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屋須弘平展
Juan José de Jesús de Yas
~写真と遺品が語るグアテマラ移住と望郷~
<横浜国際写真フェスティバル>参加展

主催者名

岩手県藤沢町、ガレリアリブロ

問い合わせ先

ガレリアリブロ
EMAIL:galerialibro@nifty.com
INTERNET:http://homepage2.nifty.com/galerialibro/他のサイトヘ

イベント概要

屋須弘平(岩手県藤沢町出身1846-1917)は、1874年横浜で金星観測を行ったメキシコ科学調査隊との出会いがきっかけで、メキシコへ渡り、その後グアテマラで写真館を開いた。その屋須弘平の写真作品や遺品を通じて、ラテンアメリカ移住者の足跡を紹介する。

また、講演会「グアテマラに生きた写真家 屋須弘平」も開催。
講 演:飯沢耕太郎(写真評論家)
日 時:2005年10月15日(土曜日)午後2時~午後5時
会 場:JICA横浜 会議室
入場無料

実施期間

2005年10月4日(火曜日)~11月6日(日曜日)

開催場所

JICA(国際協力機構)横浜2階展示スペ-ス
神奈川県横浜市中区新港2-3-1 電話:045-663-3251(代表)

屋須弘平 1846-1917年:幕末から明治へ移り変わる時代の流れのなか、故郷の岩手県藤沢町を離れ、1874年横浜で金星観測を行ったメキシコ科学調査隊との出会いがきっかけで、メキシコへ渡り、そして終の棲家となったグアテマラで写真館を開く。スタジオ内でグアテマラの人々を撮るばかりでなく、建築や風景写真を残した。また、熱心なキリスト教信者で、洗礼名を Juan José de Jesús de Yasとした。写真術はグアテマラで習得したため、日本での写真創成期に名を残すことはなかったが、グアテマラ国内では高い評価を受けている。

遺品と写真:昨年4月グアテマラから岩手県藤沢町に屋須弘平の遺品136点(手記、日用品、書類、書籍、写真機材、金属板写真、ネガなど)が戻る。別に紙焼き写真20点を取得。本展では遺品と写真作品のなかから合わせて数十点を展示。

 屋須弘平自ら描いた書割を前にしたグアテマラ人たちのスタジオ写真、計算された構図で捉えた建築写真、改宗したキリスト教をテーマにした写真、マリア像に抱かれた死んだ幼子の写真などを残している。

 屋須弘平は、日本の写真創成期の写真家達(上野彦馬や下岡蓮杖ら)とは無縁に、グアテマラで写真術を習得する。横浜で下岡蓮杖が写真館を開いたのは1862年。屋須弘平がグアテマラに開業したのはそれより遅れること18年後の 1880年だった。偶然にも、この二人はキリスト教の洗礼を受けている。ちなみにフェリックス・ベアトは、横浜に写真スタジオ「ベアト・アンド・ワーグマン」を1863年に開業している。

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