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ケニア半乾燥地社会林業普及モデル開発計画
有識者評価報告


Social Forestry Extension Model Development Project for Semi-Arid Areas in Kenya

 評価者:高橋 基樹(神戸大学大学院国際協力研究科助教授)

1. 案件の概要

名称 「ケニア半乾燥地社会林業普及モデル開発計画」(Social Forestry Extension Model Development Project for Semi-Arid Areas in Kenya:略称SOFEM)
目標 「半乾燥地において地域住民による農地林の造成を通じて社会林業普及モデルが開発される」こと
期間 1997年11月から2002年11月までの5年間
形態 プロジェクト方式技術協力(専門家派遣、研修員受入、機材供与)
相手国および対象地 ケニア共和国イースタン(東部)州キトゥイ県
相手国実施機関 環境天然資源省林業局・林業研究所
関連の案件 この案件に先立ち、「育苗訓練計画」、「社会林業訓練計画」が計12年にわたって行われ、また育苗訓練センターの建設拡充に無償資金協力が供与されている。


2. 評価の背景

 サハラ以南のアフリカ(以下、単にアフリカ)では貧困と人口の急増を背景に、森林・樹木の著しい減少が起こっている。日本は政府開発援助の理念のひとつとして、環境の保全を掲げているが、途上国の環境保全はそれ自体として重要なばかりではなく、農業生産はじめ経済活動にも密接な関わりがある。また、地球環境問題という視点から考えれば、日本に住むわれわれにとっても見過ごせない問題である。
 今回、評価をしたSOFEMプロジェクトは、ケニアの半乾燥地での樹木栽培の普及という、日本の援助にとっては大きなチャレンジである。ケニアでは耕作に適した土地が、国土の20%弱と限られている。人々は新しい耕地や生活資材を求めて森林を伐採し、半乾燥地での土地利用を増やしている。これらが、脆弱な自然環境に与える影響の深刻さは計り知れない。このプロジェクトは、住民自身が樹木の栽培と利用を学ぶことを通じて、半乾燥地での森林の維持保全への取組みを強化・普及してゆこうというものである。
 従来、日本の援助は、施設・機材の供与、ハードの技術の移転に重点を置いて来た。しかも、多くの場合、援助の相手方は政府機関であり、一定の技術や知識を持った専門家だった。これは援助吸収能力(援助を受け入れ、自国の開発に役立てる途上国側の能力)の高い国ならばともかく、アフリカの多くの国では、波及効果の限られるものとなりやすい。このプロジェクトは、最終的に一般の農民を相手に樹木栽培技術の普及を目指すものであり、従来型の日本の援助を乗り越える可能性を秘めている。

2.評価の観点

 あらゆる援助案件は、その目標に照らして効果的なものであるかどうかが、評価されなければならない。このSOFEMの場合には、日本側の活動や資源の投入が、社会林業の普及という目標に照らして効果的なものであるかどうか、が問われなければならない。
 従来、多くの評価が第三者である有識者によって行われて来ているが、案件の趣旨自体の善し悪しや、援助の及ぼす副作用・悪影響に視点が偏りがちだったと考えられる。もちろん援助の意義やあり方を常に問い直すことは必要であり、これらの視点は絶対に欠かせない。が、一方で援助が所期の目的を達成しているかどうかの視点は、多くの評価において拡散しがちだったように思われる。それは、「開発のための行為」としての援助の目的と効果を明確にし、議論する努力が評価する側、される側の双方に十分でなかったことにひとつの原因がある。
 もちろん、評価者の能力は限られており、評価のための調査期間も短かったが、アフリカの経済開発を研究する者として、事情の許す範囲で、上記のことを念頭に置いて評価を行った。
 評価の際に特に留意したのは、次の点である。
 このプロジェクトは、半乾燥地の一部であるキトゥイ県の3つの郡を直接の活動範囲としている。が、提供されたプロジェクトの資料に明記されているように、プロジェクトの上位目標は「ケニア半乾燥地の住民が、樹木の植樹および管理に関する適切な技術を身につける」ことである。つまり、究極的に目標としているのは、ケニアの住民が、半乾燥地で樹木を増やし、手入れをする能力を身につけることなのである。プロジェクトはそのために役立つ、普及しやすい林業モデルの開発を目標としている。
 将来、広くケニアの半乾燥地の一般住民が適正な林業のやり方を身につけてゆくためには、林業モデルの開発および普及をケニア側の政府機関と住民が主役となって行ってゆくことが必要である。その意味で、SOFEMプロジェクトに沿って、援助側のインプットがどれだけケニア側によって吸収され、またプロジェクトを成功させるためにどれだけケニア側の自助努力が行われているか、が問題になるだろう。
 この案件のケニア政府側のパートナーは林業研究所と林業局であり、これらの機関の主体的な努力が十分に行われているか、がまず確かめられなければならない。また、普及の対象となる農民がどれだけ開発された普及モデルを摂取し、さらに自主的に維持発展させ、普及させてゆく努力を払っているが検証されなければならない。

3.調査活動と所見

 評価のための現地調査では、プロジェクトの対象地であるキトゥイ県の試験造林地(パイロット・フォレスト)と演示場(デモンストレーション・サイト)、および農地林造成の対象農家を実際に訪ねた。その他、関連情報を得るために林業研究所本部(ムグガ)、林業研究所キトゥイセンター、林業局本部(カルーラ)を訪ね、報告・協議のために在ケニア日本大使館、国際協力事業団事務所も訪れた。

3-1 試験造林地および演示場

 試験造林地では、農民が自分の土地で、実用に活かせる樹林を栽培するための造林保育技術の開発が行われていた。木々の間隔、根覆い、木の周囲の土盛りなどの点での工夫が日本人専門家の支援の下で、林業研究所のスタッフによって進められていた。
 また演示場では、樹木、森林、木材に関する様々な所得創出、生活改善のための技術が開発されつつあり、林業研究所のスタッフより詳しい説明を受けた。この演示場はケニア各地からの見学者を受け入れている。
 試験造林地と演示場で開発、普及されつつある樹木の植栽技術、森林・木材の利用法は、評価者の専門外のものである。しかし、分かる範囲では全てが大量あるいは高価な投入物を必要としないものであり、しかも技術レベルも農民に受け入れやすいものであるように見受けられた。

3-2 農地林造成と普及

 実際の農民の農地を利用しての実証活動および普及活動も視察した。
 言うまでもなく、樹木の育成が住民の間に根づき、広がってゆくためには、住民が受入可能なものであると同時に、住民にとって魅力を感ずるものでなければならない。そういった樹木育成技術であれば、住民から住民へ伝わり、より普及することができるだろう。従って、実際に農民の持つ土地で造林を行う必要があり、現地ではいくつかの農家を選んで、試験造林地で開発された技術の試験的適用が行われていた。
 短時間でのしかも限られた人数へのインタビューではあるが、評価者が直接聞き取りをした農家の人々からは、樹木植栽技術の成果を摂取することへの意欲が感じられた。加えて近隣の人々へ身につけた技術を普及してゆくことについても特に問題は感じていなかった。
 加えて篤農家と思われる女性は、「社会林業訓練計画」のとき以来、日本の活動に関わっており、身につけた技術で苗木を自ら育て、販売するグループのリーダーともなっている。
 評価者がインタビューをした農民の方々からそろってプロジェクトに対する好意的な評価と意欲が聞かれたのは、プロジェクトがもともと理解と営農意欲の高い人を対象農家として選んでいるということの反映であろう。一般のケニア農民が必ずしも同じようなレベルではないことを考えれば、これで満足することはできない。しかし、技術の摂取、普及の効果という点を考えるなら、農民の中での篤農家、またリーダーシップのある人々を対象とするのは、適切な選択であろう。

3-3 関係政府機関

 プロジェクトを成功させ、その終了後も持続的に農民への普及を進め、新らしい適正技術の開発を行ってゆくためには、ケニア政府側の実施機関の役割が重要である。上に述べたように、このプロジェクトには環境天然資源省の林業局および林業研究所が関わっている。
 林業局の予算に占める人件費は全体の96.4%とのことであるが、これは、事業予算はほとんどゼロということである。このような財務体質ではプロジェクトへの十分な貢献はおろか、終了後林業普及という困難な事業を担うことができないのは明らかである。
 そこで、目下進行中の公共部門改革の一環として、林業局も合理化・人員削減を目指している。林産事業・自然林保全事業を切り離すとともに45%程度の人員とし、人件費を総経常予算の50%に抑えて事業予算を確保する、とのことである。
 一方、林業研究所は、林業局よりも財務的に恵まれており、プロジェクトに関わる研究員の活動も質の高いものと見受けられた。但し、現時点ではプロジェクトの活動費については当初の合意どおり、あるいは日本側の期待通りに先方側の負担義務が満たされているかどうかは、疑問である。程度はもちろん異なるが、林業局と同様に財政状況の厳しさ、非効率な人員配置が原因にある。
 林業研究所は今後半独立の研究機関となり、同様に厳しい合理化を図ってゆく予定である。人員60%を削減し、予算の半分が事業予算として確保されるよう財務内容を改善してゆく予定である。
 これらの改革は、社会林業普及にも大きな影響を与えるもので、日本側としても注視してゆく必要がある。

4.評価のまとめと今後の課題

4-1 プロジェクト全体の方向性について

 社会林業訓練計画からこのSOFEMプロジェクトへの推移は、技術開発から訓練を経て、農民の日常生活への普及へと対象範囲が拡大して来たものと理解する。それは、従来「点」に留まっていた援助案件の「面」としての効果の広がりを視野に入れたものとして評価できる。
 また、新しい技術が、社会的な定着まで考慮しながら開発され、普及されるようになるまでには、多くの試行錯誤が必要である。特に本件の対象地のように日本ばかりでなく、受入国にも欧米にも適正な知識と技術の蓄積がない場合には、十分な時間をかけて普及モデルの熟成がはかられてゆく必要がある。その意味で、このプロジェクトに先行して10数年の協力が積み重ねられてきたことは評価に値する。だからこそ、林業研究所のスタッフの活動や対象農家の意欲的参加などの成果ももたらされたのだろう。
 今後は、現在のように理解が深く、意欲の旺盛な農家ばかりでなく、一般の農民にも普及対象が広げられて行かねばならない。また対象地以外の土地、場合によってはケニア以外の土地への適用可能性も視野に入れた息の長い協力が望まれよう。

4-2 日本側の取組みについて

 このプロジェクトは、プロジェクト・サイクル・マネジメント(PCM)手法を各活動分野ごとに首尾一貫して採用している。評価者は他の援助プロジェクトの活動も見てきたが、本件プロジェクトでのPCM手法の徹底ぶりは強い印象に残った。
 PCM手法は事業の目標と期待される成果を関係者の間で共有し、それらに照らして進捗状況の理解と評価を逐次行ってゆくのにきわめて有効である、と考えられる。
 しかし、プロジェクトの上位目標を考慮し、「開発のために役立つ行為」としてプロジェクトを見、かつまた案件終了後の自立発展性に注目した場合、PCMよりさらに広い観点が必要に思われる。すなわち、それを取り巻く先方実施機関と裨益住民の活動や状況が全体として視野に収められる必要があろう。
 相手方の能力強化と自助努力を期待しつつ、日本のすべきことのみをする、という従来型のアプローチは、ケニアはじめアフリカでは、具体的な状況に合わせて随時見直されてゆく必要がある。
 この点、本件プロジェクトでも、より厳しい注視が相手方である林業研究所、また特に林業局には向けられるべきである。
 現在まで、ケニア側はプロジェクトの事業費について十分に支出をして来なかったように見受けられる。このままでは日本の支援が縮小あるいは終了せざるを得なくなったときに、ケニア側だけで自立的に社会林業の開発普及を行ってゆくことは到底できないだろう。今後は粘り強く、この点での改善努力を促してゆくべきである。そのためには、日本側もケニア側の財務・組織のあり方により踏み込んだ関心を持ってゆく必要がある。
 森林環境の劣化、乾燥地拡大、砂漠化とのたたかいは、アフリカの死命を制するものである。その意味でこのプロジェクトの意義は非常に大きく、今後ケニアの他の地域、あるいはケニア以外の国々へと成果を拡大してゆくことが求められる。そのためには、逆に対象地キトゥイ県の社会経済的な特殊性を客観的に捉え直してゆく必要がある。例えば、農民の伝統的な森林利用形態、林業に対する考え方、土地の所有制度などが他の地域とどのように共通し、異なるのかを明確にし、さらなる普及のための戦略を立ててゆく必要がある。

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