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領事の手記
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「父の旅立ち−援護点描」
在セネガル大使館 参事官 迫 久展
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 ゴールデンウイーク期間中、M総領事館のH首席領事は、毎年南フランスのV町の友人P宅で週末を過ごすことにしていた。一つには南仏の旧友達と旧交を温めるためでもあるが、最たる目的は、M市から200キロメートル程離れた南仏、特に、最も日本人観光客の多いカンヌやニースで知られるフレンチ・リビエラ(コートダジュール)で日本人に事件、事故が発生した際に直ぐに駆けつけられるように備えるためだ。
 ある年のゴールデンウィークに、老学生が急死し、H領事がご家族のお世話をして感謝された。

第一日

 その年の4月ゴールデンウィークの始まりは、コートダジュールは時々雨。H夫妻が、例年のとおりV町のP宅で昼食をノンビリ食べていると、携帯電話が鳴った。M総領事館領事班長A領事からだ。
 「N町のN語学学校で邦人が亡くなったとの連絡がありました。病死のようです。N語学学校の校長からの電話によると、O氏が今朝亡くなっているのが発見され、警察が来て検証の結果、病死ということでC市の遺体安置所にご遺体は安置されています。警察は旅券の写真からご本人を確認しました。私から、ご遺族には電話連絡済みです。急なことなのでどうしていいか分からないということなので、こちらから、ご遺族が現地にいらっしゃるのか否か、いらっしゃらない場合は、ご遺体を日本に移送することになるが、まずは、そのどちらになさるか決めて欲しい旨だけ伝えておきました。もうじき連絡がご遺族からあると思いますので、連絡有り次第、また電話します」
 「休み中のところ連絡ありがとう。今自分がいるV町は、C市の隣りで、N町は近いので、必要ならば直ぐに現地に行きます。ご遺族に連絡する時には、加入している保険会社を聞き出して、アシスタンスサービスを使うよう助言して下さい。続報を待っています」
 南仏のことなら何でも知っていると自認するH領事だが、N語学学校の名は初耳である。P宅にたまたま来ていたPの姉は、南仏でも有名な私立の語学学校の教師を長年しているのでN校のことを聞いてみると、「初めて聞く語学学校だ」との答え。だとすれば、最近できた学校か。
 その日の夕方、A領事からH領事に2度目の電話連絡があった。
「ご遺族は直ぐに現地に向かうそうです。故人のお嬢さんが英国に留学中で、明日の午前中に現地入りします。故人の夫人とご子息は、これからフライトを押さえるので、早くて明後日現地入りです。お嬢さんが現地入り次第、私の携帯電話に連絡があることになっています。明日、総領事館の車で通訳として派遣員を同行の上、私が現地入りし、お嬢さんを安置所にお連れします」
「分かった。だが、私が現地のすぐ近くにいるのだから私が対応します」
「いや、私が領事班長ですから私に対応させてくだ...」
「だめだ。総領事館員は、全員が担当官だ。それに、A領事は、今年になってから週末は殆どつぶれているでしょう。ゴールデンウィークぐらい家族と一緒にいてほしいんだ。それに、東京との連絡もあるだろうし、A領事には他の案件に備えてM総領事館の近くにいて欲しい。それから、残念だが、A領事、派遣員、運転手の3人分の旅費を出す余裕はない。半日で終わる仕事ではないので少なくとも1泊2日だ。とてもじゃないが、3人分の予算はない。東京の本省に予算を稟請しても無理だ、通らない。ここのところは、私が対応する。すでに現地にいるも同然だから旅費の必要はないし。車は自分の四駆を使う。保険も全てカバーできる高いのに入っているから、交通事故で万が一の場合も同乗者はカバーできる」
「そこまで、H領事がおっしゃるなら、残念ですが引き下がります。私がご遺族とのコンタクトポイントですので、何かあればH領事に連絡します。N語学学校と所管のM警察署の電話番号は次のとおりです」
 携帯電話を切ると、H領事は、妻に言った。
「A領事は、自分が対応するから、Hさんは休んでくれと言うんだが、旅費のことを考えて、自分が対応することにした。明日到着されるご遺族は故人のお嬢さんだそうだ。自分一人で対応する積もりだったのだが、考えてみると女性だから、男のオレでは、うまく対応できない部分があるかもしれない。明日、すまないが、一緒につきあってくれないか」
「いいけど、休みで来てるんだから、喪服なんかないわよ、どうするの」
「ここは、フランスだ。葬式の当日は別だけど、親族、知人が亡くなった時は、取り合えず駆けつけましたということで、普段着で駆けつけるんだ。こないだのテレビのニュースで見たけど、有名な俳優が亡くなった時に、安置先にはフランス芸能界の重鎮がみんな普段着で来ていたよ」

第二日

 昼頃、H領事にA領事からの連絡が入った。「故人のお嬢さん、Y嬢は、今朝現地入りしました。C市のホテルSです。海外旅行傷害保険には加入しているはずだけれども、保険証は故人が持っているのでどこの保険会社か遺族はわからないそうです。C市の安置所と、所轄のM警察には、きょうの午後にH領事とY嬢が行く旨連絡済です。医師の死亡確認書は、ANとかいう町のR葬儀社が保管しているそうです」
 H領事は、さっそくホテルSのY嬢に電話した。「在M日本国総領事館のH領事です。この度は、大変驚かれたことと思います。ご到着されたばかりと思いますので、少しお休みになられてから、私がホテルにお迎えに上がり、ご一緒に安置所へ確認に行くことにしたいのですが、いかがでしょうか」
「お休み中に本当にありがとうございます。私は、すぐにでも確認に行きたいのでよろしくお願いします。実は、先月、父がロンドンに電話をしてきて、南仏で一緒に食事をしようと言っていたところなのです。元気だよーッて言っていたし、疲れた感じもまったくなかったし、信じられません」
「承知しました。ホテルSは、フェスティバル・パレスの向かいのホテルですね」
「はい、そうです。港のすぐ近くです。」
 10年以上も乗り続けている年季の入った四輪駆動車を運転しながら、H領事は、妻に言った。
「きょうのところは、ご遺体の本人確認は無理かもね」
「どうして?警察は既に確認済なんでしょ?」
「それはそうだけど、お嬢さんは、お父様の死を認める準備がまだできていない。お嬢さんへの対応は、ちょっと難しいかもね」
 ホテルSの受け付けで、Y嬢を内線で呼んでもらう。ホテルの受付とはY嬢は、英語で話をしている。ややあると、Y嬢らしき若い女性がエレベーターから出てきた。
「在M総領事館の首席領事、Hです。お迎えにあがりました。当地の隣町に週末滞在予定だったものですから、家内と一緒です」
 H領事夫人が続けて自己紹介をする。
「お疲れでしょう。ご希望がありましたら何でも仰ってください。できるだけのことはしますから」
「ゴールデンウイークのお休み中にもかかわらず、まことにありがとうございます。明日、母と兄が参りますので、ホテルに部屋一つを追加予約したところです。すぐに、安置所へ行きたいと思いますので、よろしくお願いします」
 Y嬢は深々と頭を下げる。H領事は、四輪駆動車のドアを開け、Y嬢を後部座席にお乗せする。
「安置所は、遠いのでしょうか」
「ここから車で10分ぐらいでしょう。私は、初めての所ですが、家内が地図を見ていますので、10分ぐらいで着くはずです」
「御休暇中、本当に申し訳ありません。本当は、自分達でやらないといけないのでしょうが、勝手がわかりませんので。領事館の方は、週末もつぶれて大変ですね」
「いいえ。タマが飛んでこないだけいいですよ。以前勤務したハイチでは、夜寝ていると機関銃の音がしたり、流れダマが官舎の庭に落ちてくるような所でしたから。すぐに慣れちゃいますけどね。人間の適応力は大したもんです」
「へぇーっ、そんな大変な所にいらしたのですか。でも、平和なところにもいらしたのでしょ」
「その前は、モロッコにいました。今乗っている車で、至る所に行きました。草の根無償資金協力というのがあって、村の学校や診療所の整備を支援するのですが、アトラス山中や砂漠の村に行って現場調査をしていたのです。楽しい仕事でしたね。河を渡ったり、砂漠を越えたり、大変だったけど」
「私もモロッコに行ったことがあるんですよ。一昨年ですが」
「うるさかったでしょ、モロッコ人の若い男が、すぐ寄ってきて結婚してくれって」
「そうそう。タンジールから、カサブランカ、マラケシュに行きましたが、タンジールでは、物売りのお兄さんが、マリーミーとかって言ってましたよ、何を考えているのだか。
マラケシュのあの広場、ジャマエルフナ広場は、大道芸人がいて面白かった。モロッコは、どこに行っても面白かったですよ」
 Y嬢は、車の中では、笑いながら楽しい思い出だけを一生懸命になって話した。最愛の父親との対面のため、必死になって心の準備をしているのが、H領事にはよく分かった。
 C市の郊外、高台にある安置所に到着した。Y嬢を挟むようにしてH領事夫妻が同行し、受け付けにご遺体との対面を依頼する。
「ご遺体との対面は、15分だけです。時間が経つとご遺体が傷みますので」
美しいが冷たい感じの受付嬢が呼びにくるまで、3人はロビーで無言だった。
 ややあって、案内があった。
「そちらの対面室で、ご対面ください。15分だけです。それ以上は困ります」
 対面室に入ると、鼻に小さな脱脂綿を入れた背広のご遺体が安置されていた。H領事夫妻は、両手を合わせ深々とお辞儀をした。Y嬢は、ハンカチを目頭にあてて言った。
「パパじゃないわ。パパには似ているけど。1年前に会ったパパは、もうちょっと若かったような気がする」
 Y嬢の目から、涙があふれ出た。
「私たちは、ロビーでお待ちしております」
 H領事夫妻がロビーに出ると、Y嬢の嗚咽が聞こえてきた。20分ぐらいして、受付嬢が、時間を告げにきた。
「そろそろ、警察に行きましょう」
 Y嬢は頷くと、ご遺体に一礼し、涙をぬぐった。H領事夫妻もご遺体に深々と一礼すると、3人は、明日家族と再来する旨伝え、安置所を後にした。
 M警察署まで、車で約20分。Y嬢、H領事夫妻の3人は、無言だったが、ふと、H領事が言った。
「お幸せな方ですねぇ、故人は。コートダジュール、しかも、最も美しいNに滞在しながら語学学校にいらしたのですから。南仏は、天気が悪ければただのヨーロッパ。今日は天気が悪いですが、晴れれば、天下のコートダジュールです。紺碧の海と、最高の食事。私も、このような所でノンビリ暮らしたいと前から思っていました」
「パパも言っていました。語学学校から地中海が見えて、とっても綺麗でいい所なんだって。声がはずんでとっても楽しそうでした」
 M警察署に到着すると、N語学学校からの第一報に接し現場に赴いた担当警部が出迎えてくれた。H領事が夫人とY嬢を紹介し、Y嬢は、自分の父親であることは確認できないと言っている、と伝えると、警部は、困ったなぁと、両手を広げた。H領事が、Y嬢は、最愛の人なので死を受け入れたくないという意識が作用しているのだろう、明日には、故人の夫人と子息が来るので故人の確認ができると思う旨述べると、警部は、安心し、調書に従い、遺留品のチェックをして欲しい、だけども、貴官の身分を証明するものはあるのかというので、H領事は、「初めに、お見せするべきでしたね」と言って、フランス外務省発行の身分証明書を提示した。
 H領事が仏文の調書を和訳して読み上げ、故人の発見時の状況描写のあと、遺留品のチェックをした。
「遺留品は、すべてパパのものです。でも、デジタルカメラをもっているはずなのですが、デジタルカメラがありません」
 H領事が、その旨を警部に伝えると、警部は、言った。
「遺留品は、故人の部屋にあった物すべてです。学校職員と部屋の隅々をチェックしたので、これがすべてです。生前にデジカメをもっていたとすれば、紛失した可能性があります」
 Y嬢は、語学学校内で盗まれたのかもしれない、それとも、引ったくりに会って、その時にもめて頭でも打ったのではないかとの疑いを表明した。H領事は、Y嬢の疑念を警部にそのまま伝えると、
「葬儀屋が医師の死亡証明書をもっているので、それをご覧いただきたい。検死した医師の説明によると、脳出血。状況から、朝、起床後、顔を洗っているうちに気分が悪くなり、洗面台から、ベッドに移るときに倒れたと推定されます。外傷他、外部から力を受けた形跡はありませんでした」
と、明確に答えた。
 M警察署から、遺留品を引き取り、ホテルSに戻ったのは、日没後1時間後のことだった。Y嬢が、明日の打ち合わせを少ししたいというので、H領事夫妻は、Y嬢と共に部屋に入った。Y嬢は、早速、電話をした。
「おば様。さっき、領事館の方と安置所に行ってきたの。パパのようだけど、パパでもないみたい。明日、ママに確認してもらわないと」
 電話を手短に切ると、Y嬢がH領事夫妻に言った。
「母と兄は、明日早朝のパリ着の便で来ます。こちらに到着するのはお昼ころでしょうか。あしたも、ご一緒していただけるのでしょうか」
「勿論です」
「父の持ち物の中に、レストランガイドと、レストランのメニューがありました。このレストランで食べたのでしょうね」
「所持品の中に海外旅行傷害保険の緊急連絡先は入ってないでしょうか?」
「はい、見てみます。ありました。これですね。保険会社の名前が書いてあります」
「では、この保険会社に連絡してみます。では、明日、ホテルにお迎えに上がります。
お疲れでしょうから、ごゆっくりお休みください」
 Y嬢の部屋を辞すると、H領事は、A領事に電話し、保険会社名を連絡し、使用可能なアシスタンスサービスを調べるよう依頼した。また、N語学学校の校長に電話し、明日午後故人のご家族が学校を訪問したいと言っているので、空港にご家族が到着次第、訪問時間を確認する旨をH領事が伝えると、校長は、何時でもよいので、電話をお待ちする、分かりやすいところで、落ち合って学校に案内する旨確認した。

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