重点政策・分野別政策 分野別開発政策

人間の安全保障シンポジウム
「~アジアにおける人間の安全保障の実現~」
(概要と評価)

平成22年2月23日

1.概要

 2月23日、東京大学駒場キャンパス学際交流ホールにおいて、「人間の安全保障シンポジウム~アジアにおける人間の安全保障の実現~」(外務省及び東京大学「人間の安全保障」プログラム共催)が開催された。今回のシンポジウムは、アジアにおける現場での取組(人間の安全保障基金プロジェクト)を紹介し、アジアにおける人間の安全保障の更なる推進に向けた課題及び今後の地域機関との協力のあり方について幅広く議論を行うことを目的として開かれたものである。

2.評価

  • シンポジウムの各セッションを通じて、アジアにおいて人間の安全保障を推進するニーズがあり、また、重要であることが確認された。
  • 人間の安全保障の実現に向け国連機関で活躍している日本人職員の活動を紹介することで、国連機関を通じた支援の意義や多国間援助における日本の「顔」を参加者に示すことができた。
  • アジアにおける人間の安全保障基金プロジェクトを紹介した第2セッションでは、質疑応答において活発な意見交換が行われ、現場の視点から人間の安全保障の実現の重要性や意義、困難な点等が明確になったことは、今後、人間の安全保障を一層推進する上で有意義であった。
  • 日本国内で人間の安全保障の概念普及を一層進めるためには、日本人に馴染みのある事柄に結びつけた分かりやすい広報や援助実施機関、研究機関、報道関係機等との積極的な連携に努めていくことが重要であるとの認識が共有された。
  • 今回のシンポジウムにおいて人間の安全保障の実現に向けたASEANの取組などが示されたことを受け、人間の安全保障の概念普及及び現場における実現に向けた日ASEAN間の協力推進を図っていくことが重要。

3.各セッションのポイント

(1)冒頭挨拶

 西村・外務大臣政務官から、人間の安全保障の推進に向けた日本の取組を紹介し、人間の安全保障の推進に向けて引き続き取り組んでいく旨言及した。
 田中・東京大学副学長から、東大がグローバル・キャンパスを目指す上で本シンポジウムを東大で開催する意義は大きい旨言及した。
 スリンASEAN事務総長はビデオ・メッセージにおいて、国家の安全保障と人間の安全保障は決して対立する概念ではない旨言及した。

(2)第1セッション

 「アジアにおける人間の安全保障の実現に向けて」というテーマの下、ミスランASEAN事務局次長が基調講演を行い、ASEANにおける人間の安全保障の取組として教育、環境、労働、保健、防災、科学技術の分野における取組を紹介した。
 質疑応答では、ミャンマーにおける人間の安全保障の現状をどう思うかとの質問がなされ、ミスラン次長は、ミャンマーはASEANにとって重要であり、同国が孤立してしまうことは望んでおらず、ASEANとしては辛抱強く働きかけていきたい旨回答した。

(3)第2セッション

 「アジアにおける人間の安全保障基金プロジェクトの実施」というテーマの下、アジアで人間の安全保障の実現に向け活動している日本人国連職員のパネリストからプレゼンテーションが行われた。
 小沼FAOアジア太平洋地域代表代理兼FAOタイ常駐代表から、「タイ・メーホンソーンにおける拘置生活の総合的発展」プロジェクトを紹介し、国連機関間の調整は大変だが人間の安全保障基金はDelivering as Oneの実践の機会である等の説明がなされた。
 野田UNDPモンゴル事務所副所長から、「モンゴルにおける不利な立場にある地方の人々に対する人間の安全保障向上のための包括的コミュニティーサービス」プロジェクト等が紹介された。また、タジバクシュ・元パリ政治学院教授の“Human Security in International Organizations: Blessing or Scourge?”を引用しつつ、人間の安全保障の概念が政治化することへの懸念についても言及がなされた。
 中井WFPミャンマー・ラオカイ事務所長から、「国境地域における元ケシ栽培農家及び困窮家庭に対する支援事業」が紹介され、援助機関だけでは人間の安全保障の実現は難しく、何よりコミュニティに自立したいと思わせるよう努力することが人間の安全保障の実現にとり重要である旨の指摘がなされた。
 中山ILOマニラ準地域事務所テクニカルオフィサーから、「帰還したトラフィッキング犠牲者の経済社会的能力強化事業」(実施済み)及び「紛争地域における地域開発を通じた平和、安全、ディースントワークの育成共同事業」(3月から開始)が紹介された。また、複数国連機関の連携は困難ではあるが、One UNを目指す上で国連機関が進んでいくべき方向であるとし、人間の安全保障基金を評価する等の発言がなされた。

 質疑応答では、プロジェクトを実施する上で実施国政府の意に沿わなかった場合にいかに乗り越えてきたかとの質問がなされ、小沼氏から、メーホンソーンの案件において当初プロジェクト実施地域の地方行政機関はミャンマーからの移民を裨益対象者に加えることに反対していたが国境や民族に隔たり無く支援することで地域全体の人間の安全保障が向上する等を約1年かけて説明し、理解を得ることができたとの事例を紹介した。

(4)第3セッション

 「ASEANにおける人間の安全保障の実現に向けた取組」というテーマの下、研究者、メディア及び政府といった異なる立場からアジアにおける人間の安全保障に携わってきたパネリストがプレゼンテーションを行った。

 アイン・ベトナム社会科学アカデミー国際協力局長は、ASEAN地域における人身取引に焦点を当て、人身取引の発生地、経由地そして目的地のすべてにおいて取組を行うことの重要性を指摘し、地域レベルでの取組の必要性を強調した。そして、人身取引を中心としたメコン地域での人間の安全保障対策においては、4つのP(prevention, prosecution, protection and policy)が重要である旨を指摘した。
 旭・東京大学教授は、東ティモールにおける自らの平和構築支援の経験を紹介し、現地の人々及びコミュニティが運転席に座って平和構築を進めていくことが重要だが、実際は現地のオーナーシップが欠けていたり能力が不足していたりという問題がある旨を指摘した。その上で、人間の安全保障は再出発を目指す国のニーズに合致していると述べた。
 プランパン・タイ社会開発・人間の安全保障省政策戦略局国際問題上級事務官からは、タイ政府において社会開発・人間の安全保障省が設立された経緯及び人間の安全保障ネットワークを通じたタイ政府の取組を紹介した。また、現在作成中のタイの人間の安全保障に関する報告書も紹介した。
 道傳NHK解説委員からは、インドネシアにおける母子手帳(母子保健の改善)及びカンボジアへの絵本の提供(児童の識字率の改善)に関する報道を紹介し、人間の安全保障の意義について説明がなされた。また、人間の安全保障に関する報道が年間59件しかないことを指摘し、人間の安全保障に関する報道が少ない理由として、人間の安全保障という言葉が限られた時間・紙面の中でヘッドラインとして用いるには理解しづらいこと、メディアの体制が縦割りであり、地球規模課題を包括的に取り扱う体制になっていないことを挙げた。
 鹿取・外務省ASEAN関連日本政府代表は、人間の安全保障は実践的な概念であり、本概念の存在が現場の人に焦点を当てようという意識を生むきっかけになったのではないかと指摘した。また、ASEANが作成・発表した文書を示しつつ、人間に焦点を当てること等ASEANにおいて人間の安全保障のとるアプローチがとられていることなどを紹介した。

(5)第4セッション

 「アジアにおける人間の安全保障実現に向けたASEANとの協力」というテーマで、まずは恒川JICA研究所長から本日のシンポジウムのテーマに関して説明を行った後、司会の植野・外務省地球規模課題総括課長とともに会場からの質問に答えた。

 恒川所長からは、JICA研究所は「ASEAN統合における人間の安全保障の主流化:その可能性と展望」というテーマで研究を行っていることを紹介。また、1)貧困、2)非伝統的な安全保障、3)紛争や危機の後の脆弱性、4)新たな社会問題(問題が新しすぎて、政府に政策面でのノウハウがまだ無い事柄)の4つの側面において、アジアにおいて人間の安全保障の重要性が高まっている旨等が指摘された。
 質疑応答では、日本には東大の「人間の安全保障」プログラムや人間の安全保障を研究している大学の間のコンソーシアムがあるが、同コンソーシアムとASEAN諸国で人間の安全保障を研究している大学との間でのネットワークを構築できないかとの質問・要望があった。これに対して恒川所長から、人間の安全保障につき理論を議論するというよりは、program-orientedな具体的な事象を核として、日本人研究者だけでは研究しきれない具体的な事柄に付き現地のASEAN地域にいる研究者と協力していくことは可能であろうとの回答がなされた。また、植野課長からは、外務省はアカデミズムと現場をつなげることを重視しており、日本国内における人間の安全保障の概念普及やアジアにおける同概念の実現に向けて具体的な提案を歓迎する旨の回答があった。

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