に施行された新憲法により社会主義が放棄され、国名を「モンゴル人民共和国」から「モンゴル国」に変更。同年6月の第1回総選挙の結果、与党人民革命党が圧勝したが、ジャスライ政権は、改革路線の堅持を国内外に公約し、実行した。
 4年後の96年の第2回総選挙では、野党の民族民主党と社会民主党を機軸とする民主連合が大勝した。だが、民主連合政権の急進的な経済改革と多発する汚職事件に国民の批判が集中、2000年の第3回総選挙では再び人民革命党が圧勝し、ナンバリン・エンフバヤル党首が首相に就任した。
 その間、大統領は97年の大統領選挙でオチルバト氏から人民革命党のナツァギーン・バカバンディ党首(当時)に交代。現在も同氏が大統領を務めている。
 なお、今回の調査は、人民革命党が政権に復帰した直後だったため、本プロジェクトのモンゴル側の窓口となる保健省の担当局長が事実上空席状態となっていた。
 モンゴルは民主化以降、西側諸国や国際機関との関係強化に努め、市場経済への移行など広範かつ大胆な経済改革に取り組んできた。その結果、94年度以降、プラス成長が続いているが、経済インフラや外資受け入れ環境の未整備、民間企業の経営ノウハウの不足、財政収支の悪化、対外債務の累増など依然として課題が山積している。
 なお、99年から2000年の冬期に30年ぶりといわれる雪害(ゾド)が発生、家畜240万頭が死亡したが、この問題もモンゴル経済の足を引っ張った。
 次に、日本との関係について。両国間に外交関係が樹立されたのは72年2月だが、政治、経済、文化など全ての分野で飛躍的な発展をみたのは民主化以降である。日本はモンゴル支援において、91年以降、継続して最大援助供与国の地位にあり、また、これまで7回にわたり世界銀行との共同議長のもと支援国会合を主催するなど、モンゴルの民主化、市場経済化について積極的に協力を行っている。
 モンゴルへの我が国の経済協力は、同国が民主化及び市場経済化へ向けた改革を進めていること、同国の安定と経済発展が周辺地域の政治的・経済的安定にとっても重要なものであること、経済基盤の整備や貧富の差の是正など援助需要が大きいこと、等を踏まえて実施している。
 対モンゴル援助は、(1)産業振興のための経済基盤及び条件整備(エネルギー、運輸、通信)、(2)市場経済移行のための知的支援、人材育成、(3)農業・牧畜業振興、(4)基礎生活支援を重点分野に推進している。

2.案件概要

 モンゴルは1960年代から予防接種拡大計画(EPI)に取り組んでおり、接種率95%の国家目標を掲げている。国際機関等の援助でワクチンを調達、計画は順調に推移しているが、自立運営に向けた課題がいまだ残されており、援助国による支援が必要となっている。
 一方、内陸国であるモンゴルは恒常的にヨードが不足、ヨード欠乏症(IDD)は深刻な健康問題となっており1992年の調査では、首都ウランバートル在住の母子の40%超についてIDDによるとみられる甲状腺肥大が確認されている。
 以上、EPIの自立運営とIDDの撲滅はモンゴルにとって大きな課題となっており、日本政府はモンゴル政府の要請に基づき、1997年10月から5年間の予定でプロジェクト方式技術協力を進めている。(プロジェクトの詳細については、別添の資料を参照。)

 具体的には、EPIについて疫学調査、対象疾病の実験室診療断機材の整備・スタッフの育成、コールドチェーンシステムの整備・スタッフの訓練、啓蒙の推進などを実施。IDDについては、実験室診療断機材の整備・スタッフの育成、ヨード塩製造装置の設置・スタッフの訓練、製塩工場・小売業者への指導、啓蒙の推進などに取り組んでいる。
 長期専門家の派遣は年間3~4名(短期専門家は随時)。研修員は年間2~3名を受け入れており、機材については年間2~3千万円程度を供与している。

3.現地調査の概要

(1) IDD及びEPIの関連施設の視察、関係者へのインタビュー(ウランバートル)

 モンゴルの首都ウランバートル市では、IDD、EPI関連施設を視察、関係者と意見を交換したほか、保健大臣を表敬訪問、本プロジェクトに対するモンゴル側の評価や要望などを聴いた。

(イ) 国立公衆衛生院(IDD対策研究室、中央ワクチン保存庫)
 まず、国立公衆衛生院でIDD対策研究室、中央ワクチン保存庫を視察。同研究室の担博士(Ts.Enkhjargal氏)によれば、JICAから供与された機器類の運用に必要なランニングコストを軽減するために様々な試みがなされており、たとえば、尿中のヨードを検査する機器(マイクロリーダー)のエンザプレートのコストは1回当たり10ドルだが、JICAの専門家の協力により同40セント程度で検査できるようになったという。

(ロ) アイマグ保健センター(スフバートル地区)
 次に、スフバートル地区の保健センターでワクチンなどの予防接種状況などを視察、予防接種に訪れた親子から話を聴いたほか、EPI推進のための啓蒙活動の実態について責任者らからブリーフィングを受けた。
 センターの責任者によれば、管内の住民のEPIに対する認識は高く、予防接種率の国家目標である95%をほぼ達成できたという。

(ハ) 保健省大臣へのインタビュー
 保健省内で行ったPagvajavyn NYAMDAVAA大臣へのインタビューの概要は以下の通り。

問: 政権交代で本プロジェクトに影響は出ていないか?
答: 7月の国政選挙で人民革命党が勝利し、政権交代が行われたばかりだが、保健は、政権が変わっても変化のない分野。自分自身も1990年から1996年まで保健大臣を 務めており、現政権も国民の健康維持を重要視している。
問: プロジェクトの開始から3年が経過したが、評価は?
答: 本プロジェクトの開始からこれまでの3年間で7つの病気をかなり減らすことができ、ポリオについてはほぼ根絶した。残り2年間の次の課題は、はしかだ。今春、いったんははしかと診断された子供(300余)の約8割が実は風疹だったということがあった。はしかの症状は様々。かなりの研究所レベルでの研究が必要で、この分野の研究施設を整備したい。
問: 施設整備以外の課題は?
答: 9月に入ってから肝炎が流行。ウブルハンガイなどの県では、昨年の3~5倍にも達した。先週、関連施設で検査したところ、150人の小児の85%がA型だった。が、投与ワクチンはB型しか保管されていない。研究体制の整備とワクチンの確保が非常に重要である。
問: 具体的には?
答: モンゴルにはワクチン生産能力があるが、経済的に引き合わない。ワクチンの予防接種を円滑に進めるために年間200万ドル必要。200万ドルを確保できるような体制をとらねばならぬが、努力しても無理な場合、ドナー国の協力が必要である。
問: IDDについてはどうか?
答: IDDの重要性は分かっているが、国民の理解度はEPIほどではない。が、ヨード塩が多く流通するようになってきた。次の課題は、ヨード化塩だけが売られるようにすることだ。WTOに加盟しているので輸入制限はかけられないが、ヨード化された塩だけを販売するよう法的措置も含め対策を考える必要がある。


(2) IDD・パイロットプロジェクト他関連施設の視察及び関係者へのインタビュー(ウブルハンガイ県)

 一方、ウブルハンガイ県のアルバイヘールでは、安価なヨード塩を供給するため、住民参加型のスプレー式ヨード塩のパイロット・プロジェクトを1998年から実施しており、当地での調査もIDD撲滅対策が主体となった。

(1) 保健センター
 ウブルハンガイ県保健センターのツェレンサンボー所長によれば、県内には91の関連組織・機関があり、スタッフは900人余(うち医師は160人)。パイロット・プロジェクトは、山岳地帯でヨード欠乏の比率が高いウヤンガ、タラクト、ズイールの3ソム(村)で実施しており、手動でヨードを混ぜるスプレー方式を採用している。
 IDD対策コーディネーターのバンザル氏によれば、パイロット・プロジェクトの実施によりヨード塩の使用比率が大幅に上昇しているという。
 保健センターでは、ツェレンサンボー所長らからブリーフィングを受けたあと、ワクチン保管庫を視察した。

(2) IDD・パイロットプロジェクト(タラグト・ソム病院内)
 次に、タラクト・ソムに移動し、ソム病院内で実施しているヨード塩の製造過程を視察した。ヨード塩パイロット・プロジェクトの管理・運営はソム病院が担当、販売価格は130Tg/kgでアルバイヘール(150Tg)よりも安く売られているという。
 同ソムでは、このほか薬局を視察、IDD対策コーディネーターの活動現場(住民からの尿サンプル採取)にも立ち会った。
 最後にソム病院のワリャ院長と意見交換。同院長からは、「日本の協力には感謝している。しかし、市場経済に入り、資金的に厳しいのでその点を考慮して欲しい。ヨード化塩の製造である程度収益が得られるが、資金協力があればもっと充実できる。あと2年では不十分、プロジェクトを停止せず続けて欲しい」などの要望が出された。


4.全般的な評価

 EPIについては、推計値と思われるが、視察対象となったスフバートル地区保健センター(ウランバートル市)で予防接種率の国家目標である「95%」を達成、またウブルハンガイ県における予防接種率も同県保健センターによれば年末までに目標達成の見込みという。また、現場の担当者レベルのモラールも高く、順調に進展しているとの印象を受けた。
 IDD対策については、ソム(村)レベルでのIDD対策コーディネーターによる住民からの尿サンプル採取活動などを視察したが、この分野でもモンゴル側の熱心な取り組みが見て取れた。例えば、タラグト・ソムにおけるヨード化塩の普及率(推定値)は、99年の5.8%から2000年には60.2%へと大幅な伸びを示しており、過剰、過少摂取をチェックする調査が実施されている。(ホームページ版から抜粋し、追加。)広報活動も活発に行われており、IDD対策へのモンゴル国民の理解が徐々に高まりつつあるとの印象を受けた。

第3章 教訓と提言

  1. EPIの自立運営に向けた課題は、ワクチンの調達と臨床医・看護婦のレベル向上。ワクチン調達についてモンゴル側は、その原資となる「ワクチン基金(250万ドル)」への拠出をドナー国に要請しているが、同国の財政事情と自助努力の双方を踏まえた対応が求められよう。また、臨床医等のレベル向上に向け、研修員受け入れを拡充してはどうか。

  2. 遊牧民が多い上に日本の4倍もの広大な領土を有するモンゴルでは、小児への予防接種実施のための所在確認作業は至難の業である。こうした特殊事情を考慮すると、モンゴルにおいてEPI対策を支援するためには、車両供与の増強を図る必要があると思われる。

  3. モンゴル側は、医療分野で感染症対策の強化を課題に掲げており、感染症関連医療施設の整備が要請案件として浮上している。日本側がこれに応ずる場合、単に資金協力にととまらず、ソフト面の協力(技術協力)を組み合わせることも一案ではないか。

  4. IDDへの対策は着実に進展しているが、対策を強化するために塩の調達資金やヨード化塩生産機材、広報・宣伝機材の整備等が課題となっている。いずれへの協力も検討に値するが、会計システムの整備やランニング・コストの負担能力など、受け入れ側に体制が整っていることが前提となろう。

  5. なお、モンゴル側の援助の窓口は、これまで省庁ごとの縦割り制となっており、援助調整委員会(議長・外相=現対外関係相)は全く機能していなかったが、人民革命党政権の発足に伴う省庁再編で、援助に関する業務が財政・経済省に集約され、援助調整委員会の議長も財政・経済省が務めることとなった。
     この被援助体制の見直し策が狙い通り機能すれば、プロジェクトの優先順位決定やローカルコストの手当てなどが円滑に行われるものと期待される。

  6. モンゴル国民の健康問題は、先の選挙でも大きな焦点となった。人民革命党に政権が移行したモンゴル政府は、この分野への取り組みを最重要課題に掲げており、その意味でもこの分野での日本の支援を真剣に検討する必要があるのではないか。                                            


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