匠の技術、世界へ 4
日本が世界に誇る天気予報システムの応用でアルゼンチンの人々の生命と財産を守る
アルゼンチンの研究者によるスーパーコンピューター「富岳」見学(写真:PREVENIRプロジェクト)
コルドバ郊外での防災教育(写真:PREVENIRプロジェクト)
アルゼンチンは、気候変動の影響などを受け、大雨による洪水被害に悩まされています。特にブエノスアイレス州やコルドバ州といった大都市部では、急速な人口増加や都市化に伴い人口密集地域が拡大し、災害に対する脆(ぜい)弱性が高まっています。災害被害を防ぐには、的確な気象情報と予測を基に、いつ、どこに避難するべきか、迅速に伝える必要があり、精度の高い天気予報と防災情報提供システムの整備が急務となっています。
こうした状況を「科学の力」で解決すべく、理化学研究所は、2022年から地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注1を通じて、日本およびアルゼンチンの国立気象局などの研究機関と連携し、気象・洪水リスク削減のための観測・予測・警報・伝達のトータルパッケージの開発に取り組んでいます。
日本も数十年前までは、今のアルゼンチンのように、観測手段が限られる中で気象予報担当官が経験や知識に基づき天気予報を行っていましたが、今では、気象衛星「ひまわり」や、アメダスによる観測データなど、最先端の設備と予測技術で、世界屈指の精度で警報や避難情報を出しています。そこで、現在のアルゼンチンに合った予測技術の研究・開発を行うことで、課題解決に向けた取組を行っています。本事業のリーダーである理化学研究所主任研究員の三好建正(たけまさ)氏は、「アルゼンチンでは、他の開発途上国と同様に機材・技術の不足はあったものの、気象レーダーの近代化に取り組んでいた。ブエノスアイレス州とコルドバ州の洪水対策に焦点を絞り、アルゼンチンが有する設備と観測データ、日本が得意とする技術を最大限に活用し、気象予測の精度の向上に努めている。観測装置や大型計算設備などの導入および稼働は始まっており、高精度なシミュレーションなど、より質の高い情報を生み出すための基盤が出来上がりつつある。」とこれまでの成果を語ります。
災害被害を防ぐには、収集した情報を的確かつリアルタイムに住民に伝達し、理解してもらう必要があります。本事業では、水害の予報・警報を伝達するスマートフォンアプリやウェブサイトを開発するとともに、情報の受け手の防災意識の向上に向けた取組として、現地の学校での出張授業や地域住民に対するワークショップ等も実施しています。例えば、水害対策に関する教材を作成し、学校への配布を通じ防災教育に活用されています。また、対象地域の小学校の生徒や教員、自治体で防災を担当する危機管理部局を対象に、本事業を紹介し、教育レベルから水害対策を考える機会を提供する講習会を実施しています。このような機会に、参加者から、アプリやウェブサイトの使い心地についてのフィードバックを得るなど、使いやすいシステムの開発につなげていきます。
SATREPS事業に関わる意義について三好氏は、「大陸規模であったり南半球の気候であったりと、日本とは異なる環境においても、私たちが開発してきたシステムが適用できるかどうか研究できる。災害被害は理不尽で、経済状況の悪い場所ほど大きな被害に見舞われがちだ。最先端の設備や多数の優れたデータを必ずしも必要としないアルゼンチンのシステムは、今後、同様の問題に直面する他の開発途上国でも展開が可能であり、天気予報・防災情報提供システムの開発による災害被害の最少化という形で、実際に社会に還元できる。」と、説明します。
また、大学院時代のアルゼンチン人の恩師との出会いに始まった自身の研究とアルゼンチンへの思いを背景に、「日本の若い研究者が現地に長期滞在して活動することで、海外の若い研究者との交友関係が構築でき、事業終了後の研究継続にも期待が持てる。世代をつないでいくにあたってもSATREPSは重要な役割を果たしている。」と、学術的・社会的意義にとどまらないやりがいについても言及します。
また、三好氏は、「気象災害予測は人々の命に直結する。一人でも多くの命を救えるように本事業が実を結んでほしいと思う。理不尽な災害による被害を少しでも軽減するのに科学の力が役に立つよう協力したい。」と今後の展望を語ります。
注1 用語解説を参照。
