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モロッコの女性健康手帳-女性自身の健康管理のために

日本の経験が途上国を変える

 日本の経験を途上国発展に活かした好例として、母子健康手帳がインドネシア他のサイトヘなどアジア諸国だけでなくパレスチナ他のサイトヘでも導入されていることはご存知の方もいるだろう。
いま、母子手帳の理念は、各国の事情に適した形で活かされ、進化している。

世界各地で進化する母子健康手帳~モロッコの女性手帳へ~

 2004年、我が国の無償資金協力の実施に伴い、研修(研修先・日本赤十字九州国際看護大学他のサイトヘ)のため来日したモロッコ人医師の研修員トゥーリーさん(Dr. Fatima Tsouli)が日本の経験の中から見つけ出したのが、母子健康手帳だった。帰国後、彼女は日本の母子健康手帳を参考に、自分のアイデアも織り交ぜ、女性自身のための健康手帳を作りたいと報告書を提出した。この報告書を目にした保健省大臣が賛同し、日本からの専門家と日本での研修から帰国したモロッコ人研修員たちが協同して原案を作成、UNFPA(国連人口基金)から200万円の資金を獲得した。そして、研修員らによって半年間に渡る試行が繰り返された後、現在のかたちとなる女性健康手帳が出来上がった。

 その後、全国普及に向けての活動が始まる。モロッコ国内にあるNGOのUNFM(Unions Nationale des Femmes Marocaines)に支援を要請したところ、同NGOの総裁を務めるララ・マリアム王女(Princess Lalla Mariam)の協力が実現。王女自身がメッセージを発信するキャンペーンが推し進められ、テレビ、ポスターなどで広く住民に認知されることになった。現在全国の街角の薬局や本・文房具店で、一冊5.3ディハルム(約60円)で市販され、今では市民の身近な存在となり、妊婦検診時の持参率も急速に増えているという。特に、無償資金協力の対象地域であったメクネスやセフロなどの都市部では関係者の意識が高く、100%近くの妊産婦が手帳を持参している。

 モロッコの女性健康手帳の内容 (写真提供:JICA)

モロッコの女性健康手帳の内容 モロッコの女性健康手帳の内容

  • 基本情報・既往歴・月経の経過・ワクチンの記録など
  • 家族計画や避妊法の記録
  • 妊娠・出産の記録(3回までの記録欄あり)
  • 乳房・子宮口の検査の記録欄
  • 定期妊婦検診以外に受診した場合の記録欄
  • 外科的医療に関わる受診をした場合の記録欄
  • 慢性疾患に関わる受診をした場合の記録欄
  • 更年期以降、閉経などに関わる受診の記録
  • 女性の健康に関する情報やメッセージ

 日本の母子健康手帳が1回の出産に対して1冊発行されるのに対し、モロッコで開発された「女性健康手帳」は、女性の一生涯をサポートする内容であることに特徴がある。対象は15歳以上、または妊娠している女性。モロッコでは、従来から子どもの予防接種を記録する手帳は存在するが、この女性健康手帳は、女性が女性として自覚し、周囲にも尊重されることを願って作成された。女性自身の健康管理、自己管理に役立つ。

 モロッコの母子保健の最大の課題は妊産婦の死亡率の高さ。モロッコの妊産婦死亡率は出生10万対267(2005年)で日本の約30倍であり、とりわけ農村部では都市部と比較し、状況が劣悪であり国内でも地域格差が著しい。モロッコにおける妊産婦の死亡原因の半数近くは出血によるものであるが、都市部では高度な医療サービスを提供できる施設での分娩が7割を越えているため、緊急時の対応がある程度可能である。しかし、村落部では、公的医療機関の設備、技術水準が低く、伝統的産婆による自宅分娩が主流となっているため、出血など異常への対応が困難である。

 こうした状況下、女性健康手帳の導入により、血液型が一目で分かり、輸血が必要なケースなどでの対応が早くなった、或いは、妊娠中の経過が分かるようになったことで問題の早期発見等妊産婦へのケアの質が向上し、助産師の負担も軽くなった等の具体的改善点が報告されている。

 前述した無償資金協力に続き2004年からはJICAの技術協力プロジェクト「地方村落妊産婦ケア改善プロジェクト」が実施された。同プロジェクトは、2007年度に終了しているが、日本人専門家は現在も女性健康手帳を活用しながらモロッコの母子保健分野における支援を継続している。

母子健康手帳や女性健康手帳の普及が保健システムと住民を結ぶ

 母子手帳や女性手帳の導入は、単に配布するだけでは失敗に終わる危険性が高い。保健所の設置およびアクセス、保健医療従事者の育成といった保健システムの向上や母親の識字率の改善とあいまってこそ効果が発揮されるものであり、手帳が実際に定着するためには、使い方を説明する場やスタッフ等が必要となる。
例えばモロッコのケースを例にとると、2006年2月メクネス県において、パイロット的に母親学級を導入した。これは、同プロジェクトの一環で福岡県宗像市の実施する「たまご学級(母親学級)他のサイトヘ」からヒントを得た帰国研修員が、自分たち流にアレンジをしたもの。現在メクネス県の母親学級は「TAMAGO」の愛称で呼ばれており、女性健康手帳とともに、包括的なケアの観点から母子の健康増進の活動が行われている。妊産婦の間では、妊娠中の注意点やお産のときのリラックス方法などを知ることができる、と評判が良い。母親学級の開催されている地域の方が他の地域に比べて手帳の普及率が高いとの報告もある。
母子健康手帳や女性健康手帳は、健康一般についての母親の知識を高め、医療従事者側で母子の健康利益を把握することにより、妊産婦死亡率、乳幼児死亡率を改善させることができるという点で優れた制度といえる。

母親学級の様子。
参加した妊婦さんたちが医療者の話を集中して聞いている。
ここに来る女性たちはほぼ全員が女性健康手帳を持っているが、
利点等を伝えることで使用を浸透させることができる。
また、知り合いの女性へ情報を広めてもらう機会にもなっている。
(写真提供:JICA)

 モロッコで母子保健分野の支援に携わっている和田専門家によると、この数年で、日本で研修を受けたモロッコ保健省関係者は100人以上に達している。これらの研修員によって、日本の経験を生かしたツールである女性健康手帳は根付き始めている。

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