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南部アフリカ開発共同体(SADC)の概要

平成20年8月

1.SADCの概要

(1)設立経緯

 1980年4月1日に南部アフリカ開発調整会議(SADCC)として発足し、当時は、南部アフリカ諸国が、アパルトヘイト体制下の南ア旧政権の経済的支配から脱却することを目的としていた。アパルトヘイト関連国内法の撤廃等、南アの民主化に伴い、1992年「南部アフリカ開発共同体(SADC)」に名称を変え、1994年南アも加盟国として迎えた。以後、経済統合・共同市場を標榜し、更に紛争解決・予防のための活動も開始している。

(2)目的(SADC条約に記載)

 経済成長の促進及び貧困削減、地域統合、平和と安全の維持・促進、自立的発展の促進、国家間及び域内の戦略・計画の調整、域内資源の保護と効果的活用、域内の歴史的・社会的・文化的連携の強化等。

(3)加盟国

 南部アフリカの14ヶ国: タンザニア、ザンビア、ボツワナ、モザンビーク、アンゴラ、ジンバブエ、レソト、スワジランド、マラウイ、ナミビア、南ア、モーリシャス、コンゴ(民)、マダガスカル

(4)議長国

 1年ごとの輪番制。2007年8月のSADC首脳会議がザンビアで開催され、同国が議長国に就任。副議長国は南アフリカ。事務局はボツワナ首都ハボロネに所在。

(5)予算(域内からの分担金及び域外からの拠出金)

 SADCは加盟各国からの分担金の他、EU等域外のドナーから拠出金を得ている。

(6)機構

 SADCの最高意思決定機関の首脳会議(年1回開催)を始め、閣僚会議、常設委員会(次官級)、政治・防衛・安全保障機構、SADC事務局、SADC国別委員会、SADC裁判所等が存在する。

2.SADCと我が国の関係

(1)拠出金

 平成7年度(1995年)より拠出が開始された。主に、SADCの機能強化等を目的とした各種セミナー等の開催を支援してきており、「産業研究開発ワークショップ」、「観光部門マーケティング・戦略会議」、「中小企業振興対策ワークショップ」、「SADC国別委員会に係るワークショップ」等を実施。

(2)事務局への専門家(地域開発計画アドバイザー)派遣

 JICA開発専門家として、1996年4月から2003年1月までの間、計4名が事務局に派遣され、日本とSADCとの連絡・調整等に当たった。

坂本喜久雄(1996年4月〜1997年3月)
廣瀬英策(1997年5月〜1998年12月)
狩野伊知郎(1998年12月〜2000年11月)
萩野瑞(2001年1月〜2003年1月)

(3)本邦におけるSADC投資セミナー、SADC展

 事務局のヴィレム・ホイマン(Goeiemann)上級エコノミスト(ナミビア人)が、JETROの招待により、2001年5月20日から27日まで来日。5月25日のSADC投資セミナーにおいては、約70名の日本企業関係者が参集。2002月10月には「SADC展」(見本市)がJETROとSADCの共催により開催された。

(4)第1回日本・SADCハイレベル政策対話

 2004年3月の日・タンザニア外相会談において日・SADCハイレベル政策対話を実施するとの合意を受け、2004年8月、モーリシャスにおいて河野アフリカ審議官(当時)とSADCトロイカ(カッタリー・モーリシャス外務・貿易・地域協力大臣兼SADC閣僚理事会議長(当時)、キクウェテ・タンザニア外務国際協力大臣、ロウレンソ・アンゴラ企画大臣)他との間で実施。本政策対話では、SADCの地域指標戦略開発計画(RISDP)、アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)及びTICAD IIIの枠組みに基づき、SADC・日本間の現在の優先政策分野及び将来の協力のあり方について議論が行われた。

(5)SADC事務局長の招聘

 2006年3月4日から10日まで、21世紀パートナーシップ促進招聘にてサロマン事務局長を招聘。滞在中、塩崎外務副大臣(当時)、森田JBIC副総裁、斎藤JETRO理事他と意見交換等を行った。

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