
アジア | 北米 | 中南米 | 欧州(NIS諸国を含む) | 大洋州 | 中東 | アフリカ

福田総理大臣とU2・ボノ氏との会談
平成20年5月29日
29日午後、福田総理とU2・ボノ氏との会談が39分間行われたところ、概要以下のとおり。
- 冒頭、ボノ氏より40名ものアフリカ首脳と会談されたと伺っており、今回のTICAD IV開催と併せ、総理の努力に深甚なる敬意を申し上げる旨述べたのに対し、総理よりボノ氏の活動についても賞賛申し上げたいと応じた。これに対して、ボノ氏より、自分が活動できるのは、日本の若い人々の「アトオシ(後押し)」があるからであり、自分が目にしたある調査では90%の日本の若者が日本の対アフリカ支援に対して誇りを持っているとしていたが、大変すばらしいことだと思う旨述べたのに対し、総理より、むしろボノ氏が日本の若者を「アトオシ」してくれているのではないかと応じた。総理より、日本の若い人たちの間では、自分たちの価値がどこにあるのかを模索している面もある、ただし、先日会ったアフリカでの活動を終えた青年海外協力隊員達の間で、アフリカでの苦労を通じて自分の価値を見つけたと言っている人たちが多かった、こういう若い人たちが現在アフリカで約1000人活動している、その中の6割が若い女性である、こういう人たちが日本に戻って豊かな経験を話してくれるのは感動的ですらあり、自分は全ての若い人たちがアフリカでこういう仕事をして帰ってきて欲しいと思ってすらいる、それがアフリカをとても良いものにすると同時に、日本も良くすると思っている旨述べた。
- ボノ氏より、自分の価値観が変わったのは、やはり20代でアフリカに行ってからである、現代社会では価値観の混乱が見られ、これからの数年間人々は価値を探し続けることになろう、ただし、今の若者たちは、アフリカで毎日マラリアのために3000人が亡くなり、4000人が治療を受けることなくエイズで亡くなっていることを聞いて、何かをしたいと考えており、今の世代はいわば精神的な覚醒を経験している、この時期に、日本の指導者となられた福田総理のリーダーシップは非常に重要である。かつて、90年代、欧米諸国の間には日本の援助のやり方に対する批判もあったが、昨日の福田総理の演説を聴いた全てのアフリカ首脳が、総理の目線が上から見下ろすものではなく、同じ目線で話されていることを賞賛していた、自分は総理のこのような努力を支援していきたい、是非日本を引っ張っていって頂きたい旨述べた。
- ボノ氏より、自分は国際社会の指導者達の間でいわば橋渡しの役割を務めており、時折、特定の政策を批判することがあっても、いつも最後には各国の首脳は自分の「批判」に感謝してくれる、今般、総理が北海道洞爺湖サミットを主催されるにあたり、九州・沖縄サミットの際に森総理が提案された世界基金が200万人の人命を救ったようなことがもう一度できないかと考えている、日本には東南アジアなどの農業を支援した経験があり農業や食糧の問題で多少のコストはかかるかもしれないが、総理には是非歴史を作っていただきたい旨述べた。これに対して福田総理より、御言葉を非常に心強く思う、アフリカの食糧支援のための具体的な方策については今考えている、加えて、砂漠化の克服、水の利用、気候変動、感染症等の問題にも取り組む必要がある、ボノ氏にも活動を通じて、気候変動、温暖化との闘いの必要性を日本国民に示していって頂きたい旨述べた。
- ボノ氏より、気候変動に関してはアフリカで貧困と気候変動が出会うサヘル・サハラ地域の食糧増産、砂漠化対処、適応基金への拠出を通じた支援が重要である旨述べた。総理より、アフリカでは気候変動への取り組みも重要であるし、また今後は発展のためにインフラ、保健、衛生といった問題についても支援していかなければならない、こうした意識を喚起する上でも、ボノ氏の大きな影響力が使われないのは、マータイ女史の言葉を借りれば「モッタイナイ」、日本に何度も来て頂いて、日本の世論を喚起して頂きたい旨述べた。
- ボノ氏より、(ケネディー元大統領の月面着陸への思いを引用しながら、)総理には指導者として歴史を作って頂きたい、自分は歌で支援をする、福田家の家系は実務的な理想主義者(pragmatic idealist)(夢想家ではない)とお見受けしたと述べ、(これに対して福田総理より、ボノ氏も実務主義者(pragmatist)であると応じたのに対し、)我々は良いチームが作れる、北海道洞爺湖サミットにも協力できる、また、世界の指導者達との間で橋渡しの役も果たしたい旨述べ、堅く握手を交わしつつ、会談を了した。