I.実施計画に基づく事後評価
2. 政府開発援助(ODA)
(1)政府開発援助における政策
貧困削減に関する我が国の援助政策
経済協力局開発計画課長 岡庭健
平成18年5月
目標
|
途上国の教育、保健医療・福祉、水と衛生、農業などの分野への支援を通じ、貧困削減に寄与する。また、途上国の持続的成長、雇用の増加及び生活の質の改善に貢献する。
|
施策の背景・概要及び必要性
|
(1)貧困人口は世界全体では減少しつつも(但しサブサハラ・アフリカにおいては近年微増(1990年:227万人→2001年:313万人))、いまだ約11億人が1日1ドル未満(国際貧困ライン)の所得水準で生活しており、貧困削減は国際社会が共有する重要な課題となっており、必要性が高い。
(2)このような状況に対処するため、2000年9月に開催された国連ミレニアム・サミットを経て、貧困削減、ジェンダー格差、保健、教育、HIV/エイズを含む感染症の拡大防止、環境等について2015年までに達成すべき目標を盛り込んだミレニアム開発目標(MDGs)が採択された。その後経済協力機構開発援助委員会(OECD-DAC)は「DAC貧困削減ガイドライン」を取りまとめ、貧困を所得や消費などの観点だけから捉えるのではなく、人間の基礎的な潜在能力、すなわち選択の幅や自由度が欠如した状態としても捉えるものと定義している。
(3)我が国は、2003年に改定したODA大綱において「貧困削減」を重点課題の一つと位置づけ、「教育」、「保健医療・福祉」、「水と衛生」並びに農業」などの分野における協力をより重視しつつ、途上国の人間開発、社会開発、さらには持続的成長を支援するとした。また、2005年に改訂したODA中期政策においては、「発展段階に応じた分野横断的な支援」、「貧困層を対象とした直接的な支援」、「成長を通じた貧困削減のための支援」及び「貧困削減のための制度・政策に関する支援」を貧困削減のためのアプローチ及び具体的取組として掲げた。
(4)また、我が国は、貧困削減のためには、貧困対策や社会開発分野での貧困層に直接影響が及ぶような支援のみならず、経済社会基盤(インフラ)整備を中心とした経済成長を通じた貧困削減を重視してきている。
|
投入資源
(コスト)
|
(1)教育分野:無償:150.57億円、円借款:143.58億円、研修員受入:2,128人、専門家派遣:290人、協力隊派遣:304人
(2)保健医療分野:無償:243.34億円、円借款:92.09億円、研修員受入:3,303人、専門家派遣:581人、協力隊派遣:267人
(3)水と衛生:無償:204.35億円、円借款:2,040.48億円、研修員受入:1,120人、専門家派遣:60人
(4)農林水産:無償:24.28億円、円借款:826.56億円、研修員受入:2,592人 専門家派遣:564人、協力隊派遣:229人
(注:いずれも平成16年度。上述のとおり貧困削減に向けた取組は多様であり網羅的に投入資源を記載することは困難であるため、ODA大綱上の重点課題「貧困削減」の項に記載された上記4分野に限定して記載した。)
|
施策の効果の把握方法
(枠組み)
|
第三者評価「貧困削減に関する我が国のODAの評価報告書」(要約のみ別添)を踏まえ、当該政策を目標の妥当性、成果の有効性、プロセス適切性(目標達成のためのプロセスが適切なものであったか)の3つの視点から以下について評価した。また、ベトナム及びエチオピアをケーススタディーとして取り上げて検証した。
|
評価の結果
|
(1)目標の妥当性
上述のとおり、国際社会において「貧困削減」が世界的な問題として捉えられ、2001年に国連ミレニアム開発目標(MDGs)が採択され、またその多様性が指摘されてきた。我が国においてもODA大綱や中期政策の改定、種々分野別イニシアティブの策定を実施し、「貧困削減」を経済・社会の両面から捉えて対応する政策的枠組みを確立してきたところであり、国際的な援助潮流の方向性と合致しており、妥当である。
(2)成果の有効性
以下により貧困削減に関する我が国の援助政策は有効であったといえる。
(イ)我が国はインフラ整備等による経済成長が貧困削減のためにも重要であるとの主張を展開しODAを実施してきている。特に、東アジアは我が国のODAが経済成長の基盤作りに寄与した結果、貧困削減が進み、MDGs達成の軌道に乗せることに貢献した好例となった。我が国ODAによる経済インフラの整備は人材育成支援と相まって、日本の民間セクターからの直接投資、輸出の増加、市場の形成の促進にも寄与し、東アジアの経済は大きく成長した。さらにこうした民間経済活動の拡大は、雇用の増加を通じて貧困層の所得向上に貢献するとともに、企業や国民からの税収により保健や教育といった公共サービスの供給を強化し、貧困削減にも結びついた。
(ロ)その一例としてのベトナムは、近年高い経済成長率を維持し(2003年:7.2%)、貧困率は1992年の58.1%(世銀統計)から2004年の24.1%(同)へと大きく改善されている。このようなベトナムに対して、我が国はインフラ整備、政策・制度整備、人材育成などへの支援を通じて貢献してきた。2004年度までの援助実績は、円借款1兆73.93億円、無償資金協力57.11億円(以上、交換公文ベース)、技術協力614.65億円(JICA経費実績ベース)である。我が国は、同国にとって長年最大のドナーとなっており(2003年DAC集計ベース50%)、同国の経済成長と貧困削減に貢献してきたと言える。
(ハ)アフリカにおいては日本の援助の占める割合は相対的に低く、エチオピアでは、2003年度、米国(567.8百万ドル)、英国(62.9百万ドル)、オランダ(57.2百万ドル)に次ぐ4位(56.5百万ドル))であるが、道路セクターに対してはある程度集中して支援しており(対エチオピア支援全体の約40%(2001年~2004年)、1999年以降日本が支援した舗装道路12%は二国間援助のアウトプットとしては最大であり、エチオピア政府の評価は高い。
(ニ)また、我が国は、エチオピア保健省、UNICEF及びWHOが推進する予防接種拡大プログラムに対して無償資金協力によりポリオ・ワクチン(2001年:全体の38.8%)及び麻疹ワクチン(同:100%)を供与し、WHOのポリオ根絶計画に大きく貢献して国際社会の高い評価を受けた。
(3)プロセスの適切性
以下により、貧困削減に関する我が国の援助政策はプロセスについても概ね適切であったと言える。
(イ)ODA中期政策では貧困削減のためのアプローチ及び具体的取組の一つとして「分野横断的な援助」を実施することとし、ニーズ分析、ネットワークの強化、スキームの連携、国際機関を活用した支援等を規定している。研究機関を活用したニーズ分析の例として、ベトナムでは、現地タスクフォースが政策研究大学院大学(GRIPS)との連携を深め、ニーズの把握や情報の発信に役立てた例が挙げられる(下記(ホ)参照)。
(ロ)また、ベトナムでは有償、無償、技術協力の二国間援助スキームを組み合わせて効果的に援助を実施する取組も複数行われている。具体例としては、「フエ中央病院改善計画」(無償)に関連して、JICAでは同病院を対象とした「中部地域医療サービス向上プロジェクト」(技術協力プロジェクト)を開始し、ベトナム中部地域における医療関係者の能力向上を図っている。これにより、北部、南部での拠点病院支援とあわせて、ベトナム全土での医療能力向上に資するものとなることが期待される。また、ホーチミン市を中心とする南部地域では、同国最大の大水深港湾となるカイメップ・チーバイ新港の整備に際して、開発調査(2004年~2006年)、円借款(「カイメップ・チーバイ国際港開発計画」(2004年~2011年))、及び技術協力プロジェクト(「港湾管理制度改革プロジェクト」(2005年~2008年))の3スキームの連携が図られており、相乗的な効果を念頭においた取組が採られている。
(ハ)エチオピアでは、我が国の比較優位のある支援と他ドナー・国際機関の比較優位のある支援との連携が採られ、相乗効果を生んだ例が見られる。
(ニ)OECD-DACにおいては、2002年以降「貧困削減ネットワーク(POVNET)」にて「インフラ」、「農業」、「民間セクター開発」の3つの視点から議論を行っているが、我が国が「インフラ」部門のタスクチームをリードして経済成長を通じた貧困削減の重要性を説明し、またJBICは世銀、ADBと共同でインフラ整備の調査を実施するなど、貧困削減に向け積極的に取り組んでいる点については評価される。
(ホ)こうした「声が聞こえる援助」の取組は、ベトナムにおいても行われている。ベトナムにおいては、政策研究大学院大学(GRIPS)に調査を依頼してまとめられた報告書「日本の対ベトナム開発協力―貧困削減を伴う広範な成長への支援―」を現地ワークショップの場に提出したり、2003年の支援国会合では包括的貧困削減成長戦略(CPRGS)に大規模インフラの章を追加することを実現するなど、我が国が提唱する大規模インフラの重要性、経済成長を通じた貧困削減の重要性を国際社会にアピールした。こうした民間との連携、外部知識の積極的活用を通じ我が国の援助効果の向上や広報効果が認められた。
(ヘ)貧困削減にかかわる政策として種々の分野別イニシアティブが発表されているが、事前評価を含む事業計画段階においてかかるイニシアティブがどの程度考慮されているのか必ずしも明確ではない点が指摘されている。
|
評価結果を踏まえた今後の取組
|
(1)我が国の東アジア地域に対する支援によるインフラ基盤整備等を進め、同地域の経済成長に貢献すると共に貧困削減に寄与したことは広く認知されている。我が国はこうした成果の国内外への広報に引き続き取り組むと共に、他地域への適用の可能性につき検討を深める。
(2)対ベトナム支援の好例に見られるように、特定地域に集中して我が国援助スキーム間の連携を促進し、援助の相乗効果(プログラム化)を図ることを推進する。
(3)我が国が比較優位を有する部分と他ドナー・国際機関、あるいはNGOが比較優位を有する部分との連携を強化し、援助の効果向上を図る。
(4)援助の「選択と集中」を図るため、被援助国の状況に合わせた援助モデルを構築するよう努める。
(5)我が国の貧困削減に向けた取組を国内外(含:ドナーコミュニティ)で積極的に発信する「声が聞こえる援助」を推進する。
(6)貧困削減に係わる各種分野別イニシアティブを踏まえて事業計画を立案する。
*概算要求、機構・定員要求への反映方針
|
概算要求
|
機構要求
|
定員要求
|
反映方針
|
○
|
―
|
―
|
|
政策評価を行う過程において使用した資料等
|
- 「貧困削減に関する我が国のODAの評価報告書」(平成18年3月)
- (要約のみ別添。全文については外務省ホームページにて公表)
- 〔http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index/shiryo/hyouka.html〕
- ODA白書(2005年)
- 国別データブック(外務省ホームページにて公表)
- 〔http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/jisseki/kuni/05_databook/index.html〕
|
備考・特記事項
|
|
平成17年度外務省第三者評価 「貧困削減に関する我が国ODAの評価」 要約
1.評価の実施方針
1.1 評価の背景と目的
貧困削減は、国際社会が共有する重要な開発目標となっている。日本政府は2003年に改定されたODA大綱において貧困削減を重点課題のひとつとして位置づけ、「教育」、「保健医療・福祉」、「水と衛生」、「農業」などの分野における協力をより重視し、途上国の人間開発、社会開発、並びに持続的成長を支援してきている。
本評価調査は、これまでの我が国のODAにおける貧困削減の取り組みを総合的に評価することにより、今後のより効果的かつ効率的な援助の実施に貢献するための教訓と提言を得ることを目的とするものである。また、評価結果が広く公表されることにより、国民への説明責任を果たすものでもある。
1.2 評価の対象
本評価調査は政策レベル評価の一形態である重点課題別評価として行われるもので、我が国ODAの貧困削減への取り組みに対する援助政策を対象とした評価である。評価対象は、主として2001年度から2004年度までのODAによる貧困削減への取り組みとする。貧困削減の捉え方、対象分野、支援形態が多岐にわたっているため、我が国の貧困削減に関する政策と具体的取り組みを改めて体系的に整理し、評価対象となる政策体系と実施方針を明確化する作業から始めた。
事例分析は、現地調査事例国としてベトナム、文献調査事例国としてエチオピアを対象とする(選定理由は下記1.3)。
1.3 評価の方法
貧困削減の取り組みに関する全体的な政策レベル評価の視点としては、1)援助政策の目的、及び2)援助政策の結果の二つを取り上げ、文献レビューを中心として定性情報の分析により評価を行う。各評価視点の主な評価項目は以下のとおりである。
表1:政策レベル評価の視点と評価項目
評価の視点
|
評価項目
|
1)援助政策の目的
<内容の妥当性>
|
- 貧困削減への取り組みは上位概念であるODA大綱、中期政策における貧困削減の内容にどの程度整合しているか
- 開発途上国側の貧困削減への取り組みにどの程度合致しているか
- 国際的な開発目標や貧困削減への取り組みにどの程度合致しているか
|
2)援助政策の結果
<実績の傾向>
|
- インプットの実績はどの程度か
- 実績の傾向から示唆されることは何か
|
なお、援助政策の結果については、その実施形態・分野が多岐でかつ複雑に関係しあっている上、貧困削減へのインパクトが表れるまでには長いスパンが必要となるため、すべての案件のアウトプット及びアウトカムレベルで把握することは困難であった。したがってインプット(投入実績)を把握することによりその傾向を把握し、なんらかの示唆を得ることを目的とした。
ベトナム、エチオピアの事例分析では、当該国に対する援助政策目的の妥当性、援助政策の結果の二つの視点から評価を行った。アジアで貧困削減と経済成長に成果を上げているベトナムと、アフリカで貧困削減に努力しているエチオピアを比較検討することにより我が国の貧困削減への取り組みの妥当性を評価し、教訓を得ることとした。
本評価調査の実施期間は2005年8月から2006年3月までである。
2.国際援助社会における貧困の捉え方と取り組み
2.1 貧困の捉え方と貧困の現状
貧困の捉え方と本評価調査における定義
貧困の定義には様々な議論があるが、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)が2001年に取りまとめた『DAC貧困削減ガイドライン』では、貧困とは、経済的能力、人間的能力、政治的能力、社会的能力、保護能力の5つの能力が欠如している状態であると定義されている。これは、貧困を所得や消費などの経済的観点だけから捉えるのではなく、人間の基礎的な潜在能力(capability)、すなわち選択の幅や自由度が欠如している状態としても捉えようとするものである。この貧困概念は1990年以降の貧困削減のアプローチを検討するうえで大きな影響を与えた。1990年には「貧困」をテーマにした世界銀行の『世界開発報告』や国連開発計画の『人間開発報告書』が出され、世界社会開発サミット(1995年)、DAC新開発戦略(1996年)を経て国連ミレニアム・サミット(2000年)の場では、絶対的貧困を2015年までに半減することを国際的合意としたミレニアム開発目標(MDGs)が採択された。
本評価調査では、貧困削減をより直接的に捉える視点として、DACの5つの潜在能力を念頭に能力開発の視点から貧困削減の我が国の取り組みを見ていくものである。特に分野別実績として把握が可能な「人間的能力(教育、保健医療、水と衛生など)」及び「経済的能力(経済インフラなど)」を中心とし、政策・制度・組織能力の強化や分野横断的な課題として捉えられる「政治的能力」、「社会文化的能力」ならびに「保護的能力」を「キャパシティ・ビルディング」としてひとつにくくり見ていくことにした。
貧困の現状
貧困の現状を経済的側面から見ると、世界ではいまだに約11億人が、国際貧困ライン未満(1日1ドル未満)の貧しい生活を余儀なくされている。地域別に見ると、貧困人口が最も多いのは南アジアであり、中国を中心とした東アジア・大洋州の貧困人口と合計すると過半数の貧困層がアジア地域に住んでいる。次に多いのがサブサハラアフリカである。ただし人口推移を見てみると、アジア地域は1990年代に貧困人口が目に見えて減少しているのに対し、サブサハラアフリカではその数が増加しているのが特徴的である。貧困のもうひとつの側面である人間的能力にかかわる分野の現状を、「初等教育の修了率」、「乳幼児死亡率」、「安全な水へのアクセス」並びに「衛生施設へのアクセス」といった指標で概観しても、いずれもアジア地域の状況が改善されてきているのに対し、サブサハラアフリカ地域の状況は立ち遅れている。これらから、アジア地域の貧困人口は依然として多いが貧困削減の取り組みが成果をあげてきている一方で、アフリカ地域の効果は顕在化しておらず、貧困削減への取り組みをより強化する必要性が示唆される。
2.2 国際機関の貧困削減への取り組みと国際的潮流
世界銀行は、貧困を「機会(潜在能力)の欠如、発言の機会や代表者を送る機会の欠如、外的ショックに対する脆弱性」ととらえ、貧困削減への取り組みには、「機会の拡大(opportunity)」「エンパワメント(empowerment)」「安全保障(security)」が重要であるとしている。また、貧困削減戦略ペーパー(PRSP: Poverty Reduction Strategy Paper)を開発途上国に要請し、多くのドナーはこのPRSPにそって貧困削減援助を実施している。
国連開発計画(UNDP)は、貧困を経済的側面だけでなく人間開発全般に関わる複合的な視点から見ている。国ごとに平均余命、識字率、就学年数、1人当たりGDP、購買力などをもとに算出した「人間開発指標(Human Development Index-HDI)」を公表し、1997年からは新たに「人間貧困指標(Human Poverty Index-HPI)」を導入した。
アジア開発銀行(ADB)では、貧困とは「すべての人に付与されている基本的資産と機会に対する権利が剥奪されている状態」ととらえ、貧困削減対策の主たる要素として、1)貧困者重視の持続可能な経済成長(雇用と所得の創出)、2)社会開発(人的資本の開発、人口政策、社会資本の開発、ジェンダーと開発、社会的保護)、3)グッド・ガバナンスをとりあげている。
貧困削減に関する近年の国際的潮流は、人間の潜在的能力を拡大することに重点をおいた社会開発、人間開発を推し進めると同時に、途上国側の貧困削減戦略策定を前提とした財政支援当を行ってきた。一方で最近は経済インフラ整備が経済成長にもたらす役割にもあらためて目が向けられており、世界銀行によるインフラ・アクション・プラン、世界銀行、JBIC、ADBによる共同研究「東アジアのインフラ整備に向けた新たな枠組み」、DACの貧困削減ネットワーク(POVNET: Network on Poverty Reduction)における「インフラ」に関するタスクチームの動向などが注目されている。
3.我が国の貧困削減に関する援助政策の評価
3.1 政策目的の評価
3.1.1 貧困削減に係る上位政策
ODA大綱(2003年8月改定)では、重点課題の第一に貧困削減をあげ、「貧困削減は、国際社会が共有する重要な開発目標であり、また、国際社会におけるテロなどの不安定要因を取り除くためにも必要である」とし、重点分野として「教育や保健医療・福祉、水と衛生、農業などの分野における協力を重視し、開発途上国の人間開発、社会開発を支援する」としている。同時に、貧困削減のためには、開発途上国が「持続的に成長し、雇用が増加するとともに、生活の質も改善されること」が必要であるとしている。冷戦後のグローバリゼーションの中で、これまでの人道的背景に加え、貧困削減はテロなどの不安定要因を取り除き、国際社会の安定と発展をもたらし、ひいては我が国自身の安全と繁栄の確保に資するものとして最重要課題に位置づけられている。
1999年の旧ODA中期政策においては、DACの「新開発戦略」の考え方を踏まえ「従来以上に貧困対策や社会開発の側面及び人材育成や制度、政策等のソフト面での協力を重視する」として貧困対策や社会開発分野への支援を第一の重要課題として掲げている。2005年に改訂された新ODA中期政策では、「人間の安全保障」の視点を踏まえ、「貧困削減」、「持続的成長」、「地球規模の問題への取り組み」、「平和の構築」という4つの重点課題へ取り組むとしている。貧困の概念については、経済的側面のみならず社会的側面も重要であるとし、貧困削減に関する考え方として次の点を上げている。
- 貧困削減等2015年までに達成すべき目標を盛り込んだMDGs達成に向けてODAの活用を通じて積極的に貢献する。
- 貧困は、単に所得や支出水準が低いといった経済的側面に加え、教育・保健など基礎社会サービスが受けられない、ジェンダー格差、意思決定過程への参加機会がないといった社会的、政治的な側面を有する。持続的な経済成長は貧困削減のための必要条件である。従って、経済・社会の両面から包括的に貧困削減を目指すことが必要である。
- 貧困を形成する要因は、その国の経済構造、政治、文化、社会、歴史、地理等の諸要因が複雑に絡み合ったものであることを、十分踏まえて支援する。
これら支援を行うための具体的なアプローチ及び取り組みとして、1)発展段階に応じた分野横断的な支援、2)貧困層を対象とした直接的な支援、3)成長を通じた貧困削減のための支援、4)貧困削減のための制度・政策に関する支援の四つの戦略が掲げられている。また新ODA中期政策では、貧困層への直接的な支援に加えて、雇用創出、均衡の取れた発展を通して、国全体あるいは貧困地域を含む地方全体の経済成長を促進して貧困削減につなげる間接的なアプローチも重視されている。この背景には貧困削減に有効な経済成長(pro-poor growth)が長期的な貧困削減の取り組みにおいては重要であるという考え方がある。間接的支援として、人権の保障、法による統治、民主化の促進への支援や、開発戦略、財政・金融政策など政策策定能力の向上に対する支援も重要であるとされている。
3.1.2 援助実施機関の貧困削減に関する実施方針
国際協力機構(JICA)は貧困を「人間が人間としての基礎的生活を送るための潜在能力を発揮する機会が剥奪されており、併せて社会や開発プロセスから除外されている状態」と定義し、貧困削減支援の目標としてDAC貧困削減ガイドラインの5つの能力の向上を目指すために、以下の4項目を設定している。
- 貧困削減のための計画・制度・実施体制整備(政治的能力、社会的能力)
- 貧困層の収入の維持・向上(経済的能力)
- 貧困層の基礎的生活の確保(人間的能力)
- 外的脅威の軽減/貧困層のショックに対する能力向上(保護的能力)
JICAでは、当該国の貧困削減戦略との整合性を踏まえ、貧困層に対する直接、間接的な支援を彼等の主体的な参加のもと持続的な開発事業を実施していくという姿勢で臨んでいる。
国際協力銀行(JBIC)は、DAC貧困削減ガイドラインの貧困定義を基本とし、貧困削減に取り組んでいる。2002年~2004年の「海外経済協力業務実施方針」においては、重点分野の第一に「貧困削減への対応の強化」を掲げ、貧困問題を克服するためには持続可能な経済成長の確保が不可欠であるとし、以下の支援を重点的に行うとしている。
- 経済社会インフラ整備を通じた貧困削減への対応
- 農村地域での基盤整備(灌漑、農村道路、農村電化、上下水道施設の整備等)や小規模金融等、貧困層の雇用・所得の機会増加のための支援
- 貧困層による就業機会へのアクセスを可能とする職業教育等、貧困層の人材育成のための支援
JBICの貧困削減への取り組みは、円借款の実施機関として持続可能な経済成長をめざした社会経済インフラの整備を最重要課題として位置づけているのが特徴的である。長期的な貧困削減の取り組みのためには、貧困削減が優先されるべき国においても経済成長が必要であるという認識のもと、pro-poor growthの経済成長に重きをおいていると言える。
3.1.3 援助政策の目的の妥当性
我が国のODAによる貧困削減への取り組みを評価するにあたって、ODA大綱、ODA中期政策といった政策的枠組(政策体系)と、その下に作成される各実施機関の実施方針を総体的に整理したものが図1である。国際援助社会の動向、我が国ODA政策の内容並びに援助実施機関の実施方針をレビューした結果、我が国の貧困削減に係る政策目的の妥当性は高いと評価できる。その理由は以下のとおりである。
- 我が国の貧困削減政策の目的及び実施方針は、1990年代の国際援助社会の動向と合致している。すなわち、貧困を所得や消費などの経済的観点からのみ捉えるのではなく、人間としての基礎的生活を確保するための機会の提供など多面的に捉えた政策を策定している。また、このような政策目的は、DAC貧困削減ガイドラインに定義されている5つの能力とも呼応するものである。
- 援助実施機関の実施方針は、ODA大綱の理念と合致しており、新ODA中期政策にあるように、「発展段階に応じた分野横断的な支援」、すなわち有償資金協力、無償資金協力、技術協力の二国間援助スキームや国際機関を活用した支援を相手国・地域の事情に合わせて効果的に組合すことにより政策目的の達成が期待される。
- 援助実施機関が、援助対象国・地域ごとの多様な貧困の様相を把握し支援内容を具体的に策定していくために、計画段階における貧困に係る基本情報の調査を実施方針として掲げていることは評価に値する。
一方で、貧困削減を切り口とした援助形態とアプローチが分野横断的の上、貧困の概念そのものが多面的であるため、政策のわかりにくさがあることも否めない。国際援助潮流にも見られるように、社会セクター偏重への反省から貧困削減におけるインフラ支援の重要性が再認識されているが、我が国ではJBICの実施方針にあるpro-poor growthのような取り組みはこれまでも明確に位置づけられてきた。「貧困削減」を重点課題のひとつとして位置づけるのではなく、「貧困削減」をより上位の政策合意として掲げ、その下にいくつかの戦略(社会開発、経済インフラなど)を位置づける方が実施段階においても、また対外的な説明としてもわかりやすいと考えられる。貧困削減をキーワードとした政策体系の再整理の必要性が示唆される。
3.2 貧困削減の取組みの結果に関する評価
3.2.1 本評価調査における貧困削減援助の実績の捉え方
ODAの援助実績のデータは分野別に出されており、貧困削減という枠で捉えることは実はかなりむずかしい。これまで見てきたように貧困削減の対象は多岐の分野や課題にわたっており、従来型の分野ごとの実績だけではその全体像を把握することができないからである。これら限界を踏まえつつ本評価調査では、大きく分けて以下の二つの情報源から実績を把握することとした。
- 援助実施機関(JBIC、JICA)が有する貧困削減案件の定義にそってまとめられた実績
- ODA白書の主要分野・課題別実績のうち、人間的能力に関する分野(教育、保健医療・福祉、水と衛生)並びに経済的能力に関する分野(運輸、エネルギー、通信、農林水産)
3.2.2 援助実施機関による貧困案件の実績
国際協力銀行(JBIC)
JBICは円借款における貧困削減に関わる案件1を集計しているが、2001年度7件、2002年度7件、2003年度12件、2004年度13件であり、年々貧困削減に関わる案件は増加している。その多くはアジア地域で実施されている。
灌漑、地方道路、農村総合開発等JBICが重きを置くインフラ整備や持続的成長のための支援が多いが、教育、保健医療といった人間的能力の向上につながる案件も実施されている。ただし、貧困対策案件には複数のコンポーネントが含まれるものがあり、インフラ整備と人間的能力の向上といった分類が適さない案件もあることに留意が必要である。
JBICの貧困対策案件の全体の円借款に占める割合は、2001年に約12%であったのが2004年度には約21%に大幅に飛躍している。一方で「経済的能力に関する実績」の項で後述するように貧困削減のための持続的成長を支援する経済・社会インフラ整備を含んだ場合、JBIC事業のほとんどが貧困削減への取り組みとして整理することが可能になる。したがって、このデータを以ってJBICの貧困削減への取り組みが増えたとするのはややミスリーディングで、「貧困層直接支援」のタイプの円借款が以前よりも増加の傾向にあるという解釈が妥当である。
国際協力機構(JICA)
JICAの全技術協力額に占める貧困削減分野2の実績は、2001年度19.9%、2002年度19.2%、 2003年度25.4%であり、年々増加している。貧困削減分野の技術協力プロジェクトの地域別、年度別件数実績の推移をみると2004年度の実績は、すべての地域で実施件数は1.5~2.0倍増えている。件数の比較ではアジア地域が最も多いが、アフリカ地域も中南米と並んで件数の増加が見られる。
JICAでは、技術協力における貧困削減分野の実績を、貧困層直接支援(タイプI)、地域社会を通じた支援(タイプII)、政策・制度支援(タイプIII)の3つに分類している。事業形態別にみると、技術協力プロジェクトでは面的広がりによる支援を特徴としているだけに、タイプIIである地域社会を通じた貧困層への支援が最も多い。次いで、タイプI(貧困層直接支援)とタイプIIの複合が多くなっている。これは、例えば、普及型プロジェクトのように住民に直接便益がとどく仕組みを導入したプロジェクトが増えているためであると推測される。タイプIII(政策・制度改革支援)そのものの件数は少ないが、他のタイプとの組み合わせでは、2001年度に11件であったのが2003年度には22件に拡大しており、貧困削減を促進する相手国側の政策・制度改革、すなわちキャパシティ・ビルディングへの取り組みが増えてきていることがわかる。
研修員受入に関しても、同様にタイプII(地域社会を通じた支援)が多い。特に貧困層をターゲットした政策・制度改革支援に係わる研修員受入は2003年度に入り飛躍的に増加(2001年の18人から2002年の70人)しているのが特徴的である。
1 1)案件の受益者に占める貧困層の割合が当該国の貧困層の割合を上回るもの、もしくは当該国貧困層の割合の如何に関わらず案件の受益者に占める貧困層の割合が50%を上回るもの、2)貧困層を直接支援するスキームが組み込まれているものといった条件の、少なくとも一方を満たすもの
2 貧困層をターゲットとしていること、かつ支援内容が重点分野に(貧困者重視の経済成長、貧困層の基礎的生活の確保等)該当する案件、主要な裨益者が貧困層である案件
3.2.3 ODA白書に見る貧困削減実績
人間的能力に関わる分野の実績
2001年度~2004年度の合計実績では、無償資金協力における人間的能力の向上に関わる分野の割合が年々顕著に増加してきており、2004年度には75%近くがこの分野で占められている。貧困層により直接働きかける支援において無償資金協力が以前よりも活用されてきていることがわかる。技術協力では研修員受け入れの3割強が人間的能力の向上につながる分野で占められ、年々増加している。また、協力隊派遣の約4割もこの分野に派遣されている。円借款においては「水と衛生」分野が円借款全体の約3割を継続して占めており貧困層がアクセスできる社会インフラ整備への優先度が高いことがうかがえる。地域別には、アジア向け援助が大きな割合を占めているが、2004年度には教育及び水と衛生の分野においてアフリカ向けへの援助が大きく伸びている。
経済的能力に関わる分野の実績
経済的能力に関わる分野として、「運輸」、「エネルギー」、「通信」、「農林水産」の四つの分野の実績をレビューした。まず、無償資金協力については、2001年度は無償全体の4割近くを占めていたのが2004年度には2割まで減少している。人間的能力に関する協力が7割を超えてきている近年の傾向とあわせると、貧困削減の戦略の中でも特に貧困層の基礎的生活確保に向けての取り組みが無償のスキームでは増えていることがわかる。
円借款は、実績の多少の減少はあるものの、貧困削減に結びつく経済成長に向けての支援実績が全体に占める割合は7割近いことが特徴的である。特に運輸、エネルギー分野での実績が高く、教育・保健といった人間的能力の向上につながる分野におけるサービス等の安定的な提供のためには、それら基盤インフラ整備によるアクセスの改善が必要との背景があると考えられる。
3.2.4 貧困削減分野の援助実績に見る傾向と考察
援助形態別実績の傾向
有償資金協力については、JBICの「貧困対策案件」は2001年度の12%から2004年度には21%を占めるに至り、特に教育、保健医療、安全な水といった人間的能力の向上につながる案件の実施が増えている。有償資金協力による貧困削減支援の特徴は、より長期的な貧困削減への取り組みであること、貧困削減に有効な経済成長、すなわち貧困層が十分裨益するような成長(pro-poor growth)を支援するものであること、の2点である。地域別にはアジアへの支援が圧倒的に多いのが特徴である。
無償資金協力は人間的能力の向上につながる分野での実績が年々顕著に増加してきている。これは貧困層の基礎的生活確保のための基礎インフラに重点が置かれていることを表している。
技術協力については、JICAの定義している「貧困削減分野」案件の技術協力全体に占める割合は、2001年度の19.9%から2003年度に25.4%に増加している。この数字には住宅、保健、衛生、上下水道、及び教育等を含む社会インフラ整備は含まれるが、運輸、灌漑、エネルギー等の経済インフラ整備は含まれていない。特徴としては、貧困層直接支援型(ミクロレベル)の援助にボランティア、NGO連携などが多いこと、地域社会を通じた支援(メゾレベル)は技術協力プロジェクトをはじめとした従来型のスキームの活用が多いこと、また政策・制度支援(マクロレベル)では研修員受け入れが飛躍的に伸びていることである。面的な広がりが期待できる技術協力プロジェクトでは、メゾとミクロを組み合わせたものや、メゾとマクロを組み合わせたものも増えている。この背景には、過去においてカウンターパートへの技術移転を支援範囲としていたものが、効果的な援助のためにはその先の住民への普及の仕組みや、持続的な効果を上げるための政策・制度構築まで組込む必要性が認識されてきたことが指摘できる。
実績の傾向から示唆されること
第一に、改めて貧困削減の多面性を認識させられた。特に人間開発の側面が重視されるようになって以来、貧困削減はODAの主要なテーマといえるくらいほとんどの実績に関係してきている。より効果的な援助戦略を打ち立てていくためには、従来の分野別実績把握・評価に加えて、貧困削減をより上位の目標に据えつつ特徴的な要素もしくはアプローチごとに分類し、経験を蓄積していくことの必要性が示唆される。
第二に、貧困削減への配慮がODAのすべての形態で様々な形で行われているということがわかる。有償資金協力では貧困対策案件が増えるとともに、より長期的な視点に立った貧困層への影響を考えた支援であるという位置づけを明確に打ち出している。また無償資金協力の人間的能力分野の占める割合は飛躍的に伸びている。技術協力では、三つのレベルに分けた独自の分類のもと、技術移転から一歩踏み込んだ地域社会への普及、政策・制度支援まで援助のアプローチが広がっていることがわかる。このような貧困への配慮は、プロジェクトの目標や内容に直接的に表現されないケースも多いことから、対外的に我が国の貧困削減への取り組みと貢献度をアピールする必要性がある。
第三に、貧困削減への取り組みの事業形態による地域別相違がわかる。実績を見ると技術協力分野ではアフリカ地域は増えつつあるがアジアが過半数を占めており、有償資金協力ではその多くがアジア地域対象である。貧困の現状は、2章で概観したようにサブサハラ地域の状況は悪化している。MDGsという国際コミットメントに貢献するためには、アフリカ向けの支援を増やすことの必要性も示唆される一方で、地域の特色と我が国ODAの戦略性をマッチングして援助を行うことが、特に貧困削減のように多面的な性質を持った課題には必要になるのではないかと考えられる。
4.事例国(ベトナム、エチオピア)における貧困削減への取り組み
4.1 ベトナム
4.1.1 貧困の現状とベトナムに対する援助
ベトナムは、この10年間、平均5.9%と途上国平均の2倍以上の経済成長をとげている。しかし、1人当たりGDPは482ドル(2003年)と東アジア・大洋州平均の3分の1にすぎない。
経済的能力に関わる貧困率は、1993年には全人口の58%であったものが、2004年には24%に減少し、大きく改善された。ただ、貧困ラインを僅かに超えるところに多くの人が集中していること、北部山岳地域等山岳地、遠隔地は依然として貧困率が高いなど、地域的格差が大きい。
人間的能力の向上につながる分野に関しては、平均余命、識字率は途上国平均を大きく上回り、初等教育の修了率も99.8%と非常に高い。男女格差についても女子の就学率は向上しており、格差解消への成果は上がっている。乳幼児死亡率も減少している。しかし、衛生施設へのアクセス、安全な水へのアクセスは途上国平均を下回っている。
ベトナムは多くの途上国と同様PRSPを策定し、貧困削減に取り組んでいる。ベトナム版PRSPであるCPRGS(包括的貧困削減成長戦略:Comprehensive Poverty Reduction and Growth Strategy)は「成長」と「貧困削減」の両方を重視している。CPRGSは、2002年5月に策定された際には成長促進措置の記述が不十分であったが、日本の提案により、2003年に大規模インフラに関する章が追加された。
DAC諸国の対ベトナム援助を部門別に見ると、高いウエイトを占めているのが経済的能力に関わるインフラの分野(40~60%)であり、人間的能力の向上につながる社会セクターの分野は20~40%である。
世界銀行は、CPRGSが貧困削減と成長を核として、市場経済への移行、公正な成長パターンの実現およびグッド・ガバナンスという3つの目標を示していることを評価している。ただ、成長を通じた貧困削減実現の前提は、内部からの構造改革の促進であるとし、行政機構の近代化などキャパシティ・ビルディングも重視している。CPRGSを促進するため貧困削減支援借款(Poverty Reduction Support Credit: PRSC)を行っている。
アジア開発銀行(ADB)もCPRGSによる成長に基づく貧困削減を強調している。これまでの貧困削減に関する成果は、水や電気などへのアクセスの改善による結果であるとして、成長がもたらす貧困削減効果を高く評価している。ただ、辺境住民、少数民族、外的要因の影響を受けやすい貧困近似層への対策が重要であるとしている。内部的社会改革(inclusive social development)を重視しているのは世界銀行と同様である。
英国国際開発省(DFID)は、ベトナムの過去10年ほどの成果を高く評価しており、政府と国民の発展への意欲(commitment)とそれを支える援助国・機関があったからだ、としている。成長を通じる貧困削減戦略は格差の拡大という問題点をもっていると指摘している。DFIDは、ほとんどの案件を世界銀行などとの共同事業として実施している。
4.1.2 援助政策の目的に関する評価
対ベトナム国別援助計画(2004年4月改定)は、1)成長促進、2)生活・社会面での改善、及び3)制度整備を3つの協力の柱とし、経済インフラ整備と社会セクターのバランスのとれた支援を行うとしている。「成長」と「貧困削減」の両者を重視するベトナムの開発目標に合致したものである。
国別援助計画は教育、保健医療・福祉、水と衛生、農業等の貧困削減重点分野と持続的経済成長を重視しており、ODA大綱(2003年改定)の考えを反映している。また、ODA中期政策(2005年改定)で示された、「貧困層を対象とした直接的な支援」、「成長を通じた貧困削減のための支援」を重点事項として明記しており、ODA中期政策の貧困削減に関する取り組みとも整合的である。
ベトナムにおいては、現地ODA タスクフォースが国別援助計画策定にあたって、徹底したセクター分析と検討を行った。こうした過程で、現地ODAタスクフォース内に援助において何を重点とするか、共通の認識ができ、我が国の援助政策とベトナムの開発目標と合致した援助計画を可能とした好事例である。
ベトナムにおいて、我が国は、経済的能力に関する分野、人間的能力の向上につながる分野とバランスのとれた支援を目指しているが、さらに特筆すべき点は、キャパシティ・ビルディングへの支援である。
世界銀行、ADB等多くのドナーは、市場経済化、行政機構の近代化などに重点を置いているが、我が国は、ベトナム国市場経済化支援開発調査(石川プロジェクト)以来、ベトナムの市場経済化のための経済改革、制度改革を支援してきた。CPRGS策定への積極的関与、PRSC3への協調融資は、経済開発、制度改革を通じてキャパシティ・ビルディングへ貢献していく国際的潮流に合致するものである。
CPRGSに対し、我が国が、大規模インフラの重要性を提案し、他ドナーに貧困削減におけるインフラの重要性を改めて認識させたことは、リーディングドナーとしてベトナムの開発への重要なアドバイスであったといえる。我が国の開発援助哲学(アジアでの経験に基づき、大規模インフラを整備し、持続可能な成長を促進することによって貧困削減を達成する)をベトナム政府、他ドナーにアピールするものであった。こうした積極的発言を通じ、我が国は、貧困削減において、成長促進、インフラ整備を重視する今日の援助の方向付けをリードしてきたといえよう。
4.1.3 結果に関する評価
人間的能力の向上につながる分野
教育、保健・医療など人間的能力の向上につながる分野で、我が国は、DACの対ベトナム援助額の50%前後の高い割合を占めている。
教育分野に対する我が国の援助は、ベトナムの教育分野の援助受入額の47.0%(2004年)と大きな割合を占めている。ベトナムは初等教育就学率も高く、識字率も高い。しかし、北部山岳地域等僻地は、貧困率の高い地域であり、就学率、教育の質に課題をかかえている。対ベトナム国別援助計画では、初等教育の質の向上、就学状況の改善(地域間等の格差是正)に対する支援を検討するとしており、北部山岳地域など僻地で教育施設整備を支援している。我が国は、世界銀行と分担し、北部14省のうち4省で校舎建設を行っている。この結果、1教室当たり生徒数は、107人から34人へ大きく改善し、2部制、3部制の授業の解消が見込まれている。我が国の教育分野への援助は、課題を持つ地域で実施され、教育の質の改善に貢献している。
我が国の保健・医療分野への援助は、2003年以降、DAC諸国合計の5割以上を占めている。保健医療機関の機能強化に関しては、チョーライ病院、バックマイ病院、フエ病院等我が国が援助してきた病院を中核病院として「リファラル体制」の構築を目指している。他ドナーがコミューンなどの下位医療機関を中心に支援しているのと比較し対照的である。「リファラル体制」は、下位病院から上位病院への重病患者の転送、上位機関による下位機関への指導や研修などが行える体制である。貧困層が、近くの病院やヘルス・センターから中核病院への移送などにより、上位病院での診療をうける機会を可能にするものであり、貧困層の医療サービスへアクセスの向上を可能にしてきた。我が国は、保健医療サービスの拡充、保健医療施設の拡充、痲疹、エイズなど国際的医療課題への協力として成果をあげており、保健医療分野の改善に貢献し、人間的能力の向上につながる分野の改善に貢献している。ベトナムはSARS制圧に成功したが、日本の支援によるものとベトナム政府関係者は高く評価している。
安全な水の供給に関して、DAC諸国に占める我が国の水関連分野への援助額は、2004年50.5%と高い割合を占めている。北部で実施されている地下水開発プロジェクトでは、安全な水の供給により、衛生状況が改善され、疾病率の低下など期待される効果は大きい。
経済的能力に関する分野
我が国は、農業・農村開発分野についてはDAC諸国の中でフランスに次ぐ援助を行っている。援助の重点は、生活・生産インフラ(上水道、村落道路、電化、農業水利、治水など)の整備に係る支援と貧困地域・栄養不足の問題がある地域への支援である。農村は貧困人口が集中する地域である。こうした地域で、農村生活環境改善計画(無償)、貧困地域小規模インフラ整備事業(円借款)などが実施されている。地方道整備や灌漑用水路の改修、さらに農村電化の推進で、安定した農業生産や円滑な物流を実現させようとしている。農村電化の進展は、家事の軽減や勉学の機会を増やし、住民の生活レベルを改善させる。道路の整備は、市場や都市へのアクセスが容易となり、農業収入の増加等の貧困削減に対する効果が高い。小規模インフラ整備事業では、貧困地域を選定して実施しており、貧困層に直接裨益する計画となっている。貧困層をターゲットとする視点が組み込まれた案件が今後も増えることを期待したい。
経済インフラに関して、我が国は、DAC諸国全体の対ベトナム援助の90%前後にのぼる高い比率を占めている。CPRGSに対し大規模インフラの経済成長、貧困削減への効果を提案したように、我が国はインフラ支援を重視している。
大規模インフラの貧困削減へのリンケージは以下の通りである。大規模インフラには、インフラが整備されることにより、ビジネス環境が改善され、海外投資や国内投資が増加し、工業化促進、関連産業等における所得、雇用創出がもたらされるなどの投資誘発効果がある。インフラ整備による市場や情報へのアクセス改善により、農業の生産性向上・多角化、農業以外の産業促進を通じて、農村世帯に雇用・所得創出をもたらす地域経済活性化効果もある。また、インフラ建設事業による需要効果、雇用・所得創出効果もある。さらに、基礎的な公共サービスへのアクセスの改善を拡大し、貧困層の生活水準改善に貢献する。以上のような第1次の効果にとどまらず、経済成長がもたらされたことにより、税収増による貧困層に対する予算拡大、貧困層の生活改善につながる効果もある。
具体的成果としては、下記があげられる。「国道5号線改良事業(1994年~1996年)」と「ハイフォン港リハビリ事業(1994年/2000年)」は、道路の改良、港湾整備を図ることにより、物流の効率化、工業団地への外国企業の進出、雇用創出などの効果が見られ、経済発展に貢献した。道路の改良により農村部から大都市への農産物の出荷も活発化した。こうした結果、住民の所得は30%向上し、地域の貧困率は35%減少した。
また、国道3号線道路ネットワーク整備事業(I)では、周辺に存在する貧困地域のアクセス改善のため周辺道路の改善も対象としているし、JICA専門家との連携により「道の駅」の導入が行われ、地域産品の販売等地域住民の参加促進も考慮されている。こうした成長の成果を貧困層に裨益させるpro-poor growthの視点を持って案件が実施されており、貧困削減へ向けた努力が行われている。
キャパシティ・ビルディング
世界銀行、ADBなどは、国営企業改革など市場経済化促進と、法制度の整備などにより制度、組織の近代化を図らなければ成長を通じた貧困削減は困難と考えている。
日本はキャパシティ・ビルディングへの支援として、包括的な政策支援を行い、人材育成、法制度改革支援なども行ってきた。金融近代化、法制度整備など様々な分野で専門家を派遣し貢献するとともに、研修員受入でも多くの指導を行ってきており、こうした協力はベトナムの制度改革、近代化につながっている。
世界銀行が中心となっている貧困削減支援借款(PRSC)に、2004年、我が国は協調融資を行い、「日越共同イニシアティブの行動計画」が政策パッケージとして組み込まれた。日越共同イニシアティブは、競争力強化のための投資環境整備に関しベトナム側との共同作業を行っており、経済インフラの整備、投資関連法規の見直し、外国企業等の投資促進などが期待される。
4.1.4 ベトナムに対する貧困削減援助の傾向と考察
我が国は、1992年に援助再開以降、経済的能力に関する分野、人間的能力の向上に関する分野のバランスを考慮しつつ、キャパシティ・ビルディング支援も行い、効果的な援助を実施してきた。経済的能力に関する分野では、貧困層も視野に置きつつインフラプロジェクトを実施し、高い経済成長もたらす上で貢献してきた。有償、無償、技協の連携も考慮されている。人間的能力の向上につながる分野では、山岳部、僻地で初等教育の質的向上、リファラル体制の構築により、地方の貧困層が上位病院で診療を受けられる機会を作りつつあるといえる。我が国は分野別イニシアティブを発表し、人間的能力の向上につながる分野での対応を強化している。しかし、事前評価表、実施機関の実施方針で分野別イニシアティブには触れられていない。事前評価で分野別イニシアティブをどう検討したか、プロジェクトの中にどのように位置づけたかを明示することは、貧困削減に向けた援助の効果を顕在化させるために重要であるとともに、当該プロジェクトの妥当性を検討する上でも必要である。
貧困削減に関わる援助を実施する上で以下の点が重要と思われる。
ODA中期政策(2005年2月改定)は、貧困削減に関する具体的アプローチを示している。対ベトナム国別援助計画(2004年4月改定)はODA中期政策以前に策定されているが、右具体的アプローチに十分対応している。これは、現地ODAタスクフォースが活発に活動、我が国の援助政策において議論されている点を的確に把握し、国別援助政策策定作業に反映してきたためである。現地ODAタスクフォースは次のような重要な機能を持っている。ベトナムにおいては、ベトナム政府、ドナー、NGOにより経済社会開発に係わる主要イシューごとにワーキンググループが設置されているが、こうしたワーキンググループとの会合やドナー会合等で我が国の援助に対する考え方を伝える「声が聞こえる援助」の実践者としての機能である。また、現地ODAタスクフォースは現地の開発ニーズや援助の実態を直接的に把握できる立場にあり、我が国のODAをレビューする機能である。こうした重要な機能を持つ、現地ODAタスクフォースを積極的に支援、活動を強化する必要がある。
CPRGSの策定に際し、我が国は調査を政策研究大学院大学(GRIPS)へ依頼し、現地ワークショップなどを通じて、我が国が提唱する大規模インフラ重視戦略に関しドナー間の合意を形成した。これは、外部知識を活用し、我が国の援助政策に対し他ドナーの理解を深めさせた好事例である。こうした外部知識の活用を今後とも継続するべきである。また、CPRGS策定に見られたようにドナーコミュニティへの積極的発信を今後さらに推進すべきである。
4.2 エチオピア
4.2.1 貧困の現状とエチオピアに対する援助
エチオピアはアフリカ第2位の人口大国であるが、人口増加と度重なる旱魃により食糧事情が悪化し、人口の2割が食糧不足に陥っている。経済的能力に関わる貧困率は2003年度46%で1990年の48%からほとんど改善されてはいない。人間的能力の向上につながる分野でも、トイレや安全な水へのアクセス、識字率等エチオピアは、サブサハラ・アフリカの平均を大きく下回っている。
2002年にエチオピア版PRSPである「持続可能な開発及び貧困削減計画(SDPRP)」を策定、国家開発計画の中核に位置づけている。SDPRPは食糧援助からの脱却と経済成長を通じた貧困層の生活改善を目標に掲げ、開発戦略の柱は、1)農業主導型工業化政策(ADLI)と食糧安全保障、2)民主化に向けた行政・司法改革、3)地方分権化とエンパワメント、4)政府および民間部門の能力強化においている。
ドナーコミュニティはSDPRPを基本として貧困削減に取り組んでいる。SDPRPの進捗状況をモニターするために多国間の「プール・ファンド」が設立されているが、日本は目的を限定して参加している。エチオピア政府は「一般財政支援」を強く要望し、世界銀行、アフリカ開銀等は積極的に参加を表明しているが、日本はエチオピアへの一般財政支援への参加は現時点においては慎重な態度で臨んでいる。ただし、1995年よりノン・プロジェクト無償資金を継続的に供与し、経済社会開発のための財政資金として使われている。これは、イギリスの一般財政支援に次ぐ額となっている。
日本はアメリカ、ドイツに次いで第3位の援助国である。日本はUNICEFを通じて保健分野に大きな貢献をしているため、これを含めれば貧困削減部門の上位ドナーといえる。アメリカは教育・保健、ドイツは教育・道路・農林業での貢献が大きい。イギリスは援助の6割以上が財政支援である。
4.2.2 援助政策の目的に関する評価
日本の「対エチオピア国別援助計画」は新規策定の途上にある。その策定方針の中で、日本は相手国政府の開発戦略を尊重するとともに、国際機関の要請によりともすればステレオタイプになりがちなPRSPに対し、エチオピア固有の事情や主体性を尊重する態度を表明している。オーナーシップ尊重は開発の基本であり、いかにオーナーシップを発揮してもらうか、その方向性を持っていることは、貧困削減にむけた援助において重要であり、妥当であるといえる。
日本の現地ODAタスクフォースとエチオピア政府との政策協議(2003年)では、1)教育・人材形成、2)保健・エイズ対策、3)水、4)経済インフラ、5)食糧及び農業・農村開発を重点分野とすることで合意している。これらは「国別援助計画」の策定方針でも優先分野に掲げられているが、ODA大綱における貧困削減の重点分野とも合致する。
4.2.3 結果に関する評価
日本は2003年のTICADIIIで、「人間中心の開発」、「経済成長を通じた貧困削減」、「平和の定着」を3本柱とする「対アフリカ協力イニシアティブ」を発表し、今後5年間に10億ドルの無償資金協力の供与を表明した。2001年度~2004年度の4年間に日本は187億円のODAをエチオピアに供与している。その内訳は、無償資金協力138億円に対して技術協力49億円である。分野別には道路建設などインフラ整備が最も多く、次いで食糧援助である。農業支援、貧困問題(特に人口増加)などにも重点をおいている。
人間的能力の向上につながる分野
日本は教育セクターへの支援を強化しており、小学校の建設・運営に関する技術協力プロジェクトを実施している。日本はノンフォーマル校の建設や多言語遠隔地教育への協力などユニークな取り組みを行っており、コンサルタントに依存した画一的なコモン・ファンド方式による教育支援と一線を劃した独自の援助として評価されている。
エチオピア保健省、UNICEF、WHOが推進する予防接種拡大プログラム(EPI)に対し、日本は、無償資金協力によりポリオ・ワクチンの38.8%、麻疹ワクチンの100%のコストをカバーしており、ポリオ根絶計画に大きく貢献するなど国際社会の高い評価を受けている。ヘルスポスト、ヘルスセンターのおよそ3分の1に機材供与し、予防接種の拡大に寄与している。
エチオピアの安全な水へのアクセス率は22%と、サブサハラ諸国の平均58%を大幅に下回る。日本の協力プロジェクト「地下水開発・水供給訓練計画」は地下水探査技師、掘削技師、さらには住民参加促進員など人材育成にかかわっている。水供給・公衆衛生セクターへはエチオピアの1992年~2000年の投入全体の約10%が日本からの援助である。
経済的能力に関する分野
エチオピアは農業人口が全体の85%、農業生産がGDPの50%以上を占める農業国であるが、急激な人口増による無計画な農地開拓、過剰耕作による土地生産性の低下が大きな問題となっている。加えて、雨水に依存した伝統的農業のため旱魃のたびに大規模な食糧不足に見舞われる。日本は慢性的な食糧不足と旱魃に悩むエチオピアの農村地帯に対して、食糧援助、食糧増産援助を長年にわたって実施してきた。その一方、ADLI支援の観点から農民支援体制強化事業などを実施した。エチオピア農業の改善には農業普及員を通じた農民への技術の普及伝播が必要であり、連邦および州レベルの農業試験場を動員した体制作りへの支援を進めている。
エチオピアの道路網の整備は大きく遅れている。無償資金協力により日本が建設した道路はアスファルト舗装の12%にあたり、二国間援助では最大である。道路整備により、目的地までの所要時間の短縮、交通量の増加、輸送量の増加など周辺地域で経済効果が発現している。
日本は、舗装道路の維持管理のために道路技術者と管理者の育成も重視し、援助を行っており、エチオピア政府の日本の道路分野への協力の評価は高い。今後は、貧困層のために山岳地帯でのアクセス道路や農産物の流通を促進する農道の建設などが必要とされている。
キャパシティ・ビルディング
一般財政支援が行われているが、効果的にプロジェクトを実施するためには、エチオピア側に公共資金管理の能力、人材の要請が要請される。日本は、地方分権化の中でプロジェクトの実施(水は道路分野)に当たる地方政府職員に対するキャパシティ・ビルディングを行っている。
4.2.4 エチオピアに対する貧困削減援助の傾向と考察
エチオピアにおいて、我が国の援助額がベトナムのように大きなものではない。多国間のプール・ファンド、一般財政支援による援助が大きな流れとなっている。こうした中で、日本は独自性を出した援助を行っている。無償による道路舗装は二国間で最大の援助を実施しているし、保健・医療に関しては、UNICEF、WHOが推進する予防接種拡大プログラムの多くの資金を無償資金協力により支援している。教育においては、ノンフォーマル校の建設や多言語遠隔地教育への協力などユニーク協力を行っている。
こうした傾向からうかがえることは、地域ごとの特徴を踏まえ、貧困削減に効果的な援助を戦略的に検討し、貧困削減に向けた地域戦略を政策に明確に位置づけることである。
経済インフラなど我が国が優位性を持つ分野を強化し、他の援助機関、国際機関が力を入れている分野においては連携して援助を行うなど、我が国の比較優位に基づいた援助を推進する「選択と集中」が必要である。
5.提言
5.1 貧困削減に関する戦略的な政策の体系化
(1)より効果的な援助戦略を打ち立てていくためには、貧困削減をODA政策のひとつの共通目標に据え、その下で社会開発、経済開発などの特徴ごとに重点課題を整理する必要がある。
貧困削減の多面性からわかるように、貧困削減がODAの主要なテーマであることは論をまたない。多面性ゆえに従来型の分野別政策や実績だけでは全体像が把握しにくく、貧困削減に貢献するための経験の蓄積がしにくい。現行のように重点課題のひとつとして貧困削減を位置づけるのではなく、広義の意味での貧困削減は、人間の安全保障と同様にODA大綱や中期政策の共通視点・目標に据えることにより、貧困削減に効果的なアプローチごとに下位政策を分類することが望ましい。これによって、より戦略的な政策の体系化が可能になるであろう。
(2)分野別イニシアティブの位置づけの明確化
我が国は、貧困削減に関する分野別戦略として、人間的能力の向上につながる分野である「教育」、「保健」、「水」などに関する多くの分野別イニシアティブを発表している。しかしながら、例えばベトナムの事例では、多くの事前評価表を調査したが、これらのイニシアティブに言及しているケースはなかった。事前評価でイニシアティブをどう検討したか、プロジェクトの中にどのように位置づけたかを明示することは、貧困削減に向けた援助の効果を顕在化させるために重要であるとともに、当該プロジェクトの妥当性を検討する上でも必要である。事前評価調査を含む事業計画段階において分野別イニシアティブとの関連性を検討することは、我が国貧困削減戦略の位置づけを明確化することにつながる。
5.2 地域別援助戦略の策定と援助の「選択と集中」
(1)地域別特徴を踏まえ、どの援助形態で支援することが貧困削減に効果的であるのかを政策形成段階で戦略的に検討し、我が国ODAの貧困削減に向けた地域戦略を政策に明確に位置づける必要がある。
貧困の現状は、2章で概観したように、貧困人口の絶対数が最も多いアジア地域ではMDGsに向けた指標は順調に推移しつつあるが、他方サブサハラ地域の貧困人口は増加の傾向にあり、人間開発指標も依然として改善されていない状況である。我が国の近年の援助実績としては、経済・社会インフラ支援はアジアに重点が置かれ、人間的能力分野への援助は対アフリカが増えつつある。MDGsという国際コミットメントに貢献するためには、アフリカ向けの支援を増やす必要性が示唆される一方で、援助受入国の経済発展度合いと我が国ODAの戦略性をマッチングしてどのように貧困削減に取り組むべきかを十分に検討する必要がある。その前提として、我が国が比較優位を持つ貧困削減戦略についても検証する必要があるであろう。
(2)援助の「選択と集中」を図るため、被援助国の状況に合わせた援助モデルを構築する必要がある。
ベトナムの事例は、開発に対する相手国側のオーナーシップを尊重し、経済インフラ支援による工業化、経済成長を通じて貧困削減に貢献した好事例である。一方、エチオピアでは、工業化以前に国内の食糧輸送システムを改善することや農業生産を増やし食糧自給を図ることが優先課題として挙げられる。
限られた資金で効果的援助を実施するためには、エチオピアのような事例では、経済インフラなど我が国が優位性を持つ分野に集中しつつ、他の援助機関、国際機関が力を入れている分野においては協調を図るなど、我が国の比較優位に基づいた援助を推進する「選択と集中」が必要である。
5.3 貧困削減のための援助ツールの強化(現地ODAタスクフォース機能強化と連携の促進)
(1)我が国援助スキーム間の連携を促進するとともに、他ドナー、国際機関、NGOとの連携を強化する必要がある。
貧困削減は人間的能力、経済的能力、キャパシティ・ビルディングの向上につながる支援であり、分野横断的な取り組みが必要となる。このような多面性を有する貧困削減に効果的に取り組むため、我が国の援助スキーム(技術協力、有償、無償)間の連携を従来以上に図るとともに、国際機関の専門性、草の根レベルの援助を得意とするNGOが持つ優位性などを十分に活用するべきである。例えば、エチオピアにおけるUNICEF/WHOによる予防接種拡大プログラムと我が国無償資金協力が連携した事例は、貧困削減取り組みのグッド・プラクティスとして挙げられる。このような好事例を検証し、連携のあり方を探る調査・研究も推進する必要があろう。
(2)ODAタスクフォースの遠隔セミナー、経済協力担当官会議などによって、現地ODAタスクフォース活動を積極的に支援し、活動を強化する必要がある。
ベトナムにおいては、経済社会開発に係わる主要イシューごとに、ベトナム政府、ドナー、NGOにより多くのワーキンググループが設置されている。例えば、貧困削減、金融改革、教育改革、保健・医療等貧困削減における経済的能力、人間の能力向上に係わる分野などがある。現地ODAタスクフォースは、こうしたワーキンググループとの会合やドナー会合等で「声が聞こえる援助」の実践者として重要な機能を持っており、遠隔セミナーをはじめとする同タスクフォースに対するサポートを今後も継続、強化すべきである。アフリカ地域では、経済協力担当官会議のようにアフリカ各国のODAタスクフォースが参加する定例的な会合があるが、地域ごとに援助活動状況、援助の課題等について意見交換を行う機会は重要であり、このような会合を他の地域においても積極的に推進すべきである。
また、現地ODAタスクフォースによる我が国ODAに対するレビュー機能も重要である。現地ODAタスクフォースは現地の開発ニーズや援助の実態を直接的に把握できる立場にある。そのような立場からわが国ODAの目的・意義、方向性、重点分野、重点項目、有効性等をレビューし、援助の方向性等について提案する活動をとおして、より効果的な援助の実施に貢献することが期待される。
(3)現地ODAタスクフォースは、民間との交流の強化を図り、外部知識を積極的に活用する必要がある。
ベトナムにおける包括的貧困削減成長戦略(CPRGS)の策定に際し、我が国は調査を政策研究大学院大学(GRIPS)へ依頼し、現地ワークショップなどを通じて、我が国が提唱する大規模インフラ重視戦略に関しドナー間の合意形成を得ることができた。これは、外部知識を活用し、我が国の援助政策に対し他ドナーの理解を深めさせた好事例である。現地ODAタスクフォースは大学、研究機関、民間組織などの外部知識の活用を今後とも継続するべきであり、同様の戦略は他の国においても適用する方向で検討すべきである。
5.4 我が国の貧困削減への取り組みに関する効果的発信
(1)我が国の貧困削減に向けた取り組みを他ドナーに理解してもらうため、ドナーコミュニティで積極的に発信する「声が聞こえる援助」を推進する必要がある。
我が国の貧困削減に対する考え方をドナーに理解してもらうため発信力を強めるべきである。ベトナムにおけるPRSP策定において、我が国はドナーコミュニティで大規模インフラが貧困削減につながることを積極的に発信した。これにより、「インフラ整備―>経済成長―>貧困削減」といった開発に関する支援の方向性がドナー間で共有された。こうした積極的な発信は「声が聞こえる援助」として今後さらに推進すべきである。
POVNETにおける積極的貢献やJBICが世界銀行等と共同で実施したインフラ整備に向けた新たな枠組みを検討する調査などもその好事例である。
アフリカにおいては、TICADなど他国に先駆けてアフリカ開発に対する意欲を示してきた日本であるが、今後も日本の目指す開発哲学を他の援助供与国や国際機関と共有するためにドナー会合等で発信力を強めていく必要がある。
(2)我が国ODAの実施段階においては様々な貧困削減配慮がなされて援助が実施されている。これらをわかりやすく国の内外に広くアピールする必要がある。
有償資金協力、無償資金協力、技術協力ともそれぞれの実施方針のもと貧困削減に配慮した援助を展開しているが、貧困削減への配慮はプロジェクトの目標や内容に直接的に表現されないケースも多い。貧困削減への取り組みに対する日本国民の理解を深め、国際援助社会におけるプレゼンスを増すためにも、貧困削減配慮の成功例や我が国の戦略の特徴をわかりやすく国の内外に伝える努力が必要である。
(3)貧困削減の取り組みに関する実績が把握可能になるように既存のデータベースの活用を検討する必要がある。
従来の課題別・分野別実績では、どこまでを貧困削減の実績として把握するのが適切なのかを判断するのが困難である。現状では援助実績をDACの統計コード別に分類したデータベースは既に存在しているが、「貧困削減」に類するカテゴリーで分類したものではない。貧困削減に特化したデータベースを作成するためには、まず貧困削減の定義を明確にし、その上で既存のデータベースから関連コードを抽出するという方法が考えられる。貧困削減の多面性や分野横断的な取り組みから考えると貧困削減に関する定義を関係者間で共有することの難しさはあるも、我が国の貧困削減の戦略ごとの実績把握が可能になれば、客観的なモニタリング・評価や貧困削減効果の発信、並びに我が国の比較優位性を検討する上での貴重なデータとなり得る。貧困削減の取り組みに関するデータ整備のあり方を検討する必要がある。
Adobe Systemsのウェブサイトより、Acrobatで作成されたPDFファイルを読むための Acrobat Readerを無料でダウンロードすることができます。左記ボタンをクリックして、Adobe Systemsのウェブサイトからご使用のコンピュータのOS用のソフトウェアを入手してください。