ODAと地球規模の課題
カルタヘナ議定書
(生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書)
(Cartagena Protocol on Biosafety)
1 背景
- (1)この議定書は、遺伝子組換え生物等(現代のバイオテクノロジーにより改変された生物(Living Modified Organism。以下、LMOという。))が生物の多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼす可能性のある悪影響を防止するための措置を規定しており、生物の多様性に関する条約(以下、生物多様性条約という。)第19条3に基づく交渉において作成されたものである。
- (2)LMOの規制については、これに反対する米、加、豪等のLMO輸出国側と、規制を求めるEU及び開発途上国との間に意見の相違があったため、この議定書の作成交渉が開始されるまで時間を要したが、1995年11月の生物多様性条約第2回締約国会議においてこの議定書の作成のための作業部会を設置することが決定され、その後、1996年から1999年までの間に計6回開催された作業部会において交渉が行われた。当初は、1999年2月にカルタヘナ(コロンビア)で行われた第6回作業部会の直後に開催された生物多様性条約特別締約国会議においてこの議定書を採択することが目指されたが、交渉参加国間の意見の隔たりが大きく、同締約国会議において交渉はまとまらなかった。その後、数度の非公式会合における協議を経て、2000年1月にモントリオールで開催された生物多様性条約特別締約国会議再開会合において議定書は採択された。
- (3)この議定書は、2000年5月15日から26日まで(生物多様性条約第5回締約国会議開催期間中)及び同年6月5日から2001年6月4日まで署名のために開放され、103か国が署名した。
- (4)2003年6月13日に締結国の数が50か国に達したため、議定書の第37条に基づき、同年9月11日に議定書は発効した。
- (5)2003年11月21日、我が国は本議定書を締結し、2004年2月19日、我が国について発効した。
- (6)2023年4月現在、171か国及び欧州連合(EU)(英語)
、パレスチナが締結。
2 議定書の概要
この議定書は、前文、本文40か条、末文及び3の附属書からなる。 議定書(和文テキスト・説明書)、議定書英文、和英対照表示(PDF)
(1)目的
この議定書は、特に国境を越える移動に焦点を合わせて、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性のあるLMOの安全な移送、取扱い及び利用の分野において十分な水準の保護を確保することを目的とする【第1条】。
(2)適用範囲
- (ア)この議定書は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性のあるすべてのLMOの国境を越える移動、通過、取扱い及び利用について適用する【第4条】。
- (イ)この議定書は、人のための医薬品であるLMOの国境を越える移動については、適用しない【第5条】。
(3)意図的な国境を越える移動に関する手続
- (ア)LMOの輸出入に係る手続(LMOの用途別に異なる手続が規定される。)
- (i)環境への意図的な導入を目的とするLMO【第8条から第10条まで及び第12条】
- 種子等直接環境に放出されるLMOを意味する。食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とするLMOは含まれない。事前の情報に基づく合意(Advance Informed Agreement:AIA)の手続が適用される(下表参照)。
- (ii)食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とするLMO【第11条】
- AIA手続は適用されないが、締約国は、「バイオセーフティに関する情報交換センター(以下、BCHという。)」に締約国が提供する情報に基づき、輸入の可否につき判断することができる(下表参照)。
- (iii)拡散防止措置の下での利用を目的とするLMO
- 外部の環境との接触及び外部の環境に対する影響を効果的に制限する特定の措置によって制御されているLMOを意味する。AIA手続は適用されない(下表参照)。
-
輸出国のとる手続 輸入国のとる手続 (i)環境への意図的な導入を目的とするLMO
(AIA手続)
【第8から第10条及び第12条】輸出国又は輸出者は、環境への意図的な導入を目的とするLMOの最初の国境を越える移動に先立ち、輸入国に対して当該移動について通告し、当該LMOに関する情報を提供する【第8条】。
(議定書上、輸出国は、輸出を禁止する義務は負わない。輸入国が行う輸入に関する決定に従って何を行うかは明示的に規定されていない。)輸入国は、輸出国又は輸出者から提供されるLMOに関する情報を受領した後、当該LMOに関する危険性の評価を行った上で、当該LMOの輸入の可否を決定する【第10条】。 (ii)食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とするLMO
【第11条】締約国は、食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的として行われる国境を越える移動の対象となり得るLMOの国内利用について最終的な決定をしたときは、当該決定を当該LMOに関する情報とともにBCHを通じて他の締約国に通報する。 締約国は、BCHに他の締約国が提供する情報に基づき、自国の国内規制の枠組みに従い食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とするLMOの輸入について決定することができる。 (iii)拡散防止措置の下での利用を目的とするLMO 特になし。 特になし。
- (イ)取扱い、輸送、包装及び表示【第18条】
意図的な国境を越える移動の対象となるLMOが、安全な状況の下で取り扱われ、包装され及び輸送されることを義務付けるために必要な措置をとる(同条1)。 また、LMOの用途に応じて、LMOであること等を明示する文書を添付する(同条2)。
(4)意図的でない国境を越える移動【第17条】
締約国は、LMOの意図的でない国境を越える移動につながる事態が自国の管轄下において生じたことを知った場合には、関係国及びBCHに通報するための適当な措置をとる。
(5)情報交換【第20条】
- (ア)LMOに関する情報交換を促進し及び開発途上締約国がこの議定書を実施することを支援するために、BCHを設置する。
- (イ)締約国は、この議定書に基づき提供することを義務付けられている情報等をBCHに提供する。
(6)能力の開発【第22条】
締約国は、開発途上締約国及び移行経済締約国におけるこの議定書の効果的な実施のため、バイオテクノロジーに関するものを含め改変された生物の安全性に関する人的資源及び制度的能力を開発し又は強化することに協力する。
(7)公衆の啓発及び参加【第23条】
締約国は、LMOの安全な移送、取扱い及び利用に係る公衆の啓発、教育及び参加を促進し、また、LMOについての意思決定過程において公衆の意見を求め、当該意思決定の結果を公衆が知ることのできるようにする。
(8)不法な国境を越える移動【第25条】
- (ア)締約国は、この議定書を実施するための自国の国内措置に違反して行われるLMOの国境を越える移動を防止し及び適当な場合には処罰するための適当な国内措置をとる。
- (イ)LMOの不法な国境を越える移動があった場合には、その影響を受けた締約国は、当該移動が開始された締約国に対し、当該LMOを処分することを要請することができる。
(9)附属書
附属書Iは、輸出締約国(輸出者)が輸入締約国に対して環境への意図的な導入を目的とするLMOの国境を越える移動につき通告する際に含まれるべき情報を定める。
附属書IIは、締約国が、食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とするLMOの国内利用を決定したときに、BCHを通じて他の締約国にその決定について通報する際に含まれるべき情報を定める。
附属書IIIは、輸入締約国(又は輸入締約国の要請に応ずる輸出者)がLMOの利用について決定するに当たり危険性の評価を行う際に従うべき目的、一般原則、方法等につき定める。
3 締約国会議
- (1)第1回締約国会議(COP-MOP1)
は、2004年2月23日から27日まで、クアラルンプール(マレーシア)において開催された。この会議では、BCHの活動の態様、LMOの取扱い、輸送、包装、表示の詳細な要件、議定書の遵守制度、LMOの国境を越える移動から生ずる損害についての責任と救済の分野における国際的な規則及び手続等が議論され、議定書の効果的な実施に必要とされる事項につき、一応の合意が得られた。
- (2)第2回締約国会議(COP-MOP2)
は、2005年5月30日から6月3日まで、モントリオール(カナダ)において開催された。この会議では、遵守委員会の手続き規則、BCHの運用のための複数年作業計画、危険性の評価に関するアドホック技術専門家会合の設置が決定された他、専門家登録制度(ROE)、LMOの輸出の際の通告の要件、取扱い・輸送・包装及び表示の詳細な要件、責任及び救済、社会経済上の影響、公衆の啓発及び参加等に関する決議が採択された。最大の焦点であった食料飼料加工用LMOの輸出の際の表示に関する詳細な要件については今回合意に至らず、引き続き第3回締約国会議で議論されることとなった。
- (3)第3回締約国会議(COP-MOP3)
は、2006年3月13日から17日まで、クリチバ(ブラジル)において開催された。この会議の最大の成果として、食料、飼料及び加工用のLMOの輸出に際して議定書上、添付を確保することが求められている文書の詳細について、第1回締約国会議から行われてきた議論が決着を見た。この点を含め、早期に対応が必要な措置はほぼ満たされたことから、これまで毎年開催されてきた締約国会議は、以後隔年で開催されることとなった。
- (4)第4回締約国会議(COP-MOP4)は、2008年5月12日から16日まで、ボン(独)において開催された。議定書の交渉時、LMOの国境を越える移動から生じる損害についての責任と救済(liability and redress)について規定を設けるか否かは、交渉初期から最終段階まで紛糾した論点であったが、結果として、後の議論のプロセスを確保する条項(enabling clause)として第27条が設けられ、4年以内に完了するよう努めることとされた。その後、作業部会が5回、及び本会合に先立ち共同議長フレンズ(Friends of Co-Chairs)特別会合が開催され、テキスト案の作成作業及び交渉が行われた。今回のCOP-MOPは、4年の交渉期間を経過した後に初めて迎える会合であり、同作業部会より報告が行われると同時に、共同議長フレンズ会合がコンタクトグループとして開催され、集中的な交渉が行われた。右交渉の結果として、責任と救済に関する規定作成を終了させるには至らなかったが、各国の立場の相違を埋めると共に、今後の作業方針について一定の共通認識を持ちつつ作業を継続することに合意した(共同議長フレンズ会合が開催予定)。
- (5)第5回締約国会議(COP-MOP5)は、2010年10月11日から15日まで、愛知県名古屋市において開催され、「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書の責任と救済についての名古屋・クアラルンプール補足議定書」が全会一致で採択された。また、カルタヘナ議定書戦略計画2011-2020も採択された。
- (6)第6回締約国会議(COP-MOP6)は、2012年10月1日から5日まで、ハイデラバード(インド)において開催された。LMOの輸入に係る決定に先立ち実施することが求められているリスク評価に関して専門家グループにより策定されたガイダンス文書について、実際のリスク評価における試用を通じてその実用性及び有用性を評価することを締約国等に奨励することが決定された。また、LMOの輸入について決定するに当たり、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼす影響に関する社会経済上の配慮について各国の見解、関連情報及び経験を分析等する専門家グループを資金の利用可能性に従って設置することが決定された。
- (7)第7回締約国会議(COP-MOP7)は、2014年9月29日から10月3日まで、平昌(ピョンチャン:韓国)において開催された。リスク評価のガイダンス文書について、適切な場合に、締約国のリスク評価に試行又は使用すること、試行を通じて提出された意見を元にCOP-MOP8までにガイダンス文書を更新及び改善するためのメカニズムの確立等が決定された。また、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼすLMOの影響に関する社会経済上の配慮について、専門家グループを延長し、資金が利用可能な場合に、概念上の明確性を高めるための検討を継続すること等が決定された。
- (8)第8回締約国会議(COP-MOP8)は、2016年12月4日から7日まで、カンクン(メキシコ)において開催された。議定書の実施及び効果のレビュー、資金メカニズム及び資金源に関する課題、他の国際機関等との協力、リスク評価及びリスク管理、意図的でない国境を越える移動及び緊急措置、議定書の実施及び効果のレビュー、社会経済上の配慮等が議論・決定された。
- (9)第9回締約国会議(COP-MOP9)は、2018年11月17日から29日まで、シャルムエルシェイク(エジプト)において開催された。カルタヘナ議定書戦略計画2011-2020のフォローアップ、遺伝子組換え生物(LMO:Living Modified Organisms)のリスク評価及びリスク管理、社会経済上の配慮、名古屋・クアラルンプール補足議定書等に関して議論・決定された。
- (10)第10回締約国会議(COP-MOP10)第一部は、2021年10月11日から15日まで、オンライン方式と中国・昆明での対面方式の併用にて開催された。
- (11)第10回締約国会議(COP-MOP10)第二部は、2022年12月7日から19日まで、モントリオール(カナダ)において開催された。カルタヘナ議定書及び補足議定書に関する実施計画及び能力構築行動計議定書のモニタリング・報告、議定書の評価及び再検討(第35条)、バイオセーフティに関する情報交換センター(BCH:Biosafety Clearing-House)に関する運営・活動(第20条)、リスク評価・リスク管理(第15条・第16条)、名古屋・クアラルンプール補足議定書の責任と補償等に関して議論・決定された。
5 我が国の取組
- (1)我が国は、本議定書採択交渉において、LMOの輸入に係る措置が科学的根拠に基づくものとし、LMOの生物多様性に対する安全性とLMOの円滑な国際取引を確保すべきとの立場で、LMO輸出国側と輸入国側の対立の意見調整を図る役割を積極的に果たしてきた。
- (2)我が国は2002年8月~9月に開催されたヨハネスブルグ・サミットに向けて発表した「小泉構想」において本議定書の早期締結に努力する旨表明したところ、議定書の国内担保法案とともに議定書を第156回通常国会に提出し、衆参両院の了承を得た。その後、国内担保法の関連省令等の整備を了し、2003年11月21日に議定書を締結した。同議定書は我が国について2004年2月19日に発効、国内担保法もこれと同日で施行された。
- (3)LMOの越境移動から生じる生物多様性への損害に関する「責任と救済」の議論においては、そのために設置された専門家作業部会の共同議長フレンズの一国として、実効的でバランスの取れた制度が構築されるよう積極的に貢献してきた。
- (4)2010年10月に第5回締約国会合(COP-MOP5)を愛知県名古屋市にて開催し、我が国が議長の下、「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書の責任と救済についての名古屋・クアラルンプール補足議定書(名古屋・クアラルンプール補足議定書)」が全会一致で採択された。
- (5)我が国は同補足議定書に2012年3月2日に署名し、2017年12月5日に受諾書を寄託した。