在外公館

在外公館・日本企業支援担当官の手記

在シアトル日本国総領事館
領事 石井靖男

平成22年7月

 シアトルといえば、「イチロー」、「マリナーズ」という言葉が皆さんの頭の中に思い浮かぶと思います。アメリカ北西部の一番端に位置するワシントン州の中心都市シアトルは、周辺を含めて人口約百万の都市圏を構成しておりますが、アメリカの地方都市と思っておられる方が多いかと思います。しかしながら、ここにはマイクロソフトの本社、航空機メーカー・ボーイング社の民間航空機製造の拠点、スターバックスの本社、アマゾンの本社といった日本との関係も深い世界的企業の拠点があります。また、これら企業以外にも日本との関係では、アラスカ沖で捕獲される鮭、鱈の漁業基地がここシアトルにあり、日本が輸入するアラスカ沖産のこれらの魚は、その多くがここシアトルから輸出されております。更に、日本で消費されるフライドポテト、小麦といった農産物もワシントン州産のものが非常に多く使われております。

 IT産業、製造業、農林水産業といった幅広い産業分野でここワシントン州とシアトル地区は日本との関係が深く、また長い歴史を有しております。このため当地に進出する日系企業は、これらの産業分野を中心として、当地の企業と強固で安定した関係を築き上げております。そのせいでしょうか、政府の規制関係を含めても大きなトラブルも発生いたしません。しかしながら、このことが新たな企業が進出しづらいという環境も生んでいるかも知れません。主要産業分野における当地企業と日系企業の繋がりがあまりに強く、また歴史も長いため、新しく当地でビジネスを切り開こうという企業にとっては、なかなか参入しづらい部分があるようです。

 私ども総領事館としましては、当地企業とのビジネスを目指して訪問される日本の企業や自治体の経済ミッション等からご相談を受ける中で、名の通った大企業を見ることも大事ですが、それにこだわるのではなくその裾野を構成する産業、企業に目を向けてはどうでしょうかと提案させていただくことがあります。ハードであればソフト、ソフトであればハードをと視点を変えて見てみることもお勧めしております。その上で、セールスポイントを当地の企業やそのビジネス環境に合わせて一緒に考えていくようにしております。例としましては、航空産業の誘致に熱心な日本の自治体からのミッションが当地を訪問された際、当館よりいくつかの米国航空関連企業等をご紹介させていただき、どのようなアプローチをすればよいか一緒に考えました。ご紹介したのは日本ではほとんど名前の知られていない企業ですが、その分野でビジネスをほぼ独占しているという企業もあります。実際に訪問した企業の中で自治体の誘致に興味を示す企業があり、現在両者の間で情報交換が行われております。また、同じく当館からご紹介した中で、自治体の誘致が成功し、ここシアトル及び米国の他地域の航空関連企業と提携した日本での新たな航空ビジネスが日本の地方都市で今生まれようとしている例もあります。

 また、日頃からこちらの米国企業等と仲良くしておくことも重要だと感じております。それらの企業からの相談を聞く中で、米国企業のためだけでなく、日系企業等のビジネスの拡大につながる話が出てくることがあります。これも一つの例ですが、ワシントン州を訪問する外国人旅行者の数は、日本人がカナダ人に次いで第2位の多さとなっております。これを一つのセールスポイントとして、当地の鉄道会社と日系旅行会社とのビジネス・マッチングを当館が間に立って実施した結果、提携に結びつくということがありました。話の発端は、この鉄道会社のマーケティング戦略会議というものに当館から出席した際に、当地を訪問する多数の日本人旅行者及び日系人へのプロモーションを考えてはどうかと当方より提案したことがきっかけでした。この鉄道会社は州政府の支援により旅客輸送を行っているのですが、マーケティング、宣伝等に使える費用はそれほど多くありません。効果的にマーケティングを拡大するという課題に悩んでおりました。始めは我々の単なる思いつきでしたが、やってみると鉄道会社及び日系企業双方がお互いを知るよい機会を提供することとなったようです。小さなところではありますが、ここから日系企業と当地鉄道会社との新しいビジネスが始まりました。

 ビジネスの世界は、競争も激しくまた多岐に渡って専門性が広がっています。経営のコンサルタントでもない我々としましては、日系企業支援という形でビジネスの世界に入っていくのは簡単ではありません。そういう意味では、全ての分野に渡って支援ができるものではなく、また、うまく話が進む例自体も少ないものですが、我々なりに企業と同じ視点に立って一緒になって考えることが大事ではないかと思っております。我々の経験や情報を生かせる分野を中心として、今後も日系企業の支援という重要な任務をがんばって参りたいと思っております。


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