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第3節 わが国の分野別イニシアティブ等
1.成長のための基礎教育イニシアティブ
BEGIN: Basic Education for Growth Initiative
平成14年6月
米百俵の精神(注1)
国がおこるのも、まちが栄えるのも、ことごとく人にある。
学校を建て、人物を養成するのだ。
小林虎三郎長岡藩大参事(1870年)山本有三著戯曲「米百俵」より
昨年のジェノバ・サミットにおいて、小泉総理は「米百俵の精神」を紹介し、国造りにおける教育の重要性を訴えた。この精神に象徴される自助努力に基づく教育への投資こそ、途上国の貧困を削減し、経済成長を促進する有効な手段であるとの認識から、我が国の今後の基礎教育分野での支援のあり方を「成長のための基礎教育支援イニシアティブ」としてまとめカナナスキス・サミットの機会に発表することとする。
1.基礎教育の意義と「万人のための教育」実現に向けた取り組み
(注2)
(1)基礎教育は社会の一員である一人ひとりが人間としてふさわしい生き方をし、自らの手で自らの未来を選び取るために必要な知恵と能力を身につける(エンパワメント)という「人間開発(human development)」の観点から重要であるのみならず、「米百俵の精神」に象徴される国造りのための人造りという点で、途上国の開発にとり不可欠の要素である。また、基礎教育は他者及び異文化への理解と寛容の精神を育み、国際協力の基盤をつくるという観点からも重要である。
(2)このような基礎教育の重要性を踏まえ、我が国は、途上国に対し校舎建設、教育関連資機材の供与や、教科教育、教員研修及び教育システムの構築等の支援を積極的に実施してきた(注3)。また、UNESCO、UNICEFといった国際機関への支援や、世銀及び地域開発銀行を通じた支援も積極的に行ってきている。
(3)過去半世紀の間に途上国における教育事情は改善した面もある(注4)。しかしながら、世界人口の急激な増加により、世界には依然として1億1千3百万人の未就学児童と、8億8千万人の非識字者がおり、その3分の2が女性という深刻な状況が続いている(注5)。なかでも、アフリカにおいては、成人の識字率は54%、小学校就学率は74%と低い状況にある(注6)。
こうした中、国際社会は、2000年4月に開催された「世界教育フォーラム」において、6つの目標(「ダカール行動枠組み」(注7))を掲げるとともに、2000年の国連ミレニアムサミットでミレニアム開発目標(注8)を採択し、更に2002年の5月の「国連子ども特別総会」において具体的目標を定める(注9)など、国際社会が協調して、基礎教育の普及に向けた取り組みを加速させている。また、昨年のジェノバ・サミットを契機に、ダカールの目標を追求するため「G8教育タスク・フォース」(注10)が設置され、EFA達成に向けた取り組みを促進するための方途について提言をまとめている。
(4)このように、次代を担う青少年が質の高い基礎教育を等しく受ける機会を得られることは、国際社会の一致した願いであり、共通の目標でもある。かかる観点から、我が国は、世界の主要援助国として、また古くから教育の重要性を認識し各種政策に反映させてきた国として、教育が「人間の安全保障」(注11)の観点からも重要であることに留意し、今後「万人のための教育(EFA : Education for All)」の実現に向けて、G8をはじめとする国際社会と協調しつつ、本イニシアティブに沿って、開発途上国が行う基礎教育促進のための取り組みに対する支援を強化していく。
2.支援に当たっての基本理念
今後基礎教育分野の支援を行うに当たっては、以下の基本理念に基づき実施する。
○途上国政府のコミットメント重視と自助努力支援
ダカール目標の達成には、何にもまして、途上国政府自身による強い政治的コミットメントが不可欠であり、その強い意志の下での基礎教育の機会の拡大及び質的向上に向けた主体的取り組みが前提となる。我が国援助の目的は、途上国のそのような自助努力を尊重しかつその醸成を支援することにあり、そのために不可欠な制度構築や人材育成への支援を行う。その際、地域や国、更には地方毎の個別の事情に配慮し、特に、現場では、相手の立場に立ち、同じ目線から協力を進める。
○文化の多様性への認識・相互理解の推進
文化の多様性は、豊かな人間生活を確保する上で不可欠である。グローバル化の進展が、経済や生活様式などで画一化をもたらす傾向を一面に有する中で、青少年の頃から異なる文化への関心、理解及び受容を育むことの意義は少なくない。基礎教育は、人々に考える力を与え、対話を通じて他者や異文化を理解する力を育むことが出来るため、支援に際しては、基礎教育が有するそうした役割に十分留意する。
○国際社会との連携・協調(パートナーシップ)に基づく支援
「万人のための教育」(EFA)の実現に向け、国民各層の幅広い参加を得た途上国側の努力が不可欠であると同時に、この努力を支える国際社会の側でも二国間ドナー、国際機関、NGOなど全ての関係当事者が連携・協力し、効果的な開発パートナーシップを発揮することが必要である。特に、ダカール目標の達成に向け中心的な役割を担っている国連教育科学文化機関(UNESCO)、世界銀行等の国際機関との連携を重視するとともに、国レベルにおけるドナー間の援助協調を促進し、教育分野へのセクター・ワイド・アプローチ(注12)にも対応していく。また、限りあるリソースを有効に活用するとの観点から、文化的、言語的類似性を有する近隣諸国間の協力として、南南協力を支援していく。
○地域社会の参画促進と現地リソースの活用
基礎教育の普及及び持続的な教育活動の促進を確保するためには、教育内容や制度に対する地域社会、特に子どもの親の理解が不可欠である。教育開発計画の策定やその実施においても、地域社会の積極的な参画を促していく。また、子どものみならず、親、青年、成人を含めた地域社会のメンバー全体を対象とすることが重要である。その際には現地のニーズに適合したかたちで現地のリソースを積極的に活用していく。
○他の開発セクターとの連携
基礎教育は広範な経済・社会開発の基礎であり、貧困削減はもとより安全な水の供給、感染症対策を含む保健・衛生等の他の開発セクターとも密接な関係あることから、これらの他のセクターとの連携を強化していくことにより、基礎教育を地域社会開発の促進に向けた包括的な開発努力の中に有機的に結びつけていく。
○我が国の教育経験の活用
教育を国づくりの根幹とし、公教育の普及と教育の質の向上を両立させてきた我が国の教育経験を活用し、途上国の教育発展に効果的に役立てていく。ただし、途上国の抱える教育ニーズは、伝統や文化の影響もあり多様であることから、我が国の経験を途上国にどのように活用できるか、相互の対話に基づき、協力を進めていく。
また、協力活動を通じ、途上国と我が国の学校、教員、生徒相互の交流を促進することにより、両国の友好を深めていく。
3.重点分野
我が国は、教育の「機会」、「質」、「マネージメント」を支援の今後の柱としていく。なお、対象国の状況に応じ、以下の中から重点分野を特化していくこととする。
○教育の「機会」の確保に対する支援
-多様なニーズに配慮した学校関連施設の建設(注13)
地域社会が抱える多様なニーズ(トイレ、給水施設等)に配慮した学校施設の建設促進及び計画段階からの地域住民の積極的な参加促進と、地域社会に開かれた施設としての利用の促進(図書館、防災機能、地域コミュニティー・センター等)
-ジェンダー格差の改善のための支援(女子教育)
ニーズの高い地域での女子校の建設、ジェンダー差別を改善したカリキュラム、教科書、教授法の開発支援、女子教育に関する教員研修
-ノン・フォーマル教育への支援(識字教育の推進)(注14)
識字教育プロジェクトの推進、特に同分野で協力するNGOへの支援。女性の能力開発という観点から成人女性の識字能力向上支援。
-情報通信技術(ICT)の積極的活用
遠隔地における教育及び遠隔教育の促進を含めた情報通信技術(ICT)の積極的活用
○教育の「質」向上への支援
-理数科教育支援
理数科教員の養成、派遣、カリキュラム、教科書、教材の開発等に関する支援
-教員養成・訓練に対する支援(注15)
専門家派遣、研修等を通じた教員養成校等における教員の養成、及び現職教員の能力向上に必要な訓練に対する支援
-学校の管理・運営能力の向上支援(注16)
地域住民の積極的な参加等を通じた学校の管理・運営能力の向上支援
○教育の「マネージメント」の改善(注17)
-教育政策及び教育計画策定への支援の強化
国家開発計画に位置づけられた教育政策及び教育計画策定への支援
-教育行政システム改善への支援
教育政策担当者の研修、統計・モニタリング、スクールマッピング等教育行政向上に向けた支援(特に地方分権化の動きに配慮する)
4.我が国の新たな取り組み
(1)現職教員の活用と「拠点システム」の構築
我が国による協力実績が多く、且つ、教育の「質」向上支援の柱でもある理数科教育、教員研修、学校運営などに対する協力をさらに拡充し、教育のソフト面に対する協力を促進するため、我が国の教育現場に密着した実践的な経験や能力を有する現職教員を積極的に活用していく。
また、我が国による教育協力の経験の蓄積や共有化を図り、協力モデルの開発や、現職教員への伝達を組織的に進めていくために、拠点となる大学のもと、その他の大学、NGO等からなる国内体制の強化(拠点システム)を行なう。これを通じて、協力経験の浅い分野における協力の促進も図っていく。
(2)国際機関等との広範囲な連携の推進
○UNESCO支援
-我が国がUNESCOに設置している各種信託基金(注18)を活用し、EFAに関連したUNESCOの活動を支援する。
○UNICEF支援
-国連子ども特別総会のフォローアップとして、引き続きUNICEFの実施する女児に対する教育普及事業を支援する(注19)。
○世銀ファスト・トラック・イニシアティブ(Fast Track Initiative)(注20)への配慮
-本イニシアティブに基づく基礎教育支援の強化に当たっては、世銀のファスト・トラック・イニシアティブに配慮する。
○アフリカ教育開発連合(ADEA)(注21)への参加
-サブ・サハラ・アフリカ諸国、ドナー及び国際機関が参加してアフリカの教育政策を討議し、情報交換を行うネットワーク組織であるADEAに参加を表明し、理数科教育の作業部会を設置する。
(3)紛争終結後の国づくりにおける教育への支援
紛争地域での紛争終結後の国づくりにおいて教育は、復興の基盤となるばかりでなく、歴史や宗教、民族について相互理解を促進し、長期的な発展に大きな役割を担う。かかる観点から、紛争終結後の復興支援においては、現地のニーズを踏まえつつ、教育分野での支援に取り組む。特に、今年1月に我が国で開催されたアフガニスタン復興支援国際会議を踏まえ、アフガニスタンの緊急な教育ニーズに対する支援(学校の教育環境の改善、女性教員を含む教員養成等)を促進する。