重点政策・分野別政策 分野別開発政策

人間の安全保障国際シンポジウム
-国際社会が様々な脅威に直面する時代におけるその役割-
(概要)

 

平成15年2月28日


 2月25日、赤坂プリンスホテルにおいて、外務省主催により「国際社会が様々な脅威に直面する時代におけるその役割」をテーマに、人間の安全保障委員会委員、内外有識者等関係者の参加を得て国際シンポジウムが開催された。
 冒頭、土屋大臣政務官より開会挨拶が行われた後、アナン国連事務総長からのメッセージが代読された。また、シンポジウムの締めくくりには、川口大臣が人間の安全保障の重要性と今後の日本政府の取組について挨拶を行った。

I.意義 


 本シンポジウムは、2月23日、24日に開催された人間の安全保障委員会第5回会合において委員会の最終報告書が合意されたことを受け、報告書の概要について委員会側から説明すると共に、特に報告書の提言に関し、日本を含む国際社会が取るべき方策について委員会委員及び関係者が議論を行った点、時宜を得たものであった。
 シンポジウムには約1,000人の聴衆が参加し、「人間の安全保障への理解が深まりその重要性に気づかされた」「日本の積極的な取組に勇気づけられた」等の声が多く聞かれた。人間の安全保障を外交の重要な視点の一つとして位置づけ、国際社会への普及に努めている日本政府の取組に対し、参加者の理解を進め、支持を得るとの観点からも成果があった。

II.各セッションの議論 

1.第1セッション「紛争下の人間の安全保障」

司会進行: 横田洋三中央大学教授

リードオフ : 緒方貞子共同議長

パネリスト : ブロニスワフ・ゲレメック委員(歴史学者、前ポーランド外相)
ソニア・ピカード委員(米州人権機構議長)
スリン・ピスワン委員(下院議員、前タイ外相)

【概要】


(1) 冒頭、緒方共同議長よりリードオフが行われた。

  • グローバル化の進展により、国家の安全保障だけでは人々を守ることができなくなっており、人々のエンパワーメント(能力強化)というボトムアップと、司法等、制度の整備というトップダウンの両者を組み合わせることで人間の安全保障を実現することが重要。
  • 紛争に関する問題として3つの分野-紛争下の人々、移動する人々、紛争から平和への移行における人々-の保護とエンパワーメントが重要。
  • 国際組織、市民社会と協力しつつ、グローバルな協同が必要。

(2) 引き続きゲレメック委員、ピカード委員、スリン委員より、それぞれ、東欧諸国、中南米諸国、東南アジア諸国の例をひきつつ発言があった。

 (イ)ゲレメック委員

  • 紛争予防の問題は武装解除の問題と直結している。
  • 紛争中であっても人道法などの規範が継続的に適用されなければならない。
  • 国民の和解という最も困難な問題を達成するためには、国際・国内政治から憎しみを排除しようという集団の意識が必要。

 (ロ)ピカード委員

  • 中南米諸国での実例として、国家の安全保障という名目の下で人権侵害が行われることがあり、その場合は国家の安全保障は恐怖と同義。人間の安全保障と人権の問題は重要。

 (ハ)スリン委員

  • 紛争後に法と秩序を取り戻す方途として、国際社会の協力や、保健・医療サービス等の社会的制度の構築、信頼醸成措置等が重要。
  • 人間の安全保障を進めていくのは私たち自身であることを強調。

(3) 引き続き、委員からの追加的コメントと会場からの質疑応答が行われ、人間の安全保障を実現するための軍事的介入は許されるのか、国家の主権を損なうとの危惧からアジア諸国で人間の安全保障概念を受け入れるのは困難ではないか、等について議論が行われた。

2.第2セッション「開発と人間の安全保障」

司会進行 : 高島肇久外務報道官

リードオフ : アマルティア・セン共同議長

パネリスト : リンカン・チェン委員(ハーバード大学ケネディスクール、グローバル・エクイティ・イニシアティヴ所長)
ブロニスワフ・ゲレメック委員
ピーター・サザランド委員(元GATT・WTO事務局長、ゴールドマン・サックス・インターナショナル社長)
カールマーン・ミジェイ国連開発計画(UNDP)ヨーロッパCIS局長

【概要】

(1) 冒頭、セン共同議長よりリードオフが行われた。

  • 開発の観点から保健の取組をとらえる必要がある。
  • 教育と結びついている安全の欠如(insecurity)について考える必要がある。また、教育を考える際には教育機関の提供と教育内容の両方からみる必要がある。
  • 委員会の報告書は現在の世界の状況を否定的にとらえるのではなく膨大な機会があるという見方をしている。
  • 世界に存在する問題をグローバル・コミュニケーションによりどう解決していくか、世界の人々が協力して取り組む必要がある。
  • 報告書の中では、教育、ヘルス・サービス、適正価格の薬の入手、病気治療のための薬品の開発など途上国が直面する問題にどう取り組んでいくかについて言及している。
  • 私たちは、機会をうまくつかめば安全の欠如を克服できる世界に生きており、いかなる問題にどのように取り組めば安全保障の欠如を克服できるかを報告書は示唆している。他の人々ができないことを、それらをできる人々が行うことが、同じ世界に住む人間としての責任であり、個々人だけではなく、コミュニティレベル、国レベル、多国間レベル、グローバルレベルで問題に取り組んでいく必要がある。

(2) 引き続き、チェン委員、サザランド委員、ミジェイUNDP局長、ゲレメック委員が発言を行った。

 (イ)チェン委員

  • 保健は生命の可能性とともに人間の安全保障を達成する手段であり、人間の安全保障の目標である。
  • 報告書は、保健と人間の安全保障の関係を3つの分野-(1)エイズなどの感染症の問題、(2)予防接種で防止できる子供の病気や貧困層の女性の健康など貧困と関連した脅威、(3)紛争に関連する保健問題-で捉えており、これらの保健問題に取り組むにあたり委員会は実践的な戦術として、市民社会、ビジネス界、その他のグループを含めたグローバル・コミュニティを動員することを提言している。
  • 今や相互依存の時代であり、委員会は保健と人間の安全保障がグローバル・アジェンダとなることを望んでいると発言した。

 (ロ)サザランド委員

  • マルチラテラリズムと人間の安全保障の観点からは、人類の将来に向けて開発を促進していく原理に基づく決定を行う機関が必要であり、保健や貧困といった大きな課題に取り組む際は、一国主義ではなく、マルチラテラリズムの構造の中で行われていくことを望んでいる。
  • 知的財産権については難しい問題があるが、貿易自由化への前向きなステップとしてとらえるべき。また、途上国の発展の機会となるよう農産物、繊維を扱うべきだ。

 (ハ)ミジェイUNDP局長

  • 人間の安全保障の実現について開発問題の観点から国際的メカニズムがどう取り組んでいくかについては、人間の安全保障を実現するために主権国家の中で国際社会がどう関わっていけるのか、また長期的には、国内における民族間の差別をどう国際社会が克服していくかが問題となる。
  • 報告書は、無償供与を強調することはしていないが、過剰な無償供与を排除していく必要があり、国連機関や国際機関は無償供与に頼りすぎる傾向があるが、依存の罠をいかに避けるかを考えることは重要。

 (ニ)ゲレメック委員

  • 教育は人間の安全保障において重要であり、全ての人が基礎教育を受けられるようにすることが優先事項であり、教育の内容については、人権の尊重、お互いの尊重、予防政策としての憎悪についての教育が重要。

(3) 質疑応答では、報告書における水問題の取扱、宗教、民族の多様性の教育方法、人間の安全保障の実現にあたり日本のNGOが行うべき活動等について議論が行われた。

3.第3セッション「理論と実践」

(人間の安全保障の実践例の紹介と現実への適用:アウトリーチ報告)

司会進行 : 山本正日本国際交流センター理事長

リードオフ : ソニア・ピカード委員
スリン・ピスワン委員

パネリスト : 武見敬三参議院議員(元外務政務次官)
カールマーン・ミジェイ局長
石川薫外務省国際社会協力部長

【概要】

(1) 冒頭、スリン委員及びピカード委員よりリードオフが行われた。

 (イ)スリン委員

  • グローバル化に伴って協力関係の方程式が変化し、NGO等市民社会がプレイヤーとして参画するようになった。NGO等は選出された正当な代表ではないとの指摘はあるも、彼らはしっかりしたパートナーであり、草の根レベルこそ人間の安全保障の考え方の重要な構成員である。

 (ロ)ピカード委員

  • 途上国開発援助において効率が重視されているが、公平の観点も必要であり、特に大きな負担を強いられている女性の問題に対処するため、女性の教育、保健プログラムが大切である。

(2) 引き続き、武見参議院議員、石川国際社会部長、ミジェイUNDP局長が発言を行った。

 (イ)武見参議院議員

  • 人間の安全保障委員会最終報告書は、国際社会に対する具体的な知的貢献であり、我が国ODA実施の骨格をなす概念を形成する大きな意義を有する。
  • 人間の安全保障の考え方に基づきODAの縦割り行政を廃し、受益者に近いネットワークとの連携をめざすODAの現地化が促進されるべき。

 (ロ)石川国際社会協力部長(発言)

  • 人間の安全保障の概念を行動に移すことが重要であり、人間の安全保障の考え方を広報・浸透させるとともに、その考え方を世界に提言していく中で、各国政府、国連機関、市民社会との連携を図りつつ、具体的な行動を積み重ねながら発信していくことが極めて重要。

 (ハ)ミジェイUNDP局長

  • (東欧CISにおいて人間の安全保障基金から支援を受けたUNDPプロジェクトの具体例を紹介しつつ)人間の安全保障の概念とミレニアム開発目標とのリンケージを追求することで得られる利益は大きいものとなろう。

(3) 質疑応答では、伝統的な国家の安全保障との概念整理、特に人間の安全保障の考え方からテロリズムにどのようにアプローチすべきか、NGOの専門性を高め信頼関係を築くためにはどのような努力が必要か、人間の安全保障を計測する上で何らかの尺度がありうるのか等につき議論がされた。

4.総括・取りまとめ

 緒方共同議長より、シンポジウムでの議論を要旨以下の通り取りまとめる発言(英語)があった。

(1) 人間の安全保障は、国際環境が変化し国家主権が弱くなっている中で、国際社会におけるアクターの相互依存性を念頭においた新しい概念である。

(2) 国家の安全保障を代替するものではなく、「人々を中核におく」「あなたと私」の安全保障である。個人、社会、コミュニティの安全保障である。コミュニティ・レベルの安全保障では、ジェンダーの視点が強調されるべきで、そのためには上からの保護と、下からの能力強化が必要。

(3) 政治的・経済的・社会的な人権の尊重は、人間の安全保障の考え方の中核にある。

(4) 紛争の予防、生活悪化の予防、貧困の予防は主要な要素である。

(5) 世界各地のいろいろな経験を踏まえつつ、人間の安全保障の考え方を政策目標に据えるべきである。その際には、難民・避難民問題、麻薬不正取引、感染症等の脅威に脅かされている人々や、紛争から平和への移行期に対する支援が重点となる。

(6) 国家主権だけでは、最早国際社会の直面する諸問題の答にならず、人間の安全保障という考え方を発信し浸透させていくためには、多くのプレイヤーの参加が必要であり、政府のほか、NGOや企業の貢献が重要。

(7) 多国間主義は未だ弱々しい歩みであるが、人間の安全保障を実践に移すためには多国間主義的な協力関係が不可欠。

(8) 日本のイニシアティブにより人間の安全保障を推進しようとすることで、日本のODAも質的に改善されることが期待される。縦割りを廃止し、現場にできるだけ近い場所で援助実務が行われるべきである。

このページのトップへ戻る
目次へ戻る