ビザ
外国人の受入れと社会統合のための国際ワークショップ「医療分野における外国人と外国人材 コトバと文化の壁を越えて」
平成27年3月9日

2月25日,外務省は,国際移住機関(IOM)及び葛飾区との共催により,一般財団法人自治体国際化協会(クレア)の後援の下,かつしかシンフォニーヒルズ・アイリスホールにおいて,標記ワークショップを開催した(国会議員[浜田和幸参議院議員],内外の有識者,駐日大使館関係者や一般市民を含め約250名が参加)。
中山泰秀外務副大臣及び青木克德葛飾区長による開会挨拶,スウィングIOM事務局長による基調講演に続き,ソムアッツ・ウォンコムトォン(タイ)ホアヒン・バンコク病院病院長によるプレゼンテーション,フィリピン人介護福祉士エハーシト・ピンキー・アルバレス氏及び日本人医療通訳者村松紀子氏による体験談の発表が行われ,後半には内外の各界有識者によるパネル・ディスカッションでの活発な議論を通して,問題意識を深め,共有することができた。
1.概要と評価
今年度ワークショップ全般の概要と評価
(1)スウィングIOM事務局長は基調講演にて,(ア)現代は過去類例のない規模で人が動く時代であるが,先進国では雇用を奪われるのではないか,国のアイデンティティが損なわれるのではないかといった必ずしも事実に基づかない印象論から,外国人労働者や移民に対してネガティブな感情も拡がってきている,(イ)しかし日米を始めとする先進国では少子高齢化により医療従事者が著しく不足することは不可避であり,在留外国人の社会統合の観点からも外国人医療人材の登用が国の医療システムにおいて不可欠となっている,(ウ)多民族・多文化的医療システムの構築が鍵であり,それは優秀な外国人材を一層惹きつけるものでもある,(エ)歴史上,移住は不可避で必要で望ましいものであり,移民はむしろ全般的にはポジティブな役割を担ってきた。史実と事実に基づくバランスの取れた見方を政府が促進することが望まれる等指摘。
(2)東大医学部を卒業し日本の医療事情と国際医療の双方に精通したタイ人有識者(ソムアッツ病院長)は,日本の医療レベルは非常に高いが医療費や地理的条件,英語等外国語を話せる医療従事者の数等の点で現状では医療ツーリズムに有利とは必ずしも言えない,外国人材の活用との観点では,介護分野はまだしも外国人医師や看護師が日本語の試験を受けて免許を取るのは殆ど不可能に近い,そうした状況でも医療通訳には外国人材が活躍し得る可能性があり,日本の医療制度を充実した魅力のあるものにするためにもその育成が重要との趣旨のプレゼンテーションを行った。
(3)経済連携協定(EPA)の枠組で来日し日本の介護福祉士資格を取得して勤務中のフィリピン人介護福祉士(エハーシト・ピンキー・アルバレス氏)からは,病気の父親の後押しもあって医療先進国の日本で働くため来日したが,当初日本語がおぼつかなかった時には孤独を感じ,一部の利用者から受けた心ない言葉に認知症のためと理解しつつも傷ついたりもした,しかし施設の同僚や友人の全面的な支えもあり必死に勉強して試験に合格し,今は充実した勤務をしているとの体験談,また,日本人医療通訳者(村松紀子氏)からは,健康保険未加入の在留外国人が自費で慢性疾患の治療を続けられずに亡くなった事例を見聞するなど,医療通訳は楽しいものではなく,人の命に関わることへの恐れもあるが,税金を納めている外国人がきちんとした医療を受けられないことに対する怒りもあって活動を続けてきた,しかしボランティアは粗略に扱われがちであり,医療現場でも患者付き添いの知人程度にしか認知されず,医療通訳を志す日系外国人の方等は収入面でも生活が成り立たず,燃え尽きてしまう人が多い,やはり専門職として然るべき扱いと報酬が必要といった体験談が発表された。
(4)パネル・ディスカッション(詳細以下2.)では,(ア)グローバルな時代の医療のあり方と「外国人の医療」,(イ)「医療通訳」,(ウ)医療分野における外国人材の社会への貢献と将来の「外国医療人材活用の方向性」の3点を中心に,海外の医療通訳第一人者を始め,日本で長年開業している外国出身の医師,駐日大使館員,報道及び元自治体関係者といった各方面で活躍するパネリストによる議論が行われた。
(5)高齢化の進む日本人だけではなく,日本で生活する外国人,観光等で日本を訪れる外国人を含む全ての人にとって医療は重要な問題。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え今後更に外国人が増加していくことが見込まれるなか,日本人・外国人を問わず安心して医療を受けられる体制づくりが求められており,そうした体制はその後も持続可能なものでなくてはならない。そのために現在の日本の医療制度が有する限界や課題,今後医療通訳を含む外国人材が医療現場で活躍していくために必要な要件等について様々な角度から議論や提案が行われ,認識を共有することができた。
(6)なお,中山副大臣からは,今回,手話通訳士の寺嶋幸司氏の協力を頂いているが,同氏からは今回の副題でもあるコトバと文化の壁を越えるとの観点からもぜひ外国語と手話とを同じように認識し位置づけて欲しいとの思いをお伺いしたのでご紹介したいと言及。青木葛飾区長からは,区人口の3%15000人が外国人住民,45万区民全体の高齢化も進んでおり「包括的支援システム」が必要で,外国人の方の役割は大きい,ますます多くの外国人の方が訪れ,住みたいと思って貰える区を目指したいとの挨拶があった。
2.パネル・ディスカッション
パネル・ディスカッション(議長:中村安秀大阪大学大学院人間科学研究科教授,医療通訳士協議会会長)で開陳された意見等の概要
(1)神奈川県では県とNPOが協力してボランティアの医療通訳者を派遣するシステム(MIC)が全国に先駆けて構築された。現在66病院に対し11言語,175人の医療通訳を年間延べ5000名派遣している。医療通訳候補者は集中講義,試験,現場の実践を経て初めて登録されるが,病院側がもつ派遣経費は1件3000円と,ほぼボランティアである。また,医師・病院側の認知度もまだ低い。単なる付き添いの知人ではなく,専門職として認識し,位置づけ,医療通訳制度の充実を図る必要がある。医療通訳を医療サービスの一環と捉えて医療保険の対象に加え,政府が進めている拠点病院制度を維持・拡大する必要がある。こうした地方の拠点病院には,(ホアヒン・バンコク病院のように)専門職としてメジャーな言語の医療通訳を常時配置しておき,現在のMICのような派遣システムは稀少言語について対応するようにすべき。医療通訳が社会的にも経済的にも正当に評価される仕組みが構築されれば,外国人材の目標となり得る。(水田秀子公益財団法人かながわ国際交流財団専務理事)
(2)グローバル化社会において求められるのは,国籍問わず誰でも安心して治療を受けられることであり,その際,特に外国人患者と医師等の間に立って意思疎通を行う医療通訳の役割は重要で,医療チームの一員である必要がある。医師・看護師等がいくらいいチームであっても言葉が通じなければいい治療はできず最悪の場合死亡することにもなる。医療通訳はプロとして適切な訓練が必要であり,報酬も支払われる必要がある。米国でも当初はその重要性が他の多くの国と同様認識されていなかった。日本もまた,医療通訳に係る国際的な基準に合わせていく必要がある。在日外国人は,読み書きの問題から就業面で様々な制約があるが,医療通訳の分野ではそうした制約なく活躍し得る。(イザベル・アローチャ元IMIA(日本語訳:国際医療通訳者協会)エグゼクティブダイレクター)
(3)(ア)外国人患者の治療にあたって意思疎通の問題と同様に重要なのは,医療保険の問題である。在留外国人の23.2%は無保険であり,自己負担では高額の日本の医療になかなかかかれない。そうした外国人が感染症患者となれば,本来しっかり治療しないといけないのに治療を受けないことで周囲に伝染させれば大きな社会問題となり得る。また,高血圧・糖尿病といった慢性疾患に罹る外国人のうち,無保険者の90%は途中で治療を止めてしまうので,医療保険の拡充が必要。(イ)医療通訳はボランティアでは立ちゆかず専門職が必要であり,専門職として診療報酬点数がつくようにすべき。ただ,大病院はそうした医療通訳を常設で雇えるが,地方の小病院はどうするかとの問題がある。この点,3年程前に導入された,ある程度の医療知識を持ち現場のファシリテーターとなる医療クラークという制度があるが,医療クラークが語学能力も獲得できるように養成学校に医療通訳コースを設けることを提案したい。この場合,外国人患者が来ない時は医療クラークとしての仕事ができるということが大きい。(ウ)自分は45年前に日本に留学し大学を卒業,母国アフガニスタンに帰ろうとしたらソ連軍の侵攻で戻れなくなりその後日本で開業した,外国人材の活用の一例と自認。患者の多くは外国人であるが日本人患者も来られる。地方部では医師の偏在が大きな問題で年間300回無医村への往診を行っている。母国では約40万人を無料で診察し,学校建設等の活動もしている。(エ)外国人と医療との点では,文化・宗教の違いへの理解も重要。イスラム教徒の女性の検診で胸まで服をまくってということはタブーであるし,子供の頭をなでて問題となることもある。(レシャード・カレッド医療法人社団健祉会レシャード医院院長)
(4)英国はロンドン・オリンピックの経験や,人口の12%800万人が外国人で,外国医療人材が100万人(うち10万人が医師)との現状を踏まえて,人口減少下で意欲的な観光客誘致目標を掲げる日本と協力していける。ピンキーさんのような活用例もあるが,日英間の課題を紹介したい。日英間には1964年の合意により,双方の医師が相手国で診療できる枠組みがあるが,英国は日本の医師免許をそのまま認め,語学能力も一般的な語学検定試験IELTSの結果を提示するだけで受入れ人数にも制限がない(現状15名の日本人医師が活動)。他方,英人医師が申請すると英語の情報や説明が不足しているのもさることながら,審査が不透明で1年以上かかることがよくある他,医学部での講義時間から出身大学の敷地面積など本人や関係者も覚えていないことを要求される。また,人数も最大7名(現状4名の英人医師が活動)に限定されていて,原則3つの指定病院でしか働けない。今後,日本政府が高度な専門性を持つ外国人医師の活用を考えるならば,こうした手続き等の改善を検討する必要があるのではないか。今後,厚生労働省と調整しながら状況を改善していきたい。(ジュリア・ロングボトム駐日英国大使館公使)
(5)日本では,なかなか外国人医師が働けるようになっていないのが現状だ。医療を日本の成長産業に育てるのであれば,国際化は欠かせない。優秀な外国人医師が国内で働きやすくするための制度改善が必要だ。介護人材は団塊の世代が後期高齢者となる2025年には30万人が不足すると言われており,外国人材に頼らざるを得ないと思う。もちろん質の確保は重要であるが,EPAはまだハードルが高すぎ,非常に優秀なフィリピン人看護師が試験に通らず帰国してしまい,大きな穴が開いたとの嘆きも聞く。外国人材を活用していくのであれば,彼らが安心して医療を受けられる体制整備も重要になる。日本の病院,医療関係者も外国の方を受け入れることに対する理解を深め,全体の制度設計につきよく話し合い,全ての医療機関が対応するのは無理でも,ここは外国の方の日常医療を担う病院,あそこは医療ツーリズムの受入れをする病院等と考えていく必要があるのではないか。(館林牧子読売新聞東京本社編集局医療部次長)
(6)中村議長からは,以下のコメント・総括がなされた。
- 日本には大勢の外国人がおられ,がんその他重い病気にかかられる人も多い。
- 日本の医療のレベルは高いが,外国人が安心して使えるようにはなっていない。医療通訳への理解も不足している。外国人の医療保険も非常に難しい問題。
- 介護の現場では既に外国人の方がかなり活躍しておられるが,今後どうやって更に活躍して頂くか考える必要がある。
- 文化・宗教の違いへの理解も確かに重要,自分は小児科医として1年間パキスタンにいたが女性の診察は1回もしたことがない。病院によっては入り口も男女別のところがある。
- 米国の医療通訳は30年来の積み上げがあるが,米の病院では手話通訳者がスペイン語など外国語通訳者と同じセクションにいた。
- 医師・看護師といった昔からの職種だけでなく現代の医療では多様な職種の人がチームを組む。レシャード院長の提案のように,医療通訳を保険の点数化したり,医療クラークなど外国人材の活躍・活用の方法ややり方があると思われる。ピンキー氏のような超人的努力や周囲の献身で初めて可能となるというようではシステムは回らず,もっと普通にできることにしなければならない。ロングボトム公使の指摘は,「悪魔は細部に宿る」例であり,制度の細部もよく見て,改善しなければならないところがあろう。