夕暮れ時、当番電話が鳴る可能性が高い時間だ。
一番多いのは、空港の入国管理官から、偽日本旅券を持った東洋人を拘束しているので確認してほしい、との用件。国際便が多く到着する時間帯だ。疑わしいと言われた人に電話を代わってもらうと、日本語はおろか、英語もスペイン語も話せない。「これは日本人ではない」と判断がつけば入国管理の係官に伝えて一件落着になる。ただ油断ができないのが時々本物の日本人が疑われることで、疑わしい東洋人がいると必ず連絡をしてくれる入国管理官に感謝をしつつ、昨年、空港の入管事務所で偽造日本旅券識別法の研修を実施した際の、入国管理官の張り切り方を思い出し、研修がなければこんなにも頻繁に電話はなかったのかなと、満足感と少しの後悔が入り混じる。そして今日、3連休の初日、夜8時近く何となくくつろいでいると、当番電話が鳴った。
電話に出ると大使館の警備員、「セニョール、大使館に日本語しか判らない日本人が来ている、電話で話してくれ」との通報。その日本人に替わり用件を尋ねると、「結婚するために日本から来たんだけど」。私は結婚するための手続きを聞いていると判断し、「はい、結婚するために来たのですね。結婚する相手は日本人ですか、メキシコ人ですか」と問いかけた。しばらくの間があり返ってきた返事は「いや、メキシコ人でも白人でも構わないが、嫁さんを探しに来た。東京のメキシコ大使館に嫁を探してほしいと聞いたら、それはメキシコにある日本大使館に行って聞けと言われた。だから嫁を紹介してほしい。」
その言葉に後を継げず、気を落ち着かせ「お客さん、大使館ではお嫁さんの紹介はしていませんよ。何かの間違いではないですか」と答えるまもなく「いやそんなことはない、東京の大使館はメキシコの日本大使館で嫁さんを紹介してくれると言った。だから私は何時間もかけて日本から来たんだ、とにかく直接話したいからすぐに来てくれ。それに泊まるところを用意してほしい。あなたの家でも大使館でもとにかく休みたい」。相手の興奮振りから見てこれは少し変だと感じた。わが領事班では、過去から麻薬等で精神的に不安定になった日本人に対して援護活動を行った事案が多くある。この経験から、今この電話の先にいる人は若干、精神的に不安定なのではないかとの直感が働いた。今日は休日なので大使館には誰も居ないこと、また、自宅から向かうので大使館に着くまで30分くらいかかることを伝えて電話を切る。
「この時間から邦人援護業務か、精神的に不安定だと少し長引くな、明日は誕生日だと言うのに運が悪いな。どうせ単身だから関係ないが、こんなプレゼントはあまりありがたくない。昨晩のA氏の厄落としに付き合ったのが悪かったか、あちらの厄がこちらに来たのかな」などとぼやきながら、外出の用意をする。
A氏は、メキシコで事業を営んでいる日本人。週末にA氏と何人かの知人と郊外でバーベキューをした時のこと、私を含めて参加者が帰り、A氏と彼が経営する会社の日本人社員の二人が最後に残った。1日ぐずついた天気で夕方から雨になっていた。山中で雨と風の中気温は下がるばかり、帰ろうとふと気がつくと車のキーがない。お互い仲間で人の車でも勝手に乗って歩くので、一人がA氏のキーを持って先に帰ってしまった。吹きさらしの中、キーを持った友人が戻るまでの寒さはきつかった。焚火を起こしたが風雨の中では暖をとるにも不十分で、一緒にいた従業員はその後入院。そもそもA氏は前の晩にボイラーの誤作動のため顔と両腕にやけどを負い、当日も腫れが引かないまま。これで終われば「何たまたま運が悪いだけ」だったのが、後日談では、翌日、孫が高熱で病院へ、また、息子も持病の悪化で入院、店の社員2人が交通事故で入院、そして、他の参加者が食中毒と、A氏一人が災難を呼び込んでいる。「よし、皆で厄落としだ」と繰り出したのが昨晩のこと。あれが悪かったかと思いつつ、今は仕事だ。
とにかく、日本人を大使館に足止めしなくては、急いで同僚のO領事に連絡をする。彼は2週間前に着任したばかり、未だホテル住まいの身だが、ホテルは大使館のすぐ近くだ。今日の昼間は休みを押してメキシコ警察の殉職者追悼式に出ていたから「気の毒かな」とも考えたが、電話で事情を説明し、家を出る。出てみると外は渋滞、ここは車社会で市内は恒常的に渋滞している。車が前に進まない中、気が焦る。しかし、A氏の厄が自分に来ているなら気を引き締めないと交通事故を起こすかもしれない。十分に注意しようやく大使館に到着。
地下の駐車場に車を止め見回すと、駐車場入り口の警備員小屋の中がいつもよりざわついている。O領事、さすが警察官だ、男性の横にどっかりと腰を下ろし、手帳片手に必要な事項の聞き取りは終了していた。「嫁さんは5日かそこらでは見つからないから、あきらめて帰りなさい。大使館では協力はできませんから」と愛媛弁で説得している最中。日本人の名前はB氏、未練はありながらO領事の説得を聞いている様子。電話を受けた時の印象と違って落ち着いている。これなら大丈夫、と安心しかけた途端、また、お嫁さんの話を蒸し返している。人の話を聞いていない。その上、現地通貨の価値も把握していない様子。財布に数十万円分の現地紙幣を膨らませている。空港でも2千円近くをチップに払ったようだ。「危ない、こんな財布を見せびらかして良く無事に大使館までたどり着いたものだ」、O領事も同じ気持ちだったようで二人で顔を見合わせた。一年半ほど前、空港では日本人の到着客を標的とした強盗事件が頻発し、当館から治安省に働きかけ、治安当局の努力によって事態が落ち着いた経緯がある。それでもまだ油断できない治安状況で、B氏が無事に大使館までたどり着いたのはたまたま運が良かったと言うことだろう。
この様子では、帰国まで無事に過ごすのは難しい。まず、当面必要な現金と帰るまで必要ない現金を分けて、航空券と不要な現金を封筒に入れホテルのセキュリティーボックスに預ける用意をする。旅券を持たずに外出すると捕まる可能性があるので旅券は必ず携帯するよう、また、犯罪者は必ず凶器を持っているから襲われても絶対抵抗しないこと、外出する際は命金として100ドル程度は持つよう話す。
ホテルでのチェックインを終え部屋に送り届け、夕食をとるためホテルのレストランに向かう。席に着き、メニューを開くと、当たり前だがスペイン語、小さく英語も併記してあるがメキシコ独自のメニューは日本人には判りにくい。大使館で話をした際「朝・昼・晩の食事は面倒見てほしい」と頼まれたが、「緊急の仕事が入る可能性があるので約束はできません」と断ったばかり。B氏の一日をイメージする。まず、明日の朝はブッフェなので大丈夫。問題は昼食と夕食、昼は近くのコンビニでサンドウィッチを買うと言う本人の自助努力に任せよう。それでも週末何も食べられないと気の毒だから、土曜日の夕食はO領事が近くの日本レストランへ、日曜日の夜は、殆どの店が閉まるので、自分が昼飯に案内することにした。帰国日は次の木曜日だが、出来れば早く帰国した方が本人の安全のためにも良い。予約変更のため、月曜日の朝、大使館に来てもらうことにする。
ホテルの近くに住んでいるO領事が、出勤時に領事別館まで連れてくることになった。B氏を部屋に送り時計を見ると11時過ぎ。「今日は思ったより早く終わった」。
翌土曜日、当番電話が鳴る。「セニョール、B氏が大使館に来ている。」大使館の警備員だ。時間を見ると朝8時、「おはようございます。Bさんどうしましたか」「暇だから来たんだ、まだ誰も来ないのか」「今日は休みだから誰も行きませんよ」「そんなことはない。ここの警官が来ると言っている」「Bさん、今日、大使館は休みですから、警備員以外、誰も行きませんよ、朝早くに出歩くと危ないですから、ホテルに帰って下さい」「そうか、わかった、ホテルに帰っている」。大丈夫かな、また何時連絡があるか判らないな、今日は家で待機しているか。夜、O領事から夕飯の報告。「B氏は、嫁さん捜しを諦めていませんが、無理だと説得しました。時差のせいか、食欲もないようなので、お茶だけつきあってホテルに送りました。今日は一日問題なく過ごしたようです」「ありがとう。ゆっくり休んでください」2日目が終わった。
日曜日、当番電話の音、時計を見ると朝の7時「今日はどうしましたか」「領事さん。おれ、ブラジルかチリに行きたいんだけど」「え?ブラジルかチリですか」「そう、あそこなら嫁さんが見つかるかもしれない」「Bさん、ブラジルもチリも今持っているお金では行けませんよ、ビザも必要だし、とにかく一度日本に帰って下さい。言葉が通じない国でどうやってお嫁さんを捜すのですか。大使館はお嫁さん探しの手伝いはしませんよ。とにかく、昼まで部屋で待っていて下さい」。昼、B氏と日本食レストランへ向かう。「Bさん午前中はどうでしたか」「領事さん、ブラジルとチリに行きたいんだ。査証を取りに大使館に連れて行ってくれ」「日曜日だから大使館は開いていません。それに、今持っているお金じゃ航空券も買えませんから、とにかく帰りましょう」「領事さん、航空券を買うお金を貸してくれないか」「だめですよ、本当にお金が無く困っている人には、日本から送金を受けるまでの間の滞在費として、大使館から少しのお金を貸すことはありますが、Bさんはちゃんとお金を持っているじゃないですか。お嫁さんを捜すのは無理ですから帰りましょう」。
食事の間、身の上話を聞きながら帰国を説得し、少し町中を散歩してからホテルへ送り届ける。3連休が終わる。そして、航空券の予約変更も無事終わりB氏は無事帰国した。はらはらはしたが、B氏は話し上手でどこか憎めない好人物だった。気が付いてみると、連休に起こりがちな日本人の犯罪被害や事故が全く無かった。この連休中、大きな事故が無かったのはB氏が運んできた好運だったのかもしれない。