アジア | 北米 | 中南米 | 欧州(NIS諸国を含む) | 大洋州 | 中東 | アフリカ

2009年4月現在
(注)法王を国家元首とする独立国家たるバチカン市国と、法王を首長として世界のカトリック教会を支配する法王聖座の聖俗両面の総称がバチカンとされている。
791人(2008年9月)
0.44平方キロメートル(日本の皇居は1.15平方キロメートル)
この他、市国外の伊領土内に治外法権を有する施設あり。
公用語はラテン語。また、一般に外交用語はフランス語、業務用語はイタリア語。
ローマ法王(立法、行政、司法の全権を行使)
キリスト教(カトリック)
バチカン市国委員会が統括し、市国政庁が執行。
| 年月 | 略史 |
|---|---|
| 64年頃 | ネロ皇帝の迫害のため殉教したキリストの使徒ペテロが、バチカンの丘に葬られる。 |
| 349年 | ペテロの墓の上に、聖ピエトロ聖堂建設。 |
| 756年 | カロリング朝ピピンが、ラヴェンナ等の都市をローマ法王に寄進(法王領の始まり。) |
| 1870年 | イタリア軍、法王領に侵入(「ローマ問題」)。 |
| 1929年 | イタリアとローマ法王庁との間でラテラノ条約締結(イタリアは、バチカン市国を独立した主権国家として承認) |
ローマ法王及びローマ法王庁(政府に相当)を総称した概念。約10億6千万人とも言われる信者を擁するカトリック教会の最高機関。
ローマ法王(第265代法王ベネディクトゥス16世、2005年4月24日即位)。ドイツ出身。
司教会議が議会に準ずる(世界中の司教の代表の集まり)。
法王の公務執行中央機関であるローマ法王庁(Curia Romana)が政府に相当する。その最高機関は国務省で、内務省に相当する総務部と外務省に相当する外務部が設置されている。この他に9聖省及び12評議会等が設置されている。
(1)首相名 タルチジオ・ベルトーネ国務長官
(2)外相名 ドミニク・マンベルティ外務長官
(1)軍事力、経済力を全く持たないバチカンの外交目標は、キリスト教精神を基調とする正義に基づく世界平和の確立、人心道義の昂揚にある。そのための武力紛争の回避、人種的差別の廃止と人権の確立、発展途上国に対する精神的・物質的援助等、もっぱら人道的立場による平和提唱がバチカン外交の特色である。
(2)現在178カ国と外交関係を有する。特に、1989〜1991年にかけ東欧諸国と相次いで外交関係を開設又は再開し、1994年6月、イスラエルとも歴史的な外交関係樹立を達成した
(3)キリスト教各派の一致促進(エキュメニズム)運動を推進するとともに、世界諸宗教対話会合を1986年より開催。
(4)欧州安全保障協力機構(OSCE)、万国郵便連合(UPU)、国際電気通信連合(ITU)等に加盟し、国連等に常駐オブザーバーを派遣している。
軍は存在せず、スイス衛兵が法王身辺と法王室を、市国警察がその他の警備に当たる。
ユーロ
主としてイタリアを始めとするEU諸国からの輸入に依存。財政は、法王聖座予算は恒常的な赤字であったが1993年以降黒字を計上。市国予算は黒字を計上。
1549年 フランシスコ・ザビエル、鹿児島に上陸。
1585年 九州のキリシタン大名が派遣した少年使節が法王に拝謁。
1615年 伊達政宗が派遣した支倉常長が法王に拝謁。
1942年 日本とバチカン、外交関係樹立(終戦後一時途絶)
1952年 日本とバチカン、外交関係再開。
約51万人(枢機卿1名、大司教3名、司教28名)
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1953年 | 皇太子殿下(当時) |
| 1965年 | 常陸宮同妃殿下 |
| 1984年 | 浩宮殿下(当時) |
| 1993年 | 天皇皇后両陛下、法王と御会見 |
| 2005年 | 川口、武藤各特派大使 |
| 年月 | 要人名 |
|---|---|
| 1981年 | ローマ法王 |
| 1989年 | オッディ枢機卿(大喪の礼) |
| 1990年 | カプリオ枢機卿(即位の礼) |
| 2008年 | マルティンス枢機卿、ディアス法王庁福音宣教省長官 |
| 2009年 | マンベルティ外務長官(外務省賓客) |
1名(2008年9月)