ジェンダー関連ODA評価―ラオス
船橋邦子
アジア女性会議ネットワーク、コーディネター
元大阪女子大学女性学研究センター教授
はじめに
評価者は、20年以上にわたり、日本女性の社会的、政治的、経済的、文化的地位の向上を求めてNGO活動に関わり、アジアの女性グループとのネットワークを築いてきた。一方、1994年から2年間、佐賀県立女性センター・県立生涯学習センターの館長として、行政と市民の橋渡し役を務め、その後、女性学研究者として女性のエンパワメントを課題としてきた。
そのような立場からみて、今回の評価は極めて興味深いものであった。ジェンダー関連プロジェクトを横断的に、かつ総合的に評価する試み、さらにWID基金(注)によるUNDPのプロジェクトに対し、UNDPが評価をしたものを、さらに第三者が評価するという初めての試みが、評価者により一層の好奇心と行動力を奮起させた。
現地調査期間が一週間という、時間的制約のなかで、またバーシという歓迎の儀式で時間がとられたものの、役員など代表の女性を含め、出来る限り多くの村の女性たちと直接出会い触れ合う時間を持つことに最大限の努力を払った。
評価は、必ずしも数字だけで表されるものではなく、そこに生活する人々にとって、生きる喜びにつながる生活の質の変化に寄与したかが大切なのでは、と考えている評価者にとって、顔の見える関係は不可欠なのだ。その結果、日本のラオスに対する草の根無償資金協力が、いかに人づくりに貢献しているかを限られた時間内でも把握できたのではと思っている。以下が、その評価報告である。
(注) |
1995年、途上国女性支援を目的として、日本の拠出によりUNDPに設置した基金
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I.調査の概要
(1) |
評価の目的
ジェンダー関連のプロジェクト4件(1998年~2001年に実施)は、いずれも女性の生きる力となる、能力開発による、女性の政治的、経済的、社会的、文化的地位の向上、女性の自立を上位目標とするものである。この目標にたいして、個別プロジェクトからみえてきた成果、援助の妥当性、有効性、持続発展性などの視点から横断的、総合的に評価を行い、今後のジェンダー関連政策立案に関する提言を行う
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(2) |
評価対象プロジェクトの概要
1) |
ラオス女性連盟の運営管理能力強化とジェンダーに関する意識啓発プロジェクト
実施期間 |
: |
1998-2000 |
供与額 |
: |
174,757ドル (WID基金、98年) |
実施機関 |
: |
ラオス女性連盟(LWU) |
実施場所 |
: |
ラオス女性連盟、サバナケット、サイヤブリ |
目的 |
: |
ラオス女性連盟の強化を通してラオス女性にとっての両性平等の達成ラオス女性連盟の人材とコミュニケ-ション能力の育成、女性の情報へのアクセス、 女性の生活改善と社会への完全参画 |
実施方法 |
: |
トレ-ニング、ワーク・ショップ、スタディ・ツアー |
タ-ゲットグル |
: |
ラオス女性連盟スタッフ、10地域、30村の女性 |
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2) |
ジェンダー研修センター建設計画
実施期間 |
: |
1999年~2000年 |
供与額 |
: |
83130ドル (草の根無償資金協力、99年) |
実施機関 |
: |
日本国際ボランティアセンター(JVC) |
実施場所 |
: |
カムアン県タケク郡タケク村、カムアン県女性同盟敷地内 |
目的 |
: |
カムアン県の村人が、森林保全、農業を実践していく上で、固定的に考えてきた男女の役割を見直し、慣習に縛られず、女性が対等に教育研修を受け、意思決定に参画していく。そのために、県および郡の農林局、女性連盟のスタッフが、ジェンダーの意味を理解し、村人を対象にしたジェンダー研修を行う力をつける |
タ-ゲットグル |
: |
直接的にはセンターで実施される研修・会議に参加する村人、県・郡のスタッフ、1000名、間接的にはJVCの対象村25村、約8000人、県女性連盟の会員27000人、対象村103村の村人、県住民合計274,0000人が裨益 |
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3) |
女性識字教育センター(LRC)建設計画
完成時期 |
: |
1999年 |
供与額 |
: |
80070ドル(草の根無償資金協力、98年) |
実施機関 |
: |
学校外教育センター(NFEDC)Non Formal Educational Development Center) |
実施場所 |
: |
NFEDCの敷地、首都ビエンチャン市内 |
規模 |
: |
180平米、二階建て |
目的 |
: |
NFEDCのカリキュラム及び教材の開発、地方の担当者への支援NFEDCのメンバーの訓練、NFEに関係者への情報、教材の供与、NGO含め組織間での情報交換、ネットワークの形成 |
タ-ゲットグル |
: |
直接的には識字教育関係者35114人、ラオスの非識字成人女性163、483人(56%) |
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4) |
女性自立向上事業
実施時期 |
: |
1998年~2001年 |
実施場所 |
: |
ホワイホン職業訓練センター(HTW) |
申請機関 |
: |
ラオスの子どもと女性を支える会 |
供与額 |
: |
年800~1400万円
(開発福祉支援事業、98~01年) |
目的 |
: |
女性の経済的地位の向上を通して村での社会的地位の向上村の女性、障害者など不利な立場にある人の職業訓練不利な立場にある人の収入向上、職業機会の拡大 、 教育、経営能力の向上
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活動内容 |
: |
織物、洋裁、染色の技術取得のための訓練 |
タ-ゲットグル-プ |
: |
自立したいが仕事がない村の貧しい女性、少数民族、障害者の女性、 |
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(3) |
調査日程
日 |
時間 |
行程 |
3月3日 |
10:55 |
成田発(JL717)15:50 バンコク着、16:28 バンコク発
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19:45 |
ヴィエンチャン着 |
21:00 |
ブリ-フィング ラオス日本大使館 於:ホテル
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3月4日 |
09:30 |
ケンペン・ポルセナ国家計画協力委員会副委員長表敬 |
11:00 |
ケンペット・ポルセナ、ラオス女性連盟副委員長表敬 |
14:00 |
UNDP、WID基金プロジェクト、「女性の管理能力形成支援事業」ラオス女性同盟、プロジェクト代表(バンディット)、メディア担当者(チャンソダ)からのヒアリング、作成ビデオ鑑賞於:ラオス女性同盟 |
16:30 |
山崎節子UNDP副代表との面談 於:UNDP |
17:00 |
UNDPプロジェクト担当(タオナケット)からのヒアリング |
3月5日 |
08:30 |
「ジェンダー研修センター」案件評価のためカムアン県、タケク市に向け出発
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12:30 |
タケク市着 |
14:30 |
カムアン県知事表敬 |
15:15 |
ジェンダー研修センター視察、カムアン女性連盟総会に参加 |
16:45 |
バーシの儀式 |
19:00 |
カムアン女性連盟役員、知事、懇親会 |
3月6日 |
07:00 |
タケク市出発 |
12:00 |
ヴィエンチャン着 |
12:00 |
JVC(日本国際ボランティアセンター)のスタッフと食事 |
14:00 |
女性の自立支援プロジェクト「ホワイフォン職業訓練センター |
16:00 |
センター修了生の織物現場視察のため村を訪問 |
3月7日 |
08:30 |
ヴィエンチャン特別区、ナサソン区に向け出発 |
09:00 |
ナサ村訪問、識字学級by CLC、職業訓練場、農地見学、 |
13:30 |
教育省、学校外教育センター(NFEDC)に向け出発 |
14:00 |
NFEDC、女性と少女のための識字センター視察、概要説明、スタッフとの討議、見学、参加者への質問 |
19:00 |
ラオス女性連盟のプロジェクト・マネージャーおよび広報担当スタッフと食事・面談 |
3月8日 |
09:00 |
日本センター見学 |
12:00 |
前UNDPプロジェクト担当、石橋のり子さんと食事、懇談 |
3月9日 |
10:00 |
ユースセンター主催:国際女性デーの集会に参加 |
16:10 |
ヴィエンチャン発(QV) |
22:50 |
バンコク発(JAL718便) |
3月10日 |
05:50 |
成田着 |
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(4) |
調査方法
調査団員は評価者1名(外務省職員1名随行)、調査方法は、案件の現地調査、担当者からの聞き取り、建物の建設プロジェクトに関しては利用者、運営者からの聞き取り、さらにプロジェクトの発展した事業として、識字センター受講生の指導による村の寺院で実施されている「識字教室」の授業参加、女性識字教育センターでのカリキュラム作成のための村からの参加者による「問題発見」のためのワークショップの見学、カムアン県女性連盟総会への参加、国家計画協力委員会副委員長、ラオス女性連盟副会長、カムアン県知事、UNDPスタッフとの面談、インタビューなどによる。
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II.ラオスにおけるジェンダー問題とODA
1991年に制定された憲法では男女平等がうたわれ、家族法の改正で一夫多妻が禁じられ、財産法での男女平等が明記された。伝統的にはラオスは、男児偏重の少ない社会といわれている(乳児死亡率、全体93人、女児108人)。
しかし、JICA国別WID情報整備調査(1998年)によると、ラオスの人口は500万人で51%が女性である。人口増加率(90年~95年)2.6%、貧困ライン以下の人口は都市部では49.1%、農村部では53%を占めている。成人識字率、男性73.5%であるのに対し、女性は47.9%、初等教育の就学率は男性79%、女性72%、中等教育は男性46%、女性33%、後期になると、男性22%、女性15%高等教育は男性3%、女性1%が現状である。この数字はラオス全体において均等ではない。民族別にみると人口の50%を占める低地ラオ人と中地、高地のラオ人で数字が変化し、成人識字率は人口の6.5%を占めるモン族は、26.5%ときわめて低く、少数民族の女性にとっては就学の機会は極めて低い。妊産婦死亡率も出生10万人に対し、ビエンチャン市150人、地方では900人以上である。労働人口は200万人のうち女性の割合が47%を占める。女性の教育機会が少ないために、意識変革の機会がなく、小さいときから男性に従う意識を身につけ、従順が美徳とされ、現在も、性別役割分担の明確な社会である。ラオス女性連盟は、性別役割意識改革や男性の意識改革をも目標にしている。ラオス女性連盟のスローガンは、1984年大会での「よき母親、よき妻はよき市民」から1988年には男性、少数民族との協力、結合などに変化し、1991年大会では一夫多妻を禁じた家族法、財産法など女性差別を制度的に禁じることに成功している。
女性国会議員の数は、1995年9人だったのが、97年には99人中21人に増えた。管理職は8873人中581人と日本に比較すると高い。1996年から2000年の国家計画のなかには、WIDに関して特別項目は設けられてはいないが、ナショナル・マシーナリーとしてのラオス女性同盟は、WID基金による「インドシナ地域WIDセミナー」を受け、「国別ワークショップ」を開催し、国別行動計画を採択した。
ラオス女性連盟は、全国80万人の女性組合員を組織し、5年に一回大会を開催し、教育、健康分野における政策決定過程への参画を重点的に取り組んでいる。とくに学校外教育の国家予算は皆無である。他ドナ-によるジェンダー関連の協力としてノルウエーの資金援助による「GRID」は、ジェンダー関連の統計が皆無に近いなかで、情報収集、パンフレットの配布など、重要な役割を果している。
日本の対ラオス経済協力の実績は、97年度から無償資金協力と技術協力のみとなり、99年度は無償資金協力が80億円、技術協力は32億円となっている。2国間援助(98年)では日本は全体の85%(98年実績、ODA白書2000年)を占め、ラオスにとって日本のODAは極めて重要な位置を占めている。
III.評価
(1) |
対象事業内容
1) |
ラオス女性連盟運営管理能力及びジェンダーに関する意識啓発活動
本プロジェクトの目標は、ラオス女性連盟の組織強化、広報活動及びジェンダー問題啓発のための「メディアと文化部」の強化、及び中央のスタッフの運営管理能力、コミュニケーション能力を含めた、能力向上、地域レベルのリーダーのためのジェンダー問題への意識啓発、法識字の向上による女性のエンパワ-メントであり、具体的事業内容は、
(a) |
LWUスタッフ(20名)の運営管理能力、コミュニケーション能力の向上であり、「タイ家族計画連盟のワークショップ」(60名参加、英語研修としてはLao American College 3ヶ月研修に3名派遣、English Language Centerの1年間の講座参加に30人の支援をしている。
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(b) |
意識啓発活動のためのビデオ製作3本。各100本複製(ラオス語50本、英語50本)が作られた。タイトルは「New Cultural Family」、「Women and Good Products」「Gender Role in Development」で、家族のキーパソンとしての女性を描くことで、女性に対する視点の変革や女性自身が自信、自尊の念を高めることを狙っている。法律セミナーが30名~40名の規模で2年間に6回、経営技術セミナ-がサヤブリ、サバナケット中心に実施された。LWUによると、参加者の評価は極めて好評だったということだが、評価者自身はカムアン県の女性たち以外の上記の村人からの聞き取りは時間の都合上不可能だった。この他、ラオス女性連盟の備品として、ビデオ製作道具一式が購入された。この案件の上位目標は、村レベルまで含めた女性の意識変革のための情報の提供、生活改善と社会への完全参画を通じた経済的自立により貧困からの解放とされている。 |
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2) |
ジェンダー研修センター建設計画
この案件の申請団体は、日本国際ボランティアセンター(JVC)で、女性同盟のカウンターパートとして、農村開発、植林、森林保全などにおいて活動している。1980年代から女性の農業開発普及員の養成、生活環境の改善、生活向上のための活動、森林保全を目的とした共用林づくりの活動にとりくんできたNGOである。この事業の所在地であるカムアン県はラオスの中部に位置し、ヴィエンチャンから車で4時間半かかる。ここで、JVCは住民参加型で農業・林業経営を支援していくために、担い手の大半が女性であることから女性の意識改革、とりわけ性別役割意識の変革のためにはジェンダー研修が重要という認識のもとで今回の事業企画が作成された。実際、筆者が会ったカムアン県女性連盟副代表であり、センター運営責任者のケウラはJVCが1989年企画したラオス女性同盟役員対象の4か月にわたる生活改良普及のための研修講座で開眼したということだった。その意味では申請団体と実施団体は信頼の絆が強く、きわめて緊密にあるといえる。事業の目標は県及び郡の農林局及び女性連盟のスタッフが、ジェンダーの意味を理解し、村人を対象にしたジェンダー研修を行う力をつけることとされている。また上位目標は村人が固定的役割を見直し、慣習に縛られず、女性が男性と対等に、教育、研修を受け、森林保全、農業経営の政策決定に参画することである。主たる事業内容は、ジェンダー研修センターであり、間取りは、宿泊設備(ベッドルーム1)、事務室2、会議室2、食堂(ベッドルームとして使用)である。ここでは、さまざまな研修会が開催されている。筆者が訪問した時は女性連盟の総会が開かれていた。約50名の地域代表の女性たちは、明るく元気で、建物ができて、学習する機会が保障され、村の女性にとって、いかに有効かを語ってくれた。女性連盟から推薦を受けて当選した国会議員も参加して、法律セミナーの開催で女性が力をつけたと語ってくれた。
もう一つの事業は、ジェンダー研修のためのガイドブックの作成で、県女性同盟とJVCの協働作業によるものである。
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3) |
女性識字教育センター(LRC)建設計画
政府機関である学校外教育センター(NFEDC Non Formal Educational Development Center)が申請団体であり実施団体でもある。
女性の56%を占める非識字者をなくすため、識字教育関係者の訓練、教材開発、カリキュラム構築、情報、参考文献収集と提供などを目的とした施設の建設が事業内容である。
上位目標は、識字教育関係者のエンパワ-メントによる識字教育政策の改革と識字教育ネットークの形成により、識字率を高め、生活の改善をはかることである。
LRCは、UNESCO、アジア文化センター(ACCU)の識字部門と連携した組織で、アジア太平洋の15の地域に存在する。(2001年)本センターは、コーディネーター2名を置き、NGO、政府、他の組織とネットワークを形成しながら、NFEDCの一環をなしている。
教材、カリキュラム開発をいかにすすめるかの筆者の質問に対して、村から派遣された参加者によるワークショップ現場を視察し解答を得ることができた。村人はグループごとに討議し、村が直面する問題を発見し整理し、それに基づいてカリキュラムが作成されるのである。
本センターで研修を受けたリーダーによる村の識字教室(CLC)の授業も参観した。このCLCに対する支援も本センターの事業である。
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4) |
女性自立向上事業―ホワイホン職業訓練センター
プロジェクト目標は、村の女性、障害者の女性、少数民族の女性など、社会的に不利な立場にある女性に対して職業訓練を行うことで自立のための収入の向上、地位向上が図られることである。上位目標は、ラオスの伝統・文化を配慮し、またそれらを活用した技術の習得を通して社会的に不利な立場にある女性の地位向上及び経済的自立を促進することである。
本事業では、(イ)機織り、それを製品にするために必要とされる技術に係る研修、(ロ)草木染めに関する研修、(ハ)ミシンを活用しての縫製技術に係る研修、(ニ)上記活動の拠点となるセンタ-の整備、(ホ)上記活動を普及するための市場調査、モニタリング活動を実施している。
研修は、織物コース(紡糸、染色、織りの全工程)3ヶ月、縫製コースが3ヶ月、また、タイで縫製の職業オリンピックに参加、サヤブリなどで草木染めの原料となる植物調査、トレーナーの訓練(10日間)などを実施している。
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(2) |
綜合的評価
1) |
援助の主な成果、妥当性
4件のプロジェクトの事業は計画に従って実施され、いずれも、おおむね第一段階の目標は達成されたといえる。4件のうち3件が、建物の建設が目的であり、予算額は約1000万円が投入された。ジェンダー研修センターは、ベッドルーム1、事務室2、会議室2、食堂、といった間取りだが、宿泊設備は、遠方からの参加者の利用度、ニーズが高く、ベッドルーム一つでは間に合わず、食堂もベットルームとして使用されていた。
センター建設による研修の場の確保で、女性の学習機会が増えたこと、とりわけ宿泊設備が提供されたことの意義は大きい。ジェンダー研修センターのように、建物の運営主体が県女性連盟であることの意味も大きい。研修が女性だけでなく、男性向けの、セミナーが実施されているため、男性も利用しているということだった。
識字教育センター(LRC)の建設は、建設以前には、訓練を受ける女性の割合が低く、女性トレーナーが少なかったが、本建物の完成により、問題解決への方向性がでてきたようだ。
女性自立支援事業としてのホワイホン職業訓練センターの事業内容は、研修棟、生産棟計3棟の増設、宿泊棟1棟(50名収容可)の建設である。1998年に建設された、研修棟2棟に続き、1999年に宿泊棟、2000年に生産棟が完成した。トレーナーの研修も含め、研修の機会が増え、受け入れ人数、宿泊施設が整備された結果、常時10名のスタッフの他、地方の村からの参加者の受け入れ体制が充実した。また織機を20機から40機にふやせたことで生産効率が高まったということだ。訓練の成果に関しては、織物コース、縫製コースも、少数民族の村出身の非識字者女性を含め、多様な受講生に対応する指導方法がとられ、いずれも村に帰って自立できること、そのためにデザイン、染色の組み合わせなど付加価値のある製品をつくる指導、また本センターのショールームで展示、販売できる製品の生産の即戦力になれるような訓練として織りや縫製の技術向上に力が注がれ、販売量の増加などにその成果がみられる。
以上の3件は、女性の学習機会(識字力、ジェンダー研修)の場の確保、また職業訓練の場を提供をしたこと点において意義はきわめて大きい。また受益者のニーズに合致している点で妥当性においても高く評価できる。小規模の建物とはいえ、村人にとって一堂に集まる場所ができたことは、ひとり、ひとりの女性のエンパワ-メント及び女性相互にエンパワーすることにいかに貢献しているかが利用している女性たちの面接・聞き取りから読み取れた。さらにセンターの運営は、女性の運営能力の育成にとっても有効である。
ラオス女性連盟運営管理能力及びジェンダーに関する意識向上プロジェクトは、WID基金によるUNDP2000万円の事業である。UNDPの最終レポート及び、ラオス女性連盟プロジェクト担当者の面接による評価は、成果や実施の妥当性、有効活用などの効率性、持続性のいずれもが高い評価を下している。ジェンダー問題への意識啓発、法律(家族法、財産法、財産相続法)改正の内容に対する理解の深まり、広がりに対する評価は高い。
このプロジェクトの一つ、法識字セミナーは好評で、アンケート調査結果も満足度は高いと言う担当者の説明だった。また筆者は、法識字力がつき、女性が沈黙を破り、財産や離婚などの問題を村で解決するケースがでできたとカムアン県女性連盟総会で耳にした。
以上、4件のジェンダー関連プロジェクトは、女性のエンパワメントを目的とするものだが、法識字を含めた識字教育、ジェンダー問題に対する意識改革、職業訓練による女性の自立支援などにおいて、セミナー受講生、職業訓練を受ける機会を得た女性、つまり直接の受益対象者は、力をつけることができた点では、評価できる。しかし研修を受けたリーダーが、地域に持ち帰り、上位目標に向けて、その力をどの程度共有化できたかについては、現段階では評価できない。
しかし上位目標へのインパクトや成果において若干の問題点を指摘しておきたい。
ラオス女性連盟運営管理能力及びジェンダーに関する意識向上プロジェクトの事業内容のうち、意識啓発活動としてビデオ3本が製作された。内容は、家族のキーパソンとしての女性の労働に対し正統な評価を下し女性への視点の変革を目的としたものである。各100本(ラオス語50本、英語50本)複製されたそうだ。しかし意識啓発を最も必要とする人々の住む村はビデオ装置がない点を考慮すると、投入に対する成果、妥当性については再考の必要があろう。以上、いずれのプロジェクトも直接的な受益者にとっては学習機会、訓練の機会の提供はきわめて有効である。となれば、機会の平等という視点から、受益者選別過程の方法を含め情報の公開性、公平性、透明性の問題点は今後の課題である。
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(2) |
事業実施にかかる有効性
ジェンダー研修センター建設計画の一環である、研修のためのガイドブック『Guide Manual for the Promotion of Gender in the Participatory Agro-Forestry Affairs』 は県女性連盟の副会長他、女性連盟とJVCの協力により作成されたものだが、イラストが多く、分かりやすい内容で構成されている。予算の関係上、県内103村を対象として、280冊が作成された。カムアン県の全体では、810村となるので、今後同様の支援が県内あるいは他県の必要な地域に拡大することが期待される。
宿泊施設提供による成果については、すでに述べたが、食堂を寝室に使うなど宿泊希望者のニーズに応える努力がなされている。このセンターの運営主体は、先述したように県女性連盟であることから、セミナー研修の企画も、JVCの協力のもとで行い、村のリーダーとネットワークしながら、管理運営能力を形成している点は評価ができる。
女性識字教育センター(LRC)は、UNESCO、アジア文化センター(ACCU)の識字部門(アジア・太平洋の15の地域に存在)と連携した組織である。完成したセンターには、コーディネーター2名がNGO、政府、他の組織とネットワークを形成しながら、NFEDCの一環として、事業を進めている。担当者はACCUの国際会議に出席し、ACCUの情報収集、指導方法などの研修を受けた結果、低識字率の原因の一つは、非識字者の能力、ニーズにあったカリキュラム不足と分析した。その結果、カリキュラム開発を、村から派遣された参加者によるワークショップにおいて、自分たちの村が抱えている問題を発見し、その解決方法などを議論し、それらをベースとして作成するというプロセスでなされるようになった。これは、参加者にとってエンパワ-メントになる有効な方法である。
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3) |
事業実施後の継続性、自立発展性
これらの施設の完成を伴う事業には継続性、自立発展性の芽を十分に見出すことができる。
例えばジェンダー研修センターの場合、カムアン県女性連盟の国会議員(2期目)を含め、県女性連盟の代表、副代表など優れたリーダーを中心にネットワークの絆が強く、会員の女性たちが活動主体として、積極的に事業に取り組み、今後の活動へと継続性をもっている。
女性識字教育センターの事業の継続性として、本事業の識字教育の訓練を受けた教師によるCLCでの授業を参観することができた。ナサソン郡ナンキン区ナサブ村178世帯、900人の村で、寺院の識字教室で約40人が集まり、読み書きの授業がおこなわれている。参加者の大半は、50代から60代で週一回の授業である。学ぶためのツールは1枚の黒板のみ。筆記道具、テキストすらないが楽しそうな授業風景である。読み書きができるようになった卒業生は、口をそろえて「字が読めることは幸せ」との声が返ってきた。
女性識字教育センターのあるNFEDCでは、遠隔地教育のためのメディアセンターも設立されていたが、事業の継続性としての村の識字教育との大きなギャップをいかに埋めていくのかが今後の課題であると感じた。
ホワイホン職業訓練センターでも事業の継続性についての質問を重ねた。
ここでは各事業内容の研修を10回実施し、208名が卒業している。卒業生進路についての追跡調査は実施していない。筆者はセンター視察後、センターに近いカムフン村で、自分で織機2台をいれ、事業を開始して2年目になる41歳の女性を訪問した。2月は黒字、今年度はラオス女性同盟から20000キップの融資が受けられる。この他、JICAの森林プロジェクト(焼畑農業からこうぞの植林へ)のあるバンビエン市の卒業生15名は、森林プロジェクトとの連携で「こうぞ」を利用し、紙すき、紙の織物工房を開き継続している。このケースから、卒業生仲間が複数の方が、継続性が保つことが容易なのでは、との意見が聞かれた。なお本センターは研修生の選抜を、労働省を通して行い、近隣県で貧しい家庭、障害者を優先するという本事業の目的達成の努力がなされている。またセンターでの生産品は、ショールームで展示・販売され、売上はセンターのスタッフに還元される。デザイン、色の組み合わせなどの工夫、適切な衣服の始末、処理の指導も心がけ、成果が期待される。しかし天然の草木染めは、労力がかかり、コスト高となり、販売が困難なため、化学染料が使用されることが多く、環境問題への消費者、生産者の意識向上、収入を得るための販売ルートの確立など、女性の経済的自立という上位目標達成には多くの課題が残されている。
LWU組織強化に関しては、その成果は評価できるものの、一定のレベルに達したスタッフは限られており、自立するまでには引き続き同様の支援が必要であろう。
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IV.まとめと提言
今回、ジェンダー案件を横断的に調査することで、いずれの案件も受益者であるラオス女性が保護の対象ではなく、プロジェクトの運営主体として能力を開発し、社会的、経済的に自立していくステップとして、極めて重要な役割をはたしていることが理解できた。日本のODAは、ハード面にのみ使われ、建物が完成しても現地の人々の利用度が低く、機能していない、という批判を1980年代には、しばしば耳にしたことがある。しかし1990年に入ってからの「国づくりは人づくりから」や「住民参加」などODAの基本方針の変化を自分の眼で確かめる機会となった。まさにラオスでは、1000万円規模の資金で完成した建物が、その目的に適った事業を展開し、当事者が、それを利用し、今後の生き方を含めた生活の改善に役立っている、という、満足の声を直接、評価者は耳にした。女性の基本的人権の確立は、環境、人口、開発といった地球規模問題にとって解決の鍵であることは、国連の世界会議の共通認識となってきた。(例えばインド、ケララ州の女性識字率の高さ、労働権、財産権の保障は、出生率の低下という成果を生み出している。)このような認識に立つとき、ラオスにおける我が国のジェンダー関連プロジェクトに対する草の根無償資金協力は国際的にも高く評価されるといっても過言ではない。
今後のジェンダ-案件立案への提言として以下の点を指摘したい。
(1) |
ジェンダ-関連プロジェクトの体系化とネットワ-ク化
各プロジェクト間で、目に見えたネットワークが形成されてはいないが、ラオス女性連盟の会員がなんらの形でかかわっているなど人的関係が、どこかでつながっていて全体として、ラオス女性のエンパワメントになっていることを把握できた。今後は、明確な意図を持ってジェンダ-関連プロジェクトの体系化とネットワ-ク化が実施されることが望まれる。
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(2) |
地域バランスへの配慮と全国規模の展開
ジェンダーに特化した案件に対する予算の枠組みは、極めて少ない。ラオスに対する2国間援助の80%を日本がしめている現状で、ラオス援助額年間約80億円のうち、4件の占める額は約5000万円にすぎない。(注:右4件は同一年度に実施されているわけではないので、参考比較にすぎない)小規模でも、女性のエンパワ-メントにつながり、現地の人々の満足度が高い、この種の援助を地域的に公平に、全国的に広げていくことができれば、人間開発という目的に適った援助がより有効性をもって機能しうるのではないかと思う。
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(3) |
受益者選別過程の公平化、透明化
ホワイホン職業訓練センターでは対象者を障害者、貧困層の女性と限定し、人選を県の労働局に依頼している。受益者がビエンチャン近郊に偏りがちであることについては、現地の女性からも批判の声が聞こえた。WID基金による、少数民族を対象としたプロジェクトがタイでは存在するように、今後は、例えば識字センターなどが、最も識字率の低いモンの女性たちなどを対象に取り組む必要があるのではないか。また、首都圏に偏ることなく、より公平に、より広い地域の女性を対象とするためには、情報をいかに公平に提供できるかのシステムづくりがもとめられる。女性一般を対象とする方法から、社会的、経済的に、より支援が必要な女性たちの声を反映した案件を、現地の女性グループ、団体、NGOとパートナーシップを築きながら形成することも極めて重要である。それが可能になれば、受益者の地域的偏りも是正されるのではないだろうか。
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(4) |
ジェンダ-指標の導入
ODAの全てのプロジェクトに、ジェンダーに敏感な視点の導入、ジェンダー指標を導入する。たとえば港湾建設の完成が女性と男性の生活に及ぼす影響について、事前に調査するなど、ODAが両性間に及ぼす影響についての事前調査、プロジェクト実施前後の意識調査、両性間の格差を正確に把握するためのジェンダー統計の整備、各案件に両性間の不均衡を是正するための予算を組み入れていく等の方策が肝要であろう。
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日本国民に対する広報
国内でのODAに対する認識を変えていくために、今後、日本の農業女性、学生などがラオスにでかけ交流する機会をつくり、日本のODAが、ジェンダー関連プロジェクトのように現地のニーズに合致し、有効に使われている実態を理解する機会をつくることが重要ではないかと考える。その意味で、既に導入されているODA民間モニタ-制度の一層の活用が期待される。
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