I.背景
国連環境開発特別総会における橋本総理大臣による発表
我が国の環境ODAは、UNCEDの際に表明された「92年より5年間で、9000億円から1兆円を目途として大幅に拡充・強化する」という野心的目標を、さらに4割以上も上回る約1兆4400億円(約133億ドル)の実績をこの5年間で達成している。こうした経験を踏まえ、本年6月の国連環境開発特別総会において橋本総理大臣より、ODAを中心とした環境協力の包括的な中長期的構想として「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」が発表され、その行動計画において、温暖化に関する支援が記されている。また、省エネルギー技術等温暖化対策技術の開発と途上国への普及を先進国間により進める「グリーン・イニシアティブ」が提唱された。
我が国は、本年12月に、京都において開催される気候変動枠組み条約第3回締約国会議の議長国として、ODAを中心とした途上国への支援を一層強化するために、温暖化専門家の助力を得て、「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」の温暖化対策途上国支援として、「京都イニシアティブ」をとりまとめた。
II.京都イニシアティブの内容
1.理念
すでに、我が国のODAによる環境協力の理念は、ISD構想において明らかされているが、温暖化対策協力についても、次の理念に基づいて行われる。
(1)人類の安全保障(Global Human Security)
環境問題、特に地球規模でその影響が懸念されている地球温暖化問題は、人類生存の脅威であり、広い意味での安全保障の問題である。
(2)自助努力と連帯(Ownership & Partnership)
地球温暖化問題については先進国が率先して取り組むことは当然であるが、2010年以降には、途上国の温室効果ガスが先進国を上回るとのIPCC予測もあり、今後は途上国における温暖化対策も重要な課題になってくる。
温暖化問題は、その国の産業構造、ライフスタイルに根ざした問題であり、各国の主体的な取り組みが肝要であるが、地球的視野から考えれば、温暖化問題解決のため先進国が積極的に途上国の取り組みに対して協力することが必要である。先進国はこうした途上国の自助努力を支援し、「人造り」等の途上国自身の温暖化問題に対する対処能力向上に協力する必要がある。
(3)持続可能な開発(Sustainable Development)
世界全体が取り組むべき共通の課題として、温暖化対策を含めた地球環境の保全を図りつつ、持続可能な開発を実現することがある。そのために、先進国が、個々の途上国の置かれている経済・社会状況を勘案しつつ、開発と環境保全の両立を目指し、温暖化対策と経済開発の双方に資する適切な技術移転や資金協力を実施していくことが重要である。
また、貧困が環境破壊の要因となっている国については、環境対策を講じつつ経済開発を進め、貧困からの脱却を図るための支援を行う必要がある。
2.温暖化対策協力に関する考え方
(1)地球温暖化と公害問題等との相違
我が国は、近年公害分野におけるODA協力を積極的に進め実績を積んできているが、温暖化対策については、公害分野に比べより広範な取り組みが必要とされる。今後温暖化対策協力を進めるにあたり、念頭におくべき公害問題対策との相違は、以下のとおりである。
1)温室効果ガスは人体に対し健康上の影響を直ちに及ぼすものではないが、温暖化の影響は後世にわたり地球環境に深刻な変化を生じさせる。さらに、この影響は、地球全体に渡る不可逆的なものと考えられ、影響が起きてから対策を行うのでは遅すぎる。このため、問題が深刻化する前に対策を行っていく必要がある。
2)温室効果ガスは、特定の産業・民生活動から排出されるのではなく、人類の諸活動に伴って生じるものであり、その対策を行う際の対象は産業構造や人々のライフスタイルも含め広範なものとなる。このような性質を持つため、我が国において従来の公害対策でとってきた、特定種類の比較的限られた排出源に対する規制手法だけでは対応が困難であり、またODAによる協力のみでは、広範にわたる対象に対し成果を挙げることは難しく、幅広い民間部門における対策の支援・推進を行う必要がある。
3)一方、我が国の公害・省エネ対策の過程において、経済発展に良い影響を与える側面があったことが、温暖化対策にもあてはまることも見逃してはならない。こうした環境対策を行う際には、短期的には投資の増加をもたらし、長期的にはより効率的な技術の進歩が期待され、経済の基盤となる資源やエネルギーの効率的利用にも役立つものである。この過程で環境産業という新たな産業も育成されることとなる。
(2)温暖化対策協力の現状・方向
我が国のODAにおける温暖化分野の協力については、既に本邦における研修等において協力が始められている。我が国としては、この「京都イニシアティブ」に沿って、途上国との政策対話を進めつつ、温暖化対策協力に積極的に取り組んでいく考えである。その際、現に途上国において生じつつあり、途上国にとっても比較的優先順位の高い公害問題・エネルギー問題等に対処しつつ、こうした取り組みに温暖化対策としての視点を入れながら、プロジェクトを行っていく必要がある。
また、温暖化対策分野の協力にあたっては、二国間協力のみならず、国際機関を通じたマルチの支援の役割も重要である。即ち、気候変動枠組条約上の資金メカニズムであるGEF(地球環境ファシリティー)を構成している世界銀行、UNDP、UNEPやアジア開発銀行等の国際開発金融機関は、それぞれの知見を活かした技術・資金支援を行っており、我が国も、これら組織の主要なドナーとして、こうした基金、機関へ引き続き積極的な支援を行っていくこととする。
3.京都イニシアティブの3つの柱
我が国は、上記のような考え方をもとに、特に次の(1)~(3)の3つの柱を中心に途上国の温暖化問題に対する協力を進めていく。(これらの柱を含むより広い協力メニューについては、別添参照)
(1)「人づくり」への協力
我が国のODAにおける温暖化対策関連分野において、途上国における自助努力(Ownership)を強化するために、平成10年度から5年間で、3000人の温暖化対策関連分野の人材を育成する。
1)大気汚染(温暖化対策を直接の目的とするものを含む)
2)廃棄物
3)省エネルギー
4)森林の保全・造成
上記の分野について、JICA(国際協力事業団)を中心として研修・専門家派遣を行い、途上国の政府及び企業の指導層への意識啓発を念頭におき、途上国の人材育成に協力する。
(2)最優遇条件(金利0.75%、償還期間40年)による円借款
途上国が温暖化問題に対処しながら持続可能な開発を達成するために、温暖化対策を目的として、円借款を行う際には、国際的に最も譲許的な条件である金利0.75%、償還期間40年で行う。また、この対象分野を大幅に拡充した。さらに中進国に対しては、1.8%にまで条件を緩和することを決定した。
最優遇条件が適用される温暖化対策関連分野の主な分野を例示すれば、以下のとおり。
1)省エネルギー
省エネルギー設備の購入・設置
省エネルギー・省資源を目的とした発電所、送配電線、鉄道、工場等の高規格化、リハビリ
地域熱供給
渋滞緩和のための都市大量交通システム(地下鉄、モノレール等)
2)新・再生可能エネルギー
太陽光発電
風力発電
廃棄物発電及び熱利用
太陽熱利用
バイオマスエネルギー
地熱発電
水力発電(環境への負荷が大きくない案件に限る)
天然ガス発電、受入基地及びパイプライン
3)森林の保全・造成
植林、森林保全
4)大気汚染対策
大気汚染防止施設の設置
大気汚染防止のための都市ガス化
その他、地球規模の環境保全の観点から、国境を越えた地域を対象とするプロジェクトを重視することとし、具体的には優良な地域的国際機関等に対して円借款を供与し、地域環境案件を実施する。
(3)我が国の技術・経験(ノウハウ)の活用・移転
我が国の温暖化対策については、今後より一層の努力は必要であるが、これまでの公害・省エネ問題対策を行う過程で温室効果ガスを減少させ、先進国のなかでもより効率的な社会システムに移行してきていると言える。例えば我が国の鉄鋼業について言えば、他の主要先進国を約1割程度上回る高効率で生産している。こうした我が国の技術・経験(ノウハウ)を活用して、途上国の実状に適合した技術の開発・移転、調査団の派遣やワークショップの開催を行う。
1)工場診断調査団の派遣
途上国の工場施設等において、公害や温暖化対策を行いつつ生産性の向上を図るための具体的な工場技術指導や施設改善に対する資金協力の検討を行うために、工場診断を行う専門家調査団を派遣する。
2)温暖化対策技術情報ネットワークの整備
途上国が温暖化対策を行う際に適用可能な温暖化対策技術の情報提供を行うため、既存情報システムを活用しつつ、温暖化対策技術ネットワークの整備を進める。
3)途上国の実状に適合した技術の開発・移転
我が国の優れた環境・エネルギー技術を活用して、途上国における産業・社会の実状に適合した簡易・低コスト型環境・エネルギー技術の開発を行うとともに、途上国における普及を図る。
4)ワークショップの開催
途上国において、政府・民間の指導層や一般大衆の環境意識を高めるため温暖化問題やその対策(省エネ、エネルギー効率の向上等)に関するワークショップを開催する。
なお、技術移転については、二国間の技術協力に積極的に取り組むとともに、世界銀行、アジア開発銀行等の国際開発金融機関やUNDP等が実施する環境関連の技術援助等の強化も重要であり、これらの機関に対し、環境分野への資金面での貢献を拡充する。
前出の「3つの柱」を含み、我が国が今後行いうるODA(無償資金協力、技術協力、有償資金協力等)を中心とした温暖化対策関連分野の全般的な協力内容(例示)を以下に示す。(注:このリストは有償資金協力の環境特利適用範囲を示すものではない)
(1)温暖化対策への人造り・政策支援
1)インベントリー(排出源目録)の作成、国別計画策定支援(研修、専門家派遣)
2)環境保全部局等の強化
3)環境意識向上
学校教育支援、ワークショップの開催
(例えば温暖化対策(省エネ、生産性の向上等ケーススタディー)の紹介を途上国政府及び企業、マスコミに対して行うワークショップ等の開催)
4)研究能力向上・科学的知見の向上
(2)温暖化対策の技術移転・資金協力分野
1)省エネルギー、エネルギー効率向上