人権・人道

ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会
第1回会議 議事概要

平成23年7月27日

1 山花外務大臣政務官からの冒頭挨拶

 外務省においてハーグを担当大臣政務官として一言ご挨拶申し上げる。5月にハーグ条約の締結に向けた準備を進めることが閣議了解され,国内担保法の作成作業を進めている。
 国内担保法は,司法手続部分は法務省が法制審議会にて議論が開始されている。外務省が担当する中央当局部分についても法制審と同じように透明性を確保した議論を行うことが重要であり,この懇談会を立ち上げた。
 外務省が中央当局の任務を十分に果たすためにはどのような業務を行う必要があるか,どのような問題を解決する必要があるか,様々なご経験・ご見識をお持ちの皆様のお知恵を拝借したい。関係府省庁にもご足労いただいたが,それぞれの役割を果たし,政府一体として子の福祉に資するような良い制度を作るべく,有意義な議論が行われることを期待する。

2 懇談会の趣旨等

(参加者の自己紹介は省略)

(鶴岡外務省総合外交政策局長)
 国内担保法の立案にあたり,外部の意見を幅広く聴取し,透明性のある議論を踏まえた形で中央当局の制度を設計すべく,法務省で行われている法制審と並行して,中央当局の在り方に関する懇談会を立ち上げた。今回は第1回目の会議であり,出席者間の顔合わせと今後の議論のための論点を整理していきたい。
 今後は,法制審での議論の推移も見つつ,月1回程度の頻度で懇談会を開催したい。法制審と歩調を合わせ,どこかのタイミングで検討した案をパブリックコメントにかけることとする。
 この懇談会での議論を今後の国内担保法案の作成等,中央当局の立ち上げ準備作業に反映させたい。
 座長は小早川教授にお任せすることで異論なきや確認したい。御異議はないか。(これに対し,参加者からの異論は出されなかった。)

(小早川教授(座長))
 ただ今,本件懇談会の座長を仰せつかった。皆様方のお力添えを賜り重責を果たしたい。まず始めに,配布されている資料について事務局から説明させる。

(辻阪外務省総合外交政策局子の親権問題担当室長)
配布資料は,(1)出席者リスト・座席表,(2)主要論点,また(3)参考資料として「条約概要」,「和英対訳」,「法律骨子案」,「主要国におけるハーグ条約の国内実施方法」,「各国の国内法」(日弁連作成資料)である。

(小早川教授(座長))
 議論に入る前に,議事概要における発言者名の取扱いについてお諮りしたい。本件懇談会は,既に説明のあったとおり,ハーグ条約の実施のための国内担保法における中央当局の在り方について議論する場であり,同条約の司法手続に係る部分を議論する法制審議会部会と並行して開催されるものと承知している。御出席者からの意見を聞いた上で,議論の内容,発言者名を明らかにすることによって自由な議論が妨げられるおそれの程度,議論の過程の透明化という公益的要請等を考慮し,発言者名を明らかにするか否かを決めることができるものと考えられる。法制審議会における審議の発言者名は明らかにされていることから,本件懇談会においても議論の透明化を図ることは重要であると思う。事後的に対外公表される議事概要において,発言者名を明らかにしたいと考えるがいかがか。(出席者からの異議はなく,議事概要において発言者を明記することにつき了承された。)

3 主要論点に関し

(小早川教授(座長))
 今回は第一回の会合ということで,ハーグ条約の中央当局の在り方に関し,論点の洗い出しの観点で,フリーディスカッションを行いたい。本懇談会において検討すべき論点につき,事務局から説明をお願いする。

(辻阪外務省子の親権問題担当室長)
 配布資料「ハーグ条約の中央当局の在り方に関する懇談会~主要論点(案)~」は,事務局として主要論点をとりまとめたもの。追加すべき事項があれば今後随時追加していきたい。主要論点は次のとおりである。

(1)中央当局の設置について(中央当局の設置目的と活動の根拠,様々な任務を効果的に実施する上で中央当局に必要な知見や権限の内容・国内の関係機関との連携の在り方),(2)子の所在特定(行政機関や地方自治体等から得られる情報を通じて,子の所在を特定することでよいか,どのような情報が得られれば,中央当局は子の所在を特定できるか。個人情報保護の観点からどのような問題が生じ得るか,必要な措置は何か。行政機関や地方自治体等から得られる情報で子の所在特定をする他,更なる措置を講ずることは適当か。),(3)子に対する更なる害又は利害関係者に対する不利益の防止(子に対する更なる害の防止措置として,国内においてとるべき措置は何か。利害関係者に対する不利益の防止措置として,国内においてとるべき措置は何か。),(4)子の任意の返還又は問題の友好的解決の促進(子の任意の返還又は問題の友好的解決を促進するためにどのような方策が考えられるか。上記の方策を含め,中央当局が,任意の返還又は問題の友好的解決を促進するためにとるべき措置は何か。),(5)子の社会的背景に関する情報の交換(国の中央当局から子の社会的背景に関する情報の提供を求められた場合,中央当局は,どのような情報を収集し,当該外国当局に提供すべきか。個人情報保護の観点からどのような問題が生じ得るか,必要な措置は何か。),(6)子の安全な返還の確保(我が国の裁判所命令に従い外国に返還される子に関し,中央当局はどのような措置を講ずるべきか,特に外国に返還された後の子について,どのような対応をとることが適当か。外国の裁判所命令に従い日本に返還される子に関し,どのような対応をとることが適当か。),(7)接触の権利の享受又は行使の促進(接触の権利の享受又は行使を促進するために,中央当局はどのような措置を講ずるべきか。接触の権利の享受又は行使を促進するためにどのような方策が考えられるか。),(8)不服申立て等(中央当局による申請の不受理や中央当局がとった措置の結果(例:子の所在が特定できなかった等)に関し,当事者からの不服申立てを認めるか。標準処理期間の設定等。),(9)その他(中央当局は相談機能をどこまで担うか,外部委託を行う場合,何を中央当局が行い,何を外部委託とするか。ハーグ条約の締結に関連し,外務省として,国内及び海外においてどのような措置をとるのが適当か(啓発活動,相談対応)。)

4 フリーディスカッション

(小早川教授(座長))
 フリーディスカッションに移りたい。今事務局から説明のあった諸論点について,また,それ以外の論点についても,御自由に御発言頂きたい。

(大谷弁護士)
 次の4つに点について質問をしたい。(1)今後の進め方について,月1回程度の頻度で懇談会を開催し,法制審議会と歩調を合わせていくとの説明があったが,本件懇談会ではいつの段階で議論をまとめるのか。(2)説明いただいた主要論点について,どのような方法・スケジュールで議論を進めていくのか。(3)パブリックコメントにかけるおおよその時期について把握したい。(4)中央当局の在り方・任務については,日弁連としても実務を担う者として大変高い関心を有しており,ドメスティックバイオレンス(DV)や連れ去られた子に対する虐待といった観点からの議論も必要と考えるが,関係者からのヒアリングの機会を設けていただきたいと思うがいかがか。

(辻阪外務省子の親権問題担当室長)
 大谷弁護士のご質問の(1)については,法制審議会では議論の進展を踏まえて結論を出していくとの方針であることを踏まえ,本件懇談会においても議論のとりまとめの時期について具体的に定めていない。月1回のペースで会議を開催し,十分な議論を尽くしつつ,迅速な議論も必要である。現時点では終わりの時期を区切ることはできないと考えている。(2)主要論点については今回の会議を踏まえて進めていきたい。(3)パブリックコメントについては,法制審議会においては一定の議論の方向性が見えたところでパブリックコメントにかけることになっているので,本件懇談会においてもある程度の議論が進んだ段階で,法制審議会と時期を合わせてパブリックコメントにかけたいと考える。(4)ヒアリングについては,必要であれば,機会を設定することを検討したい。

(小早川教授(座長))
 法制審議会部分と本件懇談会が議論する部分のパブリックコメントは別々に行うのか。

(辻阪外務省子の親権問題担当室長)
 パブリックコメントにかける案は2つの独立したものになるが,同じタイトルで2つの案を同時にパブリックコメントにかけることを想定している。

(棚村教授)
 ハーグ条約を実施する上で,中央当局は重要な役割を果たす機関である。特に,国際協力というアプローチからは要となる組織である。中央当局の任務と子の返還に係る司法手続部分は,相互に密接な関係を有する両輪であり,現在のそれぞれに関する議論は相互に連関しており,密接に連携を取っていくことが必要である。
 ハーグ条約の理念は,不法に連れ去られた子の迅速な返還であり,この理念を踏まえ,中央当局は種々の段階において,様々な手段を用いて関係当事者を支援していくことが必要である。今後,他のハーグ条約締約国の国内実施状況を参考にしつつ作業していくことになるが,これら締約国はすでに条約実施の実績を20年,30年と積み重ねてきている。一方で,日本は制約のある条件の下で,ハーグ条約を実施していかなければいけない。既存の制度との問題や限られたリソースと権限といった現状の限られた枠内で,国内関係機関と最大限協力し,ハーグ条約の理念を実効的な形で実現していくことが肝要である。理念と現実とを勘案しつつ,実行可能な制度や他機関との協力を構築していかなければならない。
 その中で特に重要な点は中央当局による対内的な連絡調整機能である。日本国内の行政機関は,各行政機関が,特定の業務に特化し,専門性の高いサービスを提供しており,縦割りの傾向にある。こうした行政機関が横の連携をどのようにとっていくかということが,ハーグ条約を実施していく上での大きなテーマである。

(古谷最高裁判所事務総局家庭局参事官)
 子の返還命令を出す裁判所として意見を述べたい。中央当局は子の所在特定等につき条約上重要な任務を負うこととなる。ハーグ条約に基づく子の返還命令を実効的なものにするためには,中央当局が条約上の義務をきちんと履行することが前提となる。本懇談会では,こうした点を踏まえた上で中央当局の活動や組織についてご議論いただきたい。(オブザーバー)

(藤原教授)
 国内関係行政機関の情報共有が課題となると思うので,その問題につき一般論を述べたい。ハーグ条約の実施において,中央当局は,厚生労働省,文部科学省,警察庁等の関係省庁から情報を実効的に得る必要があるが,一方で,個人情報保護の観点から,行政機関個人情報保護法との論点について議論することが必要である。
 この論点に関して悩ましいのは,条例や民間部門の個人情報保護法との関係であり,中央当局による子の所在特定に係る情報につき,多くの地方自治体及び民間機関は提供をためらうことが想像される。特に,DV事案の場合,一般の開示請求であれば,当該保有個人情報の存否についてすら応答を拒否する地方自治体が多く,かなり丁寧な対応をとっている。各自治体毎に条例やそれに基づく政策が異なるのも事実。また,NPOを含めた民間団体が中央当局に対し個人情報を提供する場合,実効性を考えると,個人情報保護法第23条の例外規定たる法令を定める必要がある。所在特定のためにはどのような情報が必要かを整理する必要があるが,このような状況でどのような方法をとるかがポイントとなる。
 加えて外国との関係においては,他国との間で個人情報を交換することを規律する法律は存在しない。ただ,外国との間での情報交換の規定については,警察が行っているマネー・ローンダリング関連の情報共有や航空便の乗客の情報の共有といった例が参考となり得るが,ハーグ条約の理念との関係でハーグ条約ならではの論点にも対処する必要がある。
 なお,主要論点(案)の8において,中央当局による申請不受理に対し当事者からの不服申立てを認めるか,との点があげられているが,行政手続法との関係では,申請を不受理ということはならない。また,中央当局の決定に処分性を持たせるかという論点にも関わる。

(杉田弁護士)
 中央当局として子の所在を特定するためにどこまで対応すべきか,また,どこまで対応することが可能なのか,という議論ももちろん重要だが,所在を明らかにしたくない当事者もいる状況で,中央当局は子の所在について得た情報を,子を連れ去られた親(LBP:Left Behind Parent)に対しどこまで提供・開示するのかについても議論が必要である。
 子の社会的背景に関する情報の交換に関連して,在外邦人に対する支援といった観点からの議論が要される。日本から外国への情報提供だけでなく,裁判手続において,外国から子を連れ帰った親の抗弁事由となる可能性がある情報について,日本の中央当局は外国の中央当局等に対し,どこまで手当してくれるのか。当事者に対してどこまで在外公館にて対応してくれるのか等について関心が高い。
 また,子の安全な帰還の関連では,子が司法判断に基づき常居所地国に返還された後に,外務省としてどこまで対応が可能であろうか。ハーグ条約の事務局は,子が返還された後の本案審理の結果については追跡調査しておらずその予定もないとしている。他方で,果して子が返還された後に,子の福祉に適う生活が確保されているか等について状況をできる限り把握すべきではないかと思い,その点につき検討してほしい。

(大谷弁護士)
 子の所在特定について,日弁連では十分に議論されたわけではないが,中央当局の任務に係る国内担保法で,関係行政機関の保有する情報へのアクセスを可能とする包括的根拠規定を置くことで良いのか。例えば英及び豪では,情報開示を求める際,一件ごとに裁判所が所在発見命令を出し,情報へのアクセスを確保するようなケースがあり,どこへ情報を求め,その情報開示の要否・適否につき司法審査を経ている。こうした対応が必要かについても議論すべきである。
 ハーグ条約第7条第2項eでは,自国の国内法について一般的な情報を提供する旨規定されているが,日本から子が連れ去られるケースでは我が国の法令・制度につき英語で提供できる情報が揃っていることが重要。特に外国裁判所で,監護権の制度やその事案における親の監護権の有無等につき問われたりすれば,時間がかかってしまうことがあり,予め一般的に整理しておいて欲しい。
 一方で,日本に連れ去られた子(Incomingケース)についての申立てがなされ,我が国で司法手続がとられる場合,監護権の侵害の事実を申立人が立証する必要があり,その際に,外国の最新の関連法を和訳の上,証拠として裁判所に提出することは大きな負担である。中央当局において,返還の申請書を受け取った際に相手国中央当局からそれらの情報を入手してもらったり,他締約国の関連法令等を中央当局で収集の上和訳し,関係者が共通資料として利用できるような体制を取ることを検討していただきたい。すくなくとも,日本との間でのIncomingケース案件数が多い国,例えば米国等については,各州の法律の和訳について資料を整備することを検討頂けないか。
 また,ハーグ条約第13条第1項bの子の社会的背景に関する情報共有との関係では,常居所地国におけるDV関係の法制や,子の保護に関する法制や保護機関等の情報について,個々の案件ごとに資料を準備することは膨大な作業と時間が必要となる。これらについても,特に案件数の多い国については,調査の上共有して欲しい。
 法制審議会における議論において,中央当局は申立人にならないとの案が示され,日弁連のワーキンググループでもこの点について大方の合意は得られている。この関係で,申立人に対する法律支援,特に当事者への弁護士の紹介につきいかなる体制が良いかといった点についても,検討項目に追加して頂きたい。

(棚村教授)
 法務省において,戸籍事務や渉外戸籍案件の処理の関係で,海外の法令の概要や実務等について情報収集していると承知している。こういった調査には外務省も協力していると思うが,他方で,誰が翻訳するかという点については,外務・法務両省だけではなく,日弁連や学界の研究者が協力して対応することが現実的である。ニーズがある話でもあり,今後,法令,判例,実務の実態に関する情報収集やその翻訳については,一か所でやるのではなく,広く渉外事件に関与する多く関係者のネットワークにおいて対応していくべきではないか。  弁護士の紹介に関しては,中央当局を法務省・司法省に置いている国については,そういった対応も可能であるかもしれない。しかし,日本の場合は,中央当局は外務省に設置されるので,調整機関としての機能はあっても,現実のサービスの提供には困難な面がある。例えば,日弁連が弁護士リストを作成するといった協力も必要である。
 本懇談会においては,外務省のみの問題ではなく,外務省を中心とした中央当局の在り方や関係機関との協力体制につき議論したい。また個人情報保護についても繊細な扱いが重要となってくる。各国の対応はまちまちであるが,子を連れ去った親が提供することに同意していない情報や,子を連れ去られた親に対して開示しない情報等について,必要性と弊害とのバランスを考えて柔軟に議論していくべきである。

(金子法務省大臣官房参事官)
 子の返還手続について言えば,国内法の裁判手続でこれまでの十分な蓄積があるので,ハーグ条約の特殊性を加味したとしても,同条約に係る子の返還手続の仕組みが全く思い浮かばないといった荒唐無稽なものにはならないことが容易に想像できる。
 一方で,中央当局がどこまでその任務を実行に移していくかについては,かなりの幅があり,制度設計次第であろう。締約国の例を見ても,様々な対応があり正答があるわけではない。他の締約国は,ハーグ条約を締結し,中央当局を立ち上げ,実際に10年,20年と条約を運用し,試行錯誤を重ね,その成果として今の中央当局の姿となっている。現在の我が国での議論は,その成果を見た上でのものとなっているが,今後日本の中央当局がそうした他国のレベルに締約直後に一気に到達することは困難である。締結の前提がある中で,運用後の改善も大いにあり得よう。中央当局の望ましい姿を描くことはもちろん重要であるが,現実的な側面を見て議論していかないと,早期の国内法整備が困難となる。一足飛びですべてを実現するのは困難であろうから,最低限やるべき対応は何かについて見極めていくのではないか。
 諸外国の法制については,各府省庁の所管事項についてはそれなりの情報の蓄積があることが想像できるが,それらの情報は各府省庁に分散している。中央当局の事務の実施については,外務省だけの取り組みだけでは不十分で,全府省庁がオールジャパンとして協力し諸外国の法令を含む関連情報を中央当局に集約する等の対応をしていくべきである。

(大谷弁護士)
 各国法令の収集と和訳については,全部外務省が実施するべきとは限らず,場合によっては,外部委託もあり得るのではないか。弁護士も経験・知見を提供し協力する必要もあろう。実務のノウハウも活用すべきであるし,外国の法令を収集した後に公開することも重要である。
 外国法令の収集と翻訳に問題については,子の不法な連れ去りの未然防止の重要性とも関連がある。各国における別居・離婚時の子の監護に関する法制度につき国際結婚する人が十分意識されていないのではないか。日本人同士が結婚する場合,仮に離婚となった場合でも,親権の取り扱い等について一定程度の理解はあるだろう。一方で,国際結婚の場合,相手の国の監護法・制度について,何の知識も有しておらず,仮に離婚するようなことになったとき大きな問題となる。例えば,国によっては,親権は有している親でも,子を外国に連れていく時は,もう一方の親の承諾や裁判所の許可が必要となるなど,日本とは異なる状況がある。日本国内の例については何となく感覚的にわかっていても,国際結婚の場合は大きくことなる。外国の家族法制の調査は,日本人の理解の促進のためにも重要なのではないか。
 DV法制・子の保護に関する法制については,在外での個別的な対応・情報提供が可能かもしれないが,監護法制については関係者を巻き込んで整備していくことは必要である。DV法制・子の保護に関する法制についても,できるだけ収集し日本語訳を整備し,提供していただきたい。外務省のみならず関係省庁と力を合わせていただくことが重要。

(棚村教授)
 英国や豪州では,子の所在確認に際し,個別に裁判所が命令を出し,いわば一件一件,最も丁寧な所在情報に関する対応をしている。
 他方で,日本の場合は,児童虐待防止法第13条3で,児童虐待の防止の観点から相当の理由がある場合,自治体や児童相談所を含む地方公共団体に資料や情報を求めることができるとなっている。すなわち業務上必要で相当性があれば,例外的なケースを除いて情報を提供できることになっている。ただ,県や市区町村の条例のレベルで情報の扱いへの対応が異なる。
 個々の事案ごとに情報提供の是非を検討させるのではなく,子の返還のため,国内担保法に中央当局が必要な情報を取得することが可能となるような規定を置くべきである。子の所在確認は,ハーグ条約の実施において極めて重要なポイントであり,必要な関係情報をどの範囲で取得できるかについては法律で一般的に規定し,運用において丁寧に情報を取り扱うべく,取得した情報の使用の範囲等についてしかるべく規定を置くべきである。中央当局が持つべき情報が中央当局にきちんと集まるよう,権限を明確化する必要がある。中央当局が情報を集められない場合の責任というよりも,原則情報の提供を得て,中央当局の限られた目的と範囲でどう取り扱うかを議論することが極めて重要であろう。

(小早川教授(座長)) 
 基本的には,国内法をもって中央当局に子の所在の特定の任務を負わせることが必要である。子の所在特定についての法令上の根拠を踏まえて,国の行政機関が情報提供し,また,地方自治体も,法令によるものとして,条例に基づく個人情報の取り扱いの制限に強く縛られることなく,情報提供することとするのであろう。中央当局に権限を付与して子の所在の特定の措置をとらせるという考え方で良いか。

(宮城警察庁生活安全局生活安全企画課長)
 警察が法に基づいて行う照会でも,地方自治体が応じられないと言う場合がある。思うに,情報を提供する側にすれば,その情報がどう使われ,誰によってどのように管理されるのか,皆ナーバスになっている。最終的に情報がどのように使われるのか可視性を持たせるというか,はっきりとさせる必要があろう。そのようにしないと,情報提供の窓口のところで拒否されてしまう。今後,実際に子の所在情報がどのような手順で扱われるのか,情報流れるルートを明らかにする必要がある。LBPに情報が開示されるか否かを含め,これが見えてこないと,たとえ担保法に照会規定を置いたとしても,現実には,実務上困難が生じる。情報の流れのポリシーが示されないと,検討も進みづらいと思われる。

(藤原教授)
 警察庁の発言は,いくら条文に規定がある捜査関係事項照会であっても情報が得られない,協力を得られないケースがある点を示唆されたものと思う。中央当局が,ハーグ条約に基づく事務を実施するにあたっては,スムーズに子の所在に係る情報を集めなければならない。そのためには,中央当局にそのための根拠規定を付与して,民間機関や地方自治体からもスムーズに情報が得られるようにするのであろう。他方,提供する側の行政機関からすれば,目的外使用や第三者提供にあたるわけであり,そのためにも目的拘束をかける旨をはっきりさせる必要がある。
 情報の流れのプロセスの問題,本人又は関係者の関与の要否や同意の問題,中央当局が関係する他者に開示するか否か,中央当局に集まった情報をどのように使うかという問題については,やはり目的拘束を明確にしておけば,社会的支持を得やすいのではないか。

(池原文科省大臣官房国際課長)
 文科省との間では,調査対象となっている子がどの学校に在籍しているのかという点につき関わりが出てくる。基本的に,学齢簿の扱いが課題となるが,公立学校はよいとしても,私立学校やインターナショナルスクール等に在籍している場合は,学齢簿に記載されていないケースもある。どこまでの範囲を調査対象とするのか検討が必要。例えば公立学校であれば,「この辺りの地域」ということが分かれば調査が可能かもしれないが,私立学校に通学している場合は難しい。また国立大付属学校であれば国立大学法人が行政機関等として対応可能と思われる。
 しかしながら,このような調査は,調査対象となっている子の所在がある程度絞られている時は比較的調査しやすいが,果たして広く東京都の全校に調査をかけるといった照会は困難かと思われる。
 また,仮に,子がある学校に在籍していることが判明した場合,子の情報を中央当局に対して提供することにつき,校長が判断することとなろうが,例えば子及び子の親の同意を得ない限り情報提供を拒否できる,または,学校職員と親との信頼関係が損なわれるという理由で拒否できる旨担保法に書き込むことができるか。また,仮にできたとしても条約の履行との関係で問題はないと言えるだろうか。
 逆に国内担保法の検討において,中央当局に提供した子の所在特定に係る情報が,我が国中央当局から,本人の同意なくLBPや相手国中央当局へ提供されることについてどの程度規制をかけることができるのか。

(棚村教授)
 子の所在特定に係る情報については,情報の取得と利用の二つの側面があるということと思う。ただ子の所在情報については国内法に書き込めば法令上の根拠があると言えるので,文科省から提起のあった懸念には手当できるのではないか。
 ただ裁判所への提出や他国中央当局とのやりとりが必要となってくる場合に,実務運用上問題が生じてくる中で,どのような対応をするかということであろう。子の保護や安全な返還といった条約上の義務を中央当局が履行するに必要な範囲で個人情報を取り扱うことは問題ないのではないか。
 そもそも,諸外国では不法な子の連れ去りが刑法犯を構成するケースがある中で,日本では子を連れて実家に戻るといった程度の認識で,認識の差が大きい。子の所在特定において,警察の協力をいかにして仰ぐか,特に外国の警察が上記背景もあり強い対応を取るケースがある中で,家出人の捜索と同程度でよいのかと議論があり得るが,このような文化的な背景もあり,子の捜査に関し,実際に強制措置を行うことは現実的にとても難しい。
 内閣府との関係でも,DVや虐待に関する情報の開示の仕方は非常にデリケートな問題であるが,法令の根拠があればできなくはない問題である。英国や豪州のように子の所在確認情報の提供に司法介入がある例もあるが,日本のような大陸法系の国においては,担保法に権限規定をしっかりと書くということが必要であろう。

(阿部総務省住民制度課住民基本台帳室長)
 住民基本台帳との関係では,そもそも住民基本台帳に記載されていることが前提となるものの,国の法令の執行のためであれば,地方自治体との関係で閲覧や写しの交付請求が可能となることは法令上明確となっている。また,住所不明の際には,戸籍の附票に住所の経歴が記載されているので,日本国民であり本籍地が判明すれば附票を利用できる。また一定の地域に住んでいることが分かるような場合には,住所が特定されずとも一定の単位で閲覧することも可能。閲覧制度を活用して子が住民基本台帳に載っていた場合には,子の住所を調べた上で,同住民票の写しを請求することも可能である。
 他方で,DV又は虐待事例において保護措置が取られている場合は情報提供を厳格に行っているケースもあるが,こうした場合にどこまで情報提供を可能とするかは,それぞれの法令上の事務を所管する省庁の考え方毎に整理してきたところ。

(小早川教授(座長))
 情報をいかにして利用するかがあいまいなままだと,情報を入手する上で厳しいということであろう。子の所在を特定後に誰がどのように関わってくるのかを明らかにしていく必要がある。なお,子の所在特定の論点につき,中央当局と司法との関係がどのようになっているのか具体的に承知したい。

(古谷最高裁事務総局家庭局参事官)
 所在が特定されない子又は親に対する公示送達の論点が法制審で議論されている。中央当局にて所在特定に関しここまで手を尽くしたということがないといけないのではないか。(オブザーバー)

(金子法務省大臣官房参事官)
 本来は子の所在を特定した上で司法手続を求めるべきものであり,司法手続において連れ去った側の親の手続保障を確保すべきであるとの点は,法制審議会でも概ね意見の一致がある。
 また,子の所在情報を中央当局が知るのは良いが,LBPまでもが知る必要はあるのだろうか。裁判所への申立ての関係では,情報の流れを中央当局限りとした上での制度設計も可能であろう。たとえば,裁判所が直接申立人とやりとりを行うケース,裁判所が直接代理人とやりとりを行うケース及び代理人同士でやりとりを行うケース等が考えられ,それにより実務も変わる。ただ,子の友好的返還やそのための面会交流の実施ということも視野に入れると,子の所在情報をLBPに伝える必要があるのか議論する必要がある。

(大谷弁護士)
 司法手続がいったん始まれば,代理人同士でやりとりをすればよく,申立人が子の情報を知っている必要は必ずしもない。他方で,司法手続に入る前の任意の解決に向けたやりとりにおいては,子の情報等を本人に知らせない場合どのようにして誰が解決を促進するのか。すなわち,友好的な解決には最低限の信頼関係の構築が必要だが,申立人に子の情報を知らせないままで,話合いによる任意の解決の促進をうまく進めることができるのか。
 この論点は日弁連として意見がまとまっているわけではないが,子の情報をLBPに開示することについては消極的な意見が多い。ただし,先ほど文科省から本人の同意がない場合拒否できるのではないかとの問題提起があった点につき,ハーグ条約の返還手続においては,LBPが共同または単独の親権者であるケースもあるところ,そのような場合に,連れ去り親(TP:Taking Parent)の所在情報開示を,TP本人の同意に拠らせるべきとしても,子の所在情報自体を共同または単独の親権者であるLBPに一切知らせない仕組みの中で,話合いによる解決に向けた最低限の信頼関係が構築できるのか悩ましいと,個人的には感じている。他方で,中央当局が十分な情報収集をできない場合,制度設計は成り立たず,その場合諸外国からの理解も得にくいと思われる。

(小早川教授(座長))
 時間の関係もあるので議論を先に進めたい。そもそも論的な議論だが,裁判所は任意の返還という実務には慣れているだろうが,中央当局,ましてや外務省にそのような経験はなくその事務を担うことは困難であろう。中央当局が作業をしている段階で,中央当局が和解を促進するという役割を制度に入れるのが良いのであろうか。

(棚村教授)
 国によっては,中央当局に法務省を指定するケースと,外務省とするケースの2通りが挙げられる。長年調停委員をやってきたが,その経験からいえば,中央当局が行う任意的な返還のための具体的な業務としては,円満な解決に向けた助言及び必要な範囲での支援で良いのではないか。
 外務省は,調停等の経験を持つわけではないため,調停を行うための支援は行うものの,司法的部分については,裁判所や研究者・弁護士等を中心に支援を行うべきであると考える。ただ,民間のADR促進・調停機関であっても家族法の世界になると十分な見識を有していないところもあり,今後の課題であろう。現在の調停実務において実際のノウハウは裁判所や調停協会にも多く集積されており,外務省のノウハウがない中で,これらの組織を中央当局が側面支援していくのが現実的ではないか。

(鶴岡総合外交政策局長)
 ハーグ条約の構造を踏まえて申し上げたいが,これまでの議論については,返還命令を出す司法手続を取ることが当然の前提とされている面もある。他方で条約上推奨されるのは,任意の返還であり,司法を介さずに解決することが最も望ましい。第10条に明記されている任意の返還は1つの条文として独立している上,「全ての適当な措置」という強い文言を使っていることからみても,ハーグ条約にとり任意の返還がいかに重要かがわかる。また,条約を読む限り,任意の返還の促進を,中央当局自身が行う必要は必ずしもなく,その場合最も適当な機関にその役割をお願いすることが中央当局の任務となっている。

(小早川教授(座長))
 中央当局が条約上の義務を,我が国全体で果たすように促す責務があるということかと思う。
 議論の終了時間まで残り時間がわずかとなってきたので,本日の議論を踏まえ,今後議論をしていくべき論点につき申し上げる。条約の履行につき,どこまで中央当局が努力をしないといけないのか,どこまで中央当局として取り組んだ上で子の所在の特定をあきらめて良いのか,その際の条件はどうであるか等が挙げられる。
 本日の議論においては,中央当局の役割,懇談会の任務の位置づけ,子の所在特定に関連する情報やデーターの収集方法,諸外国の法制度に関する理解の促進,ネットワーク作りの方策等を中心に意見交換がなされた。
 第一回目懇談会の議論の結果につき再度論点整理を行った上で,次回の懇談会議論では更なる活発な議論が行われることを期待したい。

このページのトップへ戻る
目次へ戻る