
公開シンポジウム
平和構築を担う文民の育成と派遣に向けて
―現場の新たな課題に対応する―
(概要)
平成19年11月
(英語版はこちら)
10月31日、東京のUNハウスにおいて、広島平和構築人材育成センター(HPC)・国連ボランティア計画(UNV)・外務省の共催により、公開シンポジウム「平和構築を担う文民の育成と派遣に向けて-現場の新たな課題に対応する-」が開催された。
【本シンポジウムの趣旨・成果】
- 今、平和構築が国際社会の大きな課題になっている。我が国は、世界の平和構築に向けての具体的な取組の一つとして、現場の様々なニーズに対応できるアジアの文民専門家を育成すべく、パイロット事業を開始した。今般立ち上げられた「広島平和構築人材育成センター(HPC)」の研修員は、広島での国内研修を10月末に修了し、11月より海外実務研修を開始する。今般のシンポジウムは、これを機に、主要国や国際機関が、現場の新たな課題に対応するために、平和構築を担う文民をどのように育成し派遣しているのか、最新の動向と経験についての情報や知見を共有するともに、今後の取組に向けての議論を深めるために開催された。
- 本シンポジウムには、主要国や国際機関を代表するパネリストや幅広い経験を持つコメンテーターの参加を得て、各々の取組や知見に加え、今後の我が国との協力に関する具体的な提案も出され、今後の人材育成事業の拡充及び育成された人材の派遣の促進に向けての有益な示唆が得られた。また、HPC研修員、現在平和構築に携わっている実務者・研究者、そして将来この分野でキャリアを考えている学生など約100名が出席し、この問題に対する関心を高め、理解を深めることができた。
【各セッションの概要】
(1)開会挨拶
- 新保雅俊外務省総合外交政策局審議官より、平和構築は今日の国際社会における最重要課題の一つであり、日本は平和国家として、また国連平和構築委員会の議長国及び来年のTICADIV及びG8サミットの主催国として主導的役割を担うとともに、更なる貢献を行っていくことを表明した。また、平和構築人材育成パイロット事業の中間点にあたる本シンポジウムの場で、主要国及び国際機関による文民の育成と派遣の最新の取組につき情報を共有し議論を深めるとともに、本日出席している未来の平和構築者が、現場で直面するであろう課題に対処する能力を高めることを期待していると述べた。
(2)第1セッション~二国間における最新の動向と経験
(イ)西原正・平和・安全保障研究所理事長の司会の下、各パネリスト・コメンテーターから以下の発言がなされた。
- マグナス・レナートソン・ナカミツ在京スウェーデン大使館公使は、1990年以降の国際環境の変化により、国連PKOでの文民の必要性が増大したことを受けて、軍・民双方の要員の訓練をより多面的・横断的に改革したと述べた。2001年にフォルケ・ベルナドット・アカデミーを設立し、軍隊、警察、文民を対象とする訓練や、各国からの参加者の招聘を行ってきたこと等を紹介し、国際的な協力の重要性を強調した。スウェーデンと日本は、研修への参加、研修計画・研究・評価における連携、ベストプラクティスの共有等の面で協力しており、グローバルネットワークの構築に向けて、アジアでも連携したい旨を表明した。また、HPCの施設や研修員の質を高く評価し、人材育成事業の更なる推進に向けて協力したいと述べた。
- オスカー・G・デソト米国国務省復興安定調整部計画課長は、米国政府の包括的な取り組みとして、2004年に設立された復興・安定調整部(S/CRS)を紹介した。同部は、文民の平和構築関係者の能力を強化するため10のコースを運営しており、ワシントン及び現地レベルで統合運用されていると述べた。また、新制度のもとで、人材をアクティブ、スタンドバイ、リザーブの3段階に分類し、48時間以内での緊急展開にも備えていることを説明した。米国は、外国機関への研修サービス提供などの国際協力を行っており、今後も、専門家間の情報共有や人材交流、共同の研修コースの策定等の面で、日本や他の政府、地域機関等との協力を行いたいと述べた。
- マーティン・ラフラム在京カナダ大使館書記官は、平和維持活動の性質や任務が複雑かつ広範なものとなっていることから、様々なアクターの統合訓練の必要性を指摘した。カナダの取り組みとして、ラフラム氏自身が参加した外交官及び文民を対象とした訓練コースを紹介した。同コースでは、軍の役割、法的問題、地雷、ストレス管理等について学習した他、待ち伏せや自爆テロに備えたシミュレーションが行われ、軍の役割についての理解が促進されたことを述べた。最後に、平和構築に携わるすべてのアクター間の緊密な協力をはじめ、異なるアクターの役割について理解を促進させる訓練の重要性を強調した。
- ヒュー・ワトソン在京オーストラリア大使館書記官は、平和構築分野には政府職員、ジャーナリスト、法律家、医師等あらゆる分野の文民専門家の活躍が不可欠であると述べた。オーストラリアは、復興支援の分野において無駄を省き成果につなげるよう、あらゆる国や機関と連携していると述べた。オーストラリアの訓練機関として、オーストラリア連邦警察(AFP)の海外展開前訓練を行うIDG(International Development Group)、文民を対象に派遣前訓練を行うAusAIDを紹介し、包括的な平和・紛争の訓練パッケージには人権や文化理解も含まれていることに触れた。日本とは、平和構築人材育成事業への講師派遣等の面で協力していると述べた。
- 篠田英朗HPC事務局長は、今年6月にHPCを立ち上げて平和構築人材育成事業に新規参入したばかりであり、多くのパートナーから学んでいきたいと述べた上で、今般開始した事業内容を紹介した。本事業は、国内研修、海外実務研修、及び就職支援の三本柱で構成され、座学にとどまらず、海外実務研修や就職支援にも力を入れていることを強調した。また、日本人15人とアジア人14人の研修員で構成されていることからもわかるように、アジアのアプローチを重視しており、今後も発展させていくとの意図を表明した。
- 橋本敬市JICA国際協力専門員は、JICAは開発機関として地域開発や法制度構築支援に力を入れており、2004年には平和構築分野の研修事業を開始したと紹介した。同事業は、NGOやJPO等で一定の知識や経験を培った平和構築に携わる人材を対象に、3週間半の日本における講義と1週間の海外でのフィールドワークで構成されている。人材を何時でも現場に派遣出来るよう備えるためのものであるが、キャリア保証がなかったことが大きな問題となったことを説明した。この教訓を踏まえ、昨年度からは、既に仕事や専門性を持っている人々を対象に、追加的に平和構築の研修を行い、各人のキャリアに悪影響が出ないようにした旨を述べた。
- 長有紀枝ジャパンプラットフォーム代表理事は、まず、政府、国際機関、NGOは多くの共通課題に取り組んでいるが、組織としては大きく異なっていることについて触れた上で、日本がオールジャパンのイニシアティブとしてNGOを含めるのみならず、NGO自身のための人材育成の事業も支援する必要があると指摘した。更に、安全面について、欧州には安全管理のためのネットワークが立ち上がったが、日本やアジアでもこのようなイニシアティブを発揮し、日本政府とNGOが連携していくことへの期待を表明した。
- 中満泉・一橋大学客員教授は、4つの課題があると述べた。第一に、平和構築者の人数の必要性である。国連PKOミッションは空席率が高く、より多くの文民の専門家が求められる。第二に、要員の質である。多面的な能力が求められ、例えばジェンダーに関する理解なども重要である。第三に、迅速な派遣である。迅速な展開のために、あらゆる専門性をもつ人材のプールシステムや研修機関のネットワークの構築が大切である。第四に、多様性である。国籍、文化、ジェンダー等、様々な経験を反映させる必要がある。日本では、研修メカニズムができつつあるので、派遣メカニズムが課題である。特に地方公共団体からの派遣や待機制度、柔軟な人事運用等が可能になるよう期待している。これを進めるためには外務省が指導力を発揮してほしい旨述べた。
(ロ)引き続き、参加者との意見交換が以下の通り行われた。
- 平和構築の専門家に求められる資質や技能は何かとの質問がなされた。これに対し、デソト氏は、平和構築専門家に必要な資質として、専門性と危険地域において活動できる能力とバランス感覚、そして、柔軟性等を挙げた。また、篠田氏は、知識や技術に加えて、平和構築に対する熱意が大変重要であると述べた。
- 平和構築を担う人材の需給ギャップに対応するため、各国はどのような派遣制度を工夫しているのかとの質問がなされた。これに対し、レナートソン氏は、スウェーデンでは専門性等の詳細情報をカテゴリー別に整理したロスター制度を整備している旨紹介した。ワトソン氏は、オーストラリアでは政府機関をはじめとする関係機関が広く広報活動を行っていることを述べた。篠田氏は、派遣の問題の背後にある日本の課題として、平和構築という問題に対する理解が日本社会にあまり浸透していないことを説明した。
(3)第2セッション~国際機関における最新の動向と経験
(イ)横田洋三・中央大学法科大学院教授の司会の下、各パネリストから以下の発言がなされた。
- 村田俊一・国連開発計画(UNDP)駐日代表は、UNDPが焦点をあてている5つの分野を紹介するとともに、国連改革の一環としてなされた「一つの国連」アプローチがすでに8つのパイロット国で実施され、共通国別評価(CCA)や国連開発援助枠組み(UNDAF)を活用し調整していると説明した。また、緊急人道支援から復興・開発まで一貫したアプローチで実施することが大切であるとし、さらにマルチ・バイ協力を進めることが重要であることを強調した。
- 滝澤三郎・国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日代表は、平和構築には紛争解決が大きな課題であり、難民・避難民・現地住民がおり潜在的な対立がある中に、平和構築者が入っていくことになると説明した。25年前は人道支援に関わる人は少なく、国連の旗の下、安全性も確保されていたが、今では多くの人々が人道支援に関わっており、また常に危険と隣り合わせになっていると指摘した。その上で、リスクマネジメントを行うアプローチが重要として、UNHCRの安全管理制度(Safety and Security regime)や最近のeCentreの活動について説明した。
- ダン・ローマン国連児童基金(UNICEF)日本・韓国兼轄代表は、最近のユニセフの活動には自然災害や内戦に関係するものが増えており、職員の活動にも制約が加えられるようになってきていると説明した。また、ユニセフではロスター制度を活用し、66の緊急派遣取極(Standby Arrangement)をノルウェー、スウェーデン、カナダ、英国等と締結していることを紹介し、派遣にはフランス語やアラビア語の語学力も重要であると指摘した。
- 中山暁雄・国際移住機関(IOM)駐日代表は、平和構築を担うチームは学際的で、文化の多様性やジェンダーとともに安全管理への深い理解があることが重要であると指摘した。IASC(Inter-Agency Standing Committee)では、IOMは自然災害時のキャンプ運営・調整を担当しており、関連の研修を援助関係者を対象に行っていると述べた。また、IOMの内部・外部採用の方法と合わせて、ノルウェー難民評議会やデンマーク難民評議会との合意に基づく緊急人材派遣スタンバイ制度について紹介した。また、IOMはNATOとも協力関係にあり、CIMIC(Civil Military Cooperation)アドバイザーの派遣や研修への講師の派遣などを行っている。
- 中井恒二郎・国連世界食糧計画(WFP)駐日援助関係官は、WFPが食糧支援に加えてロジ支援の活動を行っており、職員の92%が現地で働いていると説明し、職員にとっては安全性の確保が重要な課題になっていることを指摘した。またWFPはユニークな研修としてスウェーデン軍と連携した緊急対応研修を実施していることを紹介した。日本との協力としては、日本人の学生を現地インターンとして派遣するプログラムや、JICA職員や政府職員のWFP本部ロジ部門への派遣について紹介した。
- 長瀬慎治・国連ボランティア計画(UNV)駐在調整官は、1992年から2007年の15年の間で国連PKOミッションの増大に伴い、・国連ボランティアの数も飛躍的に増大したことを指摘した。PKO要員の約半数はUNVであり、UNVが平和維持・構築活動にも多大な貢献をしていることも説明した。UNVの活動として派遣の他に提言活動等も行っていること、更に選挙支援に関する研修を現地で実施していることも紹介した。
- 長谷川祐弘・前東ティモール担当国連事務総長特別代表(現法政大学教授)は、以下の四点を指摘した。第一に、国連PKO局は国連憲章の原則に極めて忠実に活動し、採用においても同様であるため、ジュニアプロフェッショナルオフィサー(JPO)のようなドナーの支援を受けた職員の受け入れには消極的なので、HPCのプログラムはこれをどのように克服するかが課題である。第二に、現在、国連は「一つの国連」を重視しているが、活動や制度面での調整・協調だけではなく、規範・基準・価値観・原則といったものまでを統合していくことが重要である。第三に、要員の安全確保が重要であり、80~90%の治安事故は現地住民との関係で生じていることを踏まえ、現地の文化や構造を良く理解すること、そして現地スタッフの安全を確保することが大切である。最後に、かつてカンボジアで殉職された邦人UNVであった中田氏に言及しつつ、事前の十分な研修の重要性を改めて強調した。
(ロ)引き続き、参加者との意見交換が以下の通り行われた。
- なぜ、安全確保が多くの機関にとって重要な課題になってきたのかという質問がなされた。これに対し、ローマン氏はイラク戦争後、文民をとりまく安全状況が変わったことを指摘し、緊急対策費や研修費等の安全対策経費が非常に高くなり予算を圧迫している現状を説明した。滝澤氏は、紛争(とりわけ国内紛争)の増大に伴い、PKOや人道支援の活動が拡大しており、UNHCRのように現地で働く人が多い機関にとっては職員の安全対策がとりわけ重要であると述べた。中山氏は、現地職員が厳しい安全環境下においても果敢に仕事をしていることを賞賛した。
- どうすれば現地で様々なアクターの相互調整を行うことができるかとの質問に対し、長谷川氏は、国連内の相互調整が進展しつつあることを述べつつも、現地の人々が、それがどのように評価しているかは別の問題であり、更に改善が必要と指摘した。
- 今後はマルチもバイも一緒になり協力して取組を進めるべきではないかとの質問に対し、村田氏は、各国や国際機関によって実施される「ラウンドテーブル会合」の協議メカニズムが有効であると応答した。また、カナダのラフラム氏は、マルチとバイの協力には、国連が調整役としての役割を最も果たし得ると説明した。
(4)閉会挨拶
- 篠田HPC事務局長より、現地社会との関係、諸機関の相互調整など、それぞれ難しい課題であり、簡単な答えはなく、実践を通じて解決していく必要があると述べた。また、平和構築人材育成事業に対する関係各位の協力に感謝を述べるとともに、将来の平和構築者の育成に向けて、多くの人の助力を得つつ、引き続き取り組んでいきたい旨述べ、シンポジウムを終了した。