匠の技術、世界へ 1
日本の中堅企業のチャレンジがラオスの水事情を改善する
~途上国の小規模都市における水道事業向け浄水装置の普及・実証事業~

本事業により、ボリカムサイ県パクサン地区に整備された浄水場内部。トーケミの社員が、現地職員に浄水装置の運転指導を行っている。(写真:トーケミ)

完成した浄水場で、浄水装置のレベル計のメンテナンス方法を指導している様子(写真:トーケミ)
ラオスでは、2020年までに都市部の水道普及率を80%とすることを国家開発目標として掲(かか)げていますが、2014年末時点での同国都市部の水道普及率は67%にとどまっています。また、良質な地下水源が不足しつつあるため、河川の水を安定的かつ安価に浄化することが喫緊(きっきん)の課題です。
同国中部の小規模都市であるボリカムサイ県パクサン地区も、地下水を利用した水道はあるものの、慢性的な水不足に悩まされており、また、地下水に含まれているカルシウムなどの不純物が完全に取り除けないなど、水質にも問題がありました。そこで、大阪に本社を置く株式会社トーケミは、同地区において、JICAの中小企業海外展開支援事業(現行の中小企業・SDGsビジネス支援事業)の枠組みを利用して、2015年6月から2018年5月まで、河川の水を水道水として利用できるようにする浄水装置の導入に向け、その有用性を確認するための普及・実証事業を実施しました。
同社は、水処理会社や浄水場にろ過材やろ過装置の販売を行っている資機材供給メーカーですが、日本では水道普及率が99%を超え、今後は維持管理の仕事が中心になるなど、国内市場の伸びが期待できない中、水道が十分に整備されていない開発途上国でのビジネスチャンスを探していました。ラオスでの事業開始の経緯について、細谷卓也(ほそたにたくや)トーケミ専務取締役は以下のように語ります。
「アジアの中でも発展している中国やタイ、ベトナムといった国々には、日本の水処理会社がすでに進出していましたが、ラオスはインドシナ半島の内陸国で市場が小さいことから、日本企業はまだ進出していませんでした。そのため、当社が水処理装置そのものを提供することでビジネスチャンスにつながると判断し、ラオスでの事業実施を決めました。」
こうして始まった本事業ですが、課題となったのは、メコン川に代表されるラオスの河川では、雨季の降雨時に水源となる河川の水のにごりの度合いが大幅に悪化するため、日本の水道に採用されている一般的な浄水システムでは適切な浄水ができないという問題でした。一般的な浄水システムでは、にごりの主原因である泥の沈殿を促進するために薬剤が注入されます。にごりの度合いが極めて高い場合は、日本では使用が禁止されているポリマーという化合物を使用した薬剤の注入が検討されますが、多量に摂取すると人体に影響が生じてしまいます。
そこでトーケミは、一般的な浄水システムの工程を、同社独自の技術である、ろ過の工程の前処理に特殊な繊維を利用した「繊維ろ過」を設置することによって、ポリマーを使用せず、他の薬剤の使用量も減らして浄水することに成功しました。
約3年間に及んだ本事業により、1日平均800トン、年間累積約30万トンの浄水を近隣地域の住民に供給できるようになりました。これは、約1,000世帯(約6,600人)分の消費量であり、この地域の水道普及率を69%から88%に押し上げることにもつながりました。また、トーケミの浄水装置により、川の水を水源としたきれいな水が大量に使えるようになったことで、水質に問題のあった地下水の使用量が減り、水道水の水質の問題も解決されました。地域住民からは、「水道が来た」、「24時間いつでも水が使えて嬉しい」、「新しい水で皿を洗うととてもきれいになる」、「洗った後の髪の毛がサラサラになるのを初めて体験した」など、喜びの声が相次ぎました。
トーケミが本事業を通じて特に重視したこととして、現地のリソースやマンパワーの活用が挙げられます。たとえば、ラオス国内で作れるものはできる限り現地で調達することで、日本からの部品の輸送コストを抑えると同時に、現地での雇用を生み出すことに成功しました。また、浄水装置の設置後の維持管理のため、ボリカムサイ県水道公社の職員3名に対し、装置の運転およびメンテナンスに関する技術移転も実施しました。事業終了後の現在も、トーケミは、現地の代理店などを通じてメンテナンスのサポートを行っており、装置の適正かつ順調な運転が続いています。今後は現地で、技術者をはじめとする人材の育成に取り組むことも検討しているといいます。こうした現地の雇用創出や、事業終了後の適正な運営を重視した取組は、現地の水道局や中央政府からも高い評価を受けており、事業終了後、ボリカムサイ県水道局から、ろ過装置の受注を受けるなど、ラオス国内でのビジネス展開も始まっています。
細谷専務取締役は、今回の取組を通じて、トーケミ側にもたらされた成果を次のように語ってくれました。
「ビジネス展開もまだ道半ばで、一筋縄ではいかずに苦労しています。しかし、日本国内では期待できない大きな市場に魅力を感じており、今後は浄水装置に関連する様々な製品の販売を含めて、総合的にビジネスを展開したいと思います。また、私ども社員も、自社の製品が途上国で利用され、現地の人々に感謝されることに喜びを感じており、日々の仕事のモチベーション向上につながっています。さらに、海外での業務を志望理由に入社を希望する女性や若者も増えるなど、ラオスでの事業は当社にたくさんの良い影響を与えてくれていると感じています。」