平成19年11月28日インタビュー
記事作成 一橋大学1年生 野村麻有
グローバル化が進み、世界が縮小した今日、外交も新たな局面を迎えている。外務省は『外交青書2007』において、Public Diplomacyという新たな戦略を打ち出した。外交は総力戦。もはや軍事・経済の力だけには頼れない。外国の国民に対して直接的に訴える必要性があるのだ。まさに今、日本の魅力を問い直すべきときが来ている。日本の新たな国力とは何か。そして国力向上のための課題とは何か。2004年に新設された広報文化交流部の山本忠通部長を直撃した。(野村)
野村:最近よく聞く「ソフト・パワー」。ちょっと分かりにくいのですが。
山本:パワーというからには、相手に対して影響を及ぼす力のこと。ソフト・パワーというのは、自分の望むことを相手にも望んでもらうようにする力のことです。大きな特徴は、軍事力や経済力で無理やり従わせるわけではない、ということ。自国の価値観や文化によって相手を魅了し、敬服させてしまう。味方につけることですね。
野村:では、「パブリック・ディプロマシー」とは、どう違うのでしょうか。
山本:パブリック・ディプロマシーは、対市民外交とか広報外交とかと訳しているけど、つまりは外国の国民に対して政府が直接働きかける外交のこと。よくソフト・パワーと混同する人がいるけど、ソフト・パワーとは、パブリック・ディプロマシーをスムーズに推進する上での環境づくりをする力のことだと思っていただけば分かり易いかな。
野村:今、ソフト・パワーが注目されているように思うのですけど、何故でしょうか。
山本:ひとつには、グローバル化の進展でしょうね。政府を介さないでも人々が交流する時代になった。もうひとつは、民主化の進展。国民の理解を得ないと外交ができないことだってある。日本の国益を考えると、日本という国のことを外国の国民に正しく理解してもらうことは必要不可欠だと思いますね。日本人という国民性に始まり、特定の政策における日本の立場まで。たとえば、2005年に中国でデモが起こったけど、あの抗議行動だって、日本に関する知識の不足が一因になっていると思いますね。
野村:ホントにソフト・パワーが外交の武器になるのですか。
山本:もちろん、直接的な武器にはならないし、ソフト・パワーが経済力や軍事力に代表されるハード・パワーに代替できるかというと、そうではないでしょう。けれども、間接的ではあるけれども、外交にプラスの作用を及ぼすことも確かですね。世界には、日本の名前がかろうじて知られているくらいの国がまだまだありますよね。そういう国の人たちに対して、日本人がどういう人たちなのか、日本が世界に対してどのように貢献してきたのか、正確に知ってもらおうとしてもいきなりは無理な話。まずは「気をひく」ということが大事でしょう。関心をもってもらう、気になる存在になる、ということがはじめの一歩。相手を理解して、相手の関心に沿うように、自分のことを伝える。恋愛みたいなものかなあ。
野村:そうですね。「好きなタイプは?」とか聞いたり。
山本:そんなダイレクトに聞いてもダメでしょう、本当のことは言わないから。(笑)
野村:では、日本のソフト・パワーになるものって、何でしょうか。
山本:refinement=洗練さ、そして、creativity=創造性じゃないかな。ライフスタイル、電気機器、ファッション、ポップ・カルチャー、家具、建築…どれひとつとっても、日本はセンスがいい。センスというのは、どこに付加価値を見出すかで決まるものだと思うけど、日本人が大事にするものを、世界の人々も大事にしてくれる、平和を愛する心だったり、「侘び寂び」っていう不完全な美しさだったり。
野村:日本のポップ・カルチャーは海外でもすごい人気ですよね。
山本:嬉しいことですね。日本のマンガなんて本当にすごい。ストーリー性もキャラクター性も絵の構図も。日本独特のおもしろさがあるから、世界の若者にうけている。ポップ・カルチャーというのは爆発的に広まるし、特に若い世代に対する影響は大きいものがあると思う。若いときに受けたインパクトというのは、のちのちまで響くから。日本のポップ・カルチャーをおもしろいと感じてくれて、それがきっかけで日本を好きになってくれれば、それ以上嬉しいことはないですね。
野村:麻生外相のとき創設された「国際漫画賞」はこれからも続けるのですか。
山本:もちろん、やります。(笑)ポップ・カルチャーというのは継続して普及させることが大事ですから。
野村:ポップ・カルチャーの普及を政府が支援することに何か狙いはあるのですか。
山本:確かに、ポップ・カルチャーというのは民間に委ねても広まっていくものかもしれない。でも、政府として援助するのはそれなりの理由もあります。ひとつにはポップ・カルチャーへの偏見を取り除くこと。ポップ・カルチャーはサブ・カルチャーとも言われて、英語でいうところのshadyというか、あまり重視されない傾向があるので、ひとつの文化の形態として定着させていく必要があると思います。「国際漫画賞」に関して言えば、漫画という形態を芸術として世界に広め、日本をそのメッカとして認知してもらう役割がありますね。もうひとつは、知的所有権とか知財がらみのこと。これは民間ではなかなかできないことでしょう。
野村:なるほど…。一方で、日本の伝統文化の評価も高いですよね。
山本:そうですね。食文化に始まり、能や歌舞伎などの芸術も世界で公演されている。これも嬉しいことです。
野村:普及につれて、アレンジが加わったりすることはどう考えてますか。
山本:(アレンジは)食文化に顕著に見られますね。寿司でいえば「カリフォルニア・ロール」とか。あれはもう定着した感があるけど、世界には「これが日本食か!」と驚くような「日本食」まで登場してますよ。でも、それはそれで、良いことではないかな。”Imitation is the sincerest form of flattery.”という言葉があるでしょう。すばらしいからこそ変形して取り入れられることもある。個人的には、それを規制する権限が政府にあるとは思いませんね。認定だとかは最終的には客がすることだと僕は思います。
野村:中国が台頭してきて、日本のプレゼンスが低下するのではないか、という声も聞かれますけど…。
山本:2008年は北京オリンピックがあるから、中国にはますます世界の注目が集まることでしょう。中国にもそれに応えようとする姿勢が見られますね。孔子学院の設置など中国語普及にも力を入れているし。いい刺激になっていると思う。共存は可能だと思いますね。
野村:そうですね。中国に行ったついでに日本にも寄ってもらえれば。
山本:いやいや、日本に行ったついでに中国にも寄ってもらえればいいかな。(笑)
野村:今後「オールジャパン」としての広報も重要と考えますが、地域的な広報戦略はありますか。
山本:どの地域とも友好関係を保っていきたいけど、強いていうなら、アメリカとの知的交流や中国との人的交流を重視したいと思いますね。
野村:これから、国際舞台で発言できる日本人スピーカーを育成する必要がありそうですね。
山本:その通り。英語力はもちろんのこと、内容にメッセージ性がないと伝わらない。ヒューマンタッチなメッセージを発信する人材を育てるには、お金と時間が必要だから、政府による投資の必要性はひしひしと感じています。
野村:日本の若い世代に求められていることは何でしょうか。
山本:場数を踏むことでしょう。若いうちにいろいろ経験してほしい。繰り返しになりますけど、若いときに受けたインパクトはずっと残るものです。世界に飛び出して、いろいろな国を自分の眼で見て、味わってほしい。僕は海外に行くと、スーパーマーケットに行くようにしています。その国にとっての、普通のヒトが、普通のモノを買っているから、生活水準がわかる。普段の生活が見えてくる。実生活を体験する、というのは大切なことです。そして、日本のことも振り返ってみてほしい。日本に来ている海外からの方とも交流してほしい。そして、日本の魅力を世界に伝えることのできる人になってほしいと思います。
野村:では海外の若い世代に対して何かメッセージはありますか。
山本:日本に来てください!(笑)日本のことを宣伝してくれるのが、日本人だけとは限らないでしょう。日本を好きになってくれた人みんなが、日本の財産ですから。
野村:財産とはいい言葉ですね。「人財」とでもいいましょうか。今回のインタビューは、日本の財産の一部としての自覚を持ついい契機になりました。日本の魅力を見つめ直し、今後も外務省の政策に継続して興味を持ち続けていきたいと思います。貴重なお時間ありがとうございました。
Magnetism of Japanという記事のタイトルは、現在私が所属する大学公認学生団体MOS2008(=Magnetism of Sweden)からとったものである。スウェーデンと日本との国際交流を促進する活動をするなかで、「日本の魅力を見直したい」という気持ちが芽生え、山本部長にインタビューを申し込んだ。人的交流は結果に即効性が伴わないため、無力感を覚えることもあった。しかし今回、自分たちの活動がPublic Diplomacy促進のための環境整備の一翼を担っていることを認識し、自信がもてた。激励してくださった山本部長に重ねて御礼申し上げたい。
非常に印象深かったのは、山本部長が統計データの数字を自在に引用する場面が多々見受けられたことだ。孔子学院の設置数から、中国で売れた日本のCDの数まで、それらの数字は、単なる無味乾燥なデータではなく、広報外交に携わってきたご自身の、重みのある経験そのものなのだろう。だからこそ、山本部長のお話には説得力があった。ヒューマンタッチなメッセージたるものはこのことか、と感じた。外交とは最終的には対ヒトであり、個人対個人の関係を基礎にするものであろう。それを考えれば、個人の経験がモノを言うことは明らかだ。感性豊かな今、いろいろな国の人と交流し、将来は日本を背負うスピーカーになりたい。