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5 タイ

5.2 日本の支援方針と支援事業

5.2.1 支援の組み合わせ

このようなタイ経済の状況のもと、日本のタイに対する支援は、短期の経済の安定化をめざすものと中長期の経済成長軌道の回復を目指すものの、2つの課題に応えるものとなった。経済の安定化を目指す支援は、小規模プロジェクト多数を実施する事業への借款、インドネシアで実施されたものと同様なセクター・プログラム・ローン、ノン・プロジェクト無償などからなっていた。中長期の経済軌道の回復を目指す支援は、インフラ整備のための借款と人材育成プログラムからなっていた。

表5-1は1997年度から2000年度までに実施された日本の支援である。色付けされた項目はアジア通貨危機支援のために実施された支援、新宮沢構想に基づく支援であり、それ以外のものはこれまでの援助の延長として実施されたものである。

1998年度から2000年度に供与が決定された21件の円借款のうち、経済の安定化のための借款の金額は全体(3,950億円)の約3割を占めていた。新宮沢構想に基づく支援として2つのプログラム・ローン、5つのプロジェクトローンが実施された。それに加えて、1998年度には国内の雇用創出に重点をおいた「社会投資事業」と、通貨危機以前に開始した事業のタイ負担分を軽減するためのローンが実施された。

日本からタイに対するプロジェクト無償は1993年で終了しているが、アジア通貨危機支援のために特別に緊急無償とノン・プロジェクト無償が実施された。1997年度から2000年に実施された無償資金協力(28億円)のうち、75パーセントが緊急無償とノン・プロジェクト無償の支出だった。

表 5-1 日本のタイへの支援(1997-2000年度)
(単位:億円)
年度 有償資金協力 無償資金協力 技術協力
1997 合計 1059 合計 3 合計 89
22次借款(9) 1059 緊急無償 1 研修 686人
    草の根無償(22) 1 プロ技 22件
        開発調査 15件
1998 合計 1476 合計 23 合計 103
23次借款緊急分社会投資事業 134 ノン・プロジェクト無償 20 研修 5491人
既往案件内貨融資 364 草の根無償(23) 2 プロ技 21件
23次借款通常分(7) 677     開発調査 12件
経済復興・社会セクター・プログラム・ローン 300        
1999 合計 1517 合計 2 合計 66
24次借款*(5) 1158     研修 2136人
農業セクターローン 360 草の根無償(20) 2 プロ技 22件
        開発調査 21件
2000 合計 957 合計 1    
  25次借款(5件) 957        
注:「年度」の区分は、有償資金協力は交換公文締結日、無償資金協力および技術協力は予算年度による(ただし、96年度以降の無償資金協力実績については、当年度に閣議決定を行い、翌年5月末日までにE/N署名を行ったもの)
  「金額」は有償資金協力および無償資金協力は交換公文ベース、技術協力はJICA経費実績ベースによる
* 新宮沢構想に基づくローン
出典:1997年度から1999年度はODA白書をもとに作成。2000年度は外務省資料をもとに作成

技術協力の分野では、研修を受けた人数の大幅な増加が見られた。1997年度に日本およびタイで研修を受けた人は686人であったが、98、99年度は、それぞれ5,491人、2,136人と急激に増加した。

図 5-1 タイの社会経済状況と主要援助機関の支援

5.2.2 世界銀行・アジア開発銀行との役割分担

世界銀行・アジア開発銀行と日本の役割分担は、支援のタイミングと、支援の内容から分析できる。

図5-1は支援のタイミングを分析するために、タイの社会経済状況の推移と各援助機関のプレスリリースをまとめたものである。経済の安定化を取り戻すのための日本の支援が本格的に実施されたのは1998年の後半から99年の前半にかけてであった。インドネシアの場合と同様に、この時期には世界銀行、アジア開発銀行の支援は一服している時期であった。

タイ政府の政策担当者に対するインタビューでは、円借款の実施のタイミング、柔軟性の高さが当時のタイ政府の需要に応えるものであり、タイ政府で不足した公共投資のための資金を補うことができたとの意見を聞くことができた。

次に支援の内容の役割分担について分析する。IMF、世界銀行、アジア開発銀行のタイへの支援の特徴は、表5-2に示すとおりである。IMFはタイを支援するための会合を準備し、タイ政府の要請に基づいて39億ドルのスタンドバイ取決めを実施した。

世界銀行は金融部門改革、構造調整、社会的弱者救済のためのプログラム・ローンと技術協力を実施した。また、日本が支援を行った社会投資事業に世界銀行もローンを貸し付けている。

表 5-2 IMF、世界銀行、アジア開発銀行のタイへの支援の特徴
IMF 世界銀行 アジア開発銀行
・タイ支援の会合をアレンジ(172億ドルの支援を取りまとめ)
・スタンドバイ取決めの実施(34ヵ月間、39億ドル)
・4つの構造調整プログラム・ローンを実施(18億ドル)
・2つの経済・金融分野への技術協力ローン(3000万ドル)
・Social Investment Loan(3億ドル)
・Country Assistance Strategy作成
・プロジェクトローン1件
・1998年から2000年までに12億ドルの支援を計画

・3つのプログラム・ローンを実施(11億ドル)
・人材育成、地方企業、社会的弱者への支援

出典:調査チーム

アジア開発銀行は、1998年から2000年までにタイ経済安定化のために12億ドルの支援を行うことを計画し、実際には3つのプログラム・ローン(総額11億ドル)と人材育成・地方企業・社会的弱者の支援のためのプロジェクトローンを行った。

日本の支援は、短期の経済安定化、特に雇用の確保や社会的弱者救済のための借款、中長期の経済成長のためのインフラ整備のための借款、人材育成プログラムを中心としていた。経済安定化のための支援の実施は世界銀行・アジア開発銀行と重複するが、その支援分野は異なるものとなっている。また、両者以上に経済成長軌道の回復のための支援にも力を入れた。

5.2.3 事業の国別援助計画における位置付け

日本のタイへの援助方針は「タイ国別援助計画」に定められている。国別援助計画は1998年11月に個別案件の選定に関する透明性の向上のために作成されたもので、5年程度の援助計画を示すものである。タイの国別援助計画は2000年3月に作成された。その「今後5年間の援助計画の方向性」は、以下のように位置付けられている。

  • タイの自立的な発展の支援(自助努力、民間部門との連携)
  • アジア通貨危機からの中長期的な回復のための支援の検討
  • 5つの重点部門(社会セクター、環境保全、地方・農村開発、経済基盤整備、地域協力支援)の支援
  • 人材育成の強化(行政能力の向上、中小企業の実務者・技術者、熟練労働者)

この計画が作られた2000年3月時点では、通貨危機に伴う短期の経済困難は解決し、中長期の回復が課題であると認識されている。

表5-3は国別援助計画で示された重点分野8と、1998年度から2000年度までに実施された円借款事業、1997年度から2000年度までに実施された無償資金協力の件数をカウントしたものである。複数の目的を持つ事業は重複してカウントしている。表を見ると、経済インフラの整備、都市交通問題解決のための支援(バンコクの地下鉄網や第2バンコク国際空港などの大型案件)や、社会的弱者支援(農村における農民への信用事業、土木工事、社会的弱者への財・サービスの供与)などの件数が多数を占めている。一方、教育分野の支援や日・タイ協力による周辺国の人材の育成、ASEAN域内の協力を担う体制の支援などは実施されなかった。

表 5-3 国別援助計画に定められた重点分野と個別案件の実施件数
  重点分野 件数
社会セクター支援 社会的弱者支援 7
保健・衛生面への支援 1
教育分野(特に高等教育)への支援 0
薬物対策支援 0
環境保全 都市環境整備・都市交通問題への支援 9
環境対策を担う人材の育成 0
経済インフラ整備における計画段階からの環境配慮 -
地方・農村開発 開発が遅れている北部・東北部を中心とした農業振興・農業開発 4
所得の低い小農の所得向上につながる支援 6
地域間格差是正のための地方の社会基盤整備 2
地方行政能力向上のための人材育成 1
地場産業育成による雇用の創出 3
経済基盤整備 経済インフラ整備への支援 12
経済・産業の高度化への支援 1
中小企業に対する資金、人材、制度面の支援 3
地域協力支援 日・タイ協力による周辺国の人材育成の推進 0
メコン川流域におけるタイを中心としたプロジェクトの推進 2
ASEAN域内の協力を担う体制作りのための支援 0

出典:タイ国別援助計画

5.2.4 タイ政府関係者の意見

現地調査では、タイ政府の援助政策を調整する大蔵省、首相府技術経済協力局(DTEC)、国家経済社会開発委員会(NESDB)のスタッフ50人を対象にアンケート調査を行った。質問内容は、日本のタイへの支援はタイのアジア通貨危機の克服に貢献したか、具体的にはどのような支援方法がアジア通貨危機対策として効果があったか、日本のタイへの支援による具体的な便益は何だったかの3点である。表5-4は質問に対する回答の集計結果である。

アンケート対象者のうち、9割近くが日本の支援はタイのアジア通貨危機の克服に貢献したと回答している。支援方法としては新宮沢構想9、続いてプロジェクトへの円借款や研修事業が有効であったとの回答が得られた。日本の支援による具体的な便益は、雇用創出、更なる経済の悪化の防止、人材育成を挙げる回答が多かった。

表 5-4 タイ政府関係者への質問事項
質問項目 回答
日本の支援はタイのアジア通貨危機の克服に貢献したと思いますか はい  88%
いいえ 12%
以下の支援方法のうち、どれがアジア通貨危機対策として効果があったと思いますか(複数回答)
  草の根無償
  ノン・プロジェクト無償
  新宮沢構想
  プロジェクトローン
  専門家派遣
  日本やタイにおける研修事業
「はい」と答えた割合

30%
48%
82%
76%
52%
76%
支援の具体的な便益は何だったと思いますか(複数回答)
  雇用創出
  タイ経済の更なる悪化の回避
  中長期の経済発展のためのインフラ整備
  中長期の経済発展のための人材育成
「はい」と答えた割合
88%
76%
70%
76%

出典:調査チーム

政策担当責任者へのインタビューでは、特に円借款案件(社会投資事業、経済復興・社会開発セクター・プログラム・ローン)はタイ政府の資金が不足する中で公共投資増加計画の資金を補填し、雇用の確保と景気悪化を食い止めることに貢献したとの意見を聞くことができた。


8 国別援助計画に記述されている重点分野は、1996年の経済協力総合調査団派遣の際に合意された分野から変更はない。

9 タイでは、日本側のいう「新宮沢構想」以外にも小規模な事業のからなるプログラムを「ミヤザワプロジェクト」と呼んでいる。したがってここでタイ政府関係者は、この中に社会投資事業も含めて評価していると思われる。




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