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有識者による評価

黒部温泉病院院長 佐藤喜一

はじめに

 評価者は、平成12年10月22日から11月1日までの日程でタイ及びカンボジアで展開している経済協力のうち、下記の案件について現状を視察した。以下に視察の印象を報告し、いくつかの提言を試みたい。

視察案件:


1.カンボジア・母子保健センター
 (1)母子保健センター建設計画(95年度、無償資金協力)
 (2)母子保健(95~2000年、技術協力)

2.カンボジア・草の根無償資金協力
 (1)シハヌーク病院エイズ病棟拡張計画(98年度、65千米ドル)
 (2) キエンツバイ郡病院肺結核病棟建設計画(98年度、30千米ドル)

3.タイ・エイズ予防地域ケアネットワーク(98~2003年、技術協力)

参考資料


1.母子保健センター
 (National Maternity and Children Health Center)
 (NMCHC)の建設及びNMCHCにおける技術協力


(1) 援助するまでの経緯(略記)

 カンボジアは、約20年におよぶ悲惨な内戦を繰り返してきたが、1991(平成3年)に行われたカンボジア和平会議の合意事項を着実に実行し、93年には、国連主導の総選挙を実施した。同年に憲法が公布され、王制民主国家として生まれ変わった。しかしながら、それまで続いた戦乱は、カンボジア国民を貧困という最悪の状態に陥れた。その貧しい経済事情は、国民の保健・医療行政に直接影響し、アジアの中では、最も悪い状況を生みだした。特に母親と子どもの医療環境が増悪傾向を示していた。

 例えば、カンボジア保健省が、公表した「母子に関する医療統計書(1995)」によると、妊娠で検診を受けた妊婦は半数以下の44%であり、妊娠しても半数以上の婦人は、専門医あるいは助産婦の診察なしで分娩していた。また、分娩時に医療介助を必要とする分娩(異常分娩)が14%であったと報告されている。我が国の1.38%と比較すると10倍になっている。この悪い状況は、妊産婦死亡率を高くし、出生児10万人に対して473人が死亡している(我が国では6.9人)。また、乳児死亡率も高く、出生児1,000人に対して115人が死亡している。我が国の3.6人に比較すると32倍に当たる。さらに5才未満の栄養不良児の割合が40%と高い状態であったという。一方で専門医師や助産婦の数や技術の不足は、母子保健・医療状況を悪くする因子になっていた。このような状況を改善する目的で我が国の援助が開始した。

 すなわち、総選挙の前年の92年に、我が国はカンボジア保健省へアドバイザーを派遣し、カンボジアの国家保健政策(94~95年)や母子保健ナショナル・プラン(94~96年)などの立案に積極的に参画し、その中でも母子保健の重要性を強調してきた。このような過程を経てカンボジア政府は、我が国に対し、母子保健・医療にかかわる諸問題においてプロジェクト方式技術協力を要請してきた。これに対し、我が国は、94年7月に事前調査団を派遣し、協力の概要について協議した。その後、95年3月には実施協議調査団を派遣し、同年4月から2000年3月までの5年間に「国立母子保健センター」を新しい場所に新築し、それまで使用していた老朽化した母子保健センターから移転することと、新しいセンターで技術協力を行うことが合意された。

 これらの合意に基づいてカンボジア政府は、我が国に対し新しい母子保健センターの建設と関連機材の調達などにかかわる無償資金協力を要請してきた。これに応え、我が国は、95年度から2000年度にかけて経済協力を行うことになった。新しいセンターは、95年に建設を開始して97年3月に完成した。そして同年4月から病院業務を開始している。

(2) 母子保健センターの概要

 この新しいセンターは、母子保健分野のモデル病院として新築された産婦人科・新生児科専門病院である。病院には、診療部門、病院管理部門、訓練研修部門と宿泊設備が設置され、全国から母子保健の研修のために集まる医療関係者(医師、ナース、助産婦、保健婦、検査技師等)の研修施設と宿泊施設を備えた理想的なセンターである。

 また、病院の診察部門には外来診察室、臨床検査室やレントゲン検査室や超音波検査室など、我が国の大病院に匹敵する機器を備えている。十分なスペースを持つ分娩室と手術室も備えられている。入院ベットが150床あり、その稼働率は、90%と高い。さらに妊婦や乳児保健を指導する「母親学級」の部屋も設置されていた。また、学会や講習会などに利用する大講堂も備えていた。

 センター設立後、我が国から40名以上の専門家が派遣され、診療の技術指導をはじめ、病院の運営や施設・機器の管理方法の指導と助産婦・保健婦・ナースらに対する研修を援助してきている。同時にこれらの指導に必要な機器材などを援助してきた。現在、病院の機能を如何にして向上させ、強化していくかを目標として技術指導を継続している。

(3) 評価結果

(イ) 病院運営委員会の存在

 病院業務を開始した時に、我が国の専門家の提案で病院運営委員会を発足させたという。病院長が委員長として、また各部門の責任者が委員として参画し、病院の現状と問題点を整理し、討議を行っている。詳細な内容は不明であるが、このような定期的に開催する委員会が出来たことは、将来、このセンターを良い状態で維持し、内容を向上させていくことに非常に有益なことではないかと評価したい。病院収益差の配分などに関する話題も議題になると伺った(後述)。

(ロ) 臨床技術の指導

 このセンターで病院業務を開始してから、我が国の専門家が外来診察、臨床検査、助産術、手術、そして病棟・病室業務などの技術協力を行い、それまで続けられたカンボジア伝統医療の内容に、良い意味での変革を与えたようである。それには、我が国から、それぞれの分野の専門家が同じ時期に派遣され、その努力の賜物であると敬意を表したい。一方で被援助国の医師・助産婦・ナース・検査技師らが専門家らの指導を「新しい技術」として素直に受け入れ、それまでカンボジアで行ってきた専門的知識や技術に、日本の技術を融和させたことで、その成果を大きくしているのかも知れない。特に臨床検査部門では、我が国の経済援助で設置されたレントゲン撮影装置や超音波診断機器などは、彼らにとって大変な興味と関心を牽いたことに間違いなく、結果として検査技術の向上に役立ったと評価する。また、休日でも待機する医師や助産婦の存在と、異常分娩に即時に対応できる体制下での出産は、妊婦本人に限らず、妊婦の家族へ安堵感を与えたことであろう。また、妊娠中の女性を対象に保健教育を企画し、産前産後に役立つ「母親教室」を定期的に開催するまでに育てた努力を特記しておきたい。

(ハ) 地方医療機関との連携

 このセンターは各県、すなわち地方の病院に勤務する産婦人科医や助産婦・ナース・保健婦らの再教育の「場」として、効果的に利用されていた。そのために、センターに付属している大講堂や宿泊施設が有効に利用されていると伺った。

(ニ) 病院業務の指導

 カンボジアでの医療費の負担は、建前は、国が負担することになっており無料である。しかし、無料とは言いながらも、実際には医師へ直接支払っていたようである。この点について我が国専門家は、「診断や治療に必要とした費用」を表に出して有料化し、病院へ支払ってもらうように指導し実施するようになった。いわゆる医療費の有料制度である。とは言っても医療費を納められない国民がいる訳で、そのような人々には、病院側が患者と話し合って判断し、何割負担とか無料で受診可能な方法を選択しているようであった。

 医療費を有料にする制度は、カンボジアにとって、ある意味では大改革であったに違いない。前述したように、医療費を有料化にした理由がセンターの機能を将来にわたって向上させるという目標が存在したからであろう。ここでの病院収益を医療機器の管理や、保健省から配布される薬剤以外の薬の購入などに支出していると伺った。また、ここで働く職員(人材)の流出を防止するため、収益差の一部を職員のサラリーに上乗せしているとのことであった。カンボジアでは医師を含め、医療関係者の月収が$25~50であり、この程度では、平均的な生活が不可能なためである。

(ホ) センターの業績

 藤田医療専門家の説明によると、現在、この母子保健センターの存在は、多くのカンボジア人が知るところとなり、高く評価され、また、利用されている病院になっているとのことであった。例えば、入院ベットの稼働率が90%と高く、また、このセンターにおける出生児が年間9,000例に達し、予想していた出産数を上回っているとのことであった。さらに、妊娠から出産までの母親の検診を十分に行うようになり、妊婦を対象に続けてきた「母親学級」の教育が、良い効果を現してきているようである。結果として異常分娩数が減少し、産褥後死亡者も激減したとのことであった。

 最近カンボジアでもHIV/AIDS感染者が急増してきている。このような妊婦の産褥前後に対しては、感染予防のために特別な注意を払い、また、取り扱う側の助産婦を含む医療関係者に対して厳格な注意を喚起しているとのことであった。エイズに限らず、妊婦がマラリア、デング熱、その他の感染症に罹患した場合でも、感染防止に注意しつつ、治療を行っているとのことであった。

 このような業績に加え、このセンターは、プノンペン大学の医学生の研修や地方病院の助産婦や保健婦の教育の場として役立っている。研修設備や宿泊設備が彼らのために大いに役立っているとのことであった。

(ヘ) センターの設備と維持管理の問題

 藤田医療専門家の説明によると、これまでに水漏れ、水道管の配管ミス、汚水槽からの漏水や自家発電機への浸水などの不備な点が発見されたという。また供与した医療用焼却器は、もともと1,200度の火焔になるはずであるが、WHOの調査で700度までしか温度が上がらず、注意を受けたとのことであった。専門家らは、このような不良個所を発見した時点で修理・修復を行ってきたと述べていたが、センター建設の段階で十分な注意を行うべきであったと思った。一方で現在のカンボジアには、病院設備や医療機器に詳しい人材は、非常に少ないと想像される。従って、このセンターのように大きな設備と機材を管理出来る人材の育成も必要であろう。

以上母子保健センターを通観してみると、97年4月に産婦人科・新生児科専門病院として発足したばかりであるに関わらず、それぞれの分野の専門家の努力により、わずか3年間でカンボジアの人々のために多くの業績を積み重ねている。その努力に敬意を贈りたい。


(4)提言

(イ) JICA医療専門家も指摘しているとおり、人材の育成と確保が大きな問題になっている。人材育成を行う一方で、既存の大学医学部のスタッフや産婦人科医らとの連携によって、人材を得ることが必要であろう。

(ロ) 援助にあたっては、カンボジアの人材不足に配慮することが必要であろう。具体的には、施設の建設や機材の供与の際には、(イ)現地の仕様に合わせること(施設及び機材の使用、維持管理のために新たに必要となる技術や知識を軽減し、スペアパーツの調達も容易になる)、(ロ)施設作業の監督を強化し、問題の発生防止に努めること、(ハ)完成時及び完成後の施主による検査体制の強化、問題の早期発見の手だてが必要である。なお、医療施設及び機材の維持管理に必要な研修を行う場合には、確実に維持管理が行われるように、各作業の意義(どうして必要なのか)についても併せて教育するなどの工夫が必要であろう。何故なら、病院は、「患者の命を預かる場」であるが故に、不備を発見したという経験を施設や機器の「質」の向上に役立てていただきたいと願うからである。

(ハ) 臨床検査部門に関しては、病理診断を行う部門が見当たらなかった。今後、婦人科領域、あるいは、新生児科領域で「炎症」や「悪性腫瘍」の有無などを診断する際に必ず必要となる検査部門だけに、早期にその部門の新設と専門家の派遣をお願いしたい。

(ニ) この母子保健センターは、カンボジア国内で最も充実している病院であると思われる。カンボジアに住む在留邦人も大いに利用してもらうことを広報した方がよいと愚考する。


2.草の根無償資金協力

(1) シハヌーク病院エイズ病棟拡張計画

(イ) 評価結果

 カンボジアで急増しているエイズ患者の治療を目的とする専門病棟が、シハヌーク病院にある。この病院は、プノンペン市の近郊にあり、以前はロシア病院と呼ばれていた病院である。この中の感染症病棟(2階建て:いわゆる伝染病病棟)を改造してエイズ患者専門病棟として使用している。病棟の1階部分が老朽化したので、これを改修し、その中に31床のベットを増やし、全体で60ベットにする計画が示され、その改修費を我が国が1998年度の「草の根無償資金協力」として援助したものである。

 この病棟で働いている医療関係者は、「国境無き医師団」から派遣された3名の医師やナースとカンボジア医師を含めたナースや介護助手や研修中の医学生などであったが、最も目に付いたのは、フランスの「国境無き医師団」と共に参加しているNGOの人々であった。

 草の根無償資金協力に基づく病棟の改修は、2年前に終了し、今回増床した分を含めて60床のベットは、エイズ患者で満たされていた。1病室に3ないし4名の患者が同室していた。今回の改修で各病室には、酸素ボンベを収納する保持台が1室1台の割合で設置されていた。呼吸困難となった患者が、酸素ボンベから直接酸素を吸入できるように、チューブがベットまで牽引されていた。案内を担当してくれた医師の説明によるとエイズ患者の中で結核を発症する例が増加傾向にある由であり、今後の対策を苦慮しているようであった。

 今回の視察は、我が国の草の根無償資金協力が適正に使われたかどうかを判断する必要がある。しかしながら、改修後、既に2年間が経過していたので病棟の「どこが」(場所・箇所)が「どのように」改修されたのかを判断することは困難であった。相手側(被援助団体側)からの説明もなく、改修箇所を判断できる状態でなかった。その理由として病棟の建物(外枠)は既存のものであろうし、また、患者が使用しているベットも新しいものとはいえない木製のものであったからである。病棟にある共同トイレを見ると便器そのものは、新しかったが、床のタイルが剥がれていたり、床の汚染から、最近改修したものとは判断出来かねた。病棟の床も「新しいもの」とは思えなかった。

 案内に従い、2階病棟を見聞したが、この病棟の方が1階に比較して「きれい」に見えた。同じ病棟でありながら、その違い(差)を認めざるを得ない印象を得た。いずれにしても、入院ベットを31床増床したことは、エイズ患者の治療や介護に貢献してきているし、また、将来も役立つものと考える。その意味で有効な経済援助であったと思う。

(ロ) 提言

 既に述べたように援助した「草の根無償資金協力」が、どこに、どのように使われ、そのように改修されたかについて、目に見える形で判断することが困難であった。書類上で収支決算が完全であっても、改修工事を行っている過程で公的に視察、あるいは監査を行う必要があったのではないかと正直に申し上げたい。我が国でおいて行われているような「入札」、「決済」、「施工」、「完成後引き渡し」、「支払い」式の委託工事は、このような国に通用するであろうか、疑問が残ると言わざるを得ないと思った。

 また、草の根無償資金協力の案件については、一般的に大使館の業務も多忙であり、モニタリングやフォローアップのために要員を確保することが必要であろう。


(2) キエンツバイ郡病院結核病棟建設計画

(イ) 評価結果

 カンボジアでは、これまで都市に多いと言われてきた肺結核が、地方へ蔓延してきて現在では全国的な対策が必要になっている。周知のように結核治療のためには、罹患患者を家族や一般人から隔離することが原則である。総合病院でも例外でなく、結核患者は一般患者から切り離し別病棟へ入院させ治療している。

 このような対応は、カンボジアでも例外でない。しかしながら、隔離病棟を新設する資金の問題があり、その意味ではキエンツバイ郡病院へ「草の根無償資金協力」を行い、結核隔離病棟を新設した企画は、実に的確な協力であったと評価したい。

 プノンペン市から1号線を東へ約1時間の所にキエンツバイ郡総合病院があった。この病院前の1号線道路を挟んで反対側の敷地に、本案件で新設された結核病棟があった。建物は、平屋建てでL字型に造られていた。病棟内部は、4つの部屋に区分され、道路側から臨床検査室、薬剤保存室が隣接し、その奥に男女別々の入院室があった。病棟の裏敷地に、新設の患者用トイレがあり、共用していた。ベット数は、30床であるが、訪問時には14名が入院していた。検査室には1台の双眼顕微鏡(Olympus)があったが、これはJICA経由でカンボジアへ寄贈したもので、2年前に保健省から配分されたものであった。院長の説明によれば、この州に3台の顕微鏡しかないとのこと。従って、郡病院の下部医療機関であるヘルスセンターから持ってくる検体も、この顕微鏡で診断しているとのことであった。結核の診断は、喀痰の染色法だけで、培養機器がないために培養検査は行っていなかった。1日の検査数は、平均6検体程度と話していた。結核治療用の薬剤や検査用染色液などは、保健省からの給付で十分であるとのことであった。

 院長らの話から、本案件で新設した結核病棟は、一般患者から結核患者を隔離することができ、治療に専念できる病棟を持ったという点で大変喜ばれ、事実、非常に役立っているとの印象を得た。

(ロ) 提言

 本案件の結核病棟が建設されたことにより、結核患者を一般病棟から隔離できるようになり、結核予防に一定の効果があったと思われる。その意味では、的を得た協力である。しかしながら、この病棟は、開放病棟であり、患者の外出が容易であった。予防の観点からみれば、結核患者への対応と検査技術向上のために技術指導が必要である。


3.エイズ予防地域ケアネットワークプロジェクト(タイ・パヤオ県)

(1) 援助するまでの経過(略記)

 タイで最初のエイズ患者が発見されたのは、1984年であった。その後、エイズ感染が爆発的に拡大し、80年代後半にはエイズ感染率(HIV(+)の意味)が、人口の1%を越えるまでになった。そこでタイ政府は、1991年に国家エイズ対策委員会を設立し、予防対策に取り組み始めた。この過程でタイ政府は、我が国へ協力を求めてきた。これに応え我が国は、1993年からエイズ予防対策を強化するために3年間の技術協力を行ってきた。続いて、タイ政府は、「エイズ予防対策国家5ヶ年計画(1997~2001年)」に関して協力を要請してきた。

「エイズ予防対策国家5ヶ年計画」の内容は次のようなものである。

1) 国家レベルでのエイズ予防対策とケアを継続的に実施する地域モデルを設定し、エイズ予防法の開発と普及を行うこと。
2) そのために県衛生局、郡衛生局とヘルスセンターを軸としたネットワークシステムを開発し、活用すること。そのモデル地域として、HIV感染者/エイズ患者が多く住んでいるパヤオ県が選ばれた。活動の成果は、他県でのモデル展開につなげて行くこと。
3) 内容としては、それまで行っていた政策やプログラムを見直し、改善計画を立てること。また、研修教材やカリキュラムを開発したり、全国セミナーを開き、また、パヤオ県へのスタディーツアーを実施したりすることである。さらに具体的に述べると、婚前から終末に至るエイズ予防ケアネットワークやスーパーバイザーによる相談員サポートシステムをつくること。医療施設における感染予防対策やラボラトリーネットワークを制度化すること。そして中高校生を対象としたエイズ教育を行うことなどである。


 この「エイズ予防対策国家5ヶ年計画」に対し、我が国はエイズ医療に詳しい複数のJICA専門家をパヤオ県に派遣し、長期にわたって技術協力を継続してきたし、また現在も継続中である。今回、同県で展開中のエイズ予防地域ネットワークプロジェクトと本プロジェクトに参加し、指導的な立場で活動しているJICA専門家の活躍振りを見聞する機会を持った。

(2) 援助活動の概要と現状

 援助の対象となったパヤオ県は、タイの北部に位置し、バンコクから空路でチェンライに飛び、そこから車で南へ1時間半ほど走った地域である。

 すでに述べたようにエイズ予防地域ケアネットワークプロジェクトは、タイ保健省が、各県の県立病院を格にしてエイズ感染予防キャンペーンならびにHIV感染者/エイズ患者やその家族のケアをどのように行うかを目的としたものである。

(イ) パヤオ県立病院内にプロジェクトの本部があり、タイ保健省職員と一緒に目的に応じた活動を企画し、展開していた。モデル地域の中でも、チュン郡立病院を訪問したが、この病院がセンターとして活動していた。JICA専門家を含めタイの医療関係者とNGOのメンバーが協力しあいながら、HIV感染者/エイズ患者の家族のケアを行っていた。例えば、HIV感染者の女性らが病院敷地内に造られた建物に集まり、カウンセラーとともに心身の苦しみを互いに語り合い、癒し合う会合が定期的に開催されていることや地域住民にはエイズ予防のコンドーム100%使用のキャンペーンを行っていることなどである。

(ロ) 既にHIVに感染している2家族を訪問した。これは患者と家族のケアを続けているタイ人スタッフ(相談員)の案内で実現した。初めの家族は、夫がエイズで死亡し、夫から感染した未亡人と子どもと義母の家族であった。この未亡人は妊娠中や出産前後にエイズ専門医師の指導を受け、HIV陰性の子どもを出産し、人工乳で育てたという。別の家族では、夫が都会に出稼ぎ中に感染し、家に戻って妻に感染させた。夫妻の間に2人の男児が生まれたが、専門医師の指導により、男児らはHIV陰性であるという。これらの家族に見られるように、この地域のHIV感染者/エイズ患者の家族は、パヤオ県立病院を中軸として郡病院やヘルスセンターの医療関係者やNGOのスタッフらが相互に情報を共有しながら、患者・家族のケアを続けていた。しかしながら、感染者が満足な職業に就職できないために、一家の収入不足は、家族にとっての悩みになっているとのことであった。

(ハ) 別に案内されたヘルスセンターでは、エイズ患者の診察室や採血室を見聞できた。ここでは二次感染を起こさないための工夫が施されていた。例えば、滅菌手袋の着用とか、ポータブル注射器と注射筒を使用していた。採血や喀痰などの検査材料は、早期に県立病院のラボへ搬送するとの説明があった。

(ニ) パヤオ県立病院の検査室には、我が国から供与した各種の精密な検査機器を使用してHIV・エイズの検査を行っていた。この検査室の主任は、我が国で研修した臨床検査技師が担当していた。


 今回の視察を総括すると、本プロジェクトはパヤオ県保健局長の積極的な理解を得ながら、JICA専門家らが指導的な立場で、現地職員やNGOスタッフと積極的に協力し、順調に進めている印象を得た。

(3) 提言

(イ) 本プロジェクトは、専門家や関係者の努力で地域に密着しながら、順調に目的を果たしている印象を得た。しかしながら、エイズに関連する多くの問題への対応が必要であることから、プロジェクトの目的と現状を理解し、可能な限り人的支援と経済協力を継続する必要性を感じた。

(ロ) 今後は、患者及び家族の生活向上や孤児に対する支援も重要であり、短期・長期的視点からの収入向上に向けた支援も必要である。エイズ患者の死亡で、家族の生計が社会問題になってきている。特に孤児となった子どもへの教育は当然としても、その後の職業を育成することが大切であろう。その為には、NGOや他のJICAプロジェクトと連携が不可欠である。一案として広大な地域を利用しての林業の技術指導を行うことも考えられよう。

(ハ) 技術協力は、「顔の見える経済協力」として友情と信頼関係の育成に効果があり、その観点からも、日本もNGO等との連携を進めるとともに、エイズに関する情報の提供やカウンセリングなど、草の根レベルでのエイズ患者支援を拡充することが望まれる。

(ニ) エイズ患者が結核を併発する症例が多くなっている。結核の治療を担う専門家の派遣も検討すべき時期に来ている。

(ホ) 本プロジェクトは、モデル地域での活躍であるが故に、その活動範囲が広域であり、関係者の移動に相応の時間をかけている。その移動手段である車両が必要であると理解した。これからの活動を更に遂行するには、専門家用車両の必要性を考慮してあげたい。




参考資料

1.視察日程

10月22日(日)
11:00  成田発 TG641
15:30  バンコク着
23日(月)
08:35  バンコク発 TG696
09:50  プノンペン着
14:30  大使館からのヒアリング
16:00  JICA事務所からのヒアリング
24日(火)
09:30  キエンツバイ群病院肺結核病棟視察
15:00  母子保健センター視察
25日(水)
09:30  シハヌーク病院エイズ病棟視察
11:00  結核対策プロジェクトサイト視察
15:00  国立マラリアセンター訪問
26日(木)
11:00  大使館及びJICA事務所への報告
17:10  プノンペン発  TG699
18:15  バンコク着
27日(金)
09:00  国立衛生研究所訪問
11:00  大使館及びJICA事務所からのヒアリング
28日(土)
29日(日)
13:25  バンコク発 TG140
14:45  チェンライ着
同 発(陸路)
パヤオ着
専門家からのヒアリング
30日(月)
09:00  チュム病院(デイケアセンター)訪問
患者訪問
マエチャイ病院訪問
スリトイヘルスセンター訪問
15:30  パヤオ病院視察
31日(火)
09:00  パヤオ県衛生局長他との意見交換
パヤオ発(陸路)
チェンライ着
15:30  同 発 TG141
16:45  バンコク着
22:30  バンコク発 JL718
11月1日(水)
06:45  成田着


2.面会者リスト

タイ

Chun Hospital
Dr.Chaowalit Mahuttanapak,Director of Chun Hospital
Ms.Bongot Prangswan, Chief nurse, Counseller for Day Care center(PWA)
Mr.Nopadon Wongyai, Staff in charge

Maechai community Hospital
Dr.Sukhumal Chomyai, Deputy Director
Ms.Lamai Reemakom,Nurse
Ms.Sulin Wangnol,Nurse TB division
Ms.Sheettranat Akalo,Head nurse,IPO
Ms.Watushiri Phunkamary,Nurse ICN

Sritoi Health center
Mr.Wichian Gunta,Chief
Mr.Auon Watanagongun, Deputy-chief

Phayao Provincial Hospital
Dr.Vivhien Latdhivongsakorn, Director
Ms.Lamduan Changloo,Medical Technologist
Mr.Arin Poonkasem, Staff laboratory
Mr.Sumed Jinorod, Chief laboratory
Dr.Vichien Latdhicongsakorn,Director

パヤオ県衛生局長
Ms.Jureerat Saipaeng Aids action center

大使館
石川和秀公使
岩井書記官

JICA
森本勝所長
笛吹弦職員

国立衛生研究所
吉池専門家
萩原専門家

エイズ対策プロジェクト専門家
石田専門家
藤田専門家
森専門家
稲葉専門家
加文字職員

カンボジア
国境無き医師団
Mr.Hamid GHRAISSA, Medical Coordinator

キエンツバイ郡病院
Dr.Tuy Saroeun(院長)
Dr.Kreth Ith(結核担当医)
Mr.Koy Vath(臨床検査師)
Mr.Roeth Chautha(臨床検査師)

大使館
山本参事官
川口書記官
渡辺書記官
川端調整員

JICA事務所
松田所長
斉藤職員
藤田専門家
小野崎専門家



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