人権・人道

ハーグ条約の中央当局の在り方に関する主要論点

平成23年9月14日

1.中央当局の設置(第6条,第7条)

(1)中央当局の指定

 条約第6条第1項に定める中央当局は,外務大臣とする。

(補足説明)

 条約第6条第1項において,締約国は「この条約による中央当局に対して課される義務を履行するため,一の中央当局を指定する」ことが定められている。

 中央当局は,条約の定める協力を円滑に遂行する上で鍵となる重要な組織であり,我が国においてどこに設置すべきか,各国の例も参考にしつつ慎重に検討を行った。その結果,子の福祉を最大限に尊重し,条約を適切に実施する観点から総合的に検討し,中央当局を外務省に置くこととなった。

(2)中央当局の任務

 中央当局は,条約の目的の実現を図るため,条約に定められた中央当局の任務を遂行するべく,国内関係機関から必要な協力を得つつ,全ての適当な措置を迅速にとるものとする。

(補足説明)

 条約第2条は,条約の目的の実現を確保するために全ての適当な措置をとること及び利用可能な手続のうち最も迅速なものを用いることを締約国の義務として定めている。

 また,第7条第1項において,条約の目的を達成するために,中央当局が相互に協力すること及び国内の権限ある当局間の協力を促進することが一般的に定められているほか,同条第2項において,特に,中央当局は,直接に又は仲介者を通じて,次のことのため全ての適当な措置をとることが定められている。

  1. ア 不法に連れ去られ,又は留置されている子の所在を特定すること
  2. イ 暫定措置をとり,又はとらせることによって,子に対する更なる危害又は利害関係者に対する不利益を防止すること
  3. ウ 子の任意の返還を確保し,又は問題の友好的な解決をもたらすこと
  4. エ 望ましい場合には,子の社会的背景に関する情報を交換すること
  5. オ 条約の適用に関連する我が国の法令につき一般的な情報を提供すること
  6. カ 子の返還を得るための司法上若しくは行政上の手続を開始し,又は当該手続の開始について便宜を与えること及び適当な場合には接触の権利の内容を定め,又はその効果的な行使を確保するように取りはからうこと
  7. キ 状況により必要とされる場合には,法律に関する援助及び助言(弁護士その他法律に関する助言者の参加を含む。)を提供し,又はこれらの提供について便宜を与えること
  8. ク 子の安全な返還を確保するための必要かつ適当な行政上の措置を執ること
  9. ケ 条約の実施に関する情報を常に相互に通報し,及びこの条約の適用に対する障害を可能な限り除去すること

 また,第21条第2項においては「接触の権利が平穏に享受されること及び接触の権利の行使に当たり従うべき条件が満たされることを促進するため,第7条に定める協力の義務を負う。中央当局は,接触の権利の行使に対するあらゆる障害を可能な限り除去するための措置をとる」と定めており,接触の権利への配慮も求められている。

 中央当局の在り方について検討するに当たっては,条約により中央当局に対して課された義務を履行し,もって子の利益を保護するという中央当局の設置目的を十分に踏まえ,中央当局が条約上の義務を迅速かつ適切に実施し得るよう,中央当局の任務についての法律の規定振り及び中央当局の運用の在り方について具体的に検討する必要がある。

(3)中央当局の権限

 中央当局は,条約によって定められた中央当局の任務を遂行するためにとる措置に関し,国内関係機関に対し,情報の提供を含むあらゆる必要な協力を求めることができるものとする。

(補足説明)

 ハーグ条約は,いずれかの締約国に不法に連れ去られ,又は留置されている子の迅速な返還を確保し,もって子の利益を保護することを目的としており,これを締約国の中央当局間の協力を通じて実現しようとするものである。

 ハーグ国際私法会議がまとめた「グッドプラクティス集(Guide to Good Practice, Part I-Central Authority Practice)」においては,中央当局がその機能を実効的に果たすためには,適当な人材やリソースとともに,十分広範な権限が必要であるとされている。同時に,各締約国の国内実施法等においては,中央当局が国際的な義務を実効的に履行するに必要な規定を設けなければならないとも記されているところである(p12-13)。

 条約上,中央当局に課された義務について,中央当局が直接措置をとるのか,又は中央当局が国内関係機関(行政機関,地方自治体,関係する民間の団体等)に措置をとらせるのかについては,各国の裁量に委ねられている。よって,中央当局及び関係機関がとるべき措置の内容をそれぞれ明確にした上で,中央当局にはこれらの措置を直接にとる又は関係機関に措置をとらせるために必要な権限が与えられる必要がある。特に,中央当局がとる措置の内容には,子の所在特定のために必要な情報,社会的背景に関する情報等の個人情報の収集等,個人の権利の一定の制限ともなり得る権限が付与される必要がある。そのためにも,条約を実施するための法律には,中央当局に様々な権限を付与することを正当化し得る一般的な目的規定を置く必要があると考えられる。

(4)中央当局に必要な知見,中央当局が担うべき相談機能

 中央当局は,当事者から申請に関する相談を受け,申請方法等について説明を行うとともに,申請を受理した後は,申請者と直接やりとりを行い,条約の趣旨を説明しつつ,子の任意の返還や友好な解決を促し,必要に応じて当事者間の合意形成や面会交流支援を行うために弁護士や外部組織の紹介を行うものとする。具体的な内容や方法については,実施のための政省令又はガイドライン等で定めることとする。

(補足説明)

 中央当局には,ハーグ条約に基づく子の返還あるいは接触の権利に係る申請に当たっての各種相談,指導のほか,申請があった場合の補正,審査,また必要に応じて任意の解決のために当事者又は申請者の常居所地国の中央当局と連絡を取り,必要な情報の提供を行うなどの役割が求められている。しかるに,任意の解決については,私人間の個別具体的な係争に直接関与する事項であることから,外務省が有用なノウハウを持っているとは到底言えない。したがって,中央当局の体制整備において,必要な専門家の配置について検討するほか,子の任意の返還や問題の友好的解決,接触の権利の行使の促進等については,専門的知見を有する外部有識者又は団体にその役割を担ってもらうことが考えられる。例えば,必要に応じて,弁護士リストの提示,法務省によって認証された民間のADR(裁判外紛争解決)機関や面会交流支援団体等を中央当局が紹介することを想定している。

 なお,条約第25条は,締約国の国民又は締約国に常居所を有する者は,他の締約国における国民及び締約国に常居所を有する者と同一の条件で法律に関する援助及び助言を受けることができるものとしている。この担保の在り方については,別途議論する。

2.中央当局に対する子の返還に係る申請

(1)申請があった時の中央当局の対応

 中央当局は,監護の権利を侵害して子が連れ去られ,又は留置されたと主張する個人,施設その他の機関から,当該子の返還を確保するための援助の申請があった時は,申請が条約に定める要件を満たしているか等につき,審査を行うものとする。

 中央当局が審査する要件としては,子が16歳に達していないことや我が国についてハーグ条約の効力が発生する前の事案でないことといったものが考えられるが,あくまで形式的な審査に留めるものとすることでどうか。

(補足説明)

 条約第8条は,監護の権利を侵害して子が連れ去られ,又は留置されたと主張する個人,施設その他の機関は,当該子の常居所の中央当局又は他の締約国の中央当局に対し,当該子の返還を確保するための援助の申請を行うことができるとした上で,当該申請には以下のものを含めるべき旨規定している。

  1. ア 申請者,子及び当該子を連れ去り,又は留置しているとされるものの特定に関する情報
  2. イ 可能な場合には,子の生年月日
  3. ウ 申請者が子の返還を請求する根拠
  4. エ 子の所在及び子と共に所在すると推定される者の特定に関する全ての入手可能な情報
      なお,申請に当たっては,以下のものを添付し,又は以下のものにより補足することができるとしている。
  5. オ 関係する決定又は合意の写しであって証明を受けたもの
  6. カ 子が常居所を有していた国の関係法令に関する証明書又は宣誓供述書であって,当該国の中央当局その他の権限のある当局又は資格を有する者が発行したもの
  7. キ その他の関係文書

(2)受領後の手続

 申請を受領した中央当局は,1)子が自国に所在する場合には,条約第7条に定める任務に着手し,2)子が他の締約国に現に所在すると信ずるに足りる理由がある場合には,当該申請を当該他の締約国の中央当局に直接かつ遅滞なく転達する。我が国中央当局は,要請を行った中央当局又は申請者に対しその旨を通知するものとする。

(補足説明)

 2)について,条約第9条は,「前条で規定する申請を受領した中央当局は,子が他の締約国に現に所在すると信ずるに足りる理由がある場合には,当該申請を当該他の締約国の中央当局に直接かつ遅滞なく転達し,要請を行った中央当局又は申請者に対しその旨を通知する」と定めている。

 なお,出入国記録等により,子が我が国に所在しないことは明らかであるが,子が現に所在する国について特定することができない場合等については,下記(3)のとおり処理することとする。

(3)申請要件欠缺の場合の処理

 申請要件に明らかに欠缺がある場合は,条約上申請を受理する義務を負わない。この場合,中央当局は,その理由を申請者又は当該申請を転達した中央当局に対して直ちに通知するものとする。

(補足説明)

 中央当局になされた申請書類に不備(必要書類の不足,訳文の添付がない等)がある場合,中央当局は,申請者に申請要件を充足するような助言を与える。

 また,明らかに不法性がない場合(第3条),子が十六歳以上である場合(第4条),子の常居所が締約国にはない場合(第4条),条約発効前の事案である場合(第35条)等,条約が定める要件を満たしていないこと又は申請に十分な根拠がない場合,条約第27条に基づき,中央当局は条約上申請を受理する義務を負わない。なお,申請の要件を欠く場合は,中央当局は,その理由を申請者又は当該申請を転達した中央当局に対して欠缺事由を直ちに通知(「9.不服申し立て等」参照)するものとする。

3.子の所在特定(第7条第2項a)

(1)中央当局による情報の取得・関係機関による情報の提供

 子の所在を特定するために必要があると認めるときは,関係行政機関,関係地方公共団体,独立行政法人及び国立大学法人等の長,並びに関係ある民間の団体に対し,情報の提供を求めることができるものとする。

 さらに上記の求めを受けた者は,遅滞なく,中央当局に対し,その情報を提供するものとする。(ただし,民間の団体においては,情報の提供に努めるものとする。)。

(補足説明)

 条約第2条には,条約の目的(いずれかの締約国に不法に連れ去られ,又は留置されている子の迅速な返還を確保すること等)の実現を確保するために「全ての適当な措置をとる」ことが締約国の義務として定められている。また,条約第7条第2項aには,「不法に連れ去られ,又は留置されている子の所在を特定すること」のために中央当局が「全ての適当な措置をとる」ことが定められている。したがって,我が国の中央当局には,我が国に連れ去られた子の所在を特定するために十分な権限が与えられることが必要不可欠となる。これについては,法制審議会ハーグ条約(子の返還手続関係)部会第1回会議においても,ハーグ条約に係る手続を実施するためには,子の所在を特定することが極めて重要な前提である旨の意見が出されているところである。

 申請者からの情報に子と共に所在する者に関する情報が含まれる場合には,当該情報に基づいて,中央当局が子と共に所在すると想定される者に電話,電子メール等で連絡することが想定される。他方で,申請者からの情報のみでは子の所在を特定できない場合には,子の日本への入国事実を確認するための出入国記録,子の現住所を確認するための住民基本台帳や戸籍附票,子の本籍地を確認するための旅券発給申請情報,子の就学に関する情報又は子及び子の監護者の社会給付情報といったものについて,中央当局がこれらの情報を有する関係機関からの情報提供を受け,これらに基づいて子の所在を特定することになると考えられる。

 行政効率の観点から,申請を受けた後に一律かつ同時に全関係機関に情報提供を求めるのではなく,出入国記録,一般旅券発給申請書,戸籍附票,住民票等,所在の特定に直接的に関わる情報をまず取得して子の所在特定を試みることとする。就学情報については,これらの情報を用いてもなお所在を特定できなかった場合に収集することを想定している(照会する順序の詳細については別添参照)。

 また,子の迅速な返還の確保という目的を実現するため,締約国は,利用可能な手続のうち最も迅速なものを用いることが求められている(条約第2条)ところ,中央当局には,必要な情報が遅滞なく提供される必要がある。

 上記の情報提供の要請は,1)行政機関については「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」第8条第1項,2)行政機関ではない団体については「個人情報の保護に関する法律」第23条第1項第1号,3)地方公共団体については各地方公共団体の個人情報の保護に関する条例に,それぞれ目的外利用及び提供の制限の例外として定められている「法令に基づく場合」等に該当すると整理する。

(補足説明)

 中央当局による子の所在の特定に必要な情報の他の行政機関等からの取得については,当該情報を保有する機関からすれば「目的外利用及び提供」に該当するものとなる。個人情報の目的外利用及び提供は「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」,「個人情報の保護に関する法律」や各地方公共団体が制定する個人情報保護条例によって原則として制限されている。他方で,行政機関個人情報保護法第8条第1項,個人情報保護法第23条第1項及び個人情報保護条例の多くは,「法令に基づく場合」(文言は条例により異なる)をその制限の例外として定めている。

 「法令に基づく場合」として,例えば刑事訴訟法第197条,弁護士法第23条の2,総務省設置法第6条第5項などがある。現在検討中の国内担保法に,これらの規定と同様の規定を置いた上で,中央当局から子の所在の特定に必要な情報の提供を求められた関係機関,地方公共団体等は,当該規定を根拠として,子の所在の特定に係る情報を中央当局に提供すると整理すれば,当該情報の提供については,「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」及び「個人情報の保護に関する法律」,並びに,個人情報保護条例のうち,これら法律と同様に「法令に基づく場合」等には例外なく第三者に情報を提供することができることとしているものとの関係で問題が生ずることはない。

 ここで,関係機関・団体が子の所在に係る情報を中央当局に提供するに当たり,本人の同意を必要とすることが適当か否かが論点となり得る。この点については,仮に本人の同意がある場合に限って中央当局に情報が提供される仕組みとすれば,本人の同意がない場合には中央当局に必要な情報が提供されないこととなり,条約が定める「全ての適当な措置をとる」義務を十分に履行したと十分に抗弁できる状況とは言い難く,適当ではないと考えられる。

 また,我が国に所在するTP(子を連れ去った親。Taking Parentの略。子を現に監護する者も含む。以下同じ。)が,DV等を理由とした支援措置(住民票の写し発行の制限等)の対象となっている場合における,個人情報の提供の在り方も問題となり得る。この点についても,上述の本人の同意の有無の場合と同様,仮に,関係機関の長の判断により中央当局に対して情報が提供されない場合があるとすれば,中央当局は「全ての適当な措置をとる」義務の十分な履行の観点から問題があると考えられる。こうした問題への対応については,支援措置の有無を問わず中央当局には必要な情報が与えられるような仕組みとした上で,後述のとおり,LBP(子を連れ去られた親。Left Behind Parentの略。以下同じ。)(及びLBPの所在する国の中央当局)に対して当該情報が共有されない仕組みを作ることにより,DV等の懸念については手当てされるものと考えることが適当と思われる。

 この点,「グッドプラクティス集」においては,「子の所在を試みる中央当局は,他の政府機関から情報を取得し,また関心を有する機関に伝達することが認められるべきである。可能であれば,これらに関する照会は,情報の秘匿に係る法令の適用を除外されるべきである。」と記載されている(p48)。したがって,各国の実行においても,個人情報保護の要請はありつつも,中央当局には子の所在の特定に必要な情報が当該情報を保有する機関から確実に提供されるような仕組みとすることが相当と考えられているものと思料される。

 なお,情報提供の可否につき関係機関の裁量がある場合,当該機関が情報提供行為に係る法的・道義的責任を追及されることも想定される。このため,「中央当局から要請のあった情報について,関係機関は中央当局に提出する」といった情報提供の手続について明確に定める必要がある。

【参照法令】
行政機関個人情報保護法

(利用及び提供の制限)

第八条  行政機関の長は,法令に基づく場合を除き,利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し,又は提供してはならない。

2 前項の規定にかかわらず,行政機関の長は,次の各号のいずれかに該当すると認めるときは,利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し,又は提供することができる。ただし,保有個人情報を利用目的以外の目的のために自ら利用し,又は提供することによって,本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは,この限りでない。

一 本人の同意があるとき,又は本人に提供するとき。

二 行政機関が法令の定める所掌事務の遂行に必要な限度で保有個人情報を内部で利用する場合であって,当該保有個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。

三 他の行政機関,独立行政法人等,地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において,保有個人情報の提供を受ける者が,法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し,かつ,当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。

四 前三号に掲げる場合のほか,専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき,本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき,その他保有個人情報を提供することについて特別の理由のあるとき。

3  前項の規定は,保有個人情報の利用又は提供を制限する他の法令の規定の適用を妨げるものではない。

(第4項 略)

個人情報保護法

(第三者提供の制限)

第二十三条 個人情報取扱事業者は,次に掲げる場合を除くほか,あらかじめ本人の同意を得ないで,個人データを第三者に提供してはならない。

一 法令に基づく場合

二 人の生命,身体又は財産の保護のために必要がある場合であって,本人の同意を得ることが困難であるとき。

三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって,本人の同意を得ることが困難であるとき。

四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって,本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。

(第2項から第5項 略)

東京都個人情報の保護に関する条例

(利用及び提供の制限)

第十条 実施機関は,保有個人情報を取り扱う事務の目的を超えた保有個人情報の当該実施機関内における利用及び当該実施機関以外のものへの提供(以下「目的外利用・提供」という。) をしてはならない。

2 前項の規定にかかわらず,実施機関は,次の各号のいずれかに該当する場合は,目的外利用・提供をすることができる。

一 本人の同意があるとき。

二 法令等に定めがあるとき。

三 出版,報道等により公にされているとき。

四 個人の生命,身体又は財産の安全を守るため,緊急かつやむを得ないと認められるとき。

五 専ら学術研究又は統計の作成のために利用し,又は提供する場合で,本人の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められるとき。

六 同一実施機関内で利用する場合又は国,独立行政法人等,他の地方公共団体,地方独立行政法人若しくは他の実施機関等に提供する場合で,事務に必要な限度で利用し,かつ,利用することに相当な理由があると認められるとき。

3 実施機関は,目的外利用・提供をするときは,本人及び第三者の権利利益を不当に侵害することがないようにしなければならない。

刑事訴訟法

第百九十七条 捜査については,その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し,強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない。

2 捜査については,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

会計検査院法

第三節 検査の方法

第二十四条 会計検査院の検査を受けるものは,会計検査院の定める計算証明の規程により,常時に,計算書(当該計算書に記載すべき事項を記録した電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて,電子計算機による情報処理の用に供されるものとして会計検査院規則で定めるものをいう。次項において同じ。)を含む。以下同じ。)及び証拠書類(当該証拠書類に記載すべき事項を記録した電磁的記録を含む。以下同じ。)を,会計検査院に提出しなければならない。

2 国が所有し又は保管する現金,物品及び有価証券の受払いについては,前項の計算書及び証拠書類に代えて,会計検査院の指定する他の書類(当該書類に記載すべき事項を記録した電磁的記録を含む。)を会計検査院に提出することができる。

第二十五条 会計検査院は,常時又は臨時に職員を派遣して,実地の検査をすることができる。この場合において,実地の検査を受けるものは,これに応じなければならない。

第二十六条 会計検査院は,検査上の必要により検査を受けるものに帳簿,書類その他の資料若しくは報告の提出を求め,又は関係者に質問し若しくは出頭を求めることができる。この場合において,帳簿,書類その他の資料若しくは報告の提出の求めを受け,又は質問され若しくは出頭の求めを受けたものは,これに応じなければならない。

国会法

第百四条 各議院又は各議院の委員会から審査又は調査のため,内閣,官公署その他に対し,必要な報告又は記録の提出を求めたときは,その求めに応じなければならない。

2 内閣又は官公署が前項の求めに応じないときは,その理由を疎明しなければならない。その理由をその議院又は委員会において受諾し得る場合には,内閣又は官公署は,その報告又は記録の提出をする必要がない。

総務省設置法

(勧告及び調査等)

第六条

3 総務大臣は,評価又は監視に関連して,第四条第十九号に規定する業務について,書面により又は実地に調査することができる。この場合において,調査を受けるものは,その調査を拒んではならない。

5 総務大臣は,評価又は監視の実施上の必要により,公私の団体その他の関係者に対し,必要な資料の提出に関し,協力を求めることができる。

(2)中央当局による情報の利用

 中央当局による個人情報の取扱いは,「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」の規定に従って行われなければならないことは当然であるが,その上で,国内担保法案の中に個人情報保護との関係でどのような規定を置くことが適当かについて検討する。

(補足説明)

 中央当局自身も行政機関個人情報保護法の対象となるところ,国内担保法の規定に基づいて中央当局が取得した個人情報の取扱いは,同法の規定に従って行われなければならないことは当然である。

 その上で,前述のとおり,中央当局には,本人の同意や関係機関の長の判断によることなく子の所在の特定に必要な情報が提供される仕組みとすることが適当であると考えられるところ,提供を受けた情報の適正な管理や利用の制限について,国内担保法に関連の規定を置くことが適当ではないかと考えられる。(このような規定を置くことによって,関係機関からの情報の提供がよりスムーズに行われることになると考えられる。)

 行政機関個人情報保護法施行後においては,例えば,「租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律」に,提供を受けた情報の適正な管理及び利用制限について,また,労働関連法規(職業安定法及び船員職業安定法)に,収集した個人情報の扱いについての規定が置かれている。

【参照法令】
行政機関個人情報保護法

(個人情報の保有の制限等)

第三条 行政機関は,個人情報を保有するに当たっては,法令の定める所掌事務を遂行するため必要な場合に限り,かつ,その利用の目的をできる限り特定しなければならない。

2  行政機関は,前項の規定により特定された利用の目的(以下「利用目的」という。)の達成に必要な範囲を超えて,個人情報を保有してはならない。

3 行政機関は,利用目的を変更する場合には,変更前の利用目的と相当の関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律(平成22年3月31日法律第8号)

(適用実態調査情報の適正な管理)

第七条 財務大臣及び前条の規定により適用実態調査情報の提供を受けた行政機関の長又は総務大臣は,適用実態調査情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

(適用実態調査情報の利用制限)

第八条 財務大臣は,第六条の規定による場合を除き,その行った適用実態調査の目的以外の目的のために,適用実態調査情報を自ら利用し,又は提供してはならない。

2 第六条の規定により適用実態調査情報の提供を受けた行政機関の長又は総務大臣は,その提供を受けた目的以外の目的のために,当該適用実態調査情報を自ら利用し,又は提供してはならない。

職業安定法

(求職者等の個人情報の取扱い)

第五条の四 公共職業安定所等は,それぞれ,その業務に関し,求職者,募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し,保管し,又は使用するに当たつては,その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し,並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し,及び使用しなければならない。ただし,本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は,この限りでない。

2 公共職業安定所等は,求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

 我が国中央当局が子の所在を特定するために得た情報については,原則として,申請者及び相手国中央当局に対して提供しないこととする。ただし,申請者又は相手国中央当局から子の所在に関する情報の提供について要請があった場合において,当該要請に相当な理由があると認められるときは,当該情報の提供について子又は子と共に所在する者の同意があり,かつ,当該情報の提供によりこれらの者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められる場合に限り,提供を受ける目的外で当該情報を利用することがないことを確認した上で提供するものとしてはどうか。

(司法手続との関係においては,相手国中央当局及び申請者が子の所在情報を了知せずとも,我が国において子の返還に係る司法手続を開始・遂行することが可能となる仕組みが構築されることが必要となる。)

(補足説明)

 中央当局が子の所在を特定するに当たっては,DV被害者の居住地等がDV加害者に知られることによって更なる被害が及ぼされることを防ぐ必要がある。関係機関が中央当局に対して情報を提供する際に,DVのおそれにより外国に所在するLBPに住所地が知られることについて懸念がある等の場合には,その旨を併せて中央当局に通知し,中央当局は,LBP等に住所地が知られることがないよう,十分に配慮して情報を管理する必要がある。

 条約上,中央当局は,子の迅速な返還の確保等の目的を達成するため,他の締約国の中央当局と協力することが求められているものの,そのことをもって全ての情報を当然に他の締約国の中央当局と共有することが求められているとまでは解されない。

 実際,「グッドプラクティス集」においても,「(中央当局が得た)情報を申請者に対して提供されることを意味するものではない。実際大半の事例では,要請国(requesting country)に所在する申請者は,申請を受けた国における返還手続の遂行のために子の所在につき把握している必要はない。申請者が子の所在につき教示されるべきではない具体的な理由(例えば子の安全への懸念)がある場合で,要請国の中央当局が情報の保護につき確証を与えることができない際には,申請を受けた国の中央当局は要請国の当局に(子の所在特定に関する)情報を開示すべきではない。」と記載されており(p48),我が国においても,同様の取扱いとすることが相当である。

 したがって,特定された子の所在情報は,申請者又は相手国中央当局から子の所在に関する情報の提供について要請があった場合において,当該要請に相当な理由があると認められるときは,当該情報の提供について子又は子と共に所在する者の同意があり,かつ,当該情報の提供によりこれらの者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められる場合に限り,提供を受ける目的外で当該情報を利用することがないことを確認した上で提供するものとしてはどうか。

【参照法令】
関税法

(情報提供)

第百八条の二 財務大臣は,この法律,関税定率法 その他の関税に関する法律(以下この条及び次条において「関税法令」という。)に相当する外国の法令を執行する当局(以下この条及び次条において「外国税関当局」という。)に対し,その職務(関税法令に規定する税関の職務に相当するものに限る。以下この条及び次条において同じ。)の遂行に資すると認める情報の提供を行うことができる。ただし,当該情報の提供を行うことが,関税法令の適正な執行に支障を及ぼし,その他我が国の利益を侵害するおそれがあると認められる場合は,この限りでない。

2 財務大臣は,外国税関当局に対し前項に規定する情報の提供を行うに際し,次に掲げる事項を確認しなければならない。

一 当該外国税関当局が,我が国の税関当局に対し,前項に規定する情報の提供に相当する情報の提供を行うことができること。

二 当該外国において,前項の規定により提供する情報のうち秘密として提供するものについて,当該外国の法令により,我が国と同じ程度の秘密の保持が担保されていること。

三 当該外国税関当局において,前項の規定により提供する情報が,その職務の遂行に資する目的以外の目的で使用されないこと。

3 第一項の規定により提供される情報については,外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続に使用されないよう適切な措置がとられなければならない。

(3)更なる措置

 入国記録は存在するが出国記録は存在しないことから,我が国国内に所在している可能性が高いにもかかわらず,行政機関や地方公共団体等から得られた情報では子の所在が特定できない場合には,所在が特定できない行方不明者として,中央当局が警察に調査等を求めるものとすることでどうか。

(補足説明)

 上記の場合において,中央当局が,関係情報を収集しても所在が特定できなかったことをもって,当該子を行方が明らかでない者として扱い,警察による行方不明者発見活動の手続に乗せることを検討する。この対応は,個人の生命及び身体の保護を図るためにも必要な措置であり,子の利益を保護するとの中央当局の設置目的にも合致するものと考える。いずれにせよ,制度設計の詳細については,更なる検討が必要となる(申請者が希望する場合にのみ届出を行うこととするのが適当か,行方不明者発見活動を一定の期間行ったにもかかわらず子の所在が特定できない場合の扱いをどうするのか等。)。

【参照法令】
行方不明者発見活動に関する規則

(目的)

第一条 この規則は,個人の生命及び身体の保護を図るために行う行方不明者の発見のための活動,発見時の措置等(以下「行方不明者発見活動」という。)に関し必要な事項を定めることを目的とする。

(警察活動を通じた行方不明者の発見活動)

第十二条  警察職員は,警ら,巡回連絡,少年の補導,交通の取締り,捜査その他の警察活動に際して,行方不明者の発見に配意するものとする。

(行方不明者届がなされていない場合等の特例)

第三十条 警察署長は,行方不明者届がなされていない場合又は行方不明者届をしようとする者が第六条第一項各号に掲げる者でない場合であっても,生活の本拠を離れその行方が明らかでない者のうち,第二条第二項各号のいずれかに該当すると認められるもの,他の法令に基づき行方の調査等を求められたものその他特に必要があると認められるものについて,この規則による措置をとることができる。

【各国の例(フランス)】

 子の所在特定につき,フランスの場合,多くの事案においては,子の所在地は申立書に記載されているため,中央当局が実際に所在を確認するのみで足りており,子の所在地が全く不明であるという事案は少ないが,仮に,子の住所が全く不明であるときには,住所登録制度はないため,子が学齢期にある場合には,文部科学省に問い合わせを行う由。ただし,プライバシー権への配慮のため,インターポールへの問い合わせや財務省の銀行口座情報へのアクセスは制限されている。また,子の具体的な所在は不明であるが,どの地方にいるのかは判明している場合には,所轄の検察庁に,地方すらも判明していない場合には,パリ検察庁に指示して所在を調査するが,数ヶ月調査しても所在が判明しない場合には,嘱託国に対し,その旨を伝達して,追加情報の取得に努めるとともに,内部的には返還手続の中止の手続をとる由。

4.子に対する更なる害又は利害関係者に対する不利益の防止

(第7条第2項b)

(1)子に対する更なる害の防止措置

 子に対する更なる害を防止するための措置として,中央当局又は関係機関が,1)TPよる虐待や暴力を防止するための措置,2)子の再連れ去りを防止するための措置,3)LBPを含むその他の家族との接触の断絶を防止するための措置をとることとする。また,これら措置の具体的な内容について,引き続き検討の上法律(一部は政省令又はガイドライン)で規定することとしてはどうか。

(補足説明)

 ハーグ国際私法会議による条約注釈書によれば,中央当局が,子に対する更なる害又は利害関係者に対する不利益の防止のための暫定措置をとる又はとらせることについて定める第7条第2項bは,基本的には,当該子の更なる連れ去りを避けるための暫定措置を想定したものであるとされている。また,「グッドプラクティス集」では,子に対する更なる害の具体例として以下が挙げられており(p52),我が国として具体的にいかなる措置をとることが適当か,検討する必要がある。

1)TPによる子への虐待や暴力

2)子の再連れ去り

3)LBPを含むその他の家族との接触の断絶

 なお,これら措置については今後更に検討を進めるものの,具体的な内容については,以下のような内容が適当と思われる。

1)TPによる子への虐待や暴力

 我が国国内において子と共に所在する親が子を虐待しているとの情報が中央当局に寄せられる場合には,中央当局が福祉事務所や児童相談所等に対し,安全確認を依頼することとする。

(補足説明)

 現在,我が国において児童への虐待の防止等の措置を定めた法律として,「児童虐待の防止等に関する法律」及び「児童福祉法」が挙げられる。条約を国内法で担保するに当たり,連れ去りにより日本国内に所在する子について,保護が必要な場合には,これら法令に基づく措置がとられることを確保する必要がある。

 具体的には,我が国国内において子と共に所在する親が子を虐待しているとの情報が中央当局に寄せられる場合には,中央当局が福祉事務所や児童相談所等に対し,安全確認を依頼することが考えられる。

【参照法令】
児童福祉法

第十一条 都道府県は,この法律の施行に関し,次に掲げる業務を行わなければならない。

1 二 児童及び妊産婦の福祉に関し,主として次に掲げる業務を行うこと。

  ホ 児童の一時保護を行うこと。

2 都道府県知事は,市町村の前条第一項各号に掲げる業務の適切な実施を確保するため必要があると認めるときは,市町村に対し,必要な助言を行うことができる。

3 (略)都道府県知事は,第一項又は前項の規定による都道府県の事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に委任することができる。

第二十五条 要保護児童を発見した者は,これを市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。ただし,罪を犯した満十四歳以上の児童については,この限りでない。この場合においては,これを家庭裁判所に通告しなければならない。

児童虐待防止法

(児童虐待に係る通告)

第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は,速やかに,これを市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村,都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

2 前項の規定による通告は,児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十五条(他のサイトヘ)の規定による通告とみなして,同法の規定を適用する。

3 刑法(他のサイトヘ)(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は,第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。

第七条 市町村,都道府県の設置する福祉事務所又は児童相談所が前条第一項の規定による通告を受けた場合においては,当該通告を受けた市町村,都道府県の設置する福祉事務所又は児童相談所の所長,所員その他の職員及び当該通告を仲介した児童委員は,その職務上知り得た事項であって当該通告をした者を特定させるものを漏らしてはならない。

(通告又は送致を受けた場合の措置)

第八条 市町村又は都道府県の設置する福祉事務所が第六条第一項の規定による通告を受けたときは,市町村又は福祉事務所の長は,必要に応じ近隣住民,学校の教職員,児童福祉施設の職員その他の者の協力を得つつ,当該児童との面会その他の当該児童の安全の確認を行うための措置を講ずるとともに,必要に応じ次に掲げる措置を採るものとする。

一 児童福祉法第二十五条の七第一項第一号若しくは第二項第一号又は第二十五条の八第一号の規定により当該児童を児童相談所に送致すること。

二 当該児童のうち次条第一項の規定による出頭の求め及び調査若しくは質問,第九条第一項の規定による立入り及び調査若しくは質問又は児童福祉法第三十三条第一項若しくは第二項の規定による一時保護の実施が適当であると認めるものを都道府県知事又は児童相談所長へ通知すること。

2 児童相談所が第六条第一項の規定による通告又は児童福祉法第二十五条の七第一項第一号若しくは第二項第一号又は第二十五条の八第一号の規定による送致を受けたときは,児童相談所長は,必要に応じ近隣住民,学校の教職員,児童福祉施設の職員その他の者の協力を得つつ,当該児童との面会その他の当該児童の安全の確認を行うための措置を講ずるとともに,必要に応じ同法第三十三条第一項の規定による一時保護を行うものとする。

3 前二項の児童の安全の確認を行うための措置,児童相談所への送致又は一時保護を行う者は,速やかにこれを行うものとする。

(出頭要求等)

第八条の二 都道府県知事は,児童虐待が行われているおそれがあると認めるときは,当該児童の保護者に対し,当該児童を同伴して出頭することを求め,児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員をして,必要な調査又は質問をさせることができる。この場合においては,その身分を証明する証票を携帯させ,関係者の請求があったときは,これを提示させなければならない。

2 都道府県知事は,前項の規定により当該児童の保護者の出頭を求めようとするときは,厚生労働省令で定めるところにより,当該保護者に対し,出頭を求める理由となった事実の内容,出頭を求める日時及び場所,同伴すべき児童の氏名その他必要な事項を記載した書面により告知しなければならない。

3 都道府県知事は,第一項の保護者が同項の規定による出頭の求めに応じない場合は,次条第一項の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員の立入り及び調査又は質問その他の必要な措置を講ずるものとする。

(立入調査等)

第九条 都道府県知事は,児童虐待が行われているおそれがあると認めるときは,児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員をして,児童の住所又は居所に立ち入り,必要な調査又は質問をさせることができる。この場合においては,その身分を証明する証票を携帯させ,関係者の請求があったときは,これを提示させなければならない。

2 前項の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員の立入り及び調査又は質問は,児童福祉法第二十九条の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員の立入り及び調査又は質問とみなして,同法第六十一条の五の規定を適用する。

(再出頭要求等)

第九条の二 都道府県知事は,第八条の二第一項の保護者又は前条第一項の児童の保護者が正当な理由なく同項の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員の立入り又は調査を拒み,妨げ,又は忌避した場合において,児童虐待が行われているおそれがあると認めるときは,当該保護者に対し,当該児童を同伴して出頭することを求め,児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員をして,必要な調査又は質問をさせることができる。この場合においては,その身分を証明する証票を携帯させ,関係者の請求があったときは,これを提示させなければならない。

2 第八条の二第二項の規定は,前項の規定による出頭の求めについて準用する。

(臨検,捜索等)

第九条の三 都道府県知事は,第八条の二第一項の保護者又は第九条第一項の児童の保護者が前条第一項の規定による出頭の求めに応じない場合において,児童虐待が行われている疑いがあるときは,当該児童の安全の確認を行い又はその安全を確保するため,児童の福祉に関する事務に従事する職員をして,当該児童の住所又は居所の所在地を管轄する地方裁判所,家庭裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により,当該児童の住所若しくは居所に臨検させ,又は当該児童を捜索させることができる。

2 都道府県知事は,前項の規定による臨検又は捜索をさせるときは,児童の福祉に関する事務に従事する職員をして,必要な調査又は質問をさせることができる。

3 都道府県知事は,第一項の許可状(以下「許可状」という。)を請求する場合においては,児童虐待が行われている疑いがあると認められる資料,臨検させようとする住所又は居所に当該児童が現在すると認められる資料並びに当該児童の保護者が第九条第一項の規定による立入り又は調査を拒み,妨げ,又は忌避したこと及び前条第一項の規定による出頭の求めに応じなかったことを証する資料を提出しなければならない。

4 前項の請求があった場合においては,地方裁判所,家庭裁判所又は簡易裁判所の裁判官は,臨検すべき場所又は捜索すべき児童の氏名並びに有効期間,その期間経過後は執行に着手することができずこれを返還しなければならない旨,交付の年月日及び裁判所名を記載し,自己の記名押印した許可状を都道府県知事に交付しなければならない。

5 都道府県知事は,許可状を児童の福祉に関する事務に従事する職員に交付して,第一項の規定による臨検又は捜索をさせるものとする。

6 第一項の規定による臨検又は捜索に係る制度は,児童虐待が保護者がその監護する児童に対して行うものであるために他人から認知されること及び児童がその被害から自ら逃れることが困難である等の特別の事情から児童の生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあることにかんがみ特に設けられたものであることを十分に踏まえた上で,適切に運用されなければならない。

2)子の再連れ去りを防止するための措置

 中央当局は,子の再連れ去りを防止するため,現行の旅券発給の厳格化措置を引き続きとるものとするが,それ以外にどのような措置をとることができるか検討する必要がある。

(補足説明)

 条約に定める任務を確実に遂行するため,子の再連れ去りを防止するための実効的な枠組みが必要であるが,いかなる措置をとりうるか。

ア 旅券発給の厳格化

 現在の旅券事務の運用においては,未成年者の旅券発給申請書にはその法定代理人の署名を原則として要求した上で,父母が共同して親権を行うべき場合にも(民法第818条第3項本文),戸籍謄(抄)本によって確認できる共同親権者の一方の署名をもって,他方がこれに同意しているものと事実上推定することにより旅券発給を行っている。

 ただし,親権者の一方から,未成年者である子への旅券発給を望まない旨の明示的な意思表示が都道府県旅券事務所や在外公館等に対し行われた場合,又は窓口における対応等において,父母が親権につき協議中であることが判明した場合には,前述の推定が成立しないことから,他方の親権者の同意書の提出を求めており,提出がない場合は,原則,旅券を発給していない。

イ 旅券の取扱い

 外国から我が国に連れ去られた子や外国から我が国に返還された子(本案審理中等の場合)は,何らかの形で旅券等の渡航文書を所持して我が国に入国していることが想定されるため,子の国外への再連れ去りの防止のために,中央当局への協力が要請された場合,子の旅券(外国旅券を含む)について,任意での提出を求め,中央当局が一時的に保管することも考えられるのではないか。

 またこのような場合,外国旅券のみを所持しており,日本旅券を所持していないことも想定されるが,上記の協力要請が中央当局にあった場合,当該要請者に対し,子の新たな旅券発給に係る不同意書の提出意思を確認することは妥当か。

【参照法令】
旅券法

第三条6項4. 一般旅券の発給の申請に係る書類及び写真の提出は,外務省令で定めるところにより,次に掲げる者を通じてすることができる。

一 申請者の配偶者又は二等親内の家族

二 前号に掲げる者のほか,申請者の指定した者(当該申請者のために書類及び写真を提出することが適当でない者として外務省令で定めるものを除く)

【他国の例】

米国:児童福祉機関や裁判所等国及び地方の関係当局が暫定措置の一つとして旅券の提出命令を定めている。
英国:事案を担当する事務弁護士が裁判所に旅券の取り上げ等の申し立てを行う。必要に応じ児童保護機関が介入。
ドイツ:裁判所が申し立てを受け,又は職権により,旅券及び身分証明書の一時的保管等の仮命令を発出。

ウ 居所変更の届出

 国内に所在する子が一方の親により移動させられることによる子の更なる連れ去りを防止するため,さらには,相手方との連絡を確保するため,子又は子の監護者が居所変更をしようとするときは,中央当局は右につき把握しておく必要がある(申請者が居所変更する際も同様)。他方で再連れ去りを防止するために強制的な措置をとることは,憲法第22条の居住移転の自由との関係で,日本人による外国への出国の国家権力による制限は極めて限られた場合にしか許容されないと考えられることから,多くの困難を伴うものと考えられる。したがって,あくまで相手方に対する任意の届出にとどめることが適当と思われるが,このような措置は実効性を期待できるか。

(参考)

 出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第三版)(坂中英徳・齋藤利男著,日本加除出版発行,2008年)によれば,「日本人の出国に関しては,外国人の出国のような出国確認留保制度(同法第25条の2)は設けられていない。有効な旅券を所持する日本人については,その日本人が訴追されている者,刑の執行を終えていない者等に該当する場合であっても,その者が本邦にいる間に権限のある機関が逮捕状等によりその身柄を拘束しない限り,その出国を阻止することはできない。」(p710)とされている。

【参照法令】
憲法第二十二条

第一項 何人も公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。

第二項 何人も,外国に移住し,又は国籍を離脱する自由を侵されない。

エ 出国の際の連絡

 再連れ去り防止の観点から,再連れ去りの疑いがある個別事案については,中央当局が法務省に対して出国事実の照会を行うこととする。さらには,子やTPが出国した際には中央当局に連絡が入るような体制の構築については,その効果や可否を含め,今後検討することとする。

3)もう一方の親を含むその他の家族との接触の断絶を防止するための措置

 返還手続が進められている間の子と親の交流機会の確保として,中央当局は,ハーグ条約に基づく子の返還手続の友好的な解決の一方法としての話合いを進めながら,適当な場合には,調停機関又は裁判所を介した面会交流の機会を確保することが考えられる。こうした支援の具体的な内容については,受け皿の確保やニーズの把握等もあり,引き続き検討の上,政省令又はガイドラインで規定することとしてはどうか。

(補足説明)

 「調停機関又は裁判所を介した面会交流」とは,具体的には,1)家事調停,2)裁判外紛争解決手続機関,3)日本司法支援センター,4)弁護士を通じた支援,5)養育費相談センター及び母子家庭など就業・自立支援センターを通じた面会交流等が想定される。

 なお,我が国においては,平成23年度改正後の民法第766条にて「面会及びその他の交流」が規定されており,「面会」は,実際に父又は母と子が会うこと,「交流」は,電話による会話や手紙の交換等「面会」以外の親子の交際方法も含むもので,「面会」を包摂する広い概念とされている。

(2)利害関係者に対する不利益の防止措置

 利害関係者に対する不利益を防止するため,中央当局は,適当な場合には,国内において,(1)3)(もう一方の親を含むその他の家族との接触の断絶を防止するための措置)と同様の措置をとることとする。

(補足説明)

 ハーグ国際私法会議による条約注釈書によれば,条約第7条第2項bにいう「利害関係者」とは,ハーグ条約に基づく手続に関係する者(申請者等)であり,主として想定されるのは,子を連れ去られた親である。

 特に,子を連れ去られた親にとっての不利益の具体例としては子との接触の断絶が考えられ,そのためには上述した,他の家族との接触の断絶を防止するための措置と同様の措置をとることが適当と考えられる。より具体的には,接触の権利の享受又は行使の促進の項を参照のこと。

5.子の任意の返還・問題の友好的解決(第7条第2項c,第10条)

 中央当局は,子の返還に係る申請を受けた場合,まず子の任意の返還又は問題の友好的な解決を促進するための全ての適切な措置をとる,又は国内関係機関にとらせることとする。

(補足説明)

 国内法上,いかなる規定を置くべきかについては,調停の在り方に関する法制審での議論等も踏まえ,検討していくこととする。

 子の任意の返還が確保されるよう全ての措置をとる義務については,中央当局がとるべき他の措置と並んで条約第7条第2項cに規定されているほか,子の返還手続について定める一連の規定(第11条から第20条まで)の直前にも,「子が現に所在する国の中央当局は,当該子が任意に返還されるよう全ての適当な措置をとり,又はとらせる」ことを定めた規定が第10条として独立して置かれている。ハーグ国際私法会議による条約注釈書によれば,これは,本条約の意義が子の任意の返還を優先的に扱うことにあることを強調するものであると説明されている(パラ113)。また,「グッドプラクティス集」においては,中央当局が任意の返還に向けて交渉に直接関与することについての義務を課すものではないが,適切な場合には,中央当局は申請者及びTP又はそれらの代理人に対し,条約の趣旨や任意の返還の利点等の情報を提供するべきであるとされている(p49)。

 したがって,中央当局は,子の返還に係る申請を受けた段階で,まずは子の任意の返還又は友好的解決の実現可能性を追求すべきであり,そのための全ての適当な措置をとり,又は国内関係機関にとらせることは,条約の目的を達成する上で重要なことであると考えられる。

 子の任意の返還を確保し,又は問題の友好的な解決をもたらすために,中央当局が当事者にどのような便宜を図り,協力するか,また当事者間の合意形成を支援するに当たり,どのように関与するかについては,各国の裁量に委ねられている。我が国中央当局においては,上記についての専門的知見を有する外部有識者の協力を得て実施することを検討している。

 我が国においては,具体的には中央当局においてTPに対し書簡,メール,電話等で連絡の上,条約の趣旨や任意の返還の利点等について説明しつつ,任意の返還又は友好的解決について説得を試みる(なお,このような説得は,申請の当初の段階以外にも,裁判所による返還命令が出された後にも行うこともあり得る。)その上で,当該親が任意返還に応じる意志を示す場合には,多くの事案においては,上記についての専門的知見を有する外部有識者・団体の協力を得て実施することも有益となり得る。具体的には,1)家事調停,2)民間ADR機関,3)法テラス,4)弁護士を通じた話し合いの制度・機関を利用し得ることを説明することが考えられる。なお,これらの各制度等の概略については次のとおり。

1)家事調停

 家族の問題を扱う司法手続の一つとして,家庭裁判所における調停手続がある。当該親が任意返還に応じる意志を示す場合には,家事調停の利用を勧めることも一つの方策として考えられる。

2)民間ADR(裁判外紛争解決)機関

 国内には,離婚後の夫婦間の関係や子の親権・監護について当事者間の話合いに基づく解決を促す機関があるので,これら機関を活用するのも一つの方策として考えられる。「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」に基づき法務省から認証を受けた各ADR事業者等がハーグ条約事案について和解の仲介業を行う可能性につき今後検討する。

3)法テラス

 日本司法支援センター(法テラス)では,総合法律支援法第30条に基づいて,情報提供業務及び民事法律扶助業務を始めとした各種業務を行っている。

1 情報提供業務(同条第1項第1号)

 法テラスは,法テラス・サポートダイヤル(コールセンター),法テラス地方事務所等において,利用者からの問い合わせを受け付け,その内容に応じ,1)裁判その他の法による紛争の解決のための制度(家事調停,非訟事件手続など)の有効な利用に資する情報(法制度情報),2)弁護士,弁護士法人及び隣接法律専門職者の業務並びに弁護士会,日本弁護士連合会及び隣接法律専門職者団体の活動に関する情報(関係機関・団体情報)を無料で提供している。

 利用対象者に制限はない。また,法テラス・サポートダイヤルには,英語対応可能なオペレーターが配置されている。

2 民事法律扶助業務(同項第2号)

 法テラスは,民事裁判等手続(裁判所における民事事件,家事事件又は行政事件に関する手続)において自己の権利を実現するための準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない国民若しくは我が国に住所を有し適法に在留する者に対し,以下の援助を行っている。

  • 民事裁判等手続の準備及び追行(民事裁判等手続に先立つ和解の交渉で特に必要と認められるものを含む。)のため代理人に支払うべき報酬及びその代理人が行う事務の処理に必要な実費の立替えをすること(代理援助)
  • 弁護士法その他の法律により依頼を受けて裁判所に提出する書類を作成することを業とすることができる者に対し民事裁判等手続に必要な書類の作成を依頼して支払うべき報酬及びその作成に必要な実費の立替えをすること(書類作成援助)
  • 弁護士法その他の法律により法律相談を取り扱うことを業とすることができる者による,離婚,財産分与,行政事件等に係る各種法律相談(刑事に関するものを除く。)を実施すること(法律相談援助)

4)弁護士を通じた話し合い

 中央当局として,当事者に紹介可能な弁護士リストをあらかじめ用意しておき,必要な場合には当事者に紹介することを検討する。

【参考】総合法律支援法
(業務の範囲)

第三十条  支援センターは,第十四条の目的を達成するため,総合法律支援に関する次に掲げる業務を行う。

一 次に掲げる情報及び資料を収集して整理し,情報通信の技術を利用する方法その他の方法により,一般の利用に供し,又は個別の依頼に応じて提供すること。

イ 裁判その他の法による紛争の解決のための制度の有効な利用に資するもの

ロ 弁護士,弁護士法人及び隣接法律専門職者の業務並びに弁護士会,日本弁護士連合会及び隣接法律専門職者団体の活動に関するもの

二 民事裁判等手続において自己の権利を実現するための準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない国民若しくは我が国に住所を有し適法に在留する者(以下「国民等」という。)又はその支払により生活に著しい支障を生ずる国民等を援助する次に掲げる業務

イ 民事裁判等手続の準備及び追行(民事裁判等手続に先立つ和解の交渉で特に必要と認められるものを含む。)のため代理人に支払うべき報酬及びその代理人が行う事務の処理に必要な実費の立替えをすること。

ロ イに規定する立替えに代え,イに規定する報酬及び実費に相当する額を支援センターに支払うことを約した者のため,適当な契約弁護士等にイの代理人が行う事務を取り扱わせること。

ハ 弁護士法(他のサイトヘ) (昭和二十四年法律第二百五号)その他の法律により依頼を受けて裁判所に提出する書類を作成することを業とすることができる者に対し民事裁判等手続に必要な書類の作成を依頼して支払うべき報酬及びその作成に必要な実費の立替えをすること。

ニ ハに規定する立替えに代え,ハに規定する報酬及び実費に相当する額を支援センターに支払うことを約した者のため,適当な契約弁護士等にハに規定する書類を作成する事務を取り扱わせること。

ホ 弁護士法(他のサイトヘ) その他の法律により法律相談を取り扱うことを業とすることができる者による法律相談(刑事に関するものを除く。)を実施すること。

6.子の社会的背景に関する情報の交換(第7条第2項d)

A 嘱託事案(我が国に常居所を有していた子が他の締約国(A国)に連れ去られた場合の社会的背景に関する情報の交換)

(1)中央当局は,外国の中央当局から子の社会的背景に関する情報の提供を求められた場合,国内機関に対し,必要な情報の提供を要請することができるものとする。

(2)情報の提供を求められた関係行政機関,関係地方公共団体,独立行政法人及び国立大学法人等の長は,中央当局に対し,必要な情報を提供しなければならないものとする。(ただし,民間の団体においては,情報の提供に努めるものとする。)

(3)中央当局は,収集した情報につき,①当事者の同意を得ていること,②相手国中央当局から目的外で当該情報を利用することがないことにつき確証を得ること等,を条件として必要に応じ外国の中央当局に提供することができるものとする。

B 受託事案(他の締約国(B国)に常居所を有していた子が我が国に連れ去られた場合の社会的背景に関する情報の交換)

(4)中央当局は,関係者(裁判所や裁判当事者)からの求めがある場合,適当と認められるときは,B国の中央当局に対し,子の社会的背景に関する情報の提供を求めることができるものとする。

(補足説明)

 (1)~(3)について,基本的には,我が国に常居所を有していた子が他の締約国(A国)に連れ去られ,A国において子の返還手続が行われる場合に,A国の中央当局から要請があれば,国内の関係機関に必要な情報の提供を求めることとなる。したがって,我が国として措置をとる必要がある場合として主に想定されるのは,A国に子を連れ去られた日本人親が,我が国への子の返還を求めてA国において司法手続を行う場合に,当該司法当局が子の返還の可否の判断に当たって考慮するために必要であるとして,A国中央当局から要請がある場合であり,その要請に応じて提供するのは,連れ去り前の我が国における子の社会的背景や生活状況等にかかる情報であると考えられる。このような情報には,個々の事案により様々なものが含まれ得るが,代表的なものとしては,人権相談記録及び人権侵犯事件記録(法務省人権擁護局),子の就学情報(文部科学省),児童福祉施設で作成される記録や民生(児童)委員の作成記録(厚生労働省),DV関係の記録(内閣府男女共同参画局,厚生労働省),各種相談情報及び保護記録(警察庁)等が考えられる。これらの情報を保持している国内の関係機関は,我が国中央当局からの要請に応じ,必要な情報を提供することになる。(ただし,中央当局が入手した情報の全てをA国の中央当局と共有することを必ずしも意味するものではない。)

 我が国の中央当局から外国の中央当局に提供される子に関する情報は,子の返還に係る当該外国の司法当局による判断に影響を及ぼすことになること,また保秘義務のかからない他国の中央当局に個人情報を提供することになることから,我が国の中央当局は,本人の同意を確認した上で関係機関に対し情報の提供を求めることが適当であると考える。このため,仮に本人の同意が得られない場合は,我が国中央当局から外国の中央当局には情報を提供できないこともあり得るが,第7条第2項dにおいて,「望ましい場合には」とされていることからも,提供できる情報がないことをもって直ちに条約上の義務の不履行となるとは考えられない。したがって,外国の中央当局への「子の社会的背景に関する情報」の提供に当たっては,①当事者の同意を得た上で行うこと,②目的外で情報を利用することがないことを相手国中央当局に確認した上で行うことを条件とする旨国内担保法で規定すること等が望ましいと考えられる。

 この点,例えば,ドイツにおいては,ドイツ中央当局に対して,子の社会的背景に関する情報の提供を求める申し立てがなされると,当該中央当局は,直ちに少年局に依頼する(子が外国からドイツに奪取された場合やドイツから外国に奪取された場合の双方を含む)。少年局は,ハーグ条約の担保法によって,子の社会的背景及びその生活状況について情報を提供する義務を負っている。フランスにおいては,他の締約国から要請があれば,中央当局は検察官にその旨連絡する。検察官は,子の就学情報や社会福祉情報等の必要な情報を収集することとなっている。

 (4)について,反対に,B国に常居所を有していた子が我が国に連れ去られ我が国において子の返還手続が行われる場合には,関係者(裁判所や裁判当事者)からの求めに応じて,適当と認められる場合には,B国の中央当局に対し,子の社会的背景に関する情報の提供を要請することとなる。

 なお,接触の権利の効果的な行使を確保するための支援の一環として,子の社会的背景の交換が行われる場合もあり得る(仏の例など。「8.接触の権利の享受又は行使の促進」参照。)。

7.子の安全な返還の確保(第7条第2項h)

(1)中央当局がとり得る措置【総則】

 他の締約国への子の安全な返還を確保するため,子の返還を要請している国の中央当局及び(子が日本国籍を有する場合には)当該国を管轄する我が国の在外公館とも連携しつつ,適当な行政上の措置をとることとする。

(補足説明)

 「グッドプラクティス集」においては,条約第7条第2項hに定められた子の安全な返還のための適当な措置をとるべく,各国の中央当局は,その付与されている権限及び自国の司法制度や社会福祉制度を活用することとされている(p39)。また,一般的には,子にとって最善の利益が確保されるためには,双方の親が監護についての本案の手続に参加し,また,意見を表明する機会を得ることが必要とされ,中央当局は,子の返還を要請している国において利用し得る司法,財政,保護その他の分野に係る支援についての情報提供に可能な限り協力し,適当と認められるときは,これらの支援機関とのコンタクトについて便宜を図るべきであるとしている。また,「グッドプラクティス集」は,各国の中央当局による措置として以下の具体例を挙げている(p39,p144)が,中央当局がどこまで支援するかは国によって異なるとしている。

ア 返還後の子の安全の確保が懸念される事案であれば,適当な保護機関又は司法当局に通報すること。

イ 子の安全な返還の確保のために,要請がある場合には,子の所在地国に対し,子の返還を要請している国において利用し得る保護措置やサービスについて通知すること。

ウ 効果的な接触の行使を確保するため,条約第21条の活用を促すこと。

(2)中央当局がとり得る具体的な実施措置【各論】

A 受託事案(我が国から他の締約国へ子が帰る場合)
(ア)中央当局間の調整・協力

 我が国の中央当局は,我が国の裁判所が返還を命じた子(又は当事者間の合意に基づき常居所を有していた他の締約国に戻る子)の安全な返還を確保するため,個々の事案の具体的事情に応じ,当該他の締約国の中央当局に協力を求めることとする。

(補足説明)

 我が国の中央当局がとり得る措置としては,上記ア~ウのほか,

エ TPが当該他の締約国において逮捕・刑事訴追のおそれがある場合,子の安全な返還に際して,刑事訴追の取消等が可能かどうか,我が国の中央当局から当該他の締約国の中央当局に対して確認すること

オ 子及び(子と共に親が帰国する場合は)子と共に帰国する親の入国に問題が生じ得る場合(査証発給拒否等),我が国の中央当局は当該他の締約国の中央当局に対して,当該親子が入国するために必要な手続について照会を行うこと

カ 中央当局は,例えばTPに帰国フライトにつき確認の上,先方中央当局に連絡するなど,TP及び子の帰国につき先方中央当局と調整すること

等が想定されるが,さらに具体的な事案の状況に応じてどのような方法をとることができるのかについては,引き続き検討することとする。

また,中央当局は,例えばTPに帰国フライトにつき確認の上,先方中央当局に連絡するなど,子の安全な返還を実現するための方策をとる。

(イ)裁判官ネットワークを通じた調整・協力

 子の安全な返還を確保するために我が国と返還国の裁判官間で連携をとるか否かについて検討することとする。
(本件については,法制審議会ハーグ条約(子の返還手続関係)部会にて議論。)

(補足説明)

 一部の締約国の間では,裁判所において返還命令が出される前に,各事案の裁判官が,実際に子が返還された場合に問題が生じないか,他の締約国の裁判官と情報交換等しつつ調整を行っている例もあるようだが,具体的にどのような場面において,どのような調整を行っているのか,引き続き調査・検討することとする。

(ウ)在外公館の側面支援

 子の安全な返還の確保のため,必要に応じ,当該他の締約国を管轄する我が国の在外公館が適切な支援を行うこととする。

(補足説明)

 例えば,当該他の締約国中央当局から紹介された施設等につき,さらに詳細な情報が必要な場合等,必要に応じ,子の安全な返還を確保するために,我が国の中央当局から在外公館に対し,情報収集を要請するなど,適切な支援を行うこととする。

B 嘱託事案(他の締約国から我が国へ子が帰る場合)

 中央当局は,個々の事案の具体的事情に応じ,国内関係機関に対し,必要な情報提供やその他の協力を要請できることとする。

(補足説明)

 中央当局が関係機関に求める情報提供その他協力要請事項としては,以下があり得る。

(ア)中央当局が求める情報・協力

  • 入国手続に関する協力【法務省】
  • DV被害者等についてDV防止法に基づく対応並びに虐待を受けた児童に対する児童福祉法及び虐待防止法に基づく対応【内閣府・厚生労働省】

(イ)社会保障給付等に関する情報提供

  • 子及び子と共に帰国する親に対する社会保障給付等に関する情報提供(児童虐待やDVの場合における対応についての情報を含む。)【法務省・厚生労働省】

 上記のうち,特に,TPが返還命令に基づき日本に再入国する必要がある際に,例えば 当該親が入管法第5条上の上陸拒否事由に該当している場合,右を理由にTPが日本に入国できなくなることがあれば,連れ去られた子についても日本に帰国できないという事態となることが懸念される(注:主たる監護親が子と共に帰国できない場合には,子が耐え難い状況に置かれることなる(第13条第1項b)として,子の返還自体が拒否される可能性があるところ,そのようなケースを想定した場合。)。しかしながら,我が国入管法においては,我が国に上陸を求める外国人が入管法第5条に規定する一定の上陸拒否事由に該当する場合でも,所定の要件を満たし,特別の理由があると法務大臣が認める場合には上陸拒否しないこととすることができる(入管法第5条の2)ほか,所定の手続を経て,法務大臣が特別に上陸を許可することも可能である(入管法第12条)ことから,上陸拒否事由に該当する親について,一切入国できなくなることはない。なお,子の監護に関する事項については子が常居所を有する国において判断されるべきという条約が前提とする考え方に照らせば,TPが少なくとも日本における監護権についての本案審理に参加できるよう,何らかの措置を講ずることが望ましいと考えられるが,上陸拒否事由は,我が国の利益と安全等にとって有害であると認める外国人の入国を禁止しているものであるから,子の利益の重要性は認識するものの,上陸拒否事由に該当するTPが,返還される子に同伴する等の理由で上陸申請に及ぶ場合は,必ず上陸を許可するとの措置は適切ではなく,個々の事案の具体的事情に応じて判断することとする

 なお,TPが仮に日本に帰国しようとする際に,帰国すれば逮捕される可能性があるか否かという点は,子の安全な返還の確保に影響を与えうる点である。他方,係るセンシティブな情報を当該捜査関係機関以外の機関が保有することとなること等も踏まえる必要があり,今後関係機関と協議を行っていく必要がある。

C 子が常居所地国に戻った後の対応
(ア)受託事案の場合

 子が常居所地国に戻った後,本案審理の開始等につき,子と共に常居所地国に戻った日本人親からの求めがあれば,当該常居所地国に所在する我が国の在外公館は,適切な支援を行うこととする。

(補足説明)

 子が常居所地国に戻った後の事項については,条約は何ら規定していないが,在留邦人保護の一環及び子の安全な返還の確保を確保し,子の福祉に資するようにとの観点から,下記の支援を行うことが考えられる。

 各国に所在する我が国の在外公館は,日常的に在留邦人から離婚,DV被害,児童虐待を含め広汎な家事問題につき相談を受けている。例えば,在外公館が在留邦人からDV被害や児童虐待の相談を受けた場合,滞在先国による保護制度を説明しつつ,必要な場合には弁護士やシェルターの紹介を行うなど,滞在国の法制度に則った支援を行っている。

 子が常居所地国に戻った日本人親等から相談があれば,我が国の在外公館は,家事事件に精通する弁護士のリストを提供するなどの支援を行うことを検討する。

(イ)嘱託事案

 LBPによる返還申請の結果,子は我が国(常居所地国)に返還されることになったものの,(養育能力がない等の理由により)当該LBPの元には子は戻らない場合に,当該LBPから我が国国内における面会交流支援等につき相談があれば,我が国中央当局は,面会交流支援機関の紹介等の支援を行うことでどうか。

(補足説明)

 嘱託事案としては,上記以外にも次の場合が考え得る。つまり,LBP(多くの場合が日本人)による返還申請の結果,子は我が国(常居所地国)に返還されることになったものの,TPが子と共に日本に戻ることはない場合,当該TPから,条約に基づく接触の権利に係る申請が我が国の中央当局に対して行われることも想定される。その場合には,接触の権利に係る新規申請案件として処理し,支援を行うこととする。

8.接触の権利の享受又は行使の促進(第21条)

(1)接触の権利の内容を定め,又はその効果的な行使を確保するように取り計らうことを求める者の範囲は,どのようなものとするかにつき検討する。

(2)上記の者は,そのための申請を,中央当局に対して,子の返還を求める申請と同様の方法によって行うことができるものとする。

(3)当該申請を受けた中央当局が,接触の権利が平穏に享受されること及び接触の権利を行使するに当たり従うべき条件が満たされることを促進するため,第7条に定める協力の義務を具体的にどのように実施するのか,また,接触の権利の行使に対するあらゆる障害を可能な限り除去するために具体的にどのような措置をとるのかについて,引き続き検討の上,政省令又はガイドラインで規定することとしてはどうか。

(4)中央当局は,接触の権利の内容を定め,保護するため及び接触の権利の行使に当たり従うべき条件が尊重されることを確保するため,必要に応じ,手続の開始について援助するものとする。

(補足説明)

 ハーグ国際私法会議による条約注釈書によれば,接触の権利に係る中央当局の役割は,接触の権利の実際の行使を体系づけ,保証することであるとされている。具体的には,「第21条第1項では,個人が自ら行った意思決定を中央当局に申請する自由,接触の権利の体制確立又はそれ以前に決定した接触の権利の行使の保護が規定され,同条第3項では,中央当局が直接に又は仲介者を通じて面会権の行使のための手続を開始し,或いは支援する可能性が想定されているほか,関係する中央当局が講じ得る具体的措置については,個々の事例の状況によっても,各中央当局の権限の範囲によっても変わり得る。」と説明されている(パラ126)。つまり,接触の権利については,1)接触の権利の内容が既に具体化されている場合と,2)接触の権利の内容がまだ具体化されていない場合があり得,中央当局に対して,1)については当該権利の平穏な享受のために必要な措置をとることが求められており,2)については,接触の権利の内容を定める等のため,手続を開始し,又は,その開始について援助することができる(may)ことが,条約上定められている。

 これらを踏まえて,接触の権利の内容を定め,又はその効果的な行使を確保するように取り計らうことを求める者の範囲は,どのようなものとすべきかにつき検討する。その申請の際に申請書に記載すべき事項や,申請書に添付すべき書類,さらに具体的にどのように審査すべきか等についても併せて検討することとする。

 条約上,接触の権利に関して中央当局がとるべき措置については,第7条第2項aからgまで及びi並びに条約第21条第2項及び第3項に規定されており,とるべき具体的措置については,引き続き検討の上,政省令又はガイドラインで規定することとしてはどうかと考えられる。

 ハーグ国際私法会議による条約注釈書において,「第35条の規定は子の返還を対象とする条約の規定にのみ関係している。それゆえ,接触に関する条約の規律は,事柄の性質上,条約発効後に面会交流が拒否された場合又は拒否され続けている場合にのみ援用できる。」と解説されている(パラ145)。したがって,接触の権利に係る申請においては,不法な連れ去り又は留置が関係締約国について条約が発効した後に行われたことを要件とする子の返還申請とは異なり,接触の権利の侵害自体が条約発効後に生じている状態にあることが要件となる(一の締約国から他の締約国への子の移動自体がいつ行われたものであるかについては問題とならない。)と考えられる。

【参考】

条約第三十五条第一項

 この条約は,締約国の間において,この条約が当該締約国について効力を生じた後に行われた不法な連れ去り又は留置についてのみ適用する。

A 受託事案においてとり得る措置

(1)不法に連れ去られ又は留置されている子の所在の特定(第7条第2項a)

 中央当局が接触の権利に係る申請を受けた場合,中央当局が子の所在特定を行うか否かについて検討する。

(補足説明)

 諸外国においては,接触の権利に係る申請を受けた中央当局が,子の所在の特定を行うか否かについては国によって対応が異なる(下記【参考 各国の例】を参照。)が,返還申請を受けた場合と同様に中央当局は子の所在特定を行うケースが多い。これは,実子誘拐が犯罪を構成する法制を有している国が多いことや,離婚裁判において主たる監護権を有しない親との接触に係る命令が出されることが多いことが理由の一つに考えられる。

 他方,我が国においては,実子の連れ去りが直ちに刑事責任に問われることはなく,また,国内事案において一方の親による子の連れ去りが生じた場合も,もう一方の親が連れ去られた子と接触するために所在を特定するための手段は極めて限られている。このため,中央当局が接触の権利に係る申請を受けた場合に,返還申請を受けた場合と同様に子の所在特定を行うこととすると,国内事案との間で著しくバランスを失するとの指摘がある。

 接触の権利に係る申請を受けた中央当局が子の所在特定を行うか否かについては,以上のような議論を念頭に置き,第7条第2項aの規定を踏まえつつ,今後検討することとする。

 なお,下記B嘱託事案(2)の補足説明のとおり,接触の権利が不法に行使され,所定の接触の期間を超えても監護親の元に戻されない場合などは新たな不法な留置に当たり,子の所在を特定する必要が生ずることがあり得る。

(2)子の社会的背景に関する情報の交換(同d)

 接触の権利に係る申請を受けた中央当局に,子の社会的背景に関する情報の提供が申請者の所在する国の中央当局から要請された場合,子の返還に係る申請を受領した場合と同様の措置をとることとする。

(補足説明)

 他の締約国に所在する者が,我が国に所在する子との接触の権利の内容を定め,又はその効果的な行使を確保するように取り計らうことを求める場合に,当該他の締約国の中央当局を通じて,当該子の社会的背景に関する情報(就学状況,生活環境等)の提供が求められる場合があり得る。その場合に,子の返還に係る申請を受領した場合と同様の措置をとることが適当と考えられる。

(3)接触の権利の行使に対するあらゆる障害を可能な限り除去するための措置(第7条第2項i,第21条第2項)

 接触の権利の執行の確保の方法については,国内事案の状況を踏まえたものとする。

(補足説明)

 我が国国内における面会及び交流の権利の執行方法については,直接強制は適当ではないと一般的に考えられており,間接強制(金銭の支払いを課すことにより債務履行を促す制度)によることが多いことから,ハーグ事案についても国内事案とのバランスの観点から,国内事案と同様の方法によることが適当と考える。

(4)子に対する更なる害の防止及び利害関係者に対する不利益の防止(第7条第2項b),問題の友好的解決(同c),自国の法令についての一般的な情報の提供(同e),司法上の手続開始の便宜供与(同f,第21条第3項),法律に関する援助及び助言に係る便宜供与(第7条第2項g)

 子に対する更なる害の防止及び利害関係者に対する不利益の防止(第7条第2項b),問題の友好的解決(同c),自国の法令についての一般的な情報の提供(同e),司法上の手続開始の便宜供与(同f,第21条第3項),法律に関する援助及び助言に係る便宜供与(第7条第2項g)については,子の返還に係る申請を受領した場合と同様の措置をとることとする。

(補足説明)

 条約第7条第2項fにおいて,接触の権利に係る司法手続開始の便宜供与については,「適当な場合には」行うこととされており,また,第21条第3項においても,「援助することができる(may)」という規定振りになっているが,子の返還に係る申請を受領した場合と同様の措置をとることが適当と考える。(なお,司法上の手続開始の便宜供与については,子の返還の場合とは異なり,当該便宜供与が条約上の義務とされているわけではないが,司法手続が開始される場合には子の返還の場合と同様の援助を行うこととすることが適当と考える。)。

【参考 各国の対応】

1.米国

 中央当局は,子の所在特定,更なる害の防止,問題の友好的解決,社会的背景の交換,法律上の援助・助言につき,返還申請の場合と同様の措置をとっている。

2.英国

 第21条に基づく中央当局の義務は,事務弁護士(Solicitor)を探すことに限られる。事務弁護士が,申請者を代理し,法律援助を申請する。ただし,国内事案と同様に国内法に基づく手続が行われるのみ。

3.フランス
(1)子の所在特定
 子の所在特定については,中央当局が教育省を通じ子の就学先を把握する等により対応(民事上の手続)。また,親の権利の妨害罪(監護権を有する親に子を引き渡さない等)で刑事告発がなされた場合には,警察当局が子の所在特定のために捜査することが可能(刑事上の手続)。
(2)更なる害の防止
 中央当局は他国への再連れ去り防止のため,内務省に対し保全措置としてフランス領土から出国差止処分を求めることが可能。当事者の一方が子に対する害を主張した場合は,中央は控訴員検事局に対して情報を通知。
(3)問題の友好的解決
 中央当局は子と共にいる親の意見を聴取し,外国の中央当局に伝達。当事者の同意が成立しない場合は申請者に対し土地管轄を有する家事裁判官に提訴するよう勧める。同意が成立する場合はフランス中央当局の調整支援の提供を求めることも可能。
(4)社会的背景の交換
 中央当局は社会福祉士を介して子の状況に関する情報を得るため,子と同居している親と直接連絡を取ることができる。家事裁判官に提訴されている場合には,家事裁判官は職権等で家族の構成員の社会調査等を命じることができる。
(5)法律上の援助・助言
 収入要件,居所要件及び受理要件を満たせば法律扶助が付与される。フランス中央当局は,土地管轄を有する裁判扶助事務所に提出するため,その親に対し,裁判扶助の申請書用紙を送付する。
4.ニュージーランド
(1)子の所在特定
 子の所在を特定するために情報が不十分であれば照会を行う。
(2)更なる害の防止
 個別事案の事情による。
(3)問題の友好的解決
 全ての事案に問題の友好的解決を提案する。
(4)社会的背景情報の交換
 接触の権利手続で本件情報が求められることは稀である。
(5)司法手続の開始支援
 中央当局は,弁護士を指名し,申請者が要件を満たしているか確認する。要件を満たしていれば裁判所に対する申立ての準備。
(6)法律上の援助・助言提供
 申請が受理された場合であれば法律扶助が与えられる。

B 嘱託事案

(1)嘱託事案において,中央当局が接触の権利に係る場合,中央当局は,連れ去られた子が居住している国の中央当局に対し,当該申請を転達することとする。

【参考 各国の対応】

 嘱託事案における接触の権利の享受又は行使を促進するための措置を国内法で規定している国は少ないが,数少ない例としては以下のとおりである。

1.英国

 必要に応じ国内法に関する一般的情報の提供を行っている。

2.ニュージーランド
(1)子の社会的背景に関する情報の交換
接触の権利手続で本件情報が求められることは稀である。
(2)国内法に関する一般的情報
国内法に関する一般的情報の提供を行っている。
(2)上記申請の結果,我が国に居住する親との面会のために,子が一定期間,我が国に滞在することとなった場合,接触の権利が平穏に享受されるよう支援するための具体的措置については,引き続き検討の上,政省令又はガイドラインで規定することとしてはどうか。
(補足説明)

 条約第5条bにおいて,「「接触の権利」には,一定の期間子をその常居所以外の場所に連れて行く権利を含む。」とされている。「グッドプラクティス集」によれば,嘱託国において親子の接触が行われる場合の嘱託国中央当局がとるべき措置として,①子の主たる監護親に対し,接触の具体的実施計画や旅程,相手親の連絡先等が書面に記されたものを入手するようアドバイスすることにより,接触の権利が相手親によって不法に行使される(子の所在を隠す,所定の期日になっても監護親に子を戻さない等)場合に支援すること,②接触の具体的実施計画や旅程を入手しておくこと,③接触の期間中に問題が生じた場合の支援機関の連絡手段を確保すること,が挙げられている(p63-64)。

9.不服申立て等

(1)不服申立ての可否

 中央当局が,条約が定める援助の申請(条約第8条及び第21条)に対してとる措置のうち,申請に基づき実施する具体的な援助行為(条約第7条第2項)は,いわゆる行政庁による処分に当たらない(したがって,当事者からの不服申立て及び行政事件訴訟法に定める抗告訴訟の対象とはならない。)と整理することでよいか。

 他方で,中央当局による申請の却下(条約第27条に規定されている,要件不具備又は申請に十分な根拠がないことが明白な場合における申請の不受理及びその理由の通知)については,行政処分に当たると整理することでよいか。

(補足説明)

 我が国においては,一般的に行政庁がとった措置が,行政不服審査法に基づく不服申立て及び行政事件訴訟法に基づく抗告訴訟の対象となるには,その措置が処分性を有することが要件とされている。そのため,立法上中央当局が条約の規定に基づいてとる措置を行政処分と位置付けるか否かについて,検討する必要がある。以下ア及びイに分けて検討する。

ア 中央当局が実施する具体的な援助行為

 これまで中央当局が果たすべき役割につき検討してきたが,中央当局が実施する具体的な援助行為(子の所在の特定,当事者への助言,更なる害の防止のための措置等)は,特定の名宛人の権利義務関係を形成したり,法的地位に直接影響を及ぼしたりするものではないと考えられる。中央当局が実施する個々の措置は,連れ去られた子やその両親(TP及びLBP)との関係においては,あくまで事実行為にとどまるものであり,例えばLBPが中央当局による援助が不十分であることを理由として個々の具体的な援助行為の義務付けを求めるなどの訴えや不服申立てになじむものでもない。

 特に,一連の手続の迅速性を重視する条約の趣旨に鑑みれば,司法上の返還手続に至る前の段階で,中央当局の措置につき争う意義は大きくないと思料される。他方,これは処分性がない故に,行政訴訟や不服申立てが認められないというにすぎず,当事者が,中央当局の措置により違法に損害を受けたとして,国家賠償法に基づく賠償請求をすることを排除するものではもちろんない。

イ 中央当局による申請の却下

 中央当局による申請の却下(条約第27条に規定されている,要件不具備又は申請に十分な根拠がないことが明白な場合における不受理及びその理由の通知)については,別途の検討が必要となる。

 一般に条約その他の国際約束は締約国間の権利義務関係を設定するものであり,例外的なものを除いて,条約が個人に直接権利を付与する性格のものではない。そして,ハーグ条約についても,条約の規定に照らして,中央当局による援助の申請を受理しないこと自体について不服申立手続の手段を設けることが同条約上の義務となっているわけではない。また,中央当局が援助の申請を却下したとしても,申請者が直接裁判所に対し子の返還命令を申し立てることは可能であることからすれば,この点のみにつき不服申立ての機会を認めるべき必要性は薄いとも思われる。

 しかし,他方で,中央当局が条約第27条所定の理由により申請を却下すれば,中央当局として当該申請者に対する援助を実施しないことが確定するのであるから,中央当局による申請の却下は,申請者の,中央当局による援助を受けるという手続上の地位を否定する効果(注:いわゆる嘱託事案)においては,我が国中央当局になされた申請につき,我が国中央当局が要件を満たさないとして他国中央当局への転達を行わないことにより,我が国中央当局及び他国中央当局による援助を受けるという手続上の地位を否定する効果)を生じさせる行為であるとみることができる。そして,かかる行政庁の行為によって生じた上記効果を,一連のプロセスの他の段階において不服申立てにより回復できる見込みは少ない。上記の点を踏まえると,立法上,援助の申請の却下については処分と構成して,不服申立てを認めることが適当と思料される。この場合において,援助の申請の審査等につき国内担保法においていかに規定すべきかについて,また中央当局による具体的な審査の在り方(要件や審査の方法等)及び不服申立ての方法について,今後さらに検討していくこととする。

(2)標準処理期間

 上記を踏まえ,我が国中央当局になされた申請(LBPによるもののほか,他国中央当局から転達されたものを含む。)に対する審査及びその結果の応答については,行政手続法第二章に規定される「申請に対する処分」として,同法第6条に基づく「標準処理期間」を設定するものとすることでどうか。

(補足説明)

 上述の説明のとおり,申請の却下を行政処分と整理することとし,当該申請は行政手続法第2条3号に規定する申請に当たるものと解すれば,同法第6条に基づき,申請に対する諾否の応答までの標準処理期間の設定が必要となると思料される。なお,この諾否の応答とは,中央当局による援助を受けるという手続き上の地位が認められるか否かについての応答である。

 条約第27条に基づいて申請を却下する(中央当局による援助を拒否する)場合については,同条後段において当該申請者又は当該申請を転達した中央当局に対してその理由を直ちに通知することとなっていること及び子の迅速な返還の確保という条約の趣旨からも,中央当局として一定の期間内に当該申請に対して諾否の応答をすることが適当と思われる。なお,標準処理期間については法令上で定める必要は必ずしもなく,今後検討の上,同法第6条後段の規定に基づいて適当な方法により公にしておくこととなる。

参照法令
行政手続法

(定義)

第二条  この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

一 (略)

二 処分 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。

三 申請 法令に基づき,行政庁の許可,認可,免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)を求める行為であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。

第二章 申請に対する処分

(審査基準)

第五条  行政庁は,審査基準を定めるものとする。

2 行政庁は,審査基準を定めるに当たっては,許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

3 行政庁は,行政上特別の支障があるときを除き,法令により申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

(標準処理期間)

第六条 行政庁は,申請がその事務所に到達してから当該申請に対する処分をするまでに通常要すべき標準的な期間(法令により当該行政庁と異なる機関が当該申請の提出先とされている場合は,併せて,当該申請が当該提出先とされている機関の事務所に到達してから当該行政庁の事務所に到達するまでに通常要すべき標準的な期間)を定めるよう努めるとともに,これを定めたときは,これらの当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により公にしておかなければならない。

(申請に対する審査,応答)

第七条 行政庁は,申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請の審査を開始しなければならず,かつ,申請書の記載事項に不備がないこと,申請書に必要な書類が添付されていること,申請をすることができる期間内にされたものであることその他の法令に定められた申請の形式上の要件に適合しない申請については,速やかに,申請をした者(以下「申請者」という。)に対し相当の期間を定めて当該申請の補正を求め,又は当該申請により求められた許認可等を拒否しなければならない。

(理由の提示)

第八条 行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならない。ただし,法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは,申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。

2 前項本文に規定する処分を書面でするときは,同項の理由は,書面により示さなければならない。

行政不服審査法

(定義)

第二条 この法律にいう「処分」には,各本条に特別の定めがある場合を除くほか,公権力の行使に当たる事実上の行為で,人の収容,物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの(以下「事実行為」という。)が含まれるものとする。

行政事件訴訟法

(抗告訴訟)

第三条  この法律において「抗告訴訟」とは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。

2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決,決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。

3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは,審査請求,異議申立てその他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決,決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。

4 この法律において「無効等確認の訴え」とは,処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。

5 この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは,行政庁が法令に基づく申請に対し,相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず,これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。

6 この法律において「義務付けの訴え」とは,次に掲げる場合において,行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。

一 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。

二 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において,当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。

7 この法律において「差止めの訴え」とは,行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において,行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。

戸籍法

第七章 不服申立て

第百二十一条 戸籍事件(第百二十四条に規定する請求に係るものを除く。)について,市町村長の処分を不当とする者は,家庭裁判所に不服の申立てをすることができる。

第百二十二条 第百七条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。),第百七条の二,第百十条第一項,第百十三条又は第百十四条の許可及び前条の不服の申立ては,家事審判法(昭和二十二年法律第百五十二号)の適用に関しては,同法第九条第一項甲類に掲げる事項とみなす。

第百二十三条 戸籍事件(次条に規定する請求に係るものを除く。)に関する市町村長の処分については,行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六十号)による不服申立てをすることができない。

第百二十四条 第十条第一項又は第十条の二第一項から第五項までの請求(これらの規定を第十二条の二において準用する場合を含む。),第四十八条第二項の規定による請求及び第百二十条第一項の請求について市町村長がした処分に不服がある者は,市役所又は町村役場の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長に審査請求をすることができる。

第百二十五条 前条の処分の取消しの訴えは,当該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ,提起することができない。(定義)

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